第35話
海神の行進がようやく終わり、海が荒れた影響で破壊された港を修復して三ヶ月と少し、ようやく私たちの旅が再開できる日が来た。
船は海人族が出してくれるようで準備が進められている。
勘違いをしたお詫びなのか、別れ際にたっぷりの食料とピカピカに磨かれた剣、速度重視した鎧を送られた。
これで許したとは思わない。私はもので釣られる女じゃないんだ。本当だぞ?
「何をニヤニヤしとるんだ。そんなに嬉しいのか?」
「ニヤニヤ何てしてない」
専用に造られた籠手を撫でているのを気付かれ、直ぐに表情を引き締める。
デレディオスは肩を竦めて、海人族の方へと向き直った。
「……人多いな。全員がデレディオスの見送りか」
デレディオスは海人族に囲まれ、多くの贈り物を差し出されている。
その殆どを彼は断っていた。
多分理由としては旅でそんなものを持っていても邪魔になるからだろう。さっぱりとした性格をしているデレディオスだ。
邪魔なものは邪魔と言うに違いない。
「そうか。お主の想い、嬉しいぞ。しかし、我は一つの場所に留まらぬ風来坊。大地を巡り、武とは何かを後世に伝えることを至上としている。その想いを受け取れば、我は己に貸した義務を放棄することになるだろう。それはできぬ。そして、その贈り物も受け取れぬ。それを受け取り、旅に出れば我はお主のことをその贈り物を見る度に何度も思い出し、胸を焦がすだろう。数千年の旅を躊躇ってしまう程、その想いは熱い。だからどうか、それはお主が持っていてくれ。何、大丈夫。いずれ旅は終わる。その時にまた、その想いを受け取りに来よう」
「…………」
————え?
今の何だ。あれってデレディオスが口にした言葉だよな。
何だあの歯の浮くような台詞!?何で背景に花が咲いているんだ。キラッと歯を光らせるな!!お前そんな性格じゃないだろ!!?要らん!!とか笑いながら口にするような奴だろ!?
というかあの海人族、デレディオスに告白していたのか。
目の前で繰り広げられる光景に目の疲れを感じて視線を外す。
早いとこ船に乗ってしまおう。幸い私に話しかける者はいない。
船に乗り、適当な場所に腰を下ろす。
港から見る海人族の街は美しい。森人族の里の自然と一体になった街並みも好きだが、青い空を背景に白い街並みが並ぶというのも悪くはない。
ふと、その街並みに人影が写る。
「……あいつ、脱走したな」
それは未だに牢屋に入っているはずのヴェスティアだ。どうやら何らかの手段で出て来たらしい。
宝酒というものがどういうものか知らないが、かなり海人族が怒っていたことから重要なものだったのだろう。
罪を清算する前に出て来るとは、あいつここからどうやって逃げるつもりなのだろうか。
ちらりと港に集まる人だかりに視線を移した。
そこにはオフィキウムがいる。
彼もこの後苦労するのだろう。頑張ってくれという意味を込めて笑顔を向けておいた。それを別れの挨拶と受け取ったのだろう。軽く手を振られる。
「オフィキウムとは友になれたか?」
そうしていると挨拶の終ったデレディオスが船に乗って来る。
「あ、終わったんだ。オフィキウムとはそういう別に関係じゃない。ただ、悪い関係ではないと思う」
「何だ。あれだけ距離を詰めろと言っていたのに友の一人もできておらんのか。はぁ、全く……」
「別に良いだろう。もうここには来ないだろうし、それに旅をしているのに友人を作って何になるんだ」
「旅をしているからこそだろう。お主、死ぬ時は一人でひっそりと死にたいのか?」
「そんな先のこと何て知らない。それじゃ、私は中に行くから」
呆れているデレディオスの横を通り過ぎて船内へ。
風景をゆっくりと見たい所だが、船旅にはまだ私自身が慣れていない。港から出るまでは大丈夫だが、沖に出ると船の上でのバランス何て取れなくなる。
ここから大陸まで一週間船の上だ。
寝床を作ってしまわねば。
「リボルヴィア!!」
船内に入ろうとしていた私だが、響いて来た声に足を止める。船の淵へと行くとそこにはオフィキウムと私が街で接した海人族たちが集まっていた。
「また、来てくれ。今度は歓迎の準備をしておく!!」
「……あぁ、期待している」
「お、お姉ちゃん!」
オフィキウムと言葉を交わした後、人混みの中から出てきたのはラティアだ。思わず私は目を見開く。
彼女とは人攫いに攫われた後、この街でも出会うことができなかった。無事に国に帰っている姿を見て一安心する。
「これ、受け取って!!」
ラティアが投げ渡して来たのは綺麗な貝殻に紐を通して造られた首飾り。
「絶対にきてねー!!!!」
「うちにもだよー!!」
「怖がってごめんなさい!」
「こんどはあそぼ!!」
皮切りにラティアと同じ年頃の子たちが口を開く。その後ろでは母親らしき人たちが頭を下げていた。その中には私を敵視していた人たちもいる。
接したのは僅かな時間だ。名前も知らない人も多いし、なんなら敵意も向けられた。
でも、今はそんなのどうでも良かった。
「デレディオス」
「何だ?」
「やっぱり、私またここに来る」
「ククッそうか。それは彼奴等も喜ぶだろうよ」
船が出る。
自分より少し小さな子供たちの声が港に響く。
旅立ちの祝い、再開の約束。それらは良いものだと理解した瞬間だった。
ヒュリア大陸を出て、一週間後——。
私たちはロンディウム大陸中央地方にあるシリス王国の港街に辿り着いていた。
気分は最高と最悪がぐちゃぐちゃになった感じだ。
大地に安心して足を付けられる喜び。これまでの一週間波に揺られ続けた船酔い。先程も胃袋の中身を全て出したのにまだ吐き気がある。
苦しいけど嬉しい。そんな感情を抱きながらフラフラ足で歩き出す。
私の隣ではデレディオスがしっかりとした足取りで歩いている。
ちくしょう。何でこいつは普通に歩けるんだ。
「何だ、腹でも減ったのか。おぉ、大蜥蜴の串焼きを売っておる。食うか?」
「食わねえよ馬鹿野郎。野菜を持ってこい肉じゃなくて」
それと休憩する時間が欲しい。この港町に着いたらすぐに次の街に行ってやると思っていたけどこれでは動けない。
デレディオスに休みが取れる場所まで連れてって貰い、休息を取る。体調が治ったのを確認した後、今度こそ私たちは港町を出発した。
次に目指すのはシリス王国にある地方都市だ。
港町からシリス王国の地方都市までの距離はそう離れてはいない。一日で辿り着ける距離だ。
本当ならばそんな所に寄らず、ルクリア王国を目指したかったのだが、デレディオスが勝手に受けていた海人族の依頼を熟す必要がある。
何でもそこに海人族の子供たちが連れ去られている可能性があるようだ。
海人族には世話になった手前、私もこの依頼を熟すことに異論はない。勝手に受けていたのには腹が立ったが。
地方都市の名はミーネ。
只人族の貴族が統治しているだけあって只人族の姿が多い。闘人族と森人族。異なる種族の二人組はかなり目立つ。
ジロジロと見られながら、ミーネへと足を踏み入れる。
「海人族と合流するの?」
「いや、その前に我にはやることがある」
「やること?」
異種族故に街に入るのは時間が掛かったが、街に入ることには成功する。
さっそく街にいるはずの海人族と合流、と思いきやデレディオスにはやることがあるらしい。
「あぁ、友に会いに行こうと思ってな。この王国の貴族なのだが、良い奴だ。もしかすれば力になってくれるかもしれん」
「貴族、確か森人族で言うなら里長みたいなもの、だったっけ? 私としては里長が一杯いるのは理解できないけど」
「間違っているが、別に良いか。我もそこまで詳しくは知らんからな。取り敢えず、会いに行くぞ」
デレディオスが歩き出し、私もそれに続く。
暫く歩くと街の雰囲気が変わる。
人々の話声があちこちからしていたのにピタリと止み、人の往来も少なくなる。代わりに腰に剣を差した男の姿が現れ始めた。
「デレディオス、あの人達って」
「あぁ、今から会いに行く貴族の配下だ。いきなり斬りかかったりするなよ?」
「そんなことしない。これでも礼儀作法は母様に厳しく躾けられている」
「ならば、何故オフィキウムには斬りかかったのだ。説得力が皆無だぞ。ここでは共通語も通じぬ者が多いからお主では言い逃れはできんぞ」
「あ、あの時はオフィキウムが怪しかったから斬りかかっただけだし……」
オフィキウムと初めて出会った時のことを挙げられ言葉に詰まる。
あれは例外中の例外。私は初対面の相手に剣を振るったりなんてしない。そう説明したはずなのだが、デレディオスは私を野蛮な森人だと思っているようだ。
私は平和主義者なのに。
「そう言えば、今から会いに行く人貴族なんだろう? 大丈夫なのか?」
里長だって私のような者が簡単に会えるような存在ではなかった。貴族も同じような者ならそう簡単に会えないはずだ。
言伝もなく会いに行って良いのか。そう言う意味で大丈夫かと問いかけるが、デレディオスは心配ないと言った様子で語る。
「問題ない。彼奴はそこらにいる貴族と同じ考えは持っておらん。中々気前の良い奴だぞ。毎度家に行く度にたっぷりと脂の乗った羊を馳走してくれてなぁ。美術品も中々良いものを揃えておる。丁度そこの屋敷だ」
デレディオスが指し示した先に一際大きな屋敷が目に入る。
森人族のような巨大樹の中に住んでいるでもなく、海人族のような貝殻の家でもない。自然を利用した居住ではなく、石を切り取り、積み上げ、形とした——人の手で作り上げた家にごちゃごちゃと飾りつけをしたものがそこにはあった。
「只人族の家って何で無駄に飾り付けるんだろう」
「只人族とはそういうものだ。気にするな」
門の近くまで来ると屋敷だけでなく庭も見えて来る。
庭には石の彫像、切り整えられた庭木、水の出る石像——確か噴水というものだったはずだ。
私の家の庭と随分違う。精々野菜を育てるための畑があるぐらいだったのに、ここにはこんなもの何に使うのだろうというものが大量にある。
「ニハラマ、ホノデオラメ!!」
「ンメサノコヨヒニコタムビコルディアコユツニュツコオロ、デレディオス!! オロキウアテエヌメ。トクヒコオロナ゛タチキニアオ」
門の前にいた兵士が私たちに槍を向けてシリス語で語り掛けて来る。
言葉は分からない。だが、言っている内容は予想できる。恐らく、それ以上近づくな、ということを口にしているのだろう。
「ふざけるな。ここの主はコルディアではない。スコリア様だ!!」
「何だと?」
「どうした?」
兵士が口にした言葉を聞いてデレディオスは険しい表情を作った。
「コルディアが主ではないと言っている」
「コルディアってデレディオスの言ってた友人?」
「そうだ。しかし、どういうことだ? スコリアはコルディアの弟だったはずだが」
デレディオスが兵士に詰め寄る。
「スコリアはコルディアの弟だったはずだ。何故、彼奴が当主になっている。コルディアはどうした?」
「我が主の名を馴れ馴れしく口にするな野蛮人共め。この槍で突き殺してやろうか」
「お主では話にならん。スコリアを呼ぶが良い。伝えよ。デレディオスが来たとな」
「ふざけるなこの蛮族め。どんな権限があってこの私に命令しているんだ。そこにいる奴隷を連れて山にでも帰っていろ」
兵士が私に視線を送る。
言葉の意味は分からないが、向けられた目は里でよく見かけたものと同じだった。
言葉を返せない代わりに舌を出す。
「この餓鬼ッ私を馬鹿にしているのか!」
「危なっ——これで怒るの!?」
顔を真っ赤にして兵士が槍を突き出してくる。
舌を出しただけで殺しに来るって沸点が低すぎないか。
槍を躱し、兵士の顔面に蹴りを放つ。門にぶつかり、派手な音を立てて兵士が倒れた。
「戯け、お主何をしているのだ」
「何って……殺しに来たから攻撃したんだけど」
「はぁ、その短慮は止せと言ったであろう」
「そんなこと言ったっけ?」
「あぁ、お主が攫われたラティアを助けると言って飛び出す時にな」
そうだったか。
当時のことを思い出そうとするが、あの時はかなり頭に血が上っていて記憶にない。
「貴様等、何をしているか!!」
「ほれ、お主のせいでこうなったぞ」
「むぅ……」
門の向こうから出て来る兵士を見てデレディオスは溜息をつく。
悪かったよ。でも、相手が攻撃してきたんだから正当防衛でしょ?
「仕方がない。こうなったら私が道を切り開いて上げる。あいつ等を相手にしている間にデレディオスは中に入れば良い」
「そんなことするか戯け。逃げるぞ」
「え、何で? 全員殺せるぞ?」
「全員殺せるから逃げるのだ」
デレディオスの言葉に首を傾げる。
悪かったと思ったからあいつらの相手をしようとしたのだが、どうやらデレディオスにとってはそれは悪いことらしい。
どういうことだ。決闘場では私のことを逃げる気があったからと言う理由で殺そうとした癖に。
「待てェ!!」
「くっ、出血が酷い。あいつらこいつに何をしたんだ!?」
「おのれ、俺の弟分をよくも!!」
「スコリア様に報告しろ。賊が街に入り込んだと!!」
散々な言われようだ。
というかそんなに強く蹴ったつもりはないんだけど。いつもならあの程度で人が気絶することはないのだが、力加減を間違えたかな?
飛んでくる矢を切り払いながら逃走する。
兵士達の足は遅い。唯一気にするのは飛んでくる矢だけだ。罵倒も飛んでくるが、負け犬の遠吠えにしか聞こえない。
兵士たちを撒くのにそれほど時間は掛からなかった。
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