第34話
海神の行進と呼ばれるものは三ヶ月もの間、海を大きく荒れさせる。
その間、私たちは海人族の住む街、アクアホールで滞在することになった。
一番の問題は海人族との関係だ。
子供を攫われている母親たちは気が立っているし、私に責任はないと知りながらも、怒りを向けて来る。
だからこそ、私はオフィキウムの貝殻でできた家で暫く過ごしていた。
ハッキリ言ってしまえば、かなり暇だった。
傷はオフィキウムが連れて来てくれた海人族の神官が優秀なおかげでかなり綺麗に治してくれた。
その後はオフィキウムに海人族の文化でも教えて貰おうと思ったのだが、彼は海人族の中でもかなり上の立場。ゆっくりとした時間を作れるはずもなく、私が家で一人になることが多かった。
デレディオス?あいつは一人で街に繰り出していたよ。
私が外出を許されたのは、傷が治って数週間後だ。
それでも無暗に海人族には近づかないことを言い付けられたけど。トラブルの元になることは避けたいため、私もこれには承諾する。
最初の一日はオフィキウムが街を案内してくれた。
海人族の家は全てが巨大な貝殻でできている。これは海の中に住む怪物を倒して持って来たものらしい。
色々と興味深いけど、中身を抉り出す内容までは説明して欲しくなかったな。
それから色々な場所へと連れられた。
商店街に子供に泳ぎを教えるための水場、海で乗るために飼育している馬の飼育場、戦士を育成する場所。
街ごとに色々な違いがあるので、こういう場所を見て回るのは楽しい。
食事は……口に合わなかったが、仕方がない。最近、えずきながら肉を食べられる様になってきたばかりだ。味と感触が違うものを食べるのにはまだ時間が掛かる。
最後に街を一望できる場所を案内して貰い、その日を追える。次の日からは殆ど自由行動だ。
と言っても、やることは決まっている。
オフィキウムと予定が合う日があれば、海人族の文化について話しを聞き、ある日はデレディオスと修行を行い、一人の時は自己鍛錬、もしくは街を見歩いている。
偶にオフィキウムが仕事を依頼してくることもあるのでそれを熟していく。
そして、三ヶ月ほどが過ごし、現在——私はオフィキウムに案内して貰った街を一望できる場所でデレディオスと共に修行を行っていた。
「では次だ。あれは?」
「……戦士」
「違う、手に持っている槍を見てみろ。あれは漁業用の槍だ。では、その隣にいるのは?」
「あれは、漁師だ」
「違う。あれはただの主婦だ」
「………」
今回の修業の目的は戦士としての目利きを鍛えること。
デレディオスにオフィキウムに出会った瞬間に斬りかかったことを話したら、目で見て判断できるようにならなければなぁと言われて行っている。
「次、あいつは?」
「主婦」
「違う、次」
「戦士」
「違う、鍛冶師だ」
道行く海人族がどんな人物なのかを推測しているのだが、今の所全てを外している。
「はぁ、お主才能無いのぉ。よく見よ。どんな奴等でも手を見れば少しは情報が入って来るだろう」
「分からないものは分からないんだ。仕方ないだろ。何処をどう見たら分かるんだよ」
「そんなもの簡単だ。指先、顔つき、歩き方。色々な情報を見て相手がどんな存在かを判断しておる。お主は当てずっぽうに言うから間違うのだ」
「悪かったな」
ムスリと頬を膨らませる。
一応これでも見てはいるのだが、どうやらまだまだ見方が甘いらしい。いっそのこと、人攫いのように分かりやすければ良かったのだが、海人族は顔立ちも似ているし、武装も遠目から見ると同じようなものが多いため、分かりにくい。
しかし、相手が戦士や漁師だと判断できるようになって何になるのだろうか。
「ねぇ、こんなことより相手の強さを見抜く方法教えてくれ。その方が良いだろ」
職業を見抜いて何になるのか。
相手の力量や輝力量と言った強さを見抜く術を身につけた方が良いと思う。相手の気配が分かるようなものもありだ。
だが、返答は拳骨で返された。
「戯け、そんなものありはせんわ」
「えぇ……」
「強いて言うなら強い奴は大きな奴だ。強さ=大きさだからな」
「戦いはそんな簡単なものじゃないでしょ。現に私は大きな怪物にも勝利している」
「確かにそうだ。だが、力だけならばお前は負けるだろう?」
「森人族だからね。でも、経験も含めれば——」
「それが間違いだと言っているのだ。リボルヴィア」
私の言葉を遮り、デレディオスが口を開く。
間違いとはどう言うことなのか。
強さ=大きさ。そんな単純なもので戦いは決まらないだろう。強さとは力もだが、経験、技、輝力なども含めたものだと考えている。そうではないのか?
「お主にとって強さとは戦いに勝利できる力量のことのようだな。単純な力だけでなく輝力に経験……色々あるがそんな所か。ハッキリ言っておくが、それらを見抜くことはできんぞ」
「何でだ?」
「何で? そんなの当たり前だろう。それを知るには過去を覗くぐらいしか手段はない。そんな術は輝術にだってありはしない。オーラのようなものでも見られると思っていたのか?」
「……むぅ」
思っていました。と言ったらどうなるだろう。
そうか、そうなのか。そんなものないのか。少し残念だ。
「良いか。人間が強さを測ることができるのは目だけだ。体に付いた筋肉量、足運び、呼吸の仕方、傷跡、掌にあるマメ。それらから人が何を使い、何を好むのかを判断するしかない。よく戦争では部隊が別けられるだろう。知っているか? 部隊の数字が大きくなるにつれて腕の立つ者が集められているのだ。弱い前の部隊に情報を引き出させ、活用するためにな」
「そうだったのか」
「だからさっさと目利きの修行に励め。職業によって発達する体の部位も違えば、扱う道具も違う。異種族から見れば似ているように見える海人族をそれぞれ見抜けるようになれば、目利きは十分と言えるだろうからな」
デレディオスから修行の理由を聞かされて何も言えなくなった私は返事をして修行に取り組む。
もうすぐ海神の行進は終わる。その前にこの修行で十分な結果を出さなければならないと思うとやる気が上がった。
「では、我はこれから用事があるからな。お主は目利きの修業を怠るなよ」
「え、答え合わせはしてくれないのか?」
「いつまでも我に頼るようでは半人前だぞ。それに答えが知りたければ会話をすれば良い」
「私は海人族からすれば余所者だろう」
「だからどうした。距離を取っていつまでも修行を終わらせずにいるか? 怠惰過ぎる。互いに微妙な距離でいるから面倒なのだ。さっさとこれを期に距離を詰めてしまえ。喧嘩になればそれはそれ。殴って来たなら殴り返してやれば良い」
「暴論過ぎる」
「煩わしい距離をずっと保ち続けるよりマシよ。心の内までは目利きでも測れん。ぶつけ合ってようやく分かるものだぞ」
デレディオスが手を振りながら階段を下りていく。
あの言い方、もう私が喧嘩をすることが確定みたいな言い方だな。私は海人族全員と仲が悪い訳じゃないんだぞ。例の母親たちと出会わなければ特に問題はないはずだ。
というか、あいつの言う用事とは何なのだろうか。少し気になるが、考えることを止める。気分屋のあの男のことだ。どうせ仲の良い海人族と酒でも飲みに行くのだろう。
思考を切り替えて修業を始める。
ただし、場所は変えて街中を歩きながら目利きを行う。街行く人を観察しては、答えを出してから話しかける。それを繰り返していく。
案外、海人族からの私の評価は悪くはなく、多くの人が気前良く答えてくれた。
だが、良い流れとは何時か終わるもので……街を練り歩いている最中に母親たちと出会い、険悪な空気となり——。
そこから先はデレディオスの予想の通りとなってしまった。
八つ当たりから始まり、水をぶっかけられたりしたまでは我慢したが、母親の侮辱までは聞き逃すことができなかった私が怒ったことで本格的な喧嘩になった。
相手に引退したとはいえ戦士がいたのも最悪だ。
冷静になったのは互いに顔を腫らした後のこと。
面倒事はデレディオスに全部押し付けよう。海人族の男たちに引き摺られながら、そんなことを考えていた。
決闘場近くにある屋敷の牢屋。リボルヴィアが入っていた牢屋の中に、未だにヴェスティアはいた。
彼女の場合は罪の重さが違う。
彼女が宴の中で飲んだ宝酒。それは海神の行進による被害を少しでも治めるために海神に捧げるものだったのだ。
よって、その罪が消えるまで彼女は拘束され続ける。
「う~~……」
退屈そうにヴェスティアが唸る。
彼女に会いに来る者はいない。話し相手もいない。牢屋の中で何かができるはずもなく、彼女は暇を持て余していた。
そんな彼女が来客の気配を感じ取る。彼女の耳に届いたのは、階段を下りる足音だ。
ピクリと耳を反応させ、体を起こす。
「星の獣よ。何やら元気がないではないか。まぁ、今のままでは星々の間を駆けられるのだから無理もないか」
「誰だお前?」
「決闘場で戦ったデレディオスだ。忘れたか?」
「覚えてない。どうでも良いし」
「そうか」
リボルヴィアが再び寝そべる。来客に興味を持たなかったのだ。
「ふうむ……星の獣よ。我の問いに答えてくれるか? 答えてくれるならば、ここに閉じ込められる時期を短くしてやるぞ?」
「!——それは本当か?」
体を起こし、デレディオスへと近づく。
興味を惹けたと判断したデレディオスは口を開いた。
「聞かせてくれ。お主、戦人流を誰に教わった?」
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