第33話

 四肢で地面を蹴る怪物が四方から迫る。

 怪物の狙いは商人、そして商人の馬だ。

 荷馬車に乗っている商人は顔を青く染めて恐怖に慄いている。一人で旅をしているという割に彼は自衛の術を持っていなかった。


 彼は元貴族の少年だ。

 元、と言っても国から身分を剥奪されたのではなく、自分で捨てたらしい。

 産まれた頃から自分の頭が周囲の者と違うことに気付き、親の後を継がされるより、広い世界に羽ばたきたいとか何とかで家を飛び出したようだ。


 本当に呆れてしまう。

 この世界は弱い者にも強い者にも平等に牙を向ける。そして、その中でも最も牙を向けられるのは調子に乗っている者たちだ。

 力に溺れた者、己の出自を実力だと勘違いする者。命を見境なく殺す者。星の成長に不要だと思われた者は優先的に排除される。

 そのことをこの少年は理解していない。


 自分の出自が気に食わない?

 自分一人の力で世界に名を刻める?

 馬鹿馬鹿しい。

 当たり前のことだが、願いを叶えるには試練を潜り抜ける必要がある。それは願いが大きくなるにつれて、試練は多く、困難になっていく。

 覚悟がない者が突破できる訳がない。

 私ならば、自業自得だと放置するだろう。まぁ、少しは助言をしたりするかもしれないが、積極的に助けようとは思えない。

 だけど——。


「ゼァア!!」


 目の前の少年は違う。

 ルクリア王国にある辺境の村で勇者に任命された少年。

 何処にでもあるような村で、何処にでもいるような夫婦に育ち、当たり前の行いを教えられた少年は、その当たり前を実行する。

 剣が振るわれ、怪物が真っ二つに裂かれる。

 仲間を殺された怪物は仇を討たんと牙を向けて勇者に襲い掛かる。だが、その前に上空から降って来た槍が、勇者の後方から放たれた矢とナイフが怪物たちに襲い掛かり、勇者を守った。


「勇者様、前に出過ぎです!!」


「そうです。私たちもいることを忘れないで下さいッ」


「忘れてなんかいないよ。きっと助けてくれるって思ったから前に出たんだよ」


「もうっ勇者様ったら!!」


 槍使いと弓使い、そして最近になって仲間になった元山賊の少女が勇者の信頼に頬を染める。

 全員少女。しかも胸も尻も私より大きい。

 全員で集まると彼我の戦力差に愕然とする。

 森人族の中では肉の付いている方なのだが、異種族と比べるとこの体が少しだけ貧相なものだと思ってしまう。

 もう少し肉が付かないものだろうか。でなければ彼が……いや、今は止そう。


「アルバ、一箇所に集まって来た。やってくれ!!」


 余計な思考を打ち切り、戦いに集中する。

 脳内で術式を作り上げ、輝力を流し込んで現象を引き起こす。

 今回引き起こした現象は炎と風、別々の輝術の並行発動。それぞれが低い等級の輝術ではあるものの、同時に発動させ、複合することで何倍もの力を引き出せる術だ。


 群れとなって襲ってきた怪物たちに向けてそれを放つ。

 大きな野原に巨大な炎の柱が上がった。

 周囲に怪物の姿が見えないのを確認すると、勇者は眩しい笑顔を私たちに向けた。


「皆のおかげで戦い切ることが出来た。ありがとう!!」


 その笑顔に胸が温かくなるのを感じた。


 その後、私たちは商人の荷馬車に乗せて貰い、次の街へと進んで行く。

 今、私たちは世界各地に存在する巨人の背骨と呼ばれる巨大な山脈を超え、ロンディウム大陸の西方大地にあるマーロン王国へと入った所だった。


 私たちの旅の最終目的は魔人王の討伐だ。

 今はその前段階、魔人王の配下である魔人四天王の痕跡を辿り、討伐しようとしていた。

 魔人王とはそのままの言葉通り、魔人族の王。

 この世界を支配線と目論む強欲な王だ。

 かつて魔人王が現れた時も大きな戦争が起きた。それが、二千年前に起きたベリス砂塵大戦、そして九百年前に起きた六大大陸戦争だ。


 歴史上三度目の魔人王の出現。

 過去に二度起きた大きな戦争のせいで、只人族は魔人王の討伐をどんな種族よりも望んでいる。

 その先頭に立っているのがルクリア王国であり、かの国より派遣された勇者である。


「どうしたのさアルバ。勇者様の横顔なんか眺めちゃって」


「な、眺めていません。前を向いていただけですッ」


「そうかー?」


 勇者へと視線を向けていた時間はそれほど長かっただろうか。元山賊の少女の問いかけを無視して顔を背ける。

 ダランと元山賊の少女は寝転がり、槍使いの女性の膝に頭を乗せる。


「あの、寝転ばないでくれませんか? かなり、窮屈なんですけど……」


「はぁ~。これだから森人は神経質なんだから。少しぐらい窮屈でも良いだろう。我慢しなよ」


「寝転んで寛いでいる人が言っても説得力皆無なんですが!?」


 思わず槍使いの女性に視線を向ける。

 彼女がこの中で年長者だ。

 槍術を鍛えて来た武芸者でもあり、旅の経験もある。彼女の言葉は経験から来るもので軽く捉える者はここにはいない。

 味方になって貰おうとするが、残念ながら彼女は肩を竦め、私の想像とは違う言葉を口にする。


「別に良いじゃないか。この子が一番幼いんだ。少しぐらい甘えさせても罰は当たらないと思うよ」


「さっすが姉さん分かってる~♪」


「助けて下さい」


「いや、私に振らないでよ」


「ハハハ! 皆仲が良いね」


 弓使いに助けを求めるが、取り合ってはくれない。勇者は何故か変な勘違いをしている。

 幼い見た目なら私が一番なのだが、と口に仕掛けて止める。多分、それを口にしたら私の中の虚しさが大きくなるだけだと分かったから。


「お~巨人の背骨だ。遠くから見るとあんな感じなんだな~」


 後ろを振り向いた元山賊の少女がボソリと呟く。


「家から出るのは初めてだろ? よく眺めておくと良い。何事も、初めては良い思い出になる」


「あそこが家って訳じゃないけどな」


「やっていたことは不法占拠ですものね」


「何だよ。まだ怒ってんの?」


 元山賊の少女が仲間になったのはつい最近。巨人の背骨を登っている最中だ。

 彼女は山賊の一味で斥候を担っていたのだ。

 その隠密行動は見事なもので、観察されていることには気付けず、疲労が高まった時に襲撃をかけられた。

 隠密に加えて足も速く、輝術を当てるのにかなり手古摺った。


「何回私が斬られたと思ってるんですか」


「それ言ったら、私も何度も輝術で殺されかけたんだけど~。あんな土壇場で輝術の並行発動何て習得して」


「はいはい、二人共やめなさい。今は大切な仲間なんだから」


 槍使いの女性の言葉で不満の声を呑み込む。

 最初は納得がいかなかったが、彼女が巨人の背骨の頂上に住んでいた巨人を倒すことに役立ったのも事実。

 何より、彼が助けることを望んだのだ。

 これ以上仲を悪化させるような行為は止めた方が良いだろう。

 それは元山賊の少女も同じなのか、軽く謝罪をしてきた。


「次の街はどんな所でしょうか?」


「私は美味しいものがあるのなら何処でも良いかなぁ」


「私は宿に泊まりたい。野宿じゃ疲れも取れないよ」


「確かに。あの巨人と戦った後だ。ここは景気よく遊べる場所を探そうか」


「お、ホントかよ勇者様!! やったー!!」


 巨人の背骨の頂上に住んでいた巨人——正確には巨人の劣化種——との戦いは熾烈を極めていた。

 習得したばかりの輝術の並行発動、槍使いの決死の覚悟の突撃、元山賊の機転の利いた罠、弓使いの正確無比な矢、勇者の折れぬ心。

 それらがあってようやく勝利を収めることができた。

 薄氷の勝利を収めた後もずっと野宿と怪物との戦いに暮れていたのだ。少しは贅沢しても罰は当たらない。

 リーダーである勇者も意見に賛成したことで、殆どの者が喜びを露にする。


「う~ん、それは少し難しいと思うなぁ」


 だが、槍使いがそれは難しいと指摘する。


「酷いじゃないか。今は皆で困難に打ち勝った後なんだ。少しは労おうと思わないのかい? 資金なら十分あるんだ。遊んでも問題ないだろ?」


「資金の問題じゃないのよ」


「それじゃあどんな問題なの?」


「遊ぶ所があるかどうかが問題なの。ロンディウム大陸は豊かな土地だと言われているけど、唯一西方地方はそれに該当しない。六大大陸で二番目に過酷と言われているベリス大陸と隣接していることもあって強力な怪物たちが流れ込んでくることもあるし、最近では魔人王の手下が暗躍している。そのせいで食糧難に陥っている国もあるの。忘れたの?」


 私を含めた一同がそうだったと気付く。


「それじゃあ、宴はお預け? お風呂は?」


「お金をかければお風呂は入れると思うけど、宴会はできないわね」


「そんなぁ」


 元山賊が悲しげな表情を作る。

 しかし、そんな表情を作っても現実は変わらない。

 少し空気が落ち込んだ所に勇者の快活な声が響いた。


「皆、大丈夫だよ。問題があるなら解決すれば良い。全ては魔人王の配下が原因なんだ。僕たちの目的もそれだろう? 良いじゃないか。原因を取り払った後にたっぷりお礼を貰おう!! 国の人たちもきっと無下にはしないはずさ!!」


「おぉ、そうだな!」


「確かに、その通りですね」


「それなら気合入れなくちゃね」


「やってやりましょう!」


 勇者の言葉にそれぞれ気合を入れ直す。

 もう疲れなど感じない。あるのは勝利の後にどんな宴があるのか、という妄想だ。

 楽し気な会話が荷馬車で繰り広げられる。

 この五人ならどんな戦いだって乗り越えられる。気の置ける仲間、密かに思いを寄せる人との楽しい会話の中で、そんなことを私は考えていた。

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