第36話

「探せ、探すんだ! ご当主を殺そうとした下手人を探せ!!」


 街中を走り回り、私たちを探す兵士たち。

 ただ探すのではなく、人々の家に押し入り、隅々まで探したり、剣を突き付けて脅したりしている。

 兵士とは森人族で言う戦士と同じ役目を持つはずだ。

 ならば、街を守り、そこに住む人々を守る者だろう。あれでは役目を果たせていないではないか。本当に彼等は兵士なのかと疑問を抱く。


「ふぅむ、いつの間にか我らは当主を殺そうとした下手人になっておるな。あの兵士の仕業か?」


「は? 何でそんなことになっているんだ?」


「そんなこと我に言われても知らん」


 屋根の上に身を潜めて数分後、既に兵士たちは街中に配備された。

 屋根を伝えば外には出られるだろうが、この街でやることは終わっていない。さて、どうするべきか。


「結局、デレディオスの友人も役に立たなかったし。どうする? これから海人族と合流する? 指名手配されたけど、どうせ海人族も身を潜めて活動しているから、そんなに支障はないと思うぞ」


「…………」


 デレディオスが考え込む。

 私としては仕返しも兼ねて貴族の屋敷に突撃するのもありだと思っている。

 この街に海人族が連れて来られているとしたら、一番怪しいのはこの街を治めている貴族だ。だったらそこを叩けば良い。


「我は少し遠出する」


「え? どういうことだ?」


「友であるコルディアが当主の座から退くなど何かあったに違いない。それについて調べる」


「それがどうして遠出する理由になる。あそこの屋敷に行けば分かることだろう」


「それは最終手段だ。貴族に手を出すと面倒なことが多い。故にまずは友と外に出る時に使っていた隠れ家に行ってみようと思う。彼奴は優秀だ。何かしらの事件に巻き込まれたのであれば、手掛かりを残しているはずだからな」


「ふぅん……分かった。どれぐらいかかる?」


「お主は来なくて良いぞ。ここで待っていろ」


 街の外に出るにはまずは警備の突破が必要。

 体を解し、準備を進めるが、そこでデレディオスは海人族からの手紙を取り出し、私に突き付けて来る。


「来なくて良いって……私は足手纏いってことか?」


 少しばかり険のある顔でデレディオスを睨む。

 侮られるのは一番嫌だ。

 デレディオスより弱いのは確かだが、あの程度の警備を突破することもできないと思われているのならば、訂正させなければならない。


「違う。お主は海人族と合流しておれ。指名手配されたことで我らが来たことは知られておろう。連絡もなしに消えてはいかんだろう」


「……分かった。それなら良い」


 侮っているのではなく、海人族との義理を考えての言葉。

 それならば納得だ。

 柄に添えていた手を離し、デレディオスから渡された手紙を受け取る。


「我がいない間、それまでは派手な行動は避けるのだぞ」


「分かっている」


「本当か?」


「本当だって」


 念を押してくるデレディオスに溜息をついて返事をする。どうもデレディオスは私が何かするのではないかと思っているらしい。

 問題を起こすような人間に私が見えるのか?


「では、行って来る」


「死ぬんじゃないぞ~」


 デレディオスが屋根から降り、街の出口へと走る。

 当然その姿は兵士に見つかった。数十の兵士に取り囲まれるが、その程度でデレディオスが止まるはずもない。

 手加減しつつ、兵士を蹴散らし出口へと走るデレディオスを見て、捕まる心配はないと判断すると私も行動を開始する。

 フードを深く被り、デレディオスとは反対方向——路地裏の方へと降りる。

 デレディオスが兵士を引き付けてくれているおかげで人影はない。


「さて、それじゃあ海人族との合流場所は——」


 路地裏を早足で駆ける。

 合流場所は、このシリス国でも有数の鉱山だ。





 鉱山付近は鉱夫で溢れていた。

 こんな所に海人族がいるのかと不思議に思う。彼等は密かに行動しているはずだ。なら、人の溢れる場所にはいかないはず。

 来る場所を間違えたか、と手紙を確認するが、記載されている合流場所に間違いはなかった。


「一体何処に隠れているの? 鉱山の頂上とか言わないよな?」


 そうなったら面倒くさいにも程がある。

 あちらから見つけてくれることを願うしかない。そう考えて近くにある木箱に腰を下ろした。


「——ん?」


 丁度その時、視線が低くなったことで気になるものが家の壁に刻まれているのが目に入る。

 海人族の国でも見た槍と銛が交差する象徴が刻まれていた。

 だが、可笑しい。向きが横向きになっている。

 この象徴を海人族以外が刻むことはないだろう。わざわざ他国の象徴を刻み込む自国民はいない。

 横になりながら刻んだのか?

 そこまで考えて、付近にもう一つの象徴があるのを見つける。それは一定の間隔で刻まれていた。しかもまるで進む方向を示すかのように象徴の向きが変わって。


「なるほど、これを辿れってことか。にしても、小さすぎるし、刻む場所低すぎないか? 偶然見つけなきゃ見逃していたぞ」


 せめて手紙には書いておけ。そう愚痴を零しながら象徴を追う。

 象徴は井戸の中へと続いていた。


「枯れている井戸が潜伏場所か。怪物と同伴何てことになってなきゃいいけど」


 松明を手に入れた後、臆することなく井戸の中へと飛び込む。

 僅かに濡れた地面を踏みしめ、松明に火を付けて中を進む。

 声が掛かるのは想定よりも早かった。


「誰だ?」


 言語は共通語。恐らく迷い込んでくるのは只人族であると予想しているからだろう。

 もし、ここでシリス語しか話せない現地人ならどうなるのか、と気にもなったが今考えることではないので、思考を中断する。


「手紙を受け取ってない? 協力者だ」


「デレディオス殿と森人族の少女か? しかし、デレディオス殿の姿が見えないぞ?」


 こちらからは海人族の姿は見えないのだが、どうやら海人族からこちらが見えているらしい。

 松明を掲げて姿を確認しようとするが、足元にナイフが飛んでくる。


「それ以上近づくな」


「私は味方のつもりなのだけど?」


「それでも確定した訳ではない。味方だと言う証拠はあるか?」


「ここにオフィキウムからの手紙がある」


「投げてよこせ」


 投げたら汚れないか。そんなことを思うが、相手がそう言うならば仕方がない。海人族がいるであろう方向に手紙を投げる。

 海人族はそれを手に取り、暫くして口を開いた。


「なるほど。確かにこれを持っているということはお前がそうなのだろう。最近妙な二人組が来たと報告が入って来たからな」


「こんな穴蔵にいるのに外のことは掴んでいるんだな」


「黙っていろ。おい」


 軽口を叩けば、すぐに黙らされる。どうやらピリピリしているみたいだ。

 海人族の男の後ろからもう1人の海人族の男が出て来る。その男が私の体を弄った。

 変態——と叫ぶことも考えたが、余計に拗れたら面倒だな。多分、何か隠してないかを探ったんだろう。大人しくしておこう。


「歩け」


「私味方のはずだけど?」


「それは俺たちが決めることだ。お前がこの手紙を持ち主から奪ったとも考えられるしな」


「そんな間抜けじゃないんだけど」


「ふん、どうだろうな。森人族は外の世界の厳しさを知らない奴等ばかりだからな」


 武器を取られ、背中を突っつかれて歩かされる。

 最近こんな扱いばかりだな。


「デレディオス殿は何処に行った?」


 海人族が改めてデレディオスの居場所を問いかける。

 隠す必要はない。私は素直に答える。


「この街を治めていたはずの友人の手掛かりを探している。暫く遠出するって言っていた」


「何だと? クソッ想定外だ。手を貸して欲しかったのに」


「何かあったか?」


「お前に話すつもりはない」


 冷たくあしらわれる。


「力が必要なら私が貸すぞ」


「ハ——貧弱な森人族に何ができるんだ。あんな奴等我々だけで十分だ」


「でもあなたさっき力を貸して欲しいって言っていただろう」


「黙れ! 貴様本当に味方なのか? さっきから揚げ足ばかり取りやがって」


「矛盾したことばっかり言っているからだ」


 前を歩く海人族に矛盾点を指摘すると後ろにいた海人族に怒鳴られる。

 私も沸点が低い方だが、こいつらはそれ以上だな。


「兄貴、こいつは気を失わせて外に放り出しときましょう。こんな子供なんて足を引っ張るだけです!!」


「私、あなたより強いぞ」


「そんな訳あるか。俺は橙級とうきゅう戦士だ!!」


「私の方が強いと証明してくれてありがとう。私は翠級すいきゅうだ」


「はぁ!? お前みたいな餓鬼が翠級だと? ふざけやがって。剣も碌に持てない癖に何を言ってやがるッ」


 顔を歪ませ、罵倒を吐く海人族の男。

 オフィキウムと同じ顔なのが苛つく。彼なら見た目で差別することはないのに。本当に顔を歪ませて彼と違う骨格にしてやろうか。


「何を睨んでやがる?」


「ふん、別にー。それで、何かやることはあるか?」


「ない。デレディオス殿ならば兎も角、森人族如きに頼み事などするものか。我らは戦士。軟弱な者の手など借りぬ」


「あっそ。分かった。なら、お好きにどうぞ。こっちも好きに動かせて貰うから」


 同じ海人族に何かあればオフィキウムに心労をかけるだろう。

 オフィキウムに借りがあるからこそ、そう考えて我慢していた。だが、これ以上私を蔑むのなら、いくらオフィキウムのためと言えど許容できない。


「待て!!」


 やっぱり貴族の屋敷にでも襲撃をかけようか。そんなことを考えていると私を呼び止める声が響いた。

 その声は明らかに甲高く、先程まで話しをしていた海人族のものではないことは明らかだった。


「……子供?」


「子供じゃない。戦士だ! この脆弱なとんがり耳野郎め!!」


 海人族の男の足元に同じ、いや私よりも少し高いぐらいの背丈をした海人族の子供がいる。その後ろには更に二人の少年と一人の少女がいた。

 先頭に立った海人族の少年が私の前に立つ。


「お前には我が戦士団に入らせてやろう。光栄に思え!!」


 いきなり出てきて何を言っているのか。意味が分からない。

 というかこの海人族の少年少女は何なのだ。もしかして、救出した子供たちか?

 色々な疑問が出て来る。だが、しかし——それは置いておこう。言いたいことが、訂正しなければいけないことができたのだから。まずはそれが優先だ。


「ふ————私は野郎じゃねぇッッッ!!!!!」


 拳を握り締め、少年に振りかぶる。

 鈍い音が空間に響き渡った。

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