第37話

 海人族の少年に拳を振るい、野郎ではないと証明した後——腕力が無いせいで海人族の少年は大した怪我はしていない——私は海人族の子供たちと一括りにされることになった。解せない。


 彼等は海人族の戦士たちが、この街に来る途中、輸送されている最中に助け出された子供たちのようだ。

 助けたなら国に連れて帰れよと思わなくもないが、どうやらそれができなかったらしい。海人族の戦士たちもシリス王国の内部まで来るのは初めて、警戒も必要だったし、人数を減らす訳にもいかなかった。かと言って、旅慣れていない子供たちだけで返す訳にもいかない。だからこそ、彼等は危険に晒すぐらいならと子供たちを街まで連れて来たのだ。


 これで一安心。となるはずだったのだが、残念ながらそうはならない。

 子供だけでは危険だからという理由で街まで連れて来た戦士たち。

 しかし、子供たちは自分たちを戦士だと認めて貰ったと認識したらしい。


「だから、いい加減俺たちも連れて行けよ! こんなちんちくりんのとんがり耳野郎が一人で旅できるぐらいなんだぞ。俺たちだって戦える!」


「そうだそうだ!!」


「海人族こそが最強!」


「異種族を滅ぼせ!」


 目の前で少年少女たちが戦士たちに抗議の声を上げる。

 戦士たちは顔を見合わせ、どうしたものか渋い顔をしている。


「敵には我らでも手古摺るような者がいるのだ。そこに未熟なお前たちを連れて行くことなどできん」


「何でだよ! 只人族何て大したことないじゃないか! あの弱っちいとんがり耳野郎が一人で旅できるぐらいなんだぞ!!」


「あの弱者は一人で旅をして来たのではない。聞いたことがあるだろう。デレディオス殿に守られながらこの街に来たのだ」


 いつの間にか私はデレディオスに守られて来たことになっている。不快だな。というかあの少年はいつになったら私を野郎じゃないと理解するのだろうか。

 それに弱っちいってなんだ。もしかして腕力のことを言っているのか。

 改めて戦士たちに抗議を上げる少年を見る。


 子供たちを纏めているのはあの少年だろう。

 歳は同じぐらい。しかし、背丈や肩幅は子供ながらに大きい。何より、体を覆う鱗が厚い。

 恐らく、私が殴ってもあまり効かなかった理由があの鱗にあるのだろう。

 大きな体格にあの耐久性もあるならば、同年代では負けなしかもしれない。


 それにあれほど強気になっている理由はまた別にある。

 その原因は戦士たちにあるだろう。

 子供たちを輸送していた只人族は数十人いたらしい。それをたった二人の海人族が難なく倒した。

 それを子供たちが見たらどう考えるか。

 簡単だ。只人族など大したことが無いと考えてしまう。自分たちが誰に捕まったのかも忘れて。


「いい加減にしろ! お前たちに構っている暇はないんだ。俺たちは貴族の屋敷に囚われている子供を救いに行く。お前たちに戦場は早い。ここでそいつと大人しくしていろ」


「な、何で俺たちがこいつと一緒何だよ!? 戦わせろよ。ここで俺たちがやったこと何て印を付けるぐらいだぞ!!」


 海人族の戦士たちも子供に遊ばせるだけではなかったらしい。あの印を付けたのは海人族の子供だったのか。どうりで低い位置にあった。


「デレディオスを待たなくて良いのか?」


「…………これ以上あの貴族の好きにはできない」


 長考の末、海人族の戦士が言葉を絞り出す。

 本当ならばデレディオスを待ちたいのだろう。何故デレディオスを頼りにするのかは分からない。手強い敵でもいるのか。

 海人族たちはこの街に来てから直ぐに情報収集を行っていたこと。結果、分かったのはこの街を支配する貴族の元に海人族の子供が運ばれたこと。それぐらいしか教えて貰えなかった。


「私が手を貸しても良いぞ」


「ふっ——貴様のような弱者など俺の足を引っ張るだけだ」


「その通りだ。後ろでうろつくのが精一杯だろう。しゃしゃり出て来るんじゃねぇよ」


 海人族の戦士たちが嘲笑う。少年たちも身の程を弁えろとばかりにニヤニヤと睨み付けて来る。

 そうか。私の助けはいらないか。


「——なら、手助けして貰えるなんて思うなよ?」


「ククッ手助けだと? お前が? 冗談だろう。不相応過ぎる。もっと自分を知ってからそんな大言は吐くんだな」


 海人族の戦士たちは少年たちに厳しく言い付けた後、奥の方へと進んで行く。

 今後の打ち合わせをするのだろう。

 私は戦士たちが姿を消した方向とは逆に足を向ける。


「おい、何処に行くんだよ。ここで大人しくしてろって言ってたろ」


 案の定、私に声が掛かる。


「見て分からないのか。外に行くんだ」


「馬鹿かお前は。ここで大人しくしてろよ」


「嫌だ。私は海人族じゃない。デレディオスの弟子として貴方たちに力を貸す気ではいたけど、ないがしろにされてばかり。力を貸す気も失せた。私は私で行動する」


「はぁ? 弱い癖に何言ってんだ。馬鹿か? 馬鹿なのか? 俺がここで待てって言ったら待つんだよ」


「従う理由もないな。それじゃ——」


「チッこのとんがり耳野郎がッ」


 海人族の少年が私を捕まえようと手を伸ばす。

 遅い。そんな速度じゃ私の髪の毛も触れられないぞ。


「な——ま、待ちやがれ!!」


 急に走り出した私に海人族の少年が驚き、追いかけて来る。しかし、残念。彼と私とでは速度が違い過ぎた。

 グングンと引き離され、この空間に入って来た井戸の入口まで来た頃には姿が見えなくなっていた。


 私はそこから外に出る——ことはなく、最早水を汲むことすらできなくなったのにロープに垂れ下がっている桶を大きく揺らし、急いで物陰に隠れた。


「クソッもう少しだったのにッ」


 後から来た少年が、大きく揺れているロープを見て、私が外に逃げたと勘違いする。

 それにしても後少しか。何処が少しだったのだろうか。


 その後、私の狙い通りに少年たちは海人族の戦士たちの元まで走る。

 私の狙いは外に出ることじゃない。情報収集だ。

 あのまま海人族の戦士たちを追いかけても良かったが、それではあの少年少女たちに邪魔されかねない。何としても撒く必要があったのだ。


 私が外に出たことを報告する少年少女たちを追いかけ、海人族の戦士の元まで行き、会話が聞き取れる距離で身を潜める。

 報告を聞いた海人族の戦士たちは憤慨していたが、計画を今から変えることはできないと少年たちに決して外には出ないこと。追いかけないことを言い付けていた。


 少年達がいなくなった空間で戦士たちは改めて話を始める。


「クソッあの森人族め。何を考えているんだッ」


「余計なことばかり。見つけたら殺してやりましょう。我らの足を引っ張るだけでなく、悩み事まで増やすなど」


「寄せ。仮にもデレディオス殿の知人なのだぞ。あの方は旅での出会いを大事にされる方だ。無暗に殺害をすればあの方の怒りがこちらに向けられる」


「チッデレディオス殿さえいなければ大きく出られない弱者がッ」


 言いたい放題だな。

 怒りがふつふつと溜まるが、今は我慢だ。

 私に対して愚痴が吐き出された後、ようやく計画について話し合いが行われる。


 まず話されたのは海人族たちが集めた情報についてだった。


 現在の当主——スコリアは過去にこの街を追い出された経験がある。

 その理由は、街に住む只人族の子供に残虐な行いをしたからだ。

 子供を誘拐し、周りには死亡したと報告した後、地下室に監禁。少女ならば強姦を、少年ならば狩りの対象として遊びつくしていたと言う。

 兄であるコルディアに隠れて数年。それは密かに続けられたが、最終的には罪を暴かれ、王国の法によって国外追放となった。

 だが、最近スコリアは手に入れた最強の手札を以て兄に復讐をし、当主の座を奪った。あろうことかそれを国には兄が危篤となり、後継者として選ばれたから帰って来たと報告しているらしい。


 国も目を光らせているため、かつてのように只人族の子供で遊ぶことができないが、そこで諦めないのがスコリアだった。

 只人族が駄目なら異種族で良い。

 そのような理由で海人族だけでなく、幅広く種族を集めようとしているらしい。今の所集まっているのは、奴隷商との取引から見て海人族、森人族、獣人族の三種族のようだ。


「(良い情報が聞けた。ここには森人族がいる)」


 海人族の戦士の話を聞いて密かに高揚する。

 ここで森人族の話が聞けるとは思わなかった。これでまた同胞を救うことができる。だが、変態な貴族の元に捕まっているのは心配だ。死んでいなければ良いが——。

 会話に更に意識を集中させる。


 スコリアが持っている最強の手札は、とある剣士だ。

 その戦士の名前はプラゲィド。階級は茈級しきゅう

 数の利を一人で埋めることができる力量を持ち、事実たった一人でコルディアに仕えていた兵士を片付けた剣士。

 加えてスコリアに屈服した兵士が五百名ほど。

 彼等を海人族の戦士はたった二人で相手にするようだった。


 全ての内容を聞き終えた後、私はひっそりとその場を去る。

 今度こそ外に出て屋敷が見える場所で身を潜める。後は、待つだけだった。

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