英雄伝承——森人の章——
大田シンヤ
第1話誕生編
産まれた頃から意識があった。
産まれた頃、というのは母親のお腹の中から出て来た瞬間ではない。お腹の中にいた頃からの話だ。
暗く、狭い場所。しかし、暖かく、安心出来る場所。
そこから出て自分を見下ろす影が二つ視界に入った時、疑問も抱かず悟る。この人達が自分を作ったのだろうと。
その時思ったのはそれだけだ。泣き疲れてそれどころではなかったのだ。
「エヤエィチィヴダ。カエィチィツハヨセラギィ、ロケルチィ」
「サハサギィ、アェチィスハサ。ツウシィケトニィウゥトキィロアェウ。アィニィチィマヴナウゥニィミィナロヲリィコウゥコエヌ、テロケウクトノ」
意識が薄れる中、その言葉を聞いた。意味など分からない。だが、それが悪いものではないというのだけは何となくだが分かった。
そして、それから三年後。
赤ん坊の頃とは違い、意識もハッキリし、歩き回れるようになったことで分かることはたくさんあった。
まず、私についてだが、私は
詩人ではない。恰好つけている訳でもない。本当のことだ。
これは森人という種族のしきたりらしい。
森人は産まれた頃に名前を両親から貰うのではなく、五歳になると里長から名前を貰うらしい。
それまでは母親か父親の娘、息子と呼ばれ続ける。二人いたらどうなるんだと思うことはあるが、家には私一人しかいない。姉弟がいれば話は別だったが、いないのだから考えるだけ無駄だろう。
「勉強の時間よ~」
母親の間延びした声を耳にして一階へと向かう。
先程までいたのは私の部屋だ。
木製の窓からは里を一望出来る——ということもなく、のどかな街並みが見える程度だ。
この里に住んでいる者は全員がとんがり耳。森人なのだから当然なのだが、勉強では世界には色んな種族がいると教えられている。
近くには獣人と呼ばれる種族がいるようだが、その話をすると父様も母様も怒るので口にはしない。特に父様は直ぐに手を出す。嫌いだ。
いずれ知ることになろのだろうから、その時に知れば良いのだ。だから今は気にしない。
軽い足取りで階段を駆け下りると窓から差し込んだ日光が当たるテーブル。私が家の中で一番気に入っている所で母様が木簡を広げて待っていた。
いつだって勉強する場所はここだ。赤ん坊の頃から変わっていない。
赤ん坊の頃から勉強するのも森人という種族のしきたりらしい。
森人は赤ん坊の頃から意識がハッキリしている。そのため、言語などはその頃に完全に覚えさせるようだ。
だから森人は一歳になる頃には森人語を覚え、ハキハキとした喋りになる。種族の中にたどたどしい言葉で喋る者はいない。
「母様、今日は一体何を教えてくれるの?」
前回学んだのは礼儀作法だった。
全てを学んではいないが、新しいのがあるのならば新しいのを学びたい。
「今日はねぇー。
「き、りょく?」
きりょく……気力?
聞き慣れない言葉に首を傾げる。
よく分かっていない私に母様は説明してくれる。
「輝力というのはー。輝く力と書くのよー。この世界で誰もが持っている力よー」
「それは一体どういうものなのですか?」
「ふふ、こういうものよー」
そう言って母様は掌を上に向ける。すると掌の上に日光や炎とはまた別の光りが現れた。
「綺麗……」
「あら、ありがとうー。昔の人達もこの輝きで闇を照らしていたと言われているのー」
「だから輝く力、なのですね!」
「そうー。ある地域では輝力じゃなくて別の名前で呼ばれていたりするけど、それはまた別の人に教えて貰ってねー」
輝く力と書いて輝力。
なるほど、覚えた。しかし、別の地域ではまた違う呼び名なのか。輝く力の反対闇の力とかかな?
「母様……それで何が出来るのでしょうか?」
「ふふ、これから説明するわねー」
にこにこと笑顔を浮かべる母様から輝力の使い方を教えられる。
教わった輝力の一般的な使い方は二つ。
纏い、術式を発動させるためのエネルギーにする、この二つだ。
纏いとは、肉体の一回り外に輝力を薄く纏い、鎧にして肉体を守る使い方(多分とのこと)。
そして、輝術——術式を発動させるエネルギーにする、という使い方は最も森人の中で主流になっているものだ。
森人の肉体は全ての種族の中で最も脆弱だと言われているため、纏いを好むものは森人の中にはいないらしい。
纏いを使えたら格好いいと思うのだが、それを使う者は森人の中では異端者として冷遇されるらしい。
だから、母様からは輝術の方をよく勉強しなさいと言われた。
それじゃあ術式は何なのか、と言う話になったのだが、簡単に言ってしまえば、これ炎を出したり、水を操ったりするための過程だ。
炎を出す原理、燃え続ける原理、水が氷になる、もしくは消えてしまう原理。それを式にし、暗号化したものを術式というらしい
ちなみに暗号化するのは自分が作った式を他の者に簡単に解読させないためだ。
炎を出現させたり、水を操ったりと基本的なものは既に知れ渡っているようだが、それを応用し、独自に開発したものや血族秘伝の技もあるため、暗号化は必須のようだ。
基礎的な術式を一通り習い終わるとその頃には日は傾き始めていた。
「それじゃ、今日の勉強はおしまいねー。明日は父様と輝術の実践よー」
「父様とですか。上手く出来ると良いです」
「大丈夫よー。森人は輝術の才能に溢れている種族だし、私も父様も輝術の扱いは里でも上位に位置するのよー。それに術式もちゃんと覚えられているから大丈夫よー」
「分かりました。頑張ります」
心配なのは輝術がちゃんと扱えるかではなく、父様とやることなのですよ母様。あの人私を鍛え上げるためにかなり厳しく接するんです。
実践をする時は一緒にいてくれるんですよね?そう願いを込めて見つめたのに頭を撫でられただけだ。ぐすんっ。でも気持ち良いからいいや。
そして、翌日になり、輝術の実践を行う時間になり——。
「お前に輝術の才能はないんだな」
全く輝術を発動させることが出来ず、父様には殴られた。
やっぱりこの人嫌いだ。
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