第41話
ご当主と出会ったのは何時だったか。
恐らくは私と弟二人で旅をし、そして弟が病で倒れた頃だったから一年前だったか。
剣を鍛えてはいても、学のない私に弟を救うことなどできなかった。
薬に対する知識もなし、誰かに仕えてもいなかったので金もない。日々衰弱していく弟を見ている事しかできない。
そんな時に薬を求め立ち寄った村で詐欺を行っていたご当主と出会ったのだ。
最初は小さな男だと思って過ぎ去ろうと思った。
必要なのは弟を治すこと。金はなかったが、剣一つでも売れば確保できないか。それができなければ——。そう考えて、下手に突っ込んで騒ぎを起こすことは不利益に通じると判断した。
だが、状況は一変する。
詐欺を働いたことが明らかになり、荒くれ者の男たち複数人にご当主が嬲り殺されそうになったのだ。
そのご当主が何を考えたのか私の後ろに隠れ、私のことも仲間だと口にしたのだ。
当然、私はそれを否定した。しかし、詐欺に遭い、怒りの収まらない男たちに話は通じなかった。
と言っても、私は
瞬く間に荒くれ者を片付けた後、厄介事に巻き込んでくれたご当主も片付けようとしたのだが、そこでご当主から取引を持ち掛けてきたのだ。
苦しんでいる弟を見て、こんな辺鄙な村ではその弟は治療できない。故に、その弟を助けたくば、麻呂の配下になるが良い——と。
勝手に何を言っているのだと思ったが、狭い村で荒事を起こし、私を恐れて排斥する行動をしている村人を見て諦めた。
そこから諦め半分でご当主について行ったのだが、元々は貴族の身分だったらしく、昔の伝手を利用して高価な薬を持って来た時には驚いた。
今では弟は寝台からは起き上がれないものの、苦しんでいた時が嘘のように普通に会話ができるようになっている。
共に剣を育み、競い合ってきた弟の命を救った。
小さな男だが、それだけの恩がご当主にはできた。それについていく時に諦め半分ではあるものの、もう約束していたのだ。
それが、私がご当主に仕えるようになった理由だった。
「(——申し訳ありませんねぇ。ご当主)」
黒い何かに吸い込まれながら、唖然としているご当主に謝罪する。
一体自分に何が起きているのか、私にも分からない。だが、何かに体を捕まえられているのは確かだった。
こうなることを分かっていたから、あの闘人族は森人族の少女を止めていたのだろう。
「(これは何ですかねぇ。もしかして、輝術の暴走でしょうか?)」
私が分身を出せる理由——それは懐に隠し持っている羊皮紙に刻まれた輝術の術式によるものだ。
かなりの値打ちもので、高貴な御方の屋敷からご当主が盗んだものらしい。
「(訳の分からないものに手を出した罰ですかねぇ)」
視界が暗くなっていく。
最後に森人族へと目を向けた。
森人族は輝術に優れており、里の全ての者が輝術師だと聞いたことがあるが、剣を持つ森人族など聞いたことが無い。
しかし、酔狂で剣を振るっている訳ではなさそうだった。
自身の弱点を理解した剣術、武装、足運び。
特に速さで言うならば、私をとっくに超えている。ここが狭い部屋の中で良かったと戦っている最中は胸を撫で下ろしていた。
速さを十分に活用できる広さがあったら、どうなっていたか。私の剣遊流を彼女が学んでいたらどうなるのか。
剣士としての未来が楽しみな逸材だった。
「惜しいですねぇ……」
完全に視界が黒に染まる。
同時に私の意識は刃を突き刺されたかのように完全に無くなった。
「結局、あれは何だったんだ?」
戦いは終わり、治療を受けて旅立つ準備が終わった後、私はデレディオスに問い掛けていた。
プラゲィドとの戦いに出て来た黒い影。
あれは分身体を大量に出しかけていたプラゲィドを呑み込んだ後、綺麗サッパリ消えてしまった。
あれが何なのか、さっぱり分からない。
誰が、何の目的で行ったのか。王国の兵器か。新種の怪物か。プラゲィドの最後はあの場にいた兵士が広めてしまい、今では街中で噂になっている。
唯一答えが分かっているのは、あの場で確信めいたことを口にしていたデレディオスだけだろう。
「あれはな、黒神だ」
「は? 何でここで八大神の名前が出て来るんだ?」
「八大神か。懐かしいな。今では八大星天と伝わっているのだろう?」
「はぐらかすな。ちゃんと答えろ」
「分かった分かった。そう睨むな」
やれやれ、とばかりに肩を竦めた後、デレディオスは口を開く。
「世界には法則が幾つかある。輝力の流れや重力と同じようにな。世界が定めた法則には従わねばならん。それがこの世界に住む者の責務だ。今回プラゲィドはその法則を破りかけた。だからこそ、黒神が派遣されたのだろう」
「まるで世界に意識があって神を従えているみたいに聞こえる」
「みたい、ではなくそう言っているのだ」
「あらゆる信奉者を怒らせるような内容だな」
「神を信仰すれば都合の良いことが起きると考えとる馬鹿共など知ったことか」
世界中には未だに八大神を崇める人たちがいるというのに、なんてことを。まぁ、私も別に神を信仰はしていないし、大体同じ考えなんだけどね。だから、軽く流す。
今回聞きたいのはそこでもないのだ。
「それで、プラゲィドは何の法則に触れたんだ?」
先程デレディオスが口にした法則はごく一部のもの。
プラゲィドのようなことを避けるためにも、聞いておく必要がある。
「今回プラゲィドが破りかけた法則は、世界の同じ人間は三人までという法則だ。そう無いと思うが、お主も分身体を輝術で作る時は気を付けるのだぞ」
「そんなことないと思うけど——ってあの分身体って輝術で作られていたのか!?」
「何だ。気付かなかったのか?」
プラゲィドの分身体が輝術によるものだったとは。
森人族の里でもそんな輝術は聞いたことが無かったな。探してみようかな、と思ったが、私は輝術が使えないので無意味だと気付き、諦める。
「デレディオス。友達との別れは済んだのか?」
私たちの周囲に旅を見送ってくれる人はいない。
海人族の街を出る時とは大違いだ。
あのコルディアという貴族もデレディオスの友達ならば人を集めてお別れでもするのかと思ったのだが、肩透かしを食らった気分だ。
ちなみに、海人族の戦士たちは既にこの街を発っている。
恩返しとして、茈級の海人族の戦士が捕まっていた森人族も里に送り届けてくれているので、この場にいるのは私達二人だけだ。
「あぁ、部屋で済ませて来た。彼奴も忙しい身だからな」
「友達なのに冷たいんだな。もしかして、利用されただけじゃないか?」
「フハハハハ、そうかもしれんな! だが、友の力になったのだ。我はそれで良い」
豪快に笑い、デレディオスは歩き出す。
私はその背中に続いた。
それから私たちはロンディウム大陸の中央大地を旅した。
シリス王国の首都、ルクリア王国の地方都市、要塞都市、巨人の背骨。色んな場所で森人族の痕跡を探し、奴隷になった者を解放し続けた。
時には貴族と戦う時もあった。
だが、デレディオス曰く、後一つ困難を潜れば茈級になっても可笑しくはないとのことで、殆どの兵士が相手にならなかった。
翠級、茈級の剣士、戦士は貴族でも簡単には雇えないらしく、ミーネの街を出て以降は全くで会えていない。
しかし、不満を漏らす余裕などなかった。
何故なら、強くなった分デレディオスの修業が厳しくなったからである。
朝と夜は素振り、後はひたすら実践だ。
時には視界の悪い洞窟の中で、時には速さを生かせない泥沼の中で。あらゆる状況を想定してデレディオスにはコテンパンにされた。
それでいて食事も言われた通り、肉や魚も喰わなければならない。その過酷さは本気で逃げようか考えたほどだ。
そんな生活が二年続き——。
ロンディウム大陸のルクリア王国の隅っこにある田舎で私は思わぬ出会いをした。
「嘘、だろ」
「あなたは……もしかしてリア?」
そこで出会ったのは——母様の妹で、里でも私に良くしてくれたフェリクスだった。
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