第42話

「やめろ、その子を離すんだ!」


「う、うるさい。この小童が!!」


 ロンディウム大陸西方大地マーロン王国の地方貴族が治める村で勇者は少女を人質に取った強面の男と向かい合っていた。


「もう逃げられないぞ悪党め! 無垢な民を巻き込む何て許せないッ。さぁ、その子を離せ。正々堂々勝負しろ!」


「黙りやがれってんだ。それ以上近づいてみろ。この餓鬼の頭が胴体と別れることになるからな!!」


「クッ——救いの手を拒むだなんて。何て身勝手なんだ!? もう僕も容赦しないぞ!!」


「な——グハァッ!!?」


 高速で近づき、少女を傷つけぬように剣を振るい、男の首を飛ばす。同時に周囲で成り行きを見守っていた村人たちも歓声を上げた。

 強面の男は貴族の屋敷を襲撃し、村を占拠していた山賊の頭領だった。

 たまたま物資の補給に立ち寄ったこの村で、村人が支配されていると分かった勇者がその惨状を放っておくはずが無かった。

 恐怖から解放された村人たちはこぞって勇者を取り囲む。

 黄色い歓声を上げる女性や涙を流して喜ぶ老人、御伽噺に出て来るような人物に目を輝かせ少年に取り囲まれた勇者が解放されるまで暫くかかった。


「全く……勇者ったらあんなデレデレして」


 頬を膨らませ、私——アルバは一つ前の街で購入した羊皮紙を人気のない場所で広げる。

 山賊を討伐し終わった後、私たちはこの村で一日を過ごすことを決めた。

 だが、肉体を休めることができても、精神の方はそうは休めることはできなかった。原因は、村にいる女たちだ。

 美貌で負けてはいないのだが、彼女たちは只人族。森人族である私よりも肉が付いている女だ。

 別に彼がそう言うのが好きだと明言した訳ではないが、男というのは大きいのが好きだと聞いたことがある。

 彼女たちの間に入って妨害しようにも、勇者は強気に出ることを許さない。

 だからだろう。精神が波のように荒立って落ち着かないのだ。


「ふぅっ」


 息を吐き出す。

 勉強をしようと思ったが、すっかりそんな気分ではなくなった。

 山賊の頭領は勇者が相手したが、その大量の手下は元山賊の少女、槍使いの女戦士、弓使いの女戦士と私で相手をしていた。そのおかげで汗もかいた。

 気分を治すついでに汗も流すために沐浴でもしよう。丁度、近場に水場があったはずだ。

 そう考えて丸太から腰を上げようとした所で声がかかった。


「あら、あなたこんな所にいたの?」


「いやぁ……少し」


「あ、分かった。彼にくっついてる女を見るのが嫌でここに逃げ込んだのね?」


「……それは、その、はい」


「ふふ、良いわねぇ。若いって」


「あなたも十分お若いと思いますけど?」


「そう? ありがとう」


 声を掛けてきたのは槍使いの女戦士だ。

 言葉に詰まっている間に隣に座られ、腰を上げる機会を逃してしまう。


「彼も困った人よねぇ。こんな可愛い子の気持ちに気付かず、他の女と遊んでいる何て」


「仕方ありませんよ。人の善意を無下にはできない人ですから」


「文句ぐらい言っても良いと思うわよ?それに、止めておかないともしかしたら、夜には彼の寝台には全裸の女性が潜り込むことになるかもしれないしね」


「そ、それは契りを交わしてから行うものでは!?」


「あら、やっぱり森人族ってそういう考え方なのね。只人族はちょっと良いなぁって思ったら男と女はズッコンバッコンやるものよ」


「な、な、な——!!?」


 衝撃の事実が耳に入り、愕然とする。

 そっかー。只人族の情事ってそんなに頻繁に起こるものなのかー。どうりで繫栄する速度が異常な訳だなー。


「(なんて考えている場合かぁい!!)」


 自分で自分に突っ込み頭を抱える。

 脳内に溢れ出す妄想を叩き出す。落ち着け。落ち着くことが大事だ。そう、輝術の論理を頭に浮かべろ。そうすれば少しは冷静に——と思ったが、まだまだ溢れ出す勇者と村人の女性のアレな姿。


「(んなぁあああああ!!!?)」


「ふっくくく——」


 頭を抱えて心の中で絶叫を上げていると横から押し殺した笑みが聞こえた。


「もしかして揶揄いました?」


「ふふっそうね。ちょっと落ち込んでるかと思って、ね?」


「だとしても、もっと違う内容でも良かったんじゃありませんかぁ!?」


「そうね。ごめんなさい。許してね?」


 片目を閉じて少し舌を出してくる槍使いの女戦士。反省している様子がこれっぽっちもない。

 何だかどうでもよくなり、溜息をついて脱力する。


「ふふっ安心して。国からそういうことはさせないようにって命令は受けているの。村人が迫ろうものなら、今見張っている弓使いちゃんが追い払うわよ」


「そう、なんですか。まぁ、勇者という称号を持っていますからね。下手なことはできないですよね」


 その言葉を聞いて少しだけ落ち着く。


「でも、安全だと思っちゃだめよ。勇者の称号を持った者は王国に取り入れるために血縁関係で縛るって話もあったし、うかうかしていると全く知らない誰かに取られちゃうかもよ?」


「う、うるさいです。私は森人族。ゆっくり責めますよ」


「森人族のゆっくりって私たちの時間間隔で例えるならどれくらいになるのでしょうね」


 やれやれとばかりに槍使いの女戦士が首を振る。

 分かってはいる。分かってはいるが、こちらも時間が欲しい。なんせこんな気持ちは初めてなのだ。

 槍使いの女戦士の言葉を聞き流して、羊皮紙を広げる。

 すっかり沐浴に行く気も失せてしまったため、当初の予定通り輝術の勉強を行う。


「…………」


「…………あの、本当に何の用でしょうか?」


 最中、ジッと見て来る槍使いの女戦士の視線が気になり、問いかける。

 また、揶揄われるのか。少しだけ私は身構えた。


「そう警戒しないでよ。真面目に勉強しているなぁって思っただけよ」


「……皆さんのお役に立ちたいですからね」


「そうなの? でも、それってあなたの輝力量じゃ使えないものじゃなかったっけ?」


「よくご存じですね。そうですよ。でも、この術式が応用したものを敵が使ってきた時、学んでいれば解読して無効化も可能になるかもしれないじゃないですか」


「確かにそうだけど、少し心配。あなたっていつも渡すお金は勉強に使っちゃうから。少しは自分のために使って良いのよ?」


 槍使いの女戦士が心配そうな表情をする。

 自分のために使って良いか。そう言われるのは初めてだ。

 だが、心配は無用だ。


「大丈夫ですよ。というか、里では苦だった勉強も解放されてからは、むしろ勉強したいって思うようになったんです。さっきはお役に立ちたいって言いましたけど、半分は自分が学びたいからなんですよ」


「それなら良いけど……」


 心配無用であることを伝えると槍使いの女戦士は渋々と言った様子で引き下がる。

 本人が満足している以上、外野がこれ以上口にしても不快になるかもしれない。そう考えてのことだろう。


「でも、少し勿体ないわねぇ。勉強してもその輝術が使えない何て。あ、そうだ。いっそのこと輝力量を増やす訓練をしたら?」


 名案、とばかりに槍使いの女戦士が手を叩いて提案するが、残念ながらそれはできない。


「それは不可能ですよ。輝力量は産まれた頃から決まっているんです。どんな訓練をしても輝力量が増えることはありません」


「そうなの? あれ、でも昔訓練すれば連続で輝力消費の多い術を何度も使えるようになると聞いたんだけど……」


「恐らくそれは輝力の流れる速度を上げる訓練のことではありませんか?」


「そうだったかしら、ごめんなさい。忘れてしまったわ」


「そうですか。でも、多分流れる速度の訓練だと思いますよ。これも生まれによって有利不利が出てきますけど、訓練で変化が出るのは速度だけですし。ちなみに、最近私はその輝力の流れが速いことが分かりました」


「まぁ凄い、と言いたい所だけど、それって速かったら何か良いことがあるの?」


「え、嘘ですよね? 輝力使ったことないんですか?」


「使ったことはあるわよ。私は戦士だから、輝術師みたいに意識して使ったことはないの。修行だって輝力の淀みを無くすことしかやったことないし」


 そういうものなのか。

 しかし、無意識に使っているのか。感覚的か論理的かの違いなのかもしれないわね。


「そうですか。なら、この私が説明してあげましょう。輝力の流れる速度が優れていれば何か良いことがあるか、でしたよね。結果から言うと流れる速度が速ければ、輝力の回復速度が上がるんです」


「あら、それは良いわね。でも、輝力の回復って手を繋いでもできなかった?」


 私の言葉に槍使いの女戦士が驚いた後、尋ねてくる。


「確かに輝力は増えますけど、私はそれを回復とは言えないんじゃないかって思うんです。だって、それって輝力を分けているだけでしょう? 輝力が少ない方は増えるかもしれませんけど、多い方は半分程度になるんですから」


 果たして片方の輝力が減らしている状態を回復と呼んでも良いのか。個人で見れば回復なのだろうが、全体で見れば輝力が減った分は戻っていない。

 それを回復だと言われても私はピンとこなかった。


「輝力の流れる速度が速ければ、一人で誰の手も借りずに輝力を全快させることができます。消費する速度以上の回復能力を得れば輝術を無限に撃ち続ける、そんなことだって可能なのですよ」


「それは、凄いわね。もし、茈級しきゅう輝術が連続で襲ってくると考えると、ゾッとするわ」


 その場面を想像したのか、槍使いの女戦士が身震いする。


「もしかして、森人族は輝術の連発何て簡単にできるの?」


「そこまで怖がらなくて良いですよ。森人族も殆どが茈級を放てる輝力量を持っていますが、輝力の流れも優れているという訳ではありません。流れる速度も半分以上は才能で決まりますし、森人族はそちらの才能には恵まれていないようです」


「そうなの。まぁ、そんな才能があったら既に大陸は森人族に支配されているかもね」


「さぁ、どうだったでしょう」


 森人族が大陸を支配。そんな想像をしてやっぱりないなと考える。

 確かに輝術は脅威ではあるが、森人族である私からすれば高速で動き回る戦士や剣士の方が厄介だ。

 刃物に耐性もないので、森人族は体の近くを剣が横切るだけで腰を抜かすかもしれない。


「ねぇ、もう少し輝力について教えてくれる?」


「勿論です。代わりにあなたが行った輝力の淀みを無くす訓練について教えて下さいね」


 顔を合わせ、笑みを浮かべる。

 楽しい。素直にそう感じる。

 やはり、ここは里とは違う。里ではこのような話をするのも億劫だったが、気の合う仲間となら心が躍った。

 そのまま二人で話し合う。

 私たちの会話が終わったのは、空が赤くなり始めた時だった。

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