第40話
「街を飛び出した時に見張りを付けたはずなんですけどねぇ」
「見張り? あぁ、こそこそしていた彼奴等のことか。彼奴等なら今頃山脈辺りを馬で走っているのではないか?」
「はは、馬を振り切ってこられたのですか。いやはや、闘人族の身体能力を舐めていましたねぇ」
デレディオスが部屋の中へと入って来る。
二メートルもあるデレディオスにとって部屋の入口は低すぎた。部屋に入るには腰を下げ、頭を下げる必要がある。
その瞬間、プラゲィドは仕掛ける。
「剣遊流『幻惑舞踊』」
「剣遊流か! それほどの技量を持つ者と戦うのは久しいな!!」
首を狙った一撃をデレディオスは難なく掌で受け止める。
深くデレディオスの掌を切り裂いたのを見て目を見開く。
私なんてまだ浅い傷すら作れないのに、あの野郎私たち相手に本気じゃなかったらしい。
「一体ここに何をしに戻って来たので?」
「ガハハハ! 無論、我が友の助力である。ついでに馬鹿弟子の命を救いに来たのよ!」
「美しい友情ですなぁ」
「利用するだけの存在は幾らでも作れるが、真の友は得難いものだ。お主も友が窮地に陥っているのなら助けてやるが良い」
大刀、短刀を巧みに使い、プラゲィドはデレディオスに斬りつけていく。
傷を作りながらもデレディオスはそれを素手で受け止めていた。
「全く、化け物ですねぇ。私の剣がここまで通じないのは初めてです。一応、階級を教えて頂いてもよろしいですかな?」
「そうさなぁ、少なくともお主よりは上と答えておこうか」
初めてデレディオスが攻勢に出る。
右腕の三本を使った打撃がプラゲィドを襲う。一発は防いだものの、残り二発は体に突き刺さる。
「ほんっとうに、怪物ですねぇッ」
「ほほう、受け流したか。良き剣士だ」
一撃、いや正確には三撃か。
その内の二つを受けたプラゲィドは吹き飛ばされる——そう思った。だが、私の想像とは裏腹にプラゲィドはほんの少しだけ下がるだけだった。
可笑しい、手加減していたとは言えかなり強力なものだったはずなのに。デレディオスは受け流したと言っていたが、一体何をしたんだ。
「仕方ないですねぇ。こうなれば——」
「動けぬ者を人質に——か?」
「ッ心でも読めるのですかねぇ? 全く、怖い御方だ」
「ハハハハハ! そんな芸当我にできるはずが無かろう。ただ、我と対峙した者はそうする者が多かっただけよ」
「卑怯とお思いですかな?」
「いやいや、行儀の良い決闘でもないのだ。別に構わんさ。だが、お主が人質を取るのをのんびりと待つつもりはないぞ?」
「でしょうねぇ。ですから、こうさせて頂きますよ!」
その瞬間、私は自分の目を疑った。
「嘘、プラゲィドが……二人?」
本物の結城の様にぼやけたかと思えば目の前でゆっくりと二人になっていくプラゲィド。
デレディオスも興味深そうに笑みを深める。
「ほほう、分身体か。さて、どちらが本物かな?」
「さぁて、どちらでしょうか、ねッ!!」
プラゲィドが走り出す。
一人はデレディオスの方へ、もう一人は私の方へと。
片方が足止めをして、もう片方が人質を取る。そんなつもりなのだろう。確かに、
しかし、それでも相手が悪いとしか言えない。
「ヌゥン!!」
デレディオスの本気はまだ私も見たことが無い。
「ッ——クソ」
振るわれた腕が剣を砕き、顔面を潰す。
デレディオスを止めるために戦いを挑んだプラゲィドは死に、残ったのは人質の確保のために走っているプラゲィドのみ。
頭を潰されて消えた所を見ると、あちらが分身だったのだろう。
「ソォラ!!」
デレディオスが家具を投げ、それがプラゲィドの体に当たり、よろめく。その隙を見逃さずにデレディオスは距離を詰めて抑え込んだ。
「これで終わりだな」
「いいえ、まだですよぉッ」
ぬるりともう一人の分身体がデレディオスの拘束を抜け出し、今度は海人族の少女へと向かう。
「では、我はお主の頭を潰そう」
拘束を抜けたと言っても分身体のみ。本体が一つだけならばその本体を潰せば、消えるだけ。
速攻で頭を潰すデレディオスだが、抑え込んでいたプラゲィドが消えるのを見て目を丸くした。
「何と、分身体と本体は入れ替えが可能なのか」
「えぇ、その通りですよぉ。そしてぇ!!」
再びプラゲィドが分身体を作る。今度は二人。その二人をデレディオスの足止めへと向かわせた。
「なるほどなるほど。これは困ったものだ。しかし、我のみに意識を向け過ぎているぞ?」
ニヤニヤとしてデレディオスが視線を私に向ける。
コイツ、私が隙あらば刺そうとしていたことに気付いていたな。しかも、今すぐ分身体を叩きのめせるのにしようともしてない。
デレディオスの意図を汲んだ私は床を蹴る。
既に準備は整っていた。
「——『無窮一刺』!!」
「な!?」
速度ではプラゲィドよりも私の方が勝っている。
後は、どうすれば一撃を与えられるかどうかだった。デレディオスのおかげでそれは整った。
プラゲィドも私が参戦してくるとは思っていなかった。というよりも、デレディオスの存在が大き過ぎて忘れていたのだろう。
目を見開き、驚愕している。
受ける暇もなく、胴体に剣が突き刺さり、勢いのまま壁へと激突した。
「借りは、返したわよ」
剣は壁も貫通している。少しは動けないはずだ。
突き刺さったままの剣のお返しに同じ場所に穴を開けたことに満足し、柄から手を離して腰を下ろす。
自分を貫いている剣がゆらゆらと揺れて軽く腹部を痛めた。
丁度その時、騒がしい足音が耳に届く。
「おぉ、我が友よ!!」
部屋に入って来たのは、スコリアが痩せた姿をしたような男だった。誰なのか簡単に予想が付いた。
「友よ。無事で何よりだ。勝手に「我は切り札とやらの相手をしよう!」と言って飛び出して行った時は冷や汗を掻いたぞ」
「フハハハハ! 許せコルディアよ。しかし、我が弟子と海人族たちが怪我を負っているのでな、医者を呼んできて欲しいが、頼めるか?」
「構わぬ。其方のおかげでスコリアも抑えられた。我が家に塗られた泥も払うことができたのだ。治療は私が肩代わりしよう」
「おぉ、それは助かる!!」
「クソゥ、放せ、放さんかこの無礼者共!!」
二人が話し合っているのを余所に入口から再び人が入って来る。
スコリアと後ろでスコリアを取り押さえている兵士だ。あ、あいつ見たことある門の前にいた兵士だ。今は味方、なのか?
続いて後ろには
良かった。無事に助けることができたんだ。
「プラゲィド、プラゲィドォオオ!! 貴様何をしとるかッ麻呂を助けよ! 貴様麻呂にどれだけの借りがあると思っておるのだ。この役立たずめ!」
「いやはや、耳が痛いですねぇ」
「ッまだ意識があったの」
「ありますよぉ。しかし、内臓までぶっ刺されてしまいました。今抜けたら死んじゃうかもしれませんねぇ」
警戒して距離を取る。
一応剣も回収しておこう。ここからひっくり返すこと何てできないかもしれないけど、相打ち覚悟で突っ込んで込まれても面倒だ。
道ずれで死ぬなんて嫌すぎる。
「プラゲィド! このクソ共を殺せッ殺しまくれ! 何をしとるか、麻呂の命令だぞ!!」
「はぁ、ご当主。今ここで無理をしても未来はないと思いますよぉ?」
「戯けぇええ、何を負けた気になっている。麻呂に勝つ気がある限り、勝負は終わっていないのだぁあ!!」
うわぁ、諦めの悪い悪党って嫌だなぁ。
そこは素直に負けって認めなさいよ。
「そうですかぁ。なら、私も少し頑張りましょうかねぇ」
嘘だろおい。
「道連れとか嫌だから、自爆覚悟で突っ込むのならデレディオスにして」
「おい、おいこの馬鹿弟子。それはどういう意味だ?」
「ハッハッハ! お嬢さん、申し訳ございませんが、私、仲間外れは良くないと思っているので、ここにいる皆さん仲良く黒神の元まで一緒に行って貰いますよぉ!!」
顔面が蒼白になってより、幽鬼のようになっているプラゲィドが目を見開く。
デレディオスが抑えつけている分身体から、剣で壁に縫い付けられた本体から更に分身を生み出そうとしている。
「チッこの野郎——」
「寄せリボルヴィア!!」
「何で止めるの!?」
真っ先に本体の方を仕留めようとした瞬間、デレディオスに止められる。思わず、睨み付けて叫んでいた。
「今私を殺しても無駄だからですよお嬢さん。お忘れですぁ? 私は分身体と本体を自由に入れ替え可能なんですよ。それは作りだされている最中の分身にも有効です」
「そんなのアリ!?」
「フフフフ、絶望なさってくださいねぇ。貴方と闘人族は仕留めることは出来ないでしょうがぁ、他の方々はどうでしょうかぁ?」
「クソッ皆今直ぐここから——」
「いや、それもやらなくて良い」
「はぁ!?」
逃げるように叫ぶ途中、それすらもデレディオスに止められる。
この場にいる全員がデレディオスの正気を疑った。
「馬鹿なのか、全員逃げるぞ! 直ぐに部屋から出ろ!!」
「止めておけ、無駄になるぞ」
「だから、それってどういうことだ!?」
意味が分からない。やらなくて良いとは何だ。無駄になるとはどういう意味だ。デレディオスは何を知っているんだ?
「まさか、そちらにご当主がいるからしないとお考えですかなぁ? ご当主を巻き込まずに貴方方だけを狙うこと何て簡単ですよぉ?」
「そうだろうな」
「では、貴方がこの状況をどうにかするおつもりですかな?」
「いいや、我が動くまでもない。しかし、詰らない結果になったな。やはり、只人族には言い伝えが途切れていたか」
「訳の分からぬことを——話しは終わりです。では、死んでくださいな」
「全員早く外に!!」
プラゲィドの体から大量の分身体が放たれる。
相変わらず、デレディオスは動こうとしない。詰らなくなったと腕を組み、残念そうにプラゲィドを見ている。
頼りにならない。そう判断した私は囚われていた森人族だけでもと彼等の元へ走る。
次の瞬間、部屋が黒い影に覆われた。
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