第19話

 太陽が昇る。

 新しい一日の始まり。

 太陽の光りの邪魔をする雲はおらず、空は青い空が広がっている。

 多くの者がこの空を見て爽快な気分になり、何か良いことがあるかもしれないと思うだろう。

 だが、空を見上げても私は良い気分にはちっともなれなかった。


 人攫いの倉庫には、多くの種族がいた。獣人族、只人族、海人族、魔人族、森人族も勿論いた。だが、母様はいなかった。

 倉庫の中に残っていた森人族は三人。

 私には見覚えはなくとも、どうやら有名だった私のことを相手は覚えていたようで顔を見た時は驚いていた。

 話を聞くに、ここにはもっと多くの森人族がいたようだ。

 二ヶ月前——里から攫われた時にいた森人族は五十人ほど、白く、美しい髪を持つラトエリア様は別の所へと運ばれたようで知らないらしいが、母様はこちらに運ばれた。

 そして、母様を奴隷として選んだ主は小国セルシア出身とのことだった。


 母様に会えると思っていたのに、会えないのは辛い。久しぶりに抱きしめて欲しかった。


「次の街では会えるかな……」


 一度目が空ぶったからか、気持ちが弱気になってしまう。

 これでは駄目だと大きく息を吸い、頬を叩く。


「切り替えよう。出会えるまで探せば出会えるんだ。悲観することなんて何もない!!」


 街で助け出した森人族は、里に帰らせた。

 人攫いの一味から盗った金品があるのだ。只人でも雇うかどうにかして帰れるだろう。あの街には過去に来たことがある森人もいたし、自力で帰るかもしれない。


「目指すは小国セルシア! 母様、待っていて下さい!!」


 セルシアは巨人の背骨と言われる山脈の小さな隙間にできた国々の一つ。街も首都を含めて二つしかない程度の国だ。

 探すのは簡単だろう。

 完全に気持ちを切り替えて走り出す。

 丘を登り切った時には既に暗い気持ちはなくなっていた。


 街を出て一週間。

 道中、怪物や国から逃げ出した元兵士である山賊に襲われることもあったが、問題なく対処し、小国セルシアの国土に入った。

 小国セルシアの国土に入れば、半日で街に辿り着く。助けた森人族からはそう聞いていた。

 確かにその情報通り、半日で辿り着く距離に街はあった——のだが。


「もしかして、戦争している?」


 そこにあったのは穏やかなセルシアの街ではなく、あちこちで炎と煙が上がっている物騒な街だった。

 一体何があったのか、街に入って調べてようとすると丁度良く街にいたセルシアの兵士の一人が声高らかに集った戦士たちに向けて演説していたのでその話を聞いてみる。


 この街を攻撃したのは隣国のエトアという国らしい。

 この国も小国で街を一つか二つしか持っていない国だ。二つの国を合わせてようやく大国であるルクリア王国の貴族の領地に匹敵する、と言えばどれだけこの国が小さいかが分かるだろう。

 そんな小さな国同士が争っているのかと言うと、この両国極端に仲が悪いようだ。


 どうやらセルシアは過去エトアの国を侵略した際、女性に性的な奉仕をさせたことがあるらしい。

 当時は侵略を押し返された所で両国の力は尽き、戦争は終わった。それから七十年間は両国に争いはなかった。


 では——何故今更になって戦争が始まったのか。

 それは七十年前の戦争でセルシアの兵士がエトアの住民にした屈辱的な行いに、エトアは賠償金を求めたが、これまで一切の支払いがなかったからだ。

 屈辱的な行いを反省もせずに、既に支払ったなどと宣う卑怯者共に鉄槌を行う。

 というのが、エトアの言い分らしい。

 だが、セルシアの兵士はこれを鼻で嗤い、卑怯者はあいつらだと憎々し気に語っていた。

 曰く、女性たちにも無理強いをしたことはない。既に賠償金は払っている。支払いが終わったのを証明する書類もある。

 それをエトラに送ったが、問答無用で攻め込んで来たらしい。


 うん、エトラが悪い。

 そんな歴史あったかな。等と思っていたが、一方的な言いがかりを付けられるのが、どれだけ腹が立つかは分かる。

 戦争に関心はなかったけど、私の心は一気にセルシアに傾いた。

 ぜひ、自称正義の執行者をコテンパンにして欲しい。

 相手は殴らなきゃ分からない野蛮人だ。遠慮はいらないぞ。


 ここに集まっている戦士たちは、攻められたセルシアが新たな兵力として雇おうとしている者たちなのだろう。

 この宣言も自分たちの主張を通してどれだけ相手が卑劣かを伝えるのが目的。……多分。戦争前には兵力を補充する時にそんなことをすると母様から聞いたことがある。


 周囲にいる者たちはすっかり兵士の言葉に義憤を感じて顔を顰めている。

 彼等から離れて私は街を見回る。

 戦争に参加はしたくはない。応援はするけどね。

 重要なのは母様がどこにいるかなのだ。


「ねぇ、聞きたいことがあるんだけど」


「あ、何だ餓鬼じゃねぇか。ここはお前の来る所じゃねぇぞ。さっさと親の所に行け」


「その親を探している」


 演説をしている兵士の後ろにあった天幕の横にいた兵士に声を掛ける。

 この街を探しまわることも考えた。だが、戦争が起こりそうな街で悠長に母親を探している暇はない。

 私の言葉を聞いて兵士が眉を顰めた。


「他の所を探せ。ここには近づくな」


「何でだ?」


「ここは偉い人がいるからだよ」


「偉い人……この街で一番?」


「あー……一番ではないが、偉い人だ。面倒くさいことになる前にどっか行け」


「その人の名前は?」


「アロガンティア・パルボス・キャリードスだ」


 一番ではないが偉い人。アロガティア・パルボス・キャリードス。一体どんな人物なのだろうか。

 もしかして森人族で言う戦士長みたいな人たちのことか。それなら、丁度良い。


「失礼致します」


「いやちょっと待てぇ!?」


 天幕の入口から一礼して中に入る。

 これでも母様から礼儀作法は一人前だと言われているのだ。だから、そんなに声を上げないで。無礼なことにはならないから。


「突然のご無礼をお許しください。アロガティア・パルボス・キャリードス殿。お願いしたいことがあり、参上させていただきました」


 天幕の中で大層な椅子に腰を掛けた気取った服を身に纏った男。

 見るからに弱い。里長のような吞まれるような気配は感じない。

 戦士長も腕が細かったけど、この人はもっと細いな。ハリガネムシみたいにヒョロヒョロだ。

 ピンと横に伸ばされた髭を撫でて男が口を開く。


「誰だ貴様は。ここは吾輩の天幕であるぞ。これから戦いに備えて吾輩は体を休めなければならないというのに、おい! 誰が子供を通して良いと言った!!」


「も、申し訳ございませんっ。勝手に入って行ったもので!!」


「この愚図め。そんなんだから、エトラのクズ共に攻め込まれるのだ。さっさとこの餓鬼を追い出せ。二度と入って来ぬよう鞭でも打っておけ」


 鞭!?子供を鞭で打つのかこの男は!!

 酷い男もいた——と思ったけどそうでもないな。うん、クズ野郎も私に初対面で腹に拳を叩き込んで来たし。

 世の中の男は皆そうなのかな。


「閣下、お待ちください。流石に子供にそのようなことは」


 命令を下したアロガンティアに天幕の中で待機していた女の兵士が口を挟む。

 おぉ、良い人がいた。

 いいぞ、言ってやれ言ってやれ!!母様みたいで格好良いぞ。


「黙るが良い。平民の分際で吾輩に話しかけるでない。その首落としてやろうか。まったく、何が悲しくて由緒正しい貴族の出の吾輩が平民に囲まれなければならないのだ」


 ——と思っていたんだけどアロガンティアの一睨みで委縮しちゃった。残念。母様みたいという評価は取り下げさせて貰おう。

 それにしても、話しが進まないな。ここで帰る訳にはいかないし、母様からは後でお叱りを受けるだろうけどちょっと強行しよう。


「私は森人族。ヴェネディクティアの娘、名をリボルディアと言います。母であるヴェネディクティアを探し、この地に参りました」


 これまで被っていたフードを外し、顔を晒す。

 一気に視線が集まるのを感じた。やはり、森人族が珍しいのだろう。


「人攫いに会い、奴隷にされた母をセルシアの者が購入したと聞きました。どうか母を探すのに力を貸していただきたい」


「……森人の奴隷ぃ? あぁ、馬小屋に入れた奴等のことか。しかし、貴様の要求をこちらが飲む理由がないわ。おい、さっさとこの無礼な輩を摘まみ出せ」


「は、はい」


 入口で会話をした男が私の方に触れる。

 素早く身を翻し、男の足を払った。


「貴様、子供相手に何をしている。それでも栄えあるセルシアの軍に名を連ねる者なのか!!」


 大の大人が子供に足払いを掛けられ、地面に転がる。

 それを目にしたアロガンティアが顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。

 アロガンティア。何か森人族にいた戦士たちと似ているな。

 力もないのに自分の出自に誇りを持ち、自分の考えが全て正しい、種族のためになるって考えている人だ。森人族の里にもそういう考えがいた。

 礼儀作法は大事だって教えられてきたけど投げ捨てたくなってきた。


「この役立たずがっ、ヌレイア。こいつを捕まえろ」


「……承知」


「ん?」


 考え事をしているとアロガンティアを諫めようとしてくれた女の兵士が距離を詰めてくる。

 剣の柄には手を翳している。何だ、やる気か?


「少女よ。まだ物事の道理が分からないようだが、ここは我儘を口にして良い場所ではない。貴方の母親については、残念ですが、閣下の御言葉通りこちらに要求を呑む理由がない」


「なら、理由ができたら力を貸してくれるか?」


「それは私が判断することではありません」


 ヌレイアと呼ばれた女の兵士が剣を抜く。


「多少剣に覚えがあるようですが、私はこの軍の中で三指に入る実力を持つ翠級すいきゅう剣士です。大人しく捕まりなさい。剣で斬られるのは嫌でしょう」


「斬られなきゃいいだけだろ?」


「それは不可能だ。未熟な貴方では私に一太刀処か触れることすらできない」


「ふぅん。そうなんだ」


 その言葉を聞いて私はヌレイアに体を向けて剣を抜く。

 何故か悲しそうな表情をしてヌレイアは私に剣を振るった。

 うん、遅い。


「——ガ!?」


 自分から剣に当たりに行くと思わせて、剣を持つ方の手首を掴んで抑え、後ろに回り込む。

 剣を鞘に入れたまま首筋へと叩き込んだ。

 ふ、呆気ないぜ。


「なぁ!?」


 差別はしていたけど、力は認めていたんだろう。

 ヌレイアが気絶したことにアロガンティアは目を見開き、固まっていた。


「ねぇ」


 アロガンティアがビクッと震えた。

 悲しいな。まるで私が悪者じゃないか。


「貴方たちの戦争に協力する。だから、母様を返してくれる?」


 何度も必死に頷くアロガンティア。

 だから、私は悪者じゃないって。

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