第26話

「へぇ~。海人族の里にも人攫いが来たんだ」


 只人族の人攫いを足腰絶たなくなるまで叩きのめした後、私たちは海人族を助け出し、目的地であるトルト国の港町へと向かっていた。

 只人族の人攫いたちは叩きのめした後、その場に放置してある。

 全員殺そうとしたのだが、デレディオスに止められた。何故かと問うとこれは戦争でもなく、決闘でもないかららしい。

 意味が分からない。


「里という古流な言い方はやめて貰おう。森人よ。長い年月生きているから仕方がないかもしれないが、国と言ってくれ」


「はいはいわか——ん? 私のこと今老人扱いした?」


 私たちが争いに介入した時、生き残っていた海人族は二人。

 青白い三叉槍を手にした海人族の翠級すいきゅう戦士、ワイドだ。

 共通語を話せるから、会話には困らない。楽だ。

 失礼なことを口走るが、それもたまにだけだ。私が同じ翠級の剣士だと伝えると驚きこそすれ、そこに侮りはなかった。

 話していて気分が悪くはならない。それこそセルシア国にいたあの只人のように。

 彼等の目的地は故郷であるヒュリア大陸。丁度トルト国の港町から船が出ているということで私たちは護衛を兼ねて一緒にそこに向かっている。


「んーっ」


 ワイドと話していると反対方向から外套が引っ張られる。

 外套を引っ張った犯人は海人族の少女だ。

 彼女がもう一人の海人族。名をラティア。産まれて五つになる少女だ。産まれた頃から思考がハッキリとしている森人族と違い、海人族はこの年になっても自立はしていない。


「抱っこするかラティア?」


「森人よ。あまり子を甘やかしてくれるな。その子も偉大な海神の血を引く子だ。戦うことはできずとも、自分の足で歩かせなければ、その子のためにもならん」


「別に良いじゃないか。怖い目に遭ったばかりなんだし、甘えたくとも甘えられなくなることだってあるんだ。無理に成長させるのは良くないと思うぞ」


 じっと見つめてくるラティアを抱き上げる。

 助けてからラティアは私の傍から離れない。

 普通ならワイドの所に行きそうだが、どうやらラティアとワイドはそれほど親しい中ではなかったようだ。

 その割にはラティアのことを子と呼ぶが、海人族にとってはこの呼び方は実は珍しくない。

 海人族は同族同士の繋がりが強い種族だ。

 他人の子供ですら自分の子供のように接し、思いやるらしい。

 森人族とは随分、いや、他種族とは随分違うようだ。

 デレディオスから聞いた話では闘人族は物心つく前から戦いに駆り出すようだし、森人族だって子供の面倒は親が見ていた。他の家の子供の面倒を見ることはしなかった。

 見たとして親戚ぐらいだ。


「そう言えば、叔母さん元気かな」


 森人族の里で、母様以外に私を可愛がってくれた人を思い出す。

 母様の妹で、母様よりもしっかりとした人だった。たまに顔を合わせるぐらいだが、輝術が使えなくても私を可愛がってくれた。

 彼女もまた、人攫いによって里から姿を消した。

 懐かしい記憶を思い出し、無性に会いたくなる。


「おねえちゃん?」


「ん、何でもない」


 ラティアを抱き直す。

 この子は素直で可愛い子だ。おねえちゃんと呼ばれるのが実に良い。

 密着しているからラティアの体温が直に伝わってくる。

 甘えてくれる。抱きしめる。そんな行為が堪らなく嬉しい。


「……ほんと、どうかしている」


 それと同時に私の心には鉛のような重みが圧し掛かる。

 甘えてくれるのが嬉しい。自分より小さな背丈の子供が可愛い。今私はそんな理由でラティアを甘やかしていない。

 私はこの子は代用品として使っている。


 母様が亡くなって私の心にはぽっかりと穴が開いた。多分だけど、開いたのだ。

 大好きな果実を口にしても、気分を入れ替えようと水浴びをしても、空虚な気分は直らなかった。


 修行をしている時は気分を紛らわせることができる。

 厳しい修行でも剣士として強くなるのは嬉しいから。でも、その後必ず考えてしまうのだ。


 ——何で頑張るの?褒めてくれる人はもういないのに。


 攫われた同族のためだ。アルバ様のためだ。旅をするのに強くならなきゃ、自分以上の強さを持つ者と出会った時に死んでしまうからだ。

 色んな理由を付けているけど、靄がかかったようにしっくりこない。


 修行を終えると強くなる思い。

 それは人と触れ合うことで小さくなった。

 残念ながらデレディオスは私を抱きしめない。彼自身、私を剣士として強くするつもりのようだが、甘やかすつもりはないようだ。

 切り替えが早く、さっぱりとした性格のデレディオスらしい。


 だからこそ、自分に都合よく甘えてくれるラティアは私にとって救いだった。

 もしかしたら、叔母さんに会いたいと思っているのも、叔母さんに母様の代りを求めているからなのかもしれない。

 小さな子供で心を満たそうとすることに気分を悪くしながらも、私は歩き続ける。

 空虚さを埋めるものが見つけられるだろうか。ふと、そんなことを思った。


 トルト国の港町。

 海人族の目的地であるヒュリア大陸へと渡る船を探しに港町に辿り着いた私たちだが、さっそく問題に直面していた。


「まさか、ヒュリア大陸への船が出港停止になっているとは」


 そう、まさかの船が出ないと言う事態。

 理由は海人族との諍いだ。


「私の家族はそれほど大きなことをしていないのだがな」


 外套とフードで姿を隠したワイドが呟く。

 港では海人族との戦争が起きる!などという噂が蔓延している。

 確かに海人族は只人族と戦った。だが、それは海人族の子供を人攫いから助け出すためだ。一般人に危害を加えていない。

 なのに噂では船が沈められた、子供が攫われた、海人族が戦争を仕掛けてくる。などの噂がある。


「ふぅむ……恐らくだが、件の勇者とやらのせいだろうな」


 デレディオスが顎に手を当てて呟く。

 一応言っておくが、デレディオスと私は姿を隠してはいない。しかし、不思議なことに視線を集めることはない。

 どうやらデレディオスはここによく顔を出すらしく、すっかり港の住民に顔が知られているようだ。


「あの小僧のことか」


「知っているのか?」


「あぁ、経験も覚悟もなかったが、力だけはある厄介な小僧だ」


 ワルドが忌々しいとばかりに表情を歪める。

 それが怖かったのかラティアが私の胸に顔を埋めて来た。気になったけど話を変えよう。

 このまま話を続けさせたら、ワイドの機嫌は悪くなり、ラティアは泣き出すかもしれない。


「ま、まぁその話は置いておこう。今はどうやってヒュリア大陸に行くかだろ?」


「ふむ、そうだな」


 デレディオスが私の話に乗って来る。良いぞ。

 ワイドも勇者について今は怒りを露わにする時ではないと判断したのか参加を示した。


「ラティアの体がもう少し大きかったら海を泳いで行けたのだが、今のままではな」


「小舟にラティアを乗せてワイドがそれを引くのは駄目なのか?」


「残念だがそれはできない。小舟ではヒュリア大陸を囲む海流を超えられない。転覆して海に投げ出されてしまうだろう」


「ならどうする? 船奪うか?」


「森人よ。それは駄目だ。私たちはここで別れるのだ。この街の住民との諍いは残るお前たちにそこまで迷惑は掛けられない。」


 駄目なのか。

 確かにこの暴れたらこの街の住民と遺恨が残るかもしれない。だが、それは顔が知れたらの話だ。やり方は幾らでもある。

 それに顔を知られてもラティアのためなら問題ない。

 デレディオスと私で暴れまわっちゃおう。と言い放ったのだが、残念ながらデレディオスに却下された。残念だ。


「デレディオス、港の人達に協力して貰えないのか?」


「それは難しいだろうな。港を封鎖しているのは貴族の連中だ。漁師たちが船を出しても止められる。かと言って話を付けに行こうにも彼奴等は滅多に会おうとはせんからな」


「それじゃあどうする?」


 視線がデレディオスに集まる。

 この一党の長は一応デレディオスだ。誰も明言なんてしていないけど。

 私はデレディオスの弟子だし、ワイドは私たちに助けて貰った身で借りがある。ラティアはそもそも話に付いていけていない。

 だからデレディオスが一党の長に自然と収まった。


「よし、少し闇市を見に行くか」


「闇市? 暗い所にあるのか?」


「そういう意味ではないぞ。そうだな。税金、住民が貴族に献上する金だな。それを貴族に納めたくない荒くれ連中が集まる場所だ。そこなら船を出せる者がいるかもしれん」


 なるほど。そういう所を闇市というのか。

 闇、つまり見せられない。という意味かな。まぁ、何でも良い。重要なのは船が出せる人物がいるかどうかだ。

 思い立ったら即行動——と思ったのだが。


「なぁ、ラティアはどうする?」


 素朴な瞳で何をしようとしているのか理解していないラティアをどうするべきか。

 いくらデレディオスと私、ワイドがいるとは言え、五つの少女を闇市とやらに連れて行って良いのか不安になる。

 全員の視線がラティアに集まり、考え込む。どうやら全員私と同じ考えらしい。

 暫くして、ワイドが口を開いた。


「そうだな。ならば、森人とラティアは宿に残っていてくれないか?」


「え、でも私も一応闇市と言うものを見てみたいのだけど……それに出歩いて大丈夫なのか?」


「それは……」


 ワイドの提案に私は反対する。

 まだ私はこの街で森人族を探していない。闇市に森人がいるかもしれないし、何より姿を隠しているとは言え、海人族が街を歩き回るのはどうなのかと思ったからだ。


「確かにそうだな。よし、ワイドよ。お主は宿で待っていろ。我とリボルヴィアで行ってこよう」


「しかし、これ以上世話になるのは……」


「正体ばれたら世話になる処じゃないだろ?」


 私の言葉にワイドが口を固く結ぶ。

 どうするのか、既に答えは出たようだ。

 ワイドが軽く頭を下げる。


「分かった。では頼む二人共」


「りょーかい」


「無論だ、任せるが良い」


 軽く手を振って海人族と別れる。

 何故別れるのか分かっていないラティアがとことこと私に付いて来そうになる。とても可愛い。

 このまま連れて行きたいが、残念ながら荒くれ連中がいる場所に可愛い子供を連れて行く訳にはいかない。


 今度こそ手を振って別れ、闇市を目指す。

 目的地には案外早く辿り着いた。

 市場のような所にあるのかと思ったが、辿り着いたのは一つの酒場。

 入ると酒と男の汗の臭いが鼻を襲った。思わず顔を顰める。長居はしたくない場所だ。


 こんな酒場が闇市と呼ばれる場所なのかと拍子抜けする。商人のような者が数十人並んでいけないことを吹き込んでくるのかと思ったが、そんなことはない。デレディオスがいるからかな?

 そんなデレディオスはと言うと、店主の所へと一番最初に行って小袋を手渡している。

 多分、音からして通貨だろう。


「リボルヴィア、来い」


「え、もう終わった?」


 長い話になると予想して外で待っていようかと思ったが、一言二言話しただけで店の裏へと案内される。

 予想外だが、嬉しい。あそこにいた男たちは絡んでは来なかったが、ニヤニヤとした笑みが気持ち悪かったし、臭いも好きにはなれなかったからな。


「何処に向かっているんだ?」


「密輸品が保管されている所だ。そこに船を出す者がいるらしい」


「乗せて貰えるのか?」


「金さえ払えばな」


「なんか、簡単すぎて拍子抜け」


「それは我が前回作っていた伝手を利用しているからだ。お主一人では相手もされんぞ」


「……じゃあ今度そういう伝手の作り方でも教えてくれ」


「そうだな。ゆっくりした時にでも教えてやるさ」


 店の裏から近くにあった倉庫へ。その倉庫から路地裏へ。そして、路地裏から船小屋へとやってくる。

 入った瞬間に目に入ったのは、檻の中に入った人間や怪物、毛皮や鉱物と言った密輸品だった。


「あ——」


 檻の中には森人族もいる。やつれた格好で眼は死人そのものだったが。


「デレディオス、森人を見つけた」


「知っておる。だが、それは口にするなよ。相手に自分が何を望んでいるかを知られれば、取引で足元を見られる」


「ん、了解」


 その内、助ける機会はあるだろう。ここにいるということを知れたのだけでも僥倖だ。

 その後、密輸品を輸送する船乗りに出会う。

 交渉するのはデレディオスだ。私は静かに後ろでジッとしておく。

 この間まで通貨も知らなかったのだから、交渉事は無理がある。とデレディオスが判断したからだ。

 私もそれに異論はない。私の場合、話し合いじゃなくて最悪殺し合いになりかねない。


 船乗りが私をチラリと見る。

 話しに耳を傾けてみると何故か私が船に乗ることになっている。何か勘違いしているなあの船乗り。

 暫くしてデレディオスが帰ってくる。

 どうやら交渉は終わったようだ。


「どうだった?」


「問題なく終わったよ。さて、帰るぞ」


「以外に呆気ない」


「何だ。もっと時間がかかると思っていたのか?」


「うん、だって契約は時間がかかるものだろ」


「几帳面な森人らしいな。だが、裏取引などこんなものだ。その分、騙された時の対処は必要だがな」


「……今回はデレディオスが騙していた方?」


「ほう、気付いたか」


「ちょっと疑問に思っただけだ。誰を運んで欲しいとか曖昧にしていたし。でも、何でそんなことしたんだ?」


「金の問題だ。いくら闇市と言えど、彼奴等は海人族を知らん。街での噂では海人族が戦争を仕掛けてくるだなんてことになってるしな。そんな時に海人族を運んでくれ。等と馬鹿正直に言ってみろ。どうなると思う?」


「危険だと思って断られる?」


「それもあるかもしれん。が、彼奴等は元々貴族の目を掻い潜ろうとしている者たちだ。バレたらむち打ち、危険は承知の上よ。多少危険が大きくなっても恐れはせん。大体、海人族だと知られたら、割り増しして危険な分利益を取ろうとしてくるだろうな」


「それじゃあ今回はどうなの。騙して承諾させたけど、船に乗るのが海人族だって知られたら断られるんじゃないのか?」


「その可能性もある。が、あの男に限ってそれはない」


「脅したか」


 やりおったなこいつ。

 別に咎めたりはしないのだが、揶揄うつもりで睨みつけてやる。すると、私の胴体ほどの大きさの拳が軽く頭に落ちて来た。


「たわけ、そんな訳あるか。彼奴が怪物に襲われておった所を助けてやっただけよ。つまり、彼奴は我に借りがある。我の力も知っているだろうし、我が騙したとは言え、一度結んだ取引を破棄したらどうなるのかは分かっておろう」


 そういうことか。

 あの男が騙されても取引をするという自信が何処から来るのかが分かり、納得する。

 異種族に対して思い入れはないけど、こんな時に役立つのなら借りを作るという意味で人助けをするのも良いかもしれない。


 何にせよ。ラティアが無事に帰郷できるかもしれないのは良かった。

 あ、そうだ。


「デレディオス、森人族のことだけど」


「あぁ、それについてだが、海人族を船に乗せる時に裏で解放すると良い。何、少し揉めるだろうから視線はこちらに向くさ」


「うん、了解」


 ラティアの帰郷、そして囚われた森人族についても開放の目途が立った。

 全てが上手く行った。

 満足して私はラティアたちの待つ宿へと歩く。

 だが、その気分は長くは続かなかった。


 ——ラティアが攫われた。


 人攫いの返り血で染まったワイドが口にした言葉に私は唖然とした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る