第28話
目覚めは最悪だった。
ゆらゆらと左右に揺さぶられる体。気を失っている間に体のあちこちをぶつけたのか体中が痛い。
私がいるのは、恐らくだが港町で見た船というものの中だろう。遠目で外見を見ただけだから、本当に船だという確信はないけど。
でも、波の音と共に来る揺れと港町で嗅いだ時よりも強い潮の香りがするから間違いないはずだ。
突然天井に頭をぶつける程、大きく揺れる。
同時に船体が軋み、亀裂が奔る。
どうやらそれほど船は頑丈ではないらしい。
亀裂が入った個所から海水が入り、顔を濡らす。冷たい、そしてしょっぱい。
「船、沈まないよな? いや、それよりもここから出れるかなっ」
子供ならばギリギリ通れるかどうかの大きさの亀裂に顔を捻じ込む。
顔に波が叩きつけられる。
不味い、海の上だということを忘れていた。
「クソッいったん戻って……って抜けない!!?」
戻ろうとしても顔でつっかえて抜け出せない。可笑しい、私の顔はそんなに大きくないのにッ。
不味い、このままでは逃げようとして、失敗した間抜けな捕虜になってしまう。
それだけはなんか嫌だ。
「剣、はないか。なら、もうこの際腕力で——」
抜け出そうと藻掻いていると、視界に島が映り、動きを止める。
いや、島ではない。視界に映り切らないほどの大地。海を渡って辿り着く場所はこの世界で一つしかない。
「もしかして……ヒュリア大陸」
どうやら私は海人族の住む大地。ヒュリア大陸に連れて来られたらしい。
「早く歩け!」
船はヒュリア大陸へと停泊し、私は船を降ろされて海人族の国の首都アクアホールへ連行されていた。
頭が引っこ抜けなくなっていたって?そんな記憶は抹消したよ。
「だからっ人攫いじゃないんだって! ラティアに聞け!!」
「このくスィめ! そんな話し信じられる訳がなからろう!!」
海人族の若い戦士が背中を槍で叩いて来る。
手加減もない一撃に思わず地面に倒れ込んだ。痛い、叩かれた箇所が熱い。血が流れているのかも、骨が折れたかもしれない。
「さっさと立て!!」
蹴りが腹にめり込み、口から吐瀉物が吐き出される。
不快感が込み上げてくる。
言葉はしっかりと通じている。
海人族の言葉は共通語とそっくりだ。一部発音が違うせいで所々聞き取れない所はあるが、予想はできる。
だけど、相手に会話をする気がない。私を人攫いだと決めつけ、痛めつけることしか考えていない。
船の上では子供の声が聞こえた。
恐らくだが、あの洞窟で海人族の戦士が助けた子供たちだろう。だとしたら、ラティアもいるかもしれない。
話しができれば誤解は解けるのに。
「誇り高い我々に逆らいおって。楽に死ねると思うなよ。貴様は生きたまま獣の餌にしてやる」
本来なら、異国の景色を楽しむところだが、今はそんな余裕はない。
街中を鎖に繋がれたまま歩かされ、石を投げられて侮辱される。街の住民、そして戦士たちも私を見て嗤っていた。
どうやら弱い立場の者を寄って多かって苛めることに喜びを見出すのはどんな種族でも同じようだ。
「ククッこれからはここが貴様の家ハィ。綺麗に使うんハィな」
一通り街を練り歩かされた後、牢屋に連れて来られる。
中に入ると若い海人族の戦士はにやにやと笑い、捨て台詞を吐いて去っていった。
「ここを綺麗に? 元から汚れているじゃないか」
埃まみれになった床、茶色くなった布、虫が集る便所に漂う異臭。
誇りが高いから埃も多い。何考えているんだろう私。上手くもないし。
吐き気を覚えながら座れる場所を探す。まだ綺麗な白い毛布が包まった場所に腰を降ろし、悲鳴に驚いて飛び起きた。
「な、何だ! 生き物!!?」
「グゥウウウウウッ」
包まった毛布がのそりと動き、二つの黄金が睨みつけてくる。
獣人。白い髪をした獣人だ。
今まで毛布だと思っていたものが獣人だったと知り、目を見開く。
「あれ、お前はもしかして、あの時の獣人か?」
暗がりで見えなかったが、徐々に近づいて来る獣人の顔が太陽の光りで露わになる。
見覚えのある顔に思わず口を開いていた。
「名前は……確か、ヴェ、ヴェス……ヴェスティアだったか」
「ウゥ?」
名前を呼ばれたからか、ヴェスティアが一瞬反応を見せる。
「覚えているか? お前に肉をやっただろ。リボルヴィアだ」
「?」
「もしかして共通語が分からないのか。なら——ワガヒヲロゾレケリウダ? リボルヴィア、ロナレイイツヲヤッガカオ」
「違う、あれは私が自分で取ったんだ。貰ってない」
「共通語喋れるのかよ! だったら、先に言えよ!!」
発音しにくい獣人語でわざわざ話してやったのに、共通語が分からないと思っていた獣人は普通に共通語を話し始める。
別に努力どうこう言うつもりはないが、最初からやっておけよ。何か疲れちゃうだろうが。
「ふん、腐れ耳長野郎と話すことなんてない」
「獣人族の里にいた時も思ったけど何で私の第一印象が野郎なんだ。どう見たって可愛くて美しい森人だろうが」
「可愛い? 美しい? 男の癖に何を言ってるんだ」
「私は女だ! この異臭女!!」
「はぁ女!? その体形で嘘だろ……って誰が異臭女だ! 臭くない普通だ。お前たちは細かいことを気にし過ぎなんだ」
「お前たちが大雑把すぎるんだよ!!」
「そんなことない!」
「そんなことある!」
「なーいー!!!!」
「あーるー!!!!」
森人は打たれ弱いということも忘れてヴェスティアと取っ組み合う——寸前の所で距離を取った。
「臭い、やっぱり臭い! この牢屋の異臭はお前かッ。鼻が曲がってしまう。近付くんじゃない!!」
「こ、この腐れ耳野郎ッ。私がここに来たのは一週間前だ。その時からこの臭いはしていた!」
「嘘付けどう考えても一ヵ月はここにいた臭いだ。くさくさくさくさくさー!!」
「そんな嘘付く理由があるか。たまに来る海人族に聞いてみろ。私は有名人だからすぐ答えてくれるぞ」
「はぁ? 有名人、お前が? それこそ有り得ないだろ」
「本当だぞ。この街で誰も飲み干せなかった酒を一人で飲み干したんだ。皆がよくも飲みやがったなって褒めていたぞ!」
「それは責められているんだよこの馬鹿が!!」
喉が裂けそうになるぐらい怒鳴る。
馬鹿だ。馬鹿がいる。獣人の里でもその馬鹿さ加減は知っていたはずだけど、改めて思い知らされる。こいつは馬鹿だ。
酒を飲み干して捕まるというのも意味が分からないが、責められているのを褒められていると勘違いするのも可笑しい。
「誰が馬鹿だ。馬鹿って言った方が百倍馬鹿だからな!」
「黙れ馬鹿、もしくはアホ! こっちに近づいて来るな!!」
「グヌゥウウウウッウガー!!」
牙を剥き出しにしてヴェスティアが飛び掛かって来る。
狭い牢屋の中で追いかけっこが始まる。
二人の争いは夜になっても続き、海人族が怒鳴り込んでくるまで止まることはなかった。
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