第4話修練編

 リボルヴィア。

 フィーデスとヴェネディクティアの子、リボルヴィア。

 名受けの儀式を終えてから私にはリボルヴィアという名が付いてから次の日、今日から同年代の子供との交流が始まる。

 同年代の子供が集まり、森人の歴史や他種族について勉強したり、戦士として訓練したりするのだ。


 輝術の使えない私の存在が公の場に立つことが嫌な父様は行かなくていい何て口にして部屋に閉じ込めようとしたけどこれには抵抗した。

 私だけが輝術が使えない。と言われているけど、正直言ってあまり困ったことはない。

 むしろ、同年代の子供との時間が増えるのならば虐待紛いの父様とおじさんの時間も減るので万々歳。

 反対する理由なんかない。

 母様も味方してくれて父様を説得してくれた。


 そんな訳で私は今、名受けの儀式が行われた大樹へと再び来ていた。

 扉を開け、螺旋階段には上らずにそのまま真っすぐに進むと机が並べられた部屋がある。ここが勉強を行う部屋だ。

 部屋の中を見渡せばまだ誰もいない。つまり私が一番だ。

 適当な場所に座り、人を待つ。

 それから一分、二分ごとに人が来るようになった。全員で五人。その中には昨日であった嫌味な男の子リベリコウスもいる。ちなみに女の子は私を含め二人だ。

 特に話す必要も理由もないためぼ~としていると女性が一人入ってくる。手には大量の木簡。恐らくこの人が教師なのだろう。


「静粛に」


 元々静かだよ。


「わたくしが貴方たちの教育係を務めるエレオスと申します。徹底的に、徹底的に貴方方を追い込みますので必死になって付いて来るように。でなければ置いていきますわ」


 手に持った杖で机を叩かれる。

 その視線はまるで値踏みでもされているかのようだ。


「では、始めます。そこの貴方、これを他の者たちに配りなさい」


 挨拶は短く、そして生徒の名前も聞かず、大量の木簡を目の前にいたもう一人の女の子に渡してエレオスは授業を始めようとする。

 私じゃなくて良かった。あんな大量の木簡一人で配りたくないし、リベリコウスの近くに行きたくない。さっきからずっとニヤニヤとした表情でこちらを見ているのが分かるのだ。

 実践を想定した訓練も行うらしいからその時には鍛え上げた拳を食らわせてやろう。そんなことを考えつつ、手渡された木簡を開いた。





 元々この星には大陸などなかった。

 ただ青い海が広がるだけで、生息する種族は海人族と巨人族、そして天上に住む八大神しかいなかった。

 海水しかなかったが、それでも穏やかだった。

 その平和を破ったのは八大神の一柱である巨神だ。

 彼は自身の眷属である巨人族が一生を海を彷徨って死ぬことを哀れんだ。だが、眷属と言えど下界に住む者に神が慈悲を与えることは禁じられていた。

 巨神は二択を迫られる。

 眷属を救うか、それとも禁を破るか。


 巨神は禁を破ることを選択した。

 巨神は巨人族を率い、天上の世界を落とさんと戦争を仕掛け、巨神を除いた八大神——闘神、龍神、海神、魔神、幻神、恐神、黒神はそれらを迎え撃った。


 戦いは一夜で終わる。

 最初から勝ち目のない戦いだった。

 八大神の中で巨神は闘神、龍神に次ぐ強さだったが、敵には自身を除いた八大神全てがいたのだ。当然の結果だった。


 巨神ペデストリアンは肉体を七つに分けられ、六つは海に浮かべられ、残りのもう一つは戦争に参加した巨人族を閉じ込めるための地底世界の基盤となった。


 これがこの星の大陸創造神話だ。

 ふむふむ、とエレオスの話を聞きながら木簡に書かれている文字を視線で追う。


 巨神の体によって出来た六大大陸には名が付けられた。

 緑豊かで世界最大の国があるロンディウム大陸。

 砂の海が広がるべリス大陸。

 海の世界につながる道があるヒュリア大陸。

 氷の大地に覆われた氷結大陸。

 天上への道があるブリュド大陸。

 地底世界への入口がある冥大陸。


 大陸が出来たことで生態系にも変化が出た。


 ペデストリアンの疣からは小人が生まれ、生えた木々からは森人が生まれた。

 また、海人族の中から陸へ上がる者が現れた。そして、長い年月を経て鱗が、水かきがなくなり只人が生まれた。

 その頃には白き獣が大地に誕生し、その白き獣と只人が交わることで獣人が生まれた。

 巨人族、海人族、小人族、森人族、只人族、獣人族。そして、八大神が大地が出来たことで生み出した自らの眷属、闘人族、龍人族、魔人族、幻人族。


 十の種族が大地の上で生きるようになった。


「……巨神が戦争で死んだから今の繁栄がある、か」


 巨人族を助けたいという想いで戦争起こしたのにその巨人族は地底世界に閉じ込められ、自分の肉体で他の種族が繁栄した。

 何たる皮肉だろうか。


 それにしても私たちの祖先は樹木なのか。

 どういう風に人の形になっていったかの興味が出る。もしかしたらこの大森林から生まれたのかもしれない。と考えているとエレオスが森人は大森林で生まれた、ということを語る。

 むふー、先読みしてやったぜ。

 ちょっとした優越感に浸っていると突如としてエレオスの眉間に皺が寄るのが見えた。

 何だろう……。


 不満、不快。負の感情を表情に出したエレオスが早口に語り始めたのは獣人族についてだ。

 彼等の住処は元々大森林の横にある草原だった。

 しかし、そこを只人に追われ、大森林に逃げて来たらしい。森人の長はそれを哀れみ大森林の一部を貸し与えた。

 だが、獣人の寿命は森人よりも短い。

 当時のことを覚えている者はいなくなり、暫くすると獣人族は森人族の領地を荒らすようになり始める。

 そして、200年前——星暦11年に両種族の仲を引き裂く決定的なことが起こる。

 森林戦争と呼ばれるその戦争は、一方的な言いがかりを付けて獣人族が大量に攻めて来たことで起こった。

 戦争の準備もしていなかった森人は大森林の奥深くへ逃げることを余儀なくされ、大森林の半分を獣人族に奪われてしまった。


 そこまで聞いてなるほど、と思う。

 これが父様が獣人族を恨んでいる理由か。

 恩を仇で返されたのだ。父様だけではない、森人全体が恨んで当然の出来事だ。


「ゴミクズ共め」


「!?」


 隣からボソリと聞こえた呟きに驚く。

 口にしたのは水色の髪の女の子だ。

 同性の私でも可愛いと思える顔付きだったのに、今は顔が怒りで染まっている。獣人が目の前にいれば今すぐにでも八つ裂きにしそうだ。


「その通り、獣人は知性が低く野蛮な種族です」


 どうやら女の子の呟きはエレオスにも聞こえていたらしい。


「所詮は獣の腹から生まれただけの害獣。偉大なる長の唯一の失敗は彼等に慈悲を与えたことでしょう」


 まぁ、確かにそうかもしれない。

 獣人族から住処を奪ったのは只人族だが、受け入れたのは森人族だ。その恩を忘れて戦争を仕掛けてきたのだ。こんな印象になるのも当然だ。


「ですが、彼等は強い。繁殖力と戦闘能力はある獣ですからね。森林戦争の時のように奇襲で距離を詰められれば負けるのは私たちです」


 森人族は脆いからな。獣人族の戦い方は素手や剣などを使用する戦闘方法らしい。対して森人族は輝術や弓を使った遠距離戦が得意。

 どっちも相性が最悪だな。


「だからこそ、今の貴方たちに期待がかかっているのです。明日から輝術の勉強も始まりますし、最終的には実践を想定した訓練も行います。ここで充分に力を付け、あの獣共を追い払い、領土を取り戻すことに貢献しなさい」


 その言葉を聞いて、武術が必要になるかもしれないと本気で思った。

 森林戦争では奇襲で距離を詰められて負けたって言われているのだ。距離を詰められないようにするために剣士を育成は必要だろう。

 あのおじさんももしかしたらそういう命令があって旅をして武術を磨いたのかもしれない。

 ……そう考えると真面目にあのおじさんのことを尊敬しても良いような気がしてきたな。


「せんせー!!」


「どうかしましたかリベリコウス」


 後ろから声が上がる。振り返るとリベリコウスが机に身を乗り出して、手を挙げていた。

 何だお前、この状況で何を言うつもりなんだ。決意表明か?


「そこに輝術が使えない森人がいるけど、どうするつもりですかー?」


 は?何だお前脳味噌割るぞ。


「何ですって?」


 エレオスの声が低くなるのを感じる。周囲からも驚きの声を耳にした。

 なるほど、リベリコウスの父親が私が輝術を使えないことを知っていたからもう里の皆が知っているものだと思っていたけどそうでもないらしい。

 本当かどうか確かめる言葉に頷くとエレオスは信じられないようなものを見る目を向けて来た。


 さっきまで本気で武術を学ぼうと思っていたのにやる気がなくなっていった。

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