第23話幼少期 放浪編

 それから、どれだけの時間母様の元にいたのかは分からない。

 ただ、目の前のことが信じられなくて、信じたくなくて動く気が湧かなかった。

 涙は流れなかった。

 悲しみはあった。寂しさもあった。でも、それ以上にあったのは絶望だ。


 私を見てくれる人はもういない。私を見せたい人はもういない。

 あの優しい笑顔が、あの間延びした言葉を、私はもう見られないし、聞くことができない。


「リボルヴィアよ」


 デレディオスの声が耳に届く。

 久しぶりに聞いた気がした。


「お主、これからどうするつもりだ?」


 どうする?

 どうするって何の話だろうか。


「国に帰るのか?」


 帰る。里に?

 論外だ。私はあそこを追放されているんだ。


「戦士として我の元で修行するか?」


 戦士として旅をする。

 何で戦士になるんだ?

 母様がいなくなった以上、戦士になる理由はない。


「デレディオス……私はどうすれば良いんだろうか?」


「それはお主が決めることだ。親を失った悲しみから命を絶つのも良し。目的もなく放浪するも良しだ」


「放浪……」


「今のお主のように人生で目的を見失うこともあるだろうからな。新たに目的を見つけるために当てもなく歩き続けるのも良いものだぞ」


「そんなことをして何になる」


「ふぅむ……何になるか、かぁ。逆に聞きたいのだが、ここで蹲って何になるのだ? 今のお前は生きているとすら言えない。このまま無気力でいるのならば喉を剣で掻っ切ってしまえ。その方が幾分かマシだ。だが、少しでも未練があるのならば、歩き出せ。向かう先が何処であろうとな」


 冷たい言葉だ。

 私の気持ちのことを一切考えていない。腹が立つ。

 しかし、何より腹が立つのはその言葉で外に意識を向けた私自身だ。あんな言葉で私は母様から意識を逸らした。


「自分の命が惜しい、か……デレディオス」


「何だ?」


「母様を供養するのを手伝ってくれる?」


「構わん。既にお主の母親については話が付いている」


 投げられた鍵を広い、母様から枷を外していく。

 枷の下にあった皮膚には青い痣ができている。それを見るだけで痛々しい気持ちになった。

 母様の体を運ぶのはデレディオスが手伝ってくれた。

 私では母様の体を引き摺ってしまう。大きな体の方が丁寧に運べるからと本人が言い出したのだ。

 その通りではある。その通りではあるが、釈然としない。

 我儘を言うなら、私一人でやりたかった。最初から最後まで。これは私の最後の親孝行になるから。

 でも、母様の方が大事だ。

 だから我慢をした。


 只人族は、死後墓を作るようだが、森人族にはそのような風習はない。

 森人族は木から産まれた。だから、木を育てる大地に命を還すことこそが最大の供養とされている。

 しかし、戦争ばかりのあの土地で母様を供養はしたくはない。できるのなら静かに眠れる場所が良い。

 掘り起こされる心配もなく、怪物の餌にもならない場所が——。

 母様の体を腐らせる訳にはいかないから遠くへはいけない。


 丸一日供養する場所を探した所でようやく納得のする場所を見つけた。

 選んだのは、人が足を踏み入れることがない深い森の中。周囲には魔除けの効果を持つ薬草のあるので、掘り起こされる心配も、怪物に食われる心配もない。

 立派な木の下に穴を掘り、身綺麗にしてから母様を埋める。


「……デレディオス。遅くなったけど、ありがとう」


「なぁに、構わんよ。母と娘の別れに言葉を挟むほど狭量ではないわ」


 デレディオスは母様を供養する間は特に何も言わなかった。

 母様の体を丁寧に扱ってくれたので一応は礼を口にしておく。それに対してデレディオスは大きく歯を見せて笑った。


「デレディオス、私はまだ死なないよ。やらなきゃいけないことがあるから」


 何もする気は起きない。だけど、やらなきゃいけないことがある。

 デレディオスの言葉を聞いて一番最初に頭に浮かんだのが、アルバ様や攫われた森人族のことだった。

 彼女たちも世界の何処かに奴隷として売り出されている。なら、助けなければならない。そう思った。


「そうか。なら、我も付いていくとしよう」


「良いのか?」


「無論だ。言っただろう。どんな戦士になるのか見てみたいとな」


「そう。なら、これからよろしく」


「うむ、我のことは師匠と呼ぶが良い」


「それは嫌だ」


 差し出した右手が大きな右手に包まれる。

 握手というよりも握り潰されているみたいだ。

 立ち去る際に母様に最後の言葉を贈る。


「いってきます。母様」


 外套を羽織り、剣を腰に差す。

 放浪の旅が始まった。

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