第54話

 フラテを先頭に闘人族の里の中を進んで行く。

 里の中はデレディオスそっくりの闘人族で一杯だ。子供と大人の違いは分かるが、男性、女性の違いを見分けるのは苦労する。じっくりと見てようやくこの人は女性、男性と判断できるぐらいだ。

 でも、海人族を見分けられなかった時と比べれば、かなり上達していると言って良いだろう。


「それにしても、私たちを警戒はしないんだな」


 里の中を悠々と進む私たちを誰も気にした様子はない。

 珍しいものを見るような視線はあるが、その視線の大半は子供だ。

 指を指したり、ジロジロと見たり、傍に寄って来たりするが、別に失礼とも取れない行動だ。むしろ、あらゆるものに興味のある年頃の子供ならば、それが無ければ可笑しい。

 可笑しいのは大人の方。

 子供が余所者に近づけば、警戒しそうなものだが、子供を止める素振りもない。視線を寄越して、直ぐに外し仕事に戻るだけだ。


「基本的に闘人族は寛容だからな。万が一があっても強い。俺たちの強さを見て問題ないと思っているんだろうよ」


「そういう考え方か。だが、それでも子供を傍に近寄らせるのは危ないだろう」


「それを含めて大丈夫だと判断したんだと思うぞ」


 それでも子供を自由にし過ぎでは。とあまりの無防備振りに眉を顰めてしまう。

 何というか。子供を蔑ろにしているようにも見えてしまうのだ。本人たちにその気があるかどうかは分からないが。


「ホラ行くぞ。これから長の所に行かなきゃいけないんだ。失礼の無いようにしろよ。隠し事もなしだ。彼等は嘘を嫌うからな」


「あぁ、分かっている」


 大きく呼吸をして意識を切り替える。

 私はここに不満を漏らしに来たのではない。帰るために必要なものを借りに来たのだ。

 闘人族は滅多なことでは頼みごとを断らないと言われているが、もしもはある。今の私に交渉が成立するような物は持っていない。なので、頼み込むしか方法はない。


 三段作りになっている里の集落の一番上の段。そこまで登り切る。

 案内がないことも驚いたし、余所者がここまで素通りされたことにも驚いたが、前を行くフラテが平然としていたので私は何も言わなかった。

 これがこの里での常識。子供のことも含めてそう考えるようにしたのだ。


「久しいな。フラテよ!!」


 三段目に足を踏み入れると大きな声が大気を震わした。


「ウァレーンス、久しぶりだな」


 フラテが口端を上げて近づいてくる巨漢の男を迎える。

 言語は魔人語ではなく、闘人語だ。私も魔人語と共に闘人語を学んでいたので意味は理解できた。


「何だ、お前が女連れとは珍しいな。遂に身を固めることを決意したか。今回はその報告か?」


「そんな訳ないだろう。何でそんなことになるんだよ」


 やれやれとばかりに呆れるフラテ。

 近づいて来たウァーレンスと呼ばれた闘人族とは親しい中にあるようだ。

 しかし、三段目はかなり人が少ないな。

 一段目、二段目と上に登るごとに人がどんどん少なくなっているが、これは身分が高い者ほど上に住めるということなのだろうか。


「リボルヴィア」


 フラテに名前を呼ばれて思考を中断する。


「こいつがこの里の長、ウァーレンスだ」


「紹介に預かったウァーレンスだ。森人族とは珍しい。時間があれば、若い衆と手合わせでもどうだ?」


 里の長がこの人なのか。

 挨拶の後にしれっと戦いの約束まで取り入れて来るなんて。流石は大戦時に何の意味もなく乱入してきた種族だ。


「森人族ヴェネディクティアの娘、リボルディア。茈級しきゅうの剣士だ。流派は妖精剣術を使っている」


「ほほぅ。剣士はいないと聞いていたのに、しかも茈級か」


「ウァーレンス。感心するのも良いが、ここじゃあ落ち着いて話ができないだろ。腰を下ろせる場所はないか?」


「おっと、確かにそうだな。では、付いてくるが良い」


 フラテの言葉で移動を始める。

 一番奥にある天幕へと招待され、入ると獣の皮をなめた敷物があった。

 上座にウァーレンスが腰を下ろし、私たちは部屋の中央辺りに腰を下ろした。


「ふむ、腹が減ったな。料理を持ってこさせよう。飛び切りの上手い料理があってな。怪物の肉を食ったことはあるか? 気に入るぞ」


「ウァーレンス、森人族の主食は——」


「いや、フラテ。構わない。私も異国の料理は楽しみだ。是非ご馳走になりたい」


 気を使ってくれたフラテを遮り、口を開く。

 苦手な料理が来ても関係ない。

 自分たちの自信を持つ料理を否定されたら、良い気分にはならないだろう。こちらが頼み込む方なのだ。相手の機嫌はできるだけ取っておきたかった。

 フラテが何か言いたそうな表情をしていたが、何も心配する必要はない。これでも食事はデレディオスの言われた通りずっと続けて来たし、異国の料理(見るの)を楽しみたいというのも本音だったから。


「そうかそうか。では、早速運ばせよう。おい!!」


 満面の笑みを浮かべ、ウァーレンスが食事を運ぶように指示する。

 暫くして運ばれてきたのは巨大な竜の首だった。


「————」


「フハハハハ! 驚いたか? 驚いたであろう?」


 定番で豚、牛、大穴で蠍でも出て来るのかと予想していたが、その斜め上をいくものが出て来て思わず固まってしまう。

 これはどうやって食べるんだ。もしかして、飾り?


「うぅむ。竜の頭でお主らが見えんな。これをずらしてと。しかし、見栄えが悪いな。おい、もう一頭持って来い!」


「もう一頭いるのか!?」


「ハハハ! 無論だ。この天幕の後ろにある天へと続く階段の途中には竜の狩り場があるからな。そこで捕まえ放題よ」


 ゲラゲラと笑いながら告げるウァレーンスに思わず開いた口が塞がらない。

 竜の狩り場。竜が狩るんじゃなくて。あなたが狩る方ですか。流石は闘人族。

 それともあの話は本当だったのだろうか。


 もう一頭の竜の頭が部屋の中に運ばれ、ウァーレンスとの横に並べられる。

 私の方から見ると竜・ウァーレンス・竜がこちらを向いていて圧が凄い。部屋は変わっていないのに酷く狭く感じてしまう。

 更に様々な料理がウァーレンスと私たちの間に並べられていく。


「本来なら竜の頭を中央に持ってくるのだがな。それではお主らが隠れて話も出来ん。悪いがこのような形にさせてくれよ」


「いや、問題ない。私の方もあれでは話し辛かった」


 今も話し辛いけど。心の中でそう呟く。


「ほう、その言い方からすると今回用があるのはフラテではなく、お主ということか?」


「あぁ、そうだ」


「ふぅむ……まぁ聞くだけ聞こう」


 ウァーレンスは料理を素手で掴み、口へと運ぶ。

 闘人族の食事はどうやら素手で食べるものらしい。隣ではフラテも手近にある肉を手に取り、食事をしていた。

 私が視線をやっていることに気付くと頷いてくる。


「私は……ロンディウム大陸北方大地にある大森林に帰りたいんだ。そのために、翼竜を一頭借り受けたい」


「構わんぞ」


「そうか、だが私は————って、え? 今何て?」


 意を決して言葉を口にした私に呆気からんとした答えが返って来る。

 思わず私は問いかけていた。


「だから、構わんと言ったのだ。翼竜の話はフラテから聞いたのか?」


「あ、あぁ……俄かには信じられなかったけど」


「フハハハハ! そうか。フラテにはこの話は迂闊に話すなと言っていたが、信用のできるものには話しても良いとも言っていた。ならば、お主は信用のできる人物ということなのだろう」


 ニヤリ、と豪快な笑みを浮かべてウァーレンスは竜の肉を食いちぎる。

 何かとんでもなく重い条件を課せられると思っていたのに、逆にあっさりと上手く行ってしまい拍子抜けだ。


「最初の間は何だったんだ……」


「ん? 最初の間? あぁ、そういうことか。俺が余所者の頼みを聞くだけ聞いてどうするかは後で判断するとでも思ったのか。そんな面倒なことするか。あの時はどれを食べようか悩んでいただけよ」


 つまり、私の勘違いということか。

 望郷を自覚し、早く帰りたいという思いで肩に力が入っていた。それが一気に抜けていく。


「何だその間抜け面は、腹でも下したか?」


「腹を下した時に私は間抜け面をしない」


「フハハハハ! そうかそうか。では、腹一杯食えるな。そら、食べるが良い」


 手渡された肉料理に嚙り付く。

 不安が無くなったことによる反動か、急激に腹が空いて来た。

 森人族の上品さとはかけ離れているが、ここがこのような作法ならば、別に良いだろう。しかし、肉料理ばかり食べてはいられない。

 輝力の巡りを良くするためにも食事はバランスを心掛けなくては。


「ほう、食事はバランス良く取れているようだな。森人族は肉が苦手と聞いていたが」


「まぁね。師匠が食事から体は作っていけって言っていたからな。というか、森人が肉を苦手としているの知っていて肉料理を出したのか」


「剣士と名乗るのなら、この食事方法は常識だからな。少し試しただけだ」


「ウァーレンス、俺の友人を虐めないでやってくれ」


「確かにそうだな。すまぬなリボルヴィアよ。許せ」


 ウァーレンスが床に手を付き、大きな頭を下げる。

 何というか潔過ぎる。どことなくデレディオスを思い出した。


「いや、構わないよ。師匠と一緒に旅を始めた頃ならこんな料理食えるか!? と言っていたかもしれないけどな」


「ふむ、そう言えばお主は師からこの食事の意味を学んだのだったな。森人族に武術を教えることと言い、相当変わりものだっただろう。只人族の殆どはこの食事法を放棄してしまったから、知っているとは思わん。もしや魔人族が教えたのか?」


「いいや、違う。私の師はあなたと同じ闘人族だよ。恐らくはあなたを知っているんじゃないか? デレディオスという名前だ」


「——デレディオス?」


 デレディオスの名前を出した途端、ウァーレンスが食事をしていた手が止まる。

 そして、立ち上がり、私を見下ろして来た。思わず、私は傍に置いた細剣レイピアに手が伸びる。


「ククッなるほどなるほど。お主はデレディオスの弟子だったのか」


「お、おい……ウァ―レンス?」


 静かになった天幕の中。

 ウァーレンスと私の間に緊張した空気が漂う。それに耐えきれず、フラテがウァーレンスに声を掛けたが、ウァーレンスはそれに答えない。


。故に誰もが挑みたがった」


「何の話だ?」


「我らの性質の話だ。我らは闘争の中に生き、闘争の中で死ぬことを何よりの誉れとし、強者に挑むことを名誉としている。デレディオスという男は我ら闘人族の中でも英雄として語られる男。それが弟子を残していたとは……そして、俺の前に来てくれたのは何より都合が良い」


「……私はデレディオスじゃないぞ」


 ウァーレンスが全身の筋肉に力を籠め始める。

 明かな戦闘態勢だ。


「知っているさ。だが、あのデレディオスの弟子と聞いて試さずにはいられない。それほどあの男の名は輝いているのだよ!!」


「ッッ!!?」


 腕を広げ、接近してくるウァーレンス。

 料理など気にしないとばかりに蹴散らし、限界まで口端を吊り上げた表情を見て、私は咄嗟に距離を取る判断をした。

 フラテは危険ではない。

 ウァーレンスは迷わず私に直進している。むしろ、近づく方が巻き込んでしまうだろう。

 そう考えて、天幕を出て更に下の段へと飛び降りる。


「者共ォ!! あの森人はデレディオスの弟子である!!」


 ウァーレンスが里全体に響く程の大声を出す。

 デレディオス。その名前はやはり特別だったのだろう。その名を聞いた瞬間、里にいる全て闘人族の動きが止まり、一斉に私を見るのが分かった。


「ッ——」


 一瞬怯む。

 全ての闘人族が狂ったような笑みを浮かべているのを見てしまった。


「リボルヴィアよ。お主、故郷へ帰るために翼竜を借りたいと言ったな。謝罪しよう。それは現段階では不可能となった。そして、条件を付けさせて貰う!!」


「随分と都合の良い」


 思わず悪態付く。

 しかし、私はどうすることもできない。


「俺に一撃を加えて見せよ。そこから、この三段目まで来てな」


 一番下、里の入口がある場所まで戻って来た私にウァーレンスは条件を出す。

 勝手な話だ。

 私だけがデレディオスの弟子ではないというのに。恐らくこの話をデレディオスに愚痴っても腹を抱えて笑うだけだろう。


「えぇいッやってやろうじゃないか!!」


 このくそったれめ。

 オフィキウムも今度ここに連れて来てやろう。私だけこんな目に遭うのは何か腑に落ちない。

 兄弟子を巻き込むことを心に刻み、私は細剣を抜いて走り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る