第55話
「妖精剣術『無窮——』」
「うぉりぃぁあああ!!」
額に狙いを定め、撃ち抜いてやろうとした瞬間、横から子供が飛び掛かって来る。
子供と言っても、大人の身長平均が二メートルを下回らない種族の子供だ。身長は私と少し下、体重は私よりも重く、筋力は遥かに超えている。
そんな子供が人の頭部よりも一回り多い岩を振り下ろして来た。慌ててそれを回避する。
「逃がすな!」
「俺だ。俺がやるんだ!!」
「うるさい、全員でだ!」
続けて後から子供たちが各々拳を握って私を取り囲み、襲い掛かって来る。
回避している最中に外套を掴まれるが、外套を脱ぎ去り、大きな岩の上へと逃げ延びる。
「何のつもりだ!? 子供が大人の戦いに首を突っ込むんじゃない!!」
「うるさいトンガリ耳野郎め! 俺たちだって戦士だ!!」
「そうだそうだ!」
思わずウァレーンスの方を見る。
何食わぬ顔でウァレーンスはこちらを見下ろしており、子供に下がる様に命令する素振りもない。
周囲の大人たちも同じだ。むしろ、よくやったとばかりに満足げな表情をしている。
「そういうことかよ」
脳裏にウァレーンスが口にした言葉が蘇る。
『俺に一撃を加えて見せよ。そこから、この三段目まで来てな』
まるで誰かが邪魔をするかが分かっていたかのような言葉だ。つまり——。
「ここから三段目まで辿り着くまで、お前たちが私の邪魔をするんだな」
目の前に集まって来る闘人族たち。
子供だけではない。女も老人も拳を握り、狂気的な笑みを私に向けている。
帰りたい。切実にそう思った。
「付き合っていられるかッ!!」
岩の上から跳躍し、一段目を目指す。
大人相手なら兎も角、子供相手に暴力は降りたくはない。何よりその母親の顔を悲しませたくはない。父親?どうでもいいね!
「逃がしはせん」
「我らを舐めるなッ」
「剣遊流『幻惑舞踊』」
空中で行く手を遮る闘人族。
迫って来る拳を剣遊流の身のこなしで間をすり抜ける。だが、すり抜けられたと思った瞬間、腕を掴まれた。
「技の鮮度がまだまだだな。そんなの使っても俺たちは抜けねぇ!!」
腕を掴まれ、思い切り一番最初の場所へと放り投げられる。何とか受け身を取るが、休むことなく次が来る。
「チィッ」
「来たぞ。今度こそ逃がすなよ!!」
真っ向から闘人族の少年の拳が繰り出される。
それを流し、すれ違いざまに顎に剣の柄を叩き込んだ。
「イッテェ」
「気絶しないのか!?」
十分気を失う一撃だというのに闘人族の少年は軽く痛みを感じる程度。その頑丈さが羨ましい。私なんて多分あんなの受けたら一瞬で延びているぞ。
掴もうとする手、叩き込もうとしてくる拳や蹴りを受け流し、回避し続ける。
観察し続けて判断する。
この一段目の前にいる今私と戦っている闘人族。彼等、彼女等全てが
可笑しい。軍単位で考えても翠級にまで登り詰めれば指揮官になれる程だぞ。それが雑兵として出て来るとか本当に闘人族は次元が違う。
「捕まえたァ!!」
「離っせ!」
後ろに回られ、髪を掴まれるが、股座を蹴り上げる。相手はちゃんと成人した男なので遠慮なく蹴り上げた。
拘束が緩んだことで男の背中を踏み台に、今度は更に高い岩の上へと避難する。
「ちくしょうッまた逃げやがって。ちゃんと戦え!!」
「その通りだ。戦士である私たちを侮辱しているのか!? 何故男たちばかりを狙う!!」
成人した闘人族の女と子供たちから怒りの声が上がる。
侮っているつもりはない。狙わないのは私個人の問題だ。そう説明しても彼女たちは納得しないだろう。
三段目にいるウァレーンスを睨み付ける。
こちらの視線に気付いてウァレーンスはニヤリと笑みを浮かべた。
思わずイラっと来てしまう。必ずあの顔に一撃を叩き込んでやろう。
しかし、その前にどうするか。今、私がいるのは一段目ですらない。
できるだけ、傷つけずに先へ進みたいが……跳び超えるという策はもう警戒されている。今度は石でも投げてきそうだ。
それに、自分たちを相手にせずに素通りにされるのは、彼女たちに悪いだろう。
「……ふぅー」
呼吸を整える。
状況を整理する。
目の前には翠級の戦士が五十人以上。一段目には目の前にいる闘人族よりは数は少ないが、それでも三十人程度いる。二段目は二十人、三段目はウァレーンスを含めなければ四人。
もし、この段差が強さごとに別けられているのなら、一段目は
これを突破してウァレーンス一撃を加えなければならない。
「やってやるさ」
岩から飛び降り、剣を構える。
先程まで怒っていた闘人族も私がその気になったことに気付き、改めて拳を握り締めた。
私が地面を蹴れば、彼等、彼女等も同時に地面を蹴って接近してくる。
その様子はまるで壁に手足が付いて迫って来るかのようだった。
「剣遊流『幻惑舞踊』」
剣を振るわずに私は壁の突破を試みる。
飛び越えることはもうしない。不意を突いて一段目に行こうとすれば、目の前の闘人族たちは納得してくれないと考えたからだ。
正面から堂々とその間をすり抜ける。
それが子供と母親たちを傷つけないために取った行動だ。
だが、密集した闘人族たちの間をすり抜けられるほど私は歩法を極めてはいない。
二、三人を抜いた程度で腕を捕まえられ、動きを封じられる。
「俺がやる!!」
「戦人流『闘人鎧』!」
動きを封じられた所へ闘人族が拳を握り、振りかぶってくるが、それを鎧で弾き返す。拍子に私を取り押さえていた腕も弾き飛ばされ、私は自由になった。
囲まれては一方的にやられるだけ。すぐにその場を離脱し、最初の場所へと戻って来る。
「剣遊流に戦人流まで……しかも、闘人鎧だと? どうする。あれを突破できる技を我らは持っていないぞ」
「力では私たちが勝っているけど、速度では負けている。速さを活かせない様に広く展開しよう。多少隙間を開けてもこの人数なら捕まえられる」
短いやり取りで私が分析されていく。
私はまだ闘人族の攻略方法を見つけられていないと言うのに。
「強い……」
強すぎる。硬く、強く、分析能力があり、対策もバッチリ。一人で立ち向かって良い相手ではない。
嫌と言う程、自分の弱さを自覚する。
だけど、ここで膝を折る訳にはいかない。
「相手が強いなら、私も成長するだけ」
今の自分には何が足りないのか。自分自身を分析する。
今のままでは駄目だ。速いだけでは駄目だ。鋭いだけでは駄目だ。惑わすだけでは駄目だ。
進化をする必要がある。
故郷に帰るために。アルバ様の元へ行くために。もう二度と、負けないために。
大きく息を吸って地面を蹴る。
ウァレーンスの前を塞ぐ、不落の要塞に等しい闘人族。その牙城を崩すための手段を模索しながら——。
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