第56話
魔人王配下——亜種巨人のルインに敗れた後、勇者はこれまでの明るさが嘘だったかのように暗くなった。
頻繁に女性を求めるようになり、戦いにも消極的になった。
戦いは怖いもの。それがようやく分かったのだと彼は言っていた。
その時に悟った。
この子はただの子供だったのだと。力に浮かれ、流されただけだったのだと。
生き残った者は私と、弓使いの女戦士、勇者。
元盗賊の少女と槍使いの女戦士は死亡が確認され、残った三人でどうにか立て直そうと考えていたが、肝心の勇者にもう戦う意思がないと分かり、私は勇者をその責から解放することを決めた。
それからはルクリア王国に戻り、勇者の代わりに魔人四天王討伐の命令を下した王城へと行き、弓使いの女戦士と共に国王に報告、敗北し、一党が壊滅したことを伝えた。
あの時のことは今でも覚えている。
突き刺さる失意の視線と浴びせられる怒号。
勇者を処刑しろと言う貴族もいたし、私たちが怯えて戦わずに帰って来たのだと決めつけ、死地に再び送り出そうとする者もいた。
私が戦うことは良い。
だが、またあの少年が戦いに巻き込まれるのは避けたかった。だから、弓使いの女戦士の手も借りて何とか少年の処刑だけは回避しようと藻掻いた。
途中、皇太子の助力もあり、少年は処刑を免れ、元居た村へと帰すことはできた。
だが、ほっと息を付くことが許されず、残った私と弓使いの女戦士は敗北し、役割を果たせなかった罰として様々な危険な仕事に駆り出された。
王国に存在する反乱分子の討伐、腐敗した貴族の処分、活発になった怪物への対処等々。二人で片っ端から対応していき、丸一年かけて全てを終えた。
最も、これで全てが許された訳ではない。
最後に国王は私たちに向けて——魔人王を討伐することができれば、自由をやると告げた。
戦いから逃げるつもりはなかったため、私たちに異論はなかった。
その後、私は来るべき戦いに向けて輝術を一から学び直すために皇太子の助力を得て大陸中にある輝術についての文献を集めた。
旅の途中で知ったことだが、世の中には羊皮紙と呼ばれるものがあるらしい。森人族の里では木簡や石板しか見たことがなかったため、驚いた。
動物の毛皮を使っていると聞いて悍ましさを覚えたが、それでも木簡や石板よりも嵩張らないし、軽く持ち運びやすいのは助かった。
大陸の殆どから輝術に関する書物を集め始めて半年。
そこで十分集まったと考えた私はようやく輝術を一から学び始めた。
その頃には書物を保管していた場所が王国図書館などと呼ばれ始め、世界で初めての図書館と言われたり、魔女の研究所などと比喩されたりした。
私は勉強ができればどうでも良かったので気にはしなかったが……。
勉強を始めると直ぐに壁にぶち当たる。
それは
これでは駄目だ。
あの敗北で分かったこと、それは単純に火力不足だったということ。
ルインを殺すためには少なくとも茈級輝術を使えなくてはならない。
他の森人族であれば、こんなもの悩むことなく解決する問題なのだが、私はいかんせん落ちこぼれ。輝力量の上限が最も低い森人だ。
茈級輝術を使うには他の人と協力しなければならないだろう。只人族が茈級輝術を行使するにあたって数十人で行うように。
だが、そんなことをしている時間は戦いの中にはない。
只人族に合わせるのなら詠唱も必要になって来る。そんな隙をあのルインが見逃してくれるはずがない。
目の前で砕け散った仲間が蘇る。
一番仲の良い人だった。頼りになる人だった。強くて綺麗な人だった。
そんな人が一撃で肉片になった。あの少年を庇うことしかできなかった。
強く、速い。
あれを私は殺さなくてはいけないのだ。
友人の仇を討つために。
だから考えた。
一番最初に思いついたのは私自身の輝力量を増やすことだった。
だが、直ぐに断念した。
どうやっても一世代で輝力量を増やすことはできないからだ。書物を見れば、優秀な奇術師同士が交われば輝力量も輝力の流れも代を重ねるごとに増え、速くなっていくようだが、私が必要としているのは子供の話ではなく自分自身の輝力量だ。そもそも相手がいないし。
次に考えたのが、戦闘に参加する只人族を私と同じように無詠唱を教え、戦力を増やそうとしたのだが、ここで種族による性能の差が出た。
無詠唱はその場で組み上げた術式を脳内で処理することで輝術を発動させる。対して詠唱ありの場合は予め演算した結果を読み上げて輝術を発動させる。
森人ならば簡単に処理できる術式でも、只人にとっては前日に術式をしっかり結果が出せると判断してから使用という形になる。
術式が炎を打ち出すもの。そう答えが分かっているから輝術は発動できるという訳ではないのだ。
炎を出す過程を理解し、演算しなければ輝術は発動しない。
その過程を処理する速度が森人族と只人族では違ったのだ。
加えて、無詠唱ができても只人族の脳が負荷に耐えられるのが翠級までだということも知った。
これでは上手く行かない。私はそう判断した。
ならばと出た案は只人族から輝力だけを分けて貰うことだった。
只人族は茈級輝術の負荷に一人で耐えられる脳の作りや輝力量を持っていない。だからこそ、只人族は数十人と言う人数で茈級輝術を発動させる。
だが、私は森人族。
一人で茈級輝術を発動しても負荷には耐えられる。輝力量も只人族と接続することで増えるのなら問題ない。
良い案だと思った。というか無詠唱を教える前にこれを思い付けよと自分の脳に悪態付いた。のだが——。
その接続方法に問題が挙がった。
只人族は手を繋ぐとこで疑似接続を行うが、戦場という離れた場所に安全な後方から手を伸ばして届きはしない。
一緒に戦場に行っても大人数で固まっていればルインにやられてしまう。
次にて出たのは土地に接続して輝力を貰おうという案だ。
世界に存在するもの全てに輝力は存在する。なので、そこから貰えれば今度こそ問題解決!
そう考えたのだが、輝術を発動すると土地が痩せこけてしまったのでこの案も破棄となる。
あれもだめ、これもだめ。
試行錯誤する中、最後に思いついたのが、携帯可能な外付けの輝力貯蔵庫を作ってしまうことだった。
水晶やら木片では駄目だ。元から離れたものでは輝力は直ぐに尽きてしまう。新しく作る必要があった。
これには私一人では不可能。多くの人の協力が必要だった。
懇意にしてくれた皇太子に王城の輝術師までも巻き込み、国を挙げての研究会を行った。
必要な物は何でも提供した。
水晶を取りに行き、怪物の狩りに行き、私自身の血液も提供した。
その結果もあってか、少しずつ研究は進んで行き、二年後——ようやく輝力貯蔵庫が完成する。
そして、そこから更に一年経過し、現在に至り——。
「ふぅ……」
これまでの四年間を思い出し、輝術の書物を閉じる。
短くも長い四年間。
だが、まだ終わった訳ではない。むしろ、あの四年間は準備期間。これから先が私にとっての本番だ。
書物を合った場所へと帰した後、改築が進められ、当初より大きくなった——王国図書館の中を歩く。
只人族とすれ違い、視線を向けられるがそれは蔑むようなものではない。むしろ、憧れや尊敬と言ったものだ。頭まで下げられてしまうこともあり、少し居心地の悪さを感じる。
このような態度が嫌いで里では引き籠ったのだが、里から出てもこんな立場になってしまったのは複雑だ。
文句を言っても仕方がないので、そのまま歩き、図書館の出入り口の扉を開く。
重い扉を開けば、階段下に今現在私が所属している一党がいた。
「あ、来たわね」
「えぇ、ごめん。少し遅れたかしら?」
「いいや、そんなことはないよ。アルバ。丁度我らも集まった所さ」
近づく私に気付いて声を掛けてきたのは弓使いの女戦士。私の問いに答えたのが皇太子だ。
他にもこの四年で協定を結び、代表として訪れた海人族の戦士に筋骨隆々の只人族の戦士、フードを深く被り、陰湿な雰囲気に包まれた男もいる。
「それでは行こうか。現状は把握しているな。皆?」
「はい、皇太子殿下。魔人族、巨人族が一月前に侵攻を本格的に開始。巨人族の方はバリエル神聖国が抑えているようですが、魔人族——亜種巨人ルインの侵攻が止まらぬようです。現在、ロンディウム西方大地にあった国は殆ど降伏、ルインは中央大地へと進行しております」
皇太子の問いに筋骨隆々の戦士が答える。
「やれやれ、なさけないものだ。凡人共が集まっても役に立たないのは知っていたが、留めておくこともできない何て……彼等を救わなければならない何て気が乗らないよ。そうは思わないかい?」
「仕事はキッチリやるわよ」
「思わんな」
「立場上、発言は控えさせて頂きます」
「どちらでも良い。行くならサッサとしてくれ。俺の刃が獲物の血を欲している」
「ふぅ、やれやれだ。纏まりのない奴等だ。君だけが救いだよ。アルバ」
「……そ、そう」
前までの一党とは違う実力を重視したメンバー。
これが私が新たに所属することになった勇者一行だ。誰が新たに勇者になったのかは言うまでもない。
「さて、行こうか。前までの偽物とは違う。この本物の勇者である私と一緒に世界を救いに行こうじゃないか!!」
皇太子が歩き出す。
その後ろに筋骨隆々の戦士、海人族の戦士と続いて私と弓使いの女戦士、最後に陰湿な雰囲気に包まれた——戦士とは明らかに言えない男が続く。
「大丈夫?」
隣にいる弓使いの女戦士が声を掛けて来る。
「問題ない。準備はして来たもの」
「そう、ね。今度こそ殺しましょう」
「えぇ」
あの日の屈辱を、仲間の無念を晴らす。その決意で始めた四年間だった。
亜種巨人ルインと戦うために私たちはロンディウム西方大地方面へと向けての旅が始まる。
そして、アルバと同じように別の地でも新しい旅を始めようとしている者がいた。
「もう行くのか。寂しいものだ。お主がここにこれほど馴染むとは思わなんだ。宴でも開けば良かったなぁ」
「あれだけ昨日酒を飲んで騒いでいただろう。あれは宴じゃなかったのか……」
飲んで、唄って、食べてを繰り返した昨晩を思い出して顔を顰める。
森人族である私にはあれでも十分な宴と呼べるものだった。もう当分酒は良いと思えるほど振舞われた。だが、目の前にいる闘人族の長はまだ物足りなかったらしい。
「ガッハッハ! あの程度、宴とは呼ばん。宴とはもっと派手でなくてはな! なんなら、もう一晩泊っていけ。急ぐ旅でもあるまいに」
「急ぐ旅だ! それに遠回りしなければいけないと分かってのんびりする訳にはいかない」
「そうか、それは残念だ」
ちっとも残念そうな表情はせずにウァレーンスは笑い声を上げる。
溜息をつき、傍にいる翼竜に荷物を積み込む。
半年——この闘人族の里で過ごした日々だ……過ごしたと言っても和やかな日常など何一つとしてなかった。
戦い、戦い、戦い続け、疲れたら宴。腹が減っても宴の日々だ。それでいて全員が健康体を維持しているのだから本当に何なんだこの種族と思いたい。
「それでは、私はこれから発つ」
「おう。もう準備ができたのか。食料が足りなくはないか?」
「十分だ。あなたたちよりも私は小食なんだよ」
「そうかそうか。しかし、あっという間だったな。お主が来てから」
「……確かに、そうだったな」
「もう少し時間があれば、お主を緋にしてやれたのだが」
「魅力的ではあるが、これ以上ここにはいられない。魔人族が動き出したと聞いたし、巨人族も北方大地で動き出したとも噂があるんだ。悠長にしていると故郷も巻き込まれかねない」
「フラテが持って来た噂か」
翼竜を借りるための条件を熟すことになり、滞在期間が長くなりそうだと判断したフラテは一時期自分の里へと帰っては、ちょくちょくではあるが私の様子を見に来ると言ったことを繰り返していた。
丁度、二段目へと足を踏み入れることができた日。その日も丁度フラテが私の様子を見に来る日だった。
その時に持ち込んで来た噂——魔人族と巨人族がもう少しで戦争を起こそうとしているという噂を持って来たのだ。
その日から幾日、今——ロンディウム大陸の方はどうなっているのか。それが気になっていた。
「だが、翼竜の飛ぶ経路は教えたであろう。遠回りになるぞ」
「知っている。だから、急いでいるんだよ」
翼竜でロンディウム大陸へと戻ることはできる。できるのだが、今現在ロンディウム大陸とベリス大陸を繋ぐ所には魔人族が軍勢を成しているという。
そこには勿論ルインもいる。
ベリス大陸とロンディウム大陸間の人の出入りを防いでいるようなのだ。しかもその範囲は、地上は言わずもがな水上も水中も空域だって見張られているという。
一度偶然通りかけた翼竜が落とされたとフラテが言っていた。
だから、そこからロンディウム大陸へは向かえない。賭けに出て魔人族の軍勢の真ん中に落ちる何て絶対に嫌だ。
「氷結大陸、か」
これから向かう行先を見詰める。
暗い雲が空を包み、白い大地で覆われた世界。氷結大陸はそのようなものだと伝え聞いている。
翼竜もあまり近づかない場所だ。だから、翼竜で大陸の端っこまで移動し、そこから徒歩での移動となる。
ロンディウム大陸へ向かうには遠回りだが、死ぬ可能性がある方に行くよりはマシだ。
「では、そろそろ行くよ。フラテ、ウァレーンス。世話になった。この恩はいずれ返しに来る」
翼竜へと跨り、最も世話になった二人に対し、礼を口にする。
「おう、その時はお主の里の酒でも持ってきてくれ。忘れても気にせんぞ」
「俺たちにも土産を忘れるなよ。俺たちは忘れたら祟るからな」
片方は長命故にあまり頓着せず、片方は少し急かすような言葉を口にし、別れを告げる。
翼竜の腹を蹴ると翼を大きく広げて飛び立つ。
地上にいた二人はあっという間に小粒の大きさになり、やがては肉眼で見えなくなった。
「ふん、忘れるものかよ」
そう、絶対に忘れない。
これだけ世話になって恩を返さないのは仁義にもとる。何より——。
「あなたたちは友人だからな」
友人なんて作っても意味が無いと思っていた。
だけど、今は違う。
また会おう。その約束は私にとってとても嬉しいものであると気付いたから。
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