第52話

 魔人族の集落に受け入れられた次の日から私はまず彼等を知ることから始めた。

 ハッキリ言って私はここでは異物だ。

 フラテ曰く、私をここに置くことに賛成しているのはリタと老人のみ。他の者は早く出て行って欲しいと思っているようだ。

 私は別に気にはしないが、私を庇うリタと老人が気掛かりだ。種族の中で冷遇されるのはどういうものかを身をもって知っている。

 二人をそのような目には遭わせたくはない。

 そう考えたからこそ、私は敢えて彼等との距離を縮めた。


 リタの家で生活を行い、仕事の手伝いをして種族の中へと入って行った。

 無論、警戒された。

 言葉も通じない。姿も似通っていない。そんな余所者が近づいてくることに不愉快さを覚えるのは何処も同じ。

 リタの説得がなければ、絶対に無理だっただろう。


 魔人語によるやり取りも私にとっては困難。何か一つ伝えようにも身振り手振りで伝えるしかない。それでも大抵のことは首を傾げられて終わる。

 一日目は明らかに邪魔だと言わんばかりの態度で睨み付けられて終わった。


 次の日から、フラテから子供用の魔人語の教材を貰い勉強を始め、同時に砂漠を歩くための修行も始まった。

 朝はリタの家で目を覚まし、それからリタの手伝い、昼は魔人族の女手たちの手伝いを行い、夕暮れ時から食事を挟んで深夜まで修行。そして、皆が寝静まった後に魔人語の習得。

 そんな日々を繰り返していく。


 日々を過ごす中で森人族の里での勉強を思い出す。

 あの時もこんな風に訓練、勉強、生活の三つのサイクルをしていた。余所者に対する警戒はあるが、虐めが無い分、こちらの方がまだマシだろうか。いや、それでもやはり緑や夜の星々、虫や小鳥たちの声がないのは寂しい。


 ほんの少しの寂しさを覚えると同時に改めて私には望郷の念があったのだと心の底から思う。

 アルバ様の所へ行こう。これまでは何となくではあったが、今は強く決意している。アルバ様の所へ行き、その功績で故郷に帰る。それが今の私の目標だ。


「突っ立ってないで。早く来なさい」


「ご、ごめんなさいっ」


 考え事をしていると前からリタに怒られる。

 勉強をしたおかげで少しは魔人語を理解できるようになった。

 頬を膨らまして子供のようだが、これはしっかりと怒っている顔だ。慌てて謝罪し、前に進む。

 私は今、洗濯物を行うために更に地下に向かって移動中だった。


 こんな岩と砂、枯れ木しかない場所に水が存在するのか。最初はそう考えていたが、その認識は生活初日ですぐに吹き飛んだ。

 岩を切り出して造られた階段を降りると視界に入って来たのは川。といっても、川そのものが光っているのではない。魔人族の生活の中でも見た洞窟を照らす水晶。それが川の底にあるのだ。


 先に来ていた魔人族の女たちは、さっさと衣服を洗っている。リタと私もそれに倣って川で衣服を洗う。

 川の水は氷から溶け出したばかりの様に冷たい。

 作業をしていると衣服の中に私が奴隷の時に着ていたボロ布を見つける。もう捨ててくれても良いのに。こんなの掃除ぐらいにしか使えないぞ。

 今の私の衣服はリタが用意してくれたもの。昔来ていた幾つかの民族衣装を繋ぎ合わせ、作ってくれたものだ。

 手首、足首もスッポリ覆える丈の長い緑のドレスだ。

 股を大きく広げられず、素早く動くことができないので戦いには向いていないため、リタには丈を切って足を露出できるようにして貰った。

 これを頼み込んだ時リタはふしだら!?と叫んだらしい。私はまだその時魔人語が分からなかった。

 私は外に出ることは許されていないが、真面な衣服を身に纏うのは嬉しい。ありがたく頂戴している。


「ん? あれは……?」


 洗濯も半ばの頃、屈んで辛くなった体を休めるために軽く体を伸ばす。その拍子に上を見上げた私は見覚えのあるものを見つけた。


「リタ、あれは……八大星天の石碑か?」


「ん? あぁ、あれね。そうよ。そんなに珍しいものじゃないでしょ」


「珍しくない何てことはないと思うぞ。私は他の国であれを見た覚えはない」


「? それはそうでしょう。あの石碑を持っているのは森人族と魔人族の中で私たち、そして闘人族だけだもの」


「そうなのか?」


「あら、知らなかったの? 上手く伝えられていないのかしら……」


 リタの言葉に目を丸くする。

 あの石碑を持っているのは私たちだけ?何故?

 でも、私はあの石碑を子供の頃見た覚えはない。獣人族の里で見たのが初めてだ。


「『空に輝く八つの星。その輝きが最も光る時こそ新たな幕が開く。英雄達よ、切り開け、しのぎを削れ。いずれ来るその時を私は待っている』こんな歌があるのだけど、それも知らない?」


「……初耳だ」


「そうなの。可笑しいわね。必ず私たちには伝わっていると思ったのに。森人族と闘人族はこの星に生きる生物の中で最も長命種だし、私たちは記憶を読み取って正しい歴史を伝えていけると判断されたからあの石碑と歌を与えられたのよ。故郷に帰れたら、聞いて見ると良いわ。恐らく、年長者は必ず知っているはずだから」


 リタの言葉に頷く。

 上手く帰れたらそうするとしよう。そこまで考えて、先程の台詞に気になることが一つあったので問いかける。


「先程、記憶を読み取れると言ったけど、それは本当なのか?」


「あら、言っていなかったかしら? あぁ、その時あなたは言葉が分からなかったわね。そう、私たち魔人族の種族の中でも特異なの。額をくっつけるだけで相手の記憶を読み取れるの。だから、あなたの好きな食べ物も再現できたのよ?」


「なるほど。そういうことか。それは私に言って良いことなのか?」


「あ——」


 しまった。という表情で固まるリタ。どうやら言ってはいけないことのようだったらしい。

 フラテには言わないで~と縋って来るリタを見てクスリと笑みを浮かべてしまう。

 言うはずがない。そして、リタたちの特異性を他に漏らすこともしない。それだけの恩がリタたちにはあるのだ。


 仕事を終えた後、私は生活層の下にある倉庫層で修業を始める。

 修行相手は私を見つけてくれたおじいさんだ。

 このおじいさん。階級は私と同じ茈級しきゅうであの剣遊流の使い手らしく、この里では一番強いようだ。

 彼から教わるのは勿論、剣遊流。

 そもそも剣遊流は初代が砂漠を渡り歩く時に作られ、その初代に魔人族が教わって代々続いているらしい。

 ちなみに初代は只人族のようだ。


 戦人流、剣砕流が剛剣とするならば、こちらは柔剣だろう。

 ゆらゆらとまるで風に吹かれる木の葉のように力を抜き、鋭い一撃を与える。敵の斬撃、打撃を受け止めるのではなく、流す。

 シリス王国の街ミーネで戦った剣士ブラゲィドと戦った時からずっと思っていた。この戦闘方法は私に合うのではないかと。


 その考えはピッタリと当てはまり、私は剣遊流をみるみる習得していった。デレディオスから教わった剣砕流と比べると時間は全く掛かっていないと言って良い。

 デレディオス、何かごめん。

 おじいさんからも筋が良いと褒められた。しかし、逆に打たれ弱すぎることも指摘される。

 それは私も同意見だった。

 打撃だけで例えるなら、同格相手に二発、いや三発貰えば私は恐らく瀕死になる。格上ならば一発だろう。格下でも五発も貰えば多分動けなくなる。

 それぐらい私は自分の打たれ弱さを自覚していた。


 だからこそ、習得できても技を磨くことを惜しまなかった。

 おじいさんは寡黙な人で言葉で伝えることは殆どなかった。何か間違った箇所があれば、腕や脚を叩かれ、修正、もしくは手本を見せられるだけ。

 フラテはそれを見てもっと言葉で伝えてくれなきゃ分からんと言っていた。この人より強い使い手が中々生まれないのは多分この人の不器用な所が原因なのだろうと私は悟った。

 まぁ、それはそれで私はその教え方に不満はなかった。

 黙々とやる作業は私も好きだ。おじいさんも寡黙だが、正しい型になるまでずっと付き合ってくれる。

 お師匠様とまでは言えないが、恩人として一生敬い続けるだろう。


 おじいさんから全ての技を習得するのに一年。そして、技の精度を上げるのに半年を経た頃、私はフラテと共に里を出る許可が下りた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る