エピソード 3ー12
余計な調度品を売り払い、シンプルな見た目になった応接間。その代わりに清掃が行き届いたその部屋で、私とセイル皇太子殿下はローテーブルを挟んで向かい合っていた。
「それで、話というのはなんですか?」
「おまえがカイと呼んでいた少年、前はいなかったはずだが?」
「え? あぁ、最近受け入れた子供です」
「そう、か……」
なにやら考え込んでしまった。
「セイルさん、それが聞きたかったことですか?」
「あぁいや、聞きたいのは魔導具の件だ。あれは本当にアリーシャが開発したのか?」
「ええ、そうですよ」
正直に答えると、セイル皇太子殿下は信じられないと目を見張った。
「おまえは魔導具を作ることが出来るのか?」
「ノウリッジで教えてもらったんです」
必殺、私がすごいのは全部ノウリッジのおかげ戦法。セイル皇太子殿下は「あぁ、そう言えばおまえはノウリッジの見習いだったな」と顎に触れて納得する素振りを見せた。
だがそれも一瞬、すぐに首を横に振る。
「だが、魔導具を作れるのと、新しい魔導具を開発できるのは別だ。お湯を沸かす魔導具を、本当におまえが開発したのか?」
「ええ、本当ですよ」
「どういう原理だ」
セイル皇太子殿下がローテーブル越しに身を乗り出してくる。
「……セイルさん。それは、製法をよこせ、とおっしゃっているのですか?」
私の問いに、彼は慌てて首を横に振った。
「いや、違う。その……悪かった。俺は別に、製法を奪おうとか、そういうつもりではない。ただ、あまりにすごいものを見て、少し興奮してしまったようだ」
「……大丈夫、分かっています」
もともと、セイル皇太子殿下がそういう人間でないことはよく知っている。だから私はすぐに納得したのだけど、彼はそれをうわべの言葉だと判断したようだ。
「本当だ。先日教えてもらった複式簿記の件も……そうだ、思い出した」
彼はそう言うと、テーブルの上になにか思いものが入った巾着袋を置いた。
「……なんですか、これ」
「複式簿記が思いのほか有用でな。あれを教えてくれたことに対する報酬だ」
「報酬? あれは別に、私が考えた訳ではありませんよ?」
本当は前世の知識ではあるけれど、あのときの私はノウリッジの本で知ったと答えたはずだ。それなのに、報酬をもらうのは筋が通らない。
「これは、授業料のようなものだ」
「授業料にしては……」
少し多いのではと、巾着袋に視線を向ける。少し開いた口から金貨がみえる。カルラから受け取ったような莫大な額ではないけれど、授業料としては明らかに多い。
「借金の話を聞いた。よかったら、これで借金を返してくれ」
「え?」
びっくりした。
エリオに借金を返済したのに、まだ聞いていないらしい。いや、エリオが掠め取ったということはないだろうから、単純に話が通っていないだけだろうけど……
……あなたたち、報告がちょっと少なすぎるんじゃない?
「あぁいや、誤解するなよ。同情でお金を用意した訳じゃない。もとから、これくらいの価値はある情報だったから支払っただけだ。だから遠慮なく受け取ってくれ」
「そこまで言うならもらいますけど、借金ならもう返済しましたよ?」
「……え?」
そういう反応になるよね。
「実は先日、警備隊の詰め所に行くことがあって、エリオさんに渡しました。まだ聞いていないんですか?」
「あ、あぁ、すまない。警備隊の詰め所に顔を出していなくてな。後で確認をしておく」
「そうしてください。それで、このお金はお返ししましょうか?」
そう言って一度は受け取った巾着袋をテーブルに戻すが、セイル皇太子殿下は「いや、それは受け取ってくれ。さっきも言ったが、有益な情報だった」と答えた。
私はそういうことならとお金を受け取った。
そのとき、エミリアが部屋にやってきた。トレイに紅茶を乗せて入ってきた彼女は、ローテーブルの上に紅茶を並べながら「大丈夫?」と耳打ちしてきた。
「大丈夫、心配しなくていいよ。ただ、話は長くなりそうだから、昼食の準備とかはエミリアにお願いするね」
「ん、分かった。美味しいご飯を作っておくね」
エミリアは少しだけ安堵した顔で退出していった。
彼女の淹れてくれた紅茶の香りが、ほのかに部屋の中を満たしている。私は「お口に合うか分かりませんけど、よかったらどうぞ」と先んじて紅茶を口にした。
「ふむ、いただこう」
セイル皇太子殿下は紅茶を一口、ほうっと息を吐いた。
「彼女は紅茶を淹れるのが上手なんだな」
「私の自慢の友人です」
よかったね、エミリア。皇太子が褒めてくれたよと、心の中で微笑んだ。まあエミリアの場合、皇太子が自分の淹れた紅茶を飲んだと知ったら、喜ぶ前に目を回すと思うけど。
そんなことを考えながら一息吐いていると、彼はティーカップをローテーブルの上に戻した。それから背筋を正して、私をまっすぐに見つめる。
彼の青く澄んだ瞳が、私をじぃっと見つめている。
「アリーシャ、あの魔導具の製法を俺に託してくれないか?」
「……託す、ですか?」
予想外の要求に少しだけ困惑しつつ、私はその意味を深く考え始めた。
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