エピソード 4ー2

「私の正体を隠すことに協力してくれるんですか?」


 隣に座るカタリナ叔母様を見上げる。

 回帰前の叔母様は、私が皇族に復帰するにあたって、全力で支援してくださった。そんな彼女だから、かなりの確率で皇族に復帰するように説得されると思っていた。


「可愛い姪っ子が誰かに騙されているのなら説得するわよ? でも貴女は自立して、自力で魔導具まで開発している。そんな貴女が決めたことを、どうして私が止められるかしら?」

「……カタリナ様、ありがとうございます」

「カタリナ様だなんて水くさいわよ。私のことは叔母様と呼んでちょうだい」

「……カタリナ叔母様?」


 私が小首を傾げて見上げると、カタリナ叔母様は「~~~っ」と呻き声を上げ、胸を押さえてうずくまった。


「カ、カタリナ叔母様? ……大丈夫ですか?」

「め、姪っ子が可愛すぎる!」


 あ、はい。まったく、なにかと思ってびっくりしたよ。


「カタリナ叔母様、恥ずかしいです」

「ふふ、本当に可愛らしい子」


 カタリナ叔母様に抱きしめられた。

 ……懐かしい。回帰前に抱きしめてもらったことや、お母様に抱きしめてもらったことを思い出す。そうして身を任せていると、私から離れたカタリナ叔母様が、「それで、可愛い姪っ子ちゃんは正体を隠してどうするつもり?」と言った。


「孤児院の院長になります。そして子供達を守るつもりです」

「……そう。とても素敵な目標ね」


 カタリナ叔母様は静かにそう言った。


「叔母様は驚かないんですね」

「あら、十分驚いているわよ。まさか、この年でおばあちゃんになるなんてね」

「……ん? ……いや、私の子供じゃありませんから」


 若くして子供を産むことも珍しくない世界だけど、さすがにそこまで早くはない。というか、この人、絶対に分かってて言ってるわよね。


「血は繋がっていませんが、苦楽をともにした家族です」

「……聞いているわ。まえの院長が酷い人物だったようね。貴女が辛いときに側にいてあげられなくてごめんなさい」


 カタリナ叔母様は視線を落とし、目元に苦悩を浮かべた。私は思わず手を伸ばし、カタリナ叔母様の袖を掴む。


「カタリナ叔母様は私を探し続けてくださったと聞いています。だから、自分のことをそんなふうに責めないでください」


 六年間、行方不明の姪っ子を探し続けるのは並大抵の苦労じゃない。それでも、カタリナ叔母様は諦めずに私を探し続けてくれた。回帰前、私を見つけたのはセイル皇太子殿下だけれど、それはカタリナ叔母様が私を探し続けていた結果だと聞いている。

 だから、私はカタリナ叔母様にとても感謝している。


「……本当に優しい子に育ったのね。なにか、貴女の力になる方法はないかしら? ……そうだ。私が孤児院の経営権を握るというのはどうかしら?」


 それは悪くない提案だ。私の正体を知るカタリナ叔母様が経営者なら、いま抱えている多くの問題を解決することが出来るだろう。だけど――


「せっかくの申し出ですが、お断りさせていただきます」

「あら、お気に召さなかった?」

「いえ、そういう訳ではないのですが、既にカルラ様と手を組んでいますので」


 いまの私はカルラの扱う商会の関係者だ。そのカルラの親が領主様で、孤児院はその領主の管理下にある。カタリナ叔母様が介入するとややこしいことになる。

 だから、申し出は受けられないと辞退した。


「あら、残念。先を越されちゃったのね」


 カタリナ叔母様はそう言って笑った。


「ご期待に添えず申し訳ありません」

「いいのよ。それより、カルラ嬢と手を組んでいるといったわね? お湯を沸かす魔導具も、本当ならフィオレッティ子爵家の商会に任せるつもりだったのかしら?」

「いえ、あちらはいま、ほかの商品を売り出すのにリソースを奪われているので」


 私の言葉に、カタリナ叔母様が初めて顔色を変えた。


「もしかして貴女、ほかにもなにか発明をしたの?」

「ええ。いくつか」


 私はそう言って、美容ポーションをテーブルの上に置いた。透明な瓶に入ったポーションは、ほのかに輝いている。


「これは……ポーション?」

「ええ。カタリナ叔母様に対する切り札として持参しました。もし、叔母様が私の正体を公表すると主張した場合は、それを定期的に卸すことを対価に黙っていてもらうつもりでした」

「へぇ……なんかキラキラしてるわね。どんな効果があるの?」

「美容ポーションです。飲めば十代の肌になりますよ」


 私がみなまで言うより早く、カタリナ叔母様に手を掴まれた。カタリナ叔母様はすごく真剣な形相で私に詰め寄ってくる。


「アリーシャ、もう一度言ってくれる? どんな効果があるって?」

「美容です。飲めば十代の肌になります」

「副作用は?」

「ありません。飲むのを止めるともとに戻るくらいですね」


 カタリナ叔母様はわずかに視線を彷徨わせ、深く考えるように美しい眉を寄せる。そうして長い沈黙を挟み、再び私に視線を戻した。


「やっぱり、貴女のことは陛下に報告するべきよね」

「……解析とかをしないと約束してくださるならちゃんとお渡しするので止めてください」


 私がそう言った瞬間、カタリナ叔母様は「姪っ子のお願いとあれば、秘密にしておくしかないわね」とポーションの瓶を摘まみ上げた。

 うん、まぁ……知ってた。

 回帰前は社交界で刃傷沙汰にまで発展したから、このくらいは予想の範疇だ。


「それじゃ飲んでいい? ダメといっても飲むわよ?」

「……いいながら瓶の蓋を開けないでください。いえ、飲んでいいですけど。あと、飲むとしばらく熱っぽくなるので、座ったままでいてくださいね」

「誰か、鏡、鏡を持ってきなさい!」

「……うん、聞いてないね」


 定期的に献上するのと引き換えに、お小遣いでもお強請りでもしようかな。

 

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