エピソード 4ー3
ひとまず、カタリナ叔母様には定期的に美容ポーションを届けることになった。その際に、私の正体を明かさないこと、成分を分析などしないことなどを契約に盛り込んだ。カタリナ叔母様がその契約魔術に応じてくれたおかげで、私が抱える問題の多くが解決した。
そして、カタリナ叔母様の肌は瞬く間に十代のように若返った。年相応の服装で落ち着いて見えるが、同じ服を着れば私と姉妹に見えるだろう。
そんな自分の姿が映る鏡をまえに、カタリナ叔母様は大きな溜め息を吐いた。
「……本当に若返ったわ。貴女、とんでもないものを作ったわね。これを上手く利用すれば、次の皇帝の座だって狙えるわよ?」
「カルラ様には、政治利用はほどほどにと伝えてあります」
政治利用で派閥のパワーバランスを大きく崩すつもりはない。そう伝えるけれど、カタリナ叔母様は少し難しい顔をした。
「カルラ嬢はたしか、快楽主義者なところがあったはずよ? 美容ポーションなんてとんでもない品を扱わせたら、なにかやらかすんじゃないかしら?」
「いいえ、彼女なら大丈夫です」
快楽主義者なのは姉を守るための演技という部分が大きい。色々やらかすかも知れないけれど、姉に迷惑を掛けるようなまねはしないという信頼がある。
だが、そうじゃなかったとしても大丈夫だ。カルラなら、私を裏切って美容ポーションで祭りを開催するよりも、私と最後まで踊った方が楽しいと直感で分かるはずだから。
「……うちの姪っ子が賢すぎる」
「周りは私より賢い人ばっかりですけどね」
カルラにも見透かされたし、カタリナ叔母様にも初手でしてやられた。
セイル皇太子殿下に至っては、私の正体に気付いた上で泳がされている気がする。恐らく、私の目的や、敵になるかどうかなんかを探っているのだろう。
「カルラ嬢とセイル皇太子殿下ね。まだ若いとはいえ、二人ともやり手と聞いているわ。一筋縄じゃいかない相手でしょうね」
「……ええ。まあ、敵対している訳じゃないのが救いですね」
私がそう呟くと、カタリナ叔母様は少しだけ意外そうな顔をした。
「カルラ嬢は分かるけど、セイル皇太子殿下とも仲良くするつもりなの?」
「敵対するつもりはありませんよ。……そう言えば、レヴィリス侯爵家は皇族との関係が切れているんでしたね。この期に友好を得ることは出来ませんか?」
回帰前、私はセイル皇太子殿下に救われた。
その後の皇族とレヴィリス侯爵家の関係は良好だったので、おそらくはそれを切っ掛けに関係を取り戻したのだろう。このまま放置すれば、その歴史が変わってしまう。
なので、お湯を沸かす魔導具を共同で販売することで、友好を結べないかと提案する。
「可能か不可能かでいえば可能よ。でも、貴女は皇族に復帰するつもりがないのでしょう? なのに、セイル皇太子殿下を遠ざけなくて大丈夫?」
「一筋縄にはいかないでしょうがなんとかなると思っています
当初は「有能な孤児がいるぞ、味方にしよう」とセイル皇太子殿下に思わせようと思っていた。でも正体に感づかれている以上、その方法は選べない。
なので「アリーシャは皇族に戻るつもりがないらしい。なら、敵対することはないだろう。有能なので利用しよう」と思わせるのが次善の策だ。
まあ……口で言うほど簡単ではないのだけれど。出来なければ、回帰前の悲劇が再来するかも知れないのだから、なにがなんでも成し遂げるしかない。
「分かった。貴女がそう言うのならかまわないわ。お湯を沸かす魔導具の販売については、セイル皇太子殿下の意見を求めるようにしましょう」
「ありがとうございます、カタリナ叔母様」
これでおおむねの問題は解決した。あとは――と思考を巡らしていると、扉がノックされた。すぐに侍女が入ってきて、カタリナ叔母様になにかを耳打ちする。
「アリーシャ、貴女に手紙が届いているそうよ」
カタリナ叔母様がそう言うと、侍女の背後にいたメイドがトレイに乗せた手紙を差し出してくる。その封蝋はノウリッジのもので、ダリオンの署名があった。
タイミングからして、私の後を追うように出された手紙だろう。
「叔母様、ここで確認してもよろしいですか?」
「ええ。急ぎの内容でしょうから、すぐに確認なさい」
カタリナ叔母様の許可を得てその場で封蝋を切る。中から取りだした手紙を読んだ私は顔色を変える。そこには、孤児院が取り巻く問題について書かれていた。
どうやら、セイル皇太子殿下と対立する派閥が裏家業の人間に接触したらしい。このままだと、孤児院にちょっかいを掛けられる可能性が高いとのことだ。
カルラが護衛を出そうとしてくれているが、力を借りるとセイル皇太子殿下の耳に入る可能性が高い。どうしたらいいか意見を求む――と言った内容だった。
「……カタリナ叔母様、大変申し訳ありません。孤児院に帰らなくてはいけなくなりました」
「なにかあったようね。なら、すぐに馬車の手配をさせましょう」
私はそれを聞いて、窓の外に視線を向けた。日はまだ傾いていない。いまから急げば、今日中に少し進むことが出来るだろう。
「申し訳ありませんがお願いします」
「ええ。――聞いたわね。すぐに足の速い馬車を用意なさい」
カタリナ叔母様の命令に、侍女がかしこまりましたと言って退出する。侍女を見送った後、カタリナ叔母様は静かに引き出しを開け、小箱からなにかを取り出した。
「アリーシャ、これを持っておきなさい」
手渡されたのは、レヴィリス侯爵家の紋章が入った指輪だった。いわゆる身分証のような物だ。それを持っていれば、私はレヴィリス侯爵家の庇護下にあると言うことが出来る。
「こんな貴重な物を私に、よろしいのですか?」
「よろしいもなにも、貴女は私の可愛い姪っ子だもの。貴女が正体を隠すのは自由だけれど、私が自重する理由にはならないわ。必要なときが来たら迷わず使いなさい」
「……ありがとうございます、カタリナ叔母様」
カタリナ叔母様に抱きついて、心から感謝の言葉を口にした。
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