エピソード 2ー6

 それからさらに数日が過ぎ、孤児院の改修工事が始まった。ノウリッジを通して紹介してもらった大工のおじさん達が、急ピッチで痛んだ孤児院の修理をしてくれている。


「よし、屋根はこれで大丈夫だろう! 次は床板の張り替えだ、てめぇら、よく聞け。依頼主はまえの院長を告発した嬢ちゃんだ、手を抜いたりするんじゃねぇぞ!」


 棟梁がそう叫んで部下達が作業を進めている。彼の力強い体格と日に焼けた肌が、大工としての経験を物語っていた。私は井戸の水で冷やした、お茶の入ったヤカンを持って棟梁のそばへと歩み寄った。


「棟梁のおじさん、お疲れ様です。お茶の入ったヤカン、ここに置いておきますね」

「おう、嬢ちゃん、ありがとよ!」


 私は「どういたしまして」と微笑んで、「ところで……」と続ける。


「さっきの、まえの院長を告発したって、作業となにか関係あるんですか?」

「あぁ。実はまえの院長から依頼されたことがあったんだが、やれ話が違うだの気に入らないだの言われて、かなり酷い目に遭ってな。今回も孤児院からの依頼と聞いて断ろうと思ったんだが、嬢ちゃんの事情を聞いて受けたんだ」


 軽い気持ちで聞いたら想像以上にやばい話だった。まさかという思いがよぎり、心臓がドクンと嫌な音を立てた。


「まえの院長がすみませんでした。それで、その……もしかして、そのときの報酬、お支払いしていなかったり、します?」

「はっはっは、なんだ? 嬢ちゃんが払うとでも言うつもりか?」


 棟梁のおじさんが豪快に笑った。

 ……やっぱり、マグリナは支払いを滞納させてるんだ。棟梁のおじさんは笑い話のように話しているけれど、これは放っておく訳にはいかない問題だ。

 だからと、私はスカートの端を握りしめて顔を上げた。


「――はい、私が支払います」


 私がそう言うと、棟梁のおじさんは少しだけ真面目な顔になって「嬢ちゃん、本気で言っているのか?」と口にするけれど、私は「本気です」と目をそらさない。

 ほどなく、棟梁のおじさんは息を吐いて頭をがしがし掻いた。


「……すまねぇ。余計なことを言っちまったみてぇだな。俺にとっては既に終わったことなんだ。だから、無関係の嬢ちゃんに請求するつもりはねぇよ」


 そう言ってくれるおじさんはとてもいい人だと思う。だけど、院長の後任が私じゃなくて、別の大人だったなら、彼はこんな甘いことは言わなかっただろう。

 ここで彼に甘えたら、私はその瞬間から孤児院の院長じゃなくなっちゃう。


「ありがとうございます。さっきの言葉だけで、おじさんが親切な人だってよく分かりました。でも、お支払いはさせてください」

「いや、だから、必要ないって」

「おじさん。私は無関係の人間じゃなく、マグリナの後任なんです」


 私はそういって、おじさんの顔を真正面から見つめる。


「……そう、か。本気、なんだな?」

「はい。その……すぐには無理です。少しお待たせしてしまうことになりますが、必ずお支払いします。だから、請求書を回していただけますか?」

「ああ、分かった。それと……子供扱いして悪かった」

「いえ、こちらこそ、生意気言ってすみません」


 私がぺこりと頭を下げると、棟梁のおじさんはにかっと笑みを浮かべた。


「子供らしくはねぇが、院長としては上出来だ。あらためて嬢ちゃんのことが気に入った。なにか大工関連の仕事で困ったことがあれば、またいつでも相談しな!」


 私は「ありがとうございます」ともう一度頭を下げて、それから院長室へと向かった。

 孤児院の廊下を歩いていると、子供たちの笑い声がかすかに聞こえてくる。胸の中に温かな思いが広がる一方で、不安と重圧が押し寄せた。

 院長室に戻った私は壁に手を突いて、コツンと額を壁に押しつけた。


「……まさか借金があるなんて、聞いてないよぅ」


 院長として認められるには、この問題を解決する必要があると考えを巡らせる。そのとき、部屋の中で「……アリーシャ、なにかあったのか?」と気遣うような声が響いた。

 

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