エピソード 2ー5

 孤児院に戻ると、子供部屋から賑やかな声がかすかに聞こえてくる。もしかしてと思った私は、足早に子供部屋へと向かった。そこには、子供達と笑い合うエミリアの姿があった。


「アリーシャ!」


 私に気付いたエミリアが席を立ち、ピンクの髪を揺らしながら駆けてきた。彼女の足音が響き、その勢いのまま私の胸の中に飛び込んでくる。エミリアの体温が一瞬で私を包み込んだ。


「ただいま、アリーシャ!」

「……うん、お帰り、エミリア」


 エミリアをギュッと抱きしめる。その腕の中にエミリアの温もりが広がった。エミリアが私の側で笑っている。そう思うと、いままでの苦労が報われた気がした。

 たっぷり十秒はそうしていただろう。私達はどちらからともなく身を離した。


「エミリア。思ったより時間が掛かってたけど、調書でなにかあったの?」

「うん、そっちは大丈夫。ただ、ちょっと手続きで時間が掛かってたみたい。まだ長引きそうだから、先に戻っていいって言われたんだ」

「そっか、よかったね」

「うんっ!」


 エミリアは最高に愛らしい笑顔を浮かべ、それから――私の両肩を掴んだ。彼女のピンクの髪が揺れ、瞳がきらきらと輝いている。


「それよりアリーシャ、院長先生になるって本当!?」

「うん、本当だよ。と言っても、試験に合格しなくちゃいけないから、私が院長になるのはまだ確定じゃないんだけどね」


 私はそこで声をひそめ、ほかに院長のなり手がおらず、私が院長になれなければ孤児院が解体される可能性が高いことをエミリアに耳打ちした。

 エミリアはびっくりした顔をして、それから私を見て真剣な顔で頷いた。


「じゃあ絶対に合格しないとね。どうやったら合格できるの?」

「明確な答えはないんだけど、上手く孤児院を経営できれば、かな」

「……ごめん、難しくて分からないよ。私はなにをしたらいい?」

「えっとね。帳簿を付けるのとかは私がするから問題ないんだけど、色々と人手が足りてないんだよね。庭に薬草園を作りたいんだけど、アリーシャも手伝ってくれる?」

「薬草園? ほかの仕事の合間にってこと?」

「そうなっちゃうね。でも、減らせる負担は減らすつもり」


 マグリナのように無茶な仕事配分をするつもりはない。

 自動お掃除ロボットどころか掃除機もないこの世界では、家具が多い部屋の絨毯の掃除が一番大変だ。将来的には魔導具を作るつもりだけど、まずは余分な調度品を売り払う。


 後は、お仕事の割り振りだけど……うん、王宮のやり方を踏襲しよう。エミリアを侍女長の役割に据えて、シリルを執事の役割に据える。ルナとフィンはそのお手伝いだ。

 そこから、少しずつ孤児院のやり方に合わせていけばいいだろう。


「料理や洗濯などの責任者をエミリアに、屋敷や薬草園の管理などはシリルに任せて、ルナやフィンにはそのお手伝いをしてもらう感じでいいかな?」

「……そうすれば、アリーシャは院長になれる?」


 エミリアが私の目をまっすぐに覗き込んでくる。私はその目を見つめ返して力強く頷く。


「……なるよ、絶対」

「分かった。私も全力で手伝うよ」


 エミリアの目には決意の光が宿り、私も心が熱くなる。


「ありがとう、エミリア。みんなで力を合わせてがんばろう」


 こうして、孤児院の存続を掛けた改革が始まる。

 

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