エピソード 2ー15
カルラが魔力回復薬――現時点では得体の知れないポーションを毒味もせずに口にした。その事実にカルラの侍女が息を呑む。彼女の瞳には驚愕の色が浮かんでいた。
もちろん、私も驚きを隠せない。
だが、「……へぇ、すごい。本当に魔力が回復しているわ」と、当人はまるで気にしていない――どころか、魔力回復薬の効果に興味津々だ。
昔から、いや、未来でも? こういうぶっ飛んだところがあったのよね。彼女は少し感覚をたしかめるような仕草をした後、指先に魔術の光を灯した。
「……魔術の出力に変化はなし、か。純粋に魔力が回復するだけなのね」
「ええ。魔力が回復する以外の効果はありません。回復量については、今後の研究次第ですが、上げられると思っています」
生花じゃなくてジャムを使っているので、効果をあげられるのはほぼ確定だ。けど、契約もしていない状況で、使用する素材のヒントとなるような言葉は口にしない。
それでも、カルラの気は十分に引けたようだ。
「へぇ……回復量を、ね。コストはどのくらい?」
「最終的には、一般的なポーションの二倍以内には収まると思います」
「だけど初期費用は掛かる、と。なるほどね……」
安定供給には投資が必要で、つまりはそういう素材を使用する、と。
彼女はいまのやり取りからそういう情報を得たのだろう。それでレシピがバレると言うことはないけれど、少しは正解に近づいているはずだ。
相変わらず怖い娘である。
「ひとまず、あなたたちがとんでもないポーションを持ち込んだことは理解したわ。その上で聞くけれど、これをどうしてうちに持ち込んだの?」
カルラは私に尋ねるけれど、このあたりはダリオンが対応するべきだ。そう考えた私は「説明をお願いできますか?」とダリオンに声を掛ける。
「では僭越ながら私がお応えします。我々はこのポーションを商機と捉えています。しかし、ノウリッジだけで売るにはあまりに価値が高く、貴族の協力が不可欠だと考えました」
「まぁ、そうね。こんなものをノウリッジが単独で売り出せば、利に聡い貴族達が群がって、あっという間に利権を食い荒らされるでしょうね」
「おっしゃるとおりです」
莫大な需要が生まれることは間違いない。だからこそ、ノウリッジが単独で製作しても、その需要に追いつくことは出来ない。そのとき、利に聡い貴族はこう言うだろう。
もっと生産量を増やせ。なに、出来ない? ならばこちらで生産を手伝ってやろう。あぁ、もちろんレシピはちゃんと買い取ってやるから心配するな――と。
そうして、利権はあっという間に食い荒らされる。それを防ぐために、最初から特定の貴族と契約するのが今回の目的だで、その取引の相手に選んだのがカルラだ。
「つまり、フィオレッティ子爵家に後ろ盾になって欲しいと?」
「我々はそう願っています」
ダリオンがそう言って背筋を伸ばす。権謀術数の立ち回りは不慣れでも、その振る舞いは堂々としている。さすがはノウリッジのマスターだ。
「……そうね。条件次第だけど、その条件を決める話し合いに応じる価値はありそうね」
私は内心で安堵した。ここからの話し合い次第で、私やダリオンの収入が半分になったり倍になったりするかも知れないけれど、ひとまず最悪の事態は免れそうだ。
――と、そこにさきほどの侍女が戻ってきた。カートには紅茶とお菓子が並んでおり、侍女がそれをローテーブルの上に並べていく。ふわりとお菓子の甘い薫りが漂ってきた。
「ちょうどいいわね。少し休憩にしましょう」
カルラはそう言うと、紅茶を一口飲んだ。これはホストとして、毒が入っていないと示す行為だ。それから、私達にも「口に合えばいいのだけれど」と勧めてくる。
「それではお言葉に甘えて」
ティーカップを手に取って紅茶を口にする。私は――懐かしいと思った。回帰前にもよく飲んだ味。そして、子供のころにも飲んだ味――っ。
懐かしいと感じた理由に気付いて息を呑む。恐る恐る顔を上げると、カルラは魔力回復薬の入っていた瓶を片手に、狂気に満ちた好奇心でその目を輝かせていた。
「こんなものを持ち込んで、皇女様はなにを企んでいるのかしら?」
楽しげに言い放つ。彼女の表情を見れば、私の正体を確信しているのは明らかだ。
ホントにもう、これだからカルラは怖いのよ……
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