エピソード 3ー5
翌日の昼下がり。私が街にある警備隊の本部に行く準備をしている、そこにカルラの侍女、リリエラがやってきた。
「リリエラ様でしたよね? 私になにかご用ですか?」
「連絡役としてアリーシャ様の側にいるようにと、カルラ様より仰せつかりました。名目上は、ノウリッジから派遣されてきたアリーシャ様の補佐、ということになっています」
リリエラの服装を見る。シンプルなブラウスにフレアスカート、いまの彼女はまるで町娘のような姿だった。どうしてそんな服をと思っていたけど、それが理由だったようだ。
「では、私のことはアリーシャと呼び捨てになさってください」
「かしこまりました。では私のこともリリエラと」
「分かりました、では――よろしくね」
砕けた口調になって、それから今日の予定を告げる。
「という訳で、警備隊の本部へ行くつもり。せっかくだからついてきてくれる?」
「ええ、もちろんです」
そんな話をしながら孤児院から外に出ると、そこでセイル皇太子殿下と出くわした。
「アリーシャ、今日もどこかへ行くのか?」
「ええ、少し警備隊の方に話がありまして」
「そうか……ところで、そちらの子供は新たに保護したのか?」
セイル皇太子殿下がリリエラを見てそう言う。思わず吹き出しそうになった私はギリギリのところで耐えた。でも、セイル皇太子殿下がそう思うのも無理はないだろう。リリエラはもとから低身長で童顔。後ろ姿とかなら子供と区別が付かなかった。
そんな彼女の肌年齢が若くなり、いまは町娘が身に着けるような服を身に着けている。事情を知らなければ、私だって十代前半の子供と勘違いしていただろう。
「……どうかしたのか?」
「いえ、こちらの方はノウリッジから私の補佐として来てくださった方です。セイルさんは子供と言いましたけど、成人した女性ですよ」
私の指摘に彼は目を丸くして、「それは失礼した」と謝罪する。
「それで、補佐というと、孤児院の運営の、か?」
「いえ、薬草園の件でノウリッジと商談がありまして」
「なるほど、そっち関連か。っと、引き留めて悪かったな」
彼は気を付けていってこいと、私の頭を撫でた。その青い瞳が優しげに輝き、笑顔が私を包み込むように感じられた。私は目を細め「次に会ったときにはもう少しちゃんとおもてなしをさせていただきます」と笑い返した。
それからリリエラと二人で表通りを歩いていると、彼女が「驚きました。あの方と仲がいいんですね」と口にした。
「補佐官の見習いという立場だそうだよ。その辺りを意識してるんじゃないかな?」
私がそう言うと、リリエラは「そうでしょうか?」と不思議そうに首を傾げた。まあ、皇太子殿下が気軽な口調で町娘に話しかけるという構図は珍しいよね。
いくら、互いに身分を隠してるとは言っても、さ。
と、そんな話をしながら街の中を歩く。賑やかな市場の喧騒が耳に入る。やがて石畳の道を進み、重厚な門をくぐると、目の前には警備隊の本部がそびえ立っていた。
そこの受付でエミリアの件を話せば、なぜか取調室へと案内された。
「おまえか、俺に用があるというのは」
魔導具の灯りに照らされた、殺風景な取調室の椅子に座って待っていると、ほどなくして二十代後半くらいの、メガネを掛けたおじさんが現れた。その男は煩わしげな仕草で、私達の向かいの席に座る。
「エミリアが誰かに買い取られた状況にあると聞いて、その担当に合わせて欲しいとお願いしたのですが……貴方がその担当であっていますか?」
「あぁそうだな。それなら俺、バルバロスが担当だ」
担当はエリオなのでは? と思ったけど、本人がそうだというならと話を進める。
「ではバルバロスさんにお尋ねします。エミリアが他人に買われた状態にあると言うのはどういうことでしょう?」
「どうもこうも、言葉通りだ。そのエミリアという娘が保護されたとき、既にほかの人間に買い取られていた。そして、それは正規の手続きだったから有効、というだけの話だ」
「……そういうのは、警備隊の方が上手く処理をしてくださるのでは?」
「はあ?」
バルバロスはものすごく人を馬鹿にするような顔をした。彼の目が冷たく光り、その口元には軽蔑の笑みが浮かんでいる。
「いいか、おまえ、よく聞け。俺達はたしかに庶民の味方だが、その庶民におまえ達のような身寄りのない孤児は含まれていない。いちいち面倒を見るはずがないだろう」
……うん、とりあえずこいつは破滅させよう。
でもそのまえに、聞くべきことは聞いておかないとね。
「……では、買い取った相手を教えてくださいますか?」
「あ? そんなことを聞いてどうするつもりだ?」
「エミリアを買い戻します」
「くっ、あはは、おまえ、奴隷がどれくらいの値段で売買されているのか知ってるのか? おまえみたいに身寄りもない小娘に買い戻せるものかよ!」
私を見下すような発言にリリエラがピクリと身を震わせた。ありがとう、私のために怒ってくれて。でも、この程度の煽り文句に付き合う必要はないんだよ。
「教えてくださらないようなので、ほかの方に聞きに行きますね」
たぶん、これは警備隊の総意じゃない。どのくらい彼の味方がいるかは分からないけれど、私がこの話を他の人にすると困るはず。
そんなふうに当たりを付けて牽制すれば、彼は舌打ちをした。
「……エミリアを買ったのはフィオレッティ子爵家の次女の方だ。道楽が好きなお嬢様でな、そのエミリアのこともおもちゃにでもするつもりなんだろ」
わぁ……見事に地雷を踏んだよ。そう思った直後、ミシリと、隣から手すりの悲鳴が聞こえた。私が恐る恐る視線を向けると、リリエラがものすごい笑みを浮かべていた。彼女の栗色の瞳が鋭く光り、その笑顔には冷たい怒りが滲んでいる。
「アリーシャ」
「はい」
「私、少し席を外しますね」
「はい」
触らぬ神に祟りなしという訳で、私はリリエラが退出するのを見届けた。
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