エピソード 3ー4

 カルラとの商談を終えた後、私は孤児院へと戻ってきた。それから少し帳簿の確認などをしていると、ほどなくして夕食の時間になった。


「「「「いただきまーす」」」」」


 子供達が感謝の言葉を口にして、それから家族での食事が始まる。いままでよりもおかず増えた夕食に、子供達の顔には笑顔があふれた。


「アリーシャお姉ちゃん、ご飯、一杯で嬉しいよ」

「うん、これからは毎日お腹いっぱいに食べられるからね」


 フィンに微笑みかけて、「ほかのみんなも食べたいものがあるなら言うんだよ」と笑う。フィンの緑の瞳が嬉しそうに輝き、その笑顔が子供らしい無邪気さを漂わせていた。

 ルナが「私がお肉が食べたい!」と言って、シリルは「お金は大丈夫なの?」と心配する。


「心配しなくて大丈夫。だから、シリルも食べたいものがあれば遠慮なく言うんだよ」


 そんなやり取りを続けながら、家族の団らんを続ける。ただ、エミリアの元気がない。彼女のワインレッドの瞳は光を失っていて、さっきの会話にも気が付いていないようだ。

 食事が終わってエミリアが部屋に戻った後、私はその理由をシリルに尋ねた。


「ん~なんか、昼頃から元気がないみたい」

「……昼頃になにかあったの?」

「分かんないけど、警備隊の人が来てたみたいだよ」


 警備隊が来て様子がおかしくなった? もしかして、借金の話でも聞いたのかな?


「ありがとう、ちょっとエミリアに聞いてみるよ」

「うん、そうしてくれると嬉しいよ」


 シリルに見送られ、私はエミリアの部屋のしばらくして、無言で扉が開く。そこには、暗い表情のエミリアが立っていた。部屋の中には薄暗い光が差し込み、静寂が漂っている。


「エミリア、なにがあったの?」

「……なんでも、ないよ」


 泣きそうな顔でなんでもないという。彼女のワインレッドの瞳が潤み、その頬に涙の跡が浮かんでいた。私はエミリアの腰に手を回した。


「バカね、そんな泣きそうな顔で言われて信じる訳ないでしょ。なにがあったのか話してごらんなさい。たとえどんなことだって、私がなんとかしてあげるから」

「……だけど」


 そう呟いてエミリアが逃げようと身をよじる。だけど私は腰に回した手を滑らせて肩を掴んだ。そうしてエミリアの澄んだワインレッドの瞳を覗き込む。


「変な気を回さずに、悩んでいることを打ち明けなさい? いまなら、お貴族様に私の靴を舐めさせることだって出来るんだからね?」

「――ぷっ。なに言ってるのよアリーシャ、そんなこと出来る訳ないでしょ」

「あら、信じてないの? 私は本気よ?」

「もう、やだ、アリーシャってば。急に真面目な顔でなにを言うのかと思ったじゃない」


 エミリアは目元に涙を浮かべて笑い、指先で目元の涙を拭った。


「……分かった、話すわよ」

「ホント?」

「ええ。と言うか、どうせ黙ってても調べちゃうんでしょ? それなら、自分から話した方がマシだもの。だ、か、ら、離れなさい。くっつきすぎよ!」


 ぐいっと引き剥がされた。

 エミリアは一歩下がると、「もぅ、恥ずかしいんだから……」と自分の身体を抱きしめる。彼女の細い腕が自分の胸をぎゅっと抱える、その姿が可愛らしくも儚げだった。

 なんだろう、この可愛い生き物は。


 という訳で仕切り直し。私はミルクティーを淹れて、エミリアの部屋に戻ってくる。そうして二人分をテーブルの上に並べ「それで、なにを落ち込んでいたの?」と問い掛ける。


「実は、今日、警備隊の人に言われたの。いまの私は他人に買われた状態だって」

「……他人に買われた状態?」


 たぶん、‘お客さん’に引き取られたときの話だろう。あれが人身売買の仲介業者なら、既に買い手が付いていてもおかしくはない。

 けど、それ以外の点についてはおかしいことだらけだ。


「えっとね。私も難しくてよく分からなかったんだけど、この国は人身売買自体を禁止されてる訳じゃないでしょ? 非合法なのがダメなだけで」

「……まあ、そうね」


 戦争奴隷や犯罪奴隷、それに借金奴隷なんかは合法として存在する時代だ。ただし、孤児院で保護した子供を売るような行為は犯罪にあたる。そういう世界感。


「でも、買い取った方は正規の取引を終えているんだって。だから、ええっと……マグリナが私を売ったのは犯罪だけど、私を買った人は合法で、だから私はその人のものだって」

「……うぅん?」


 日本人として、その理屈は分からなくもない。いわゆる善意の第三者、というものだ。

 だけど、なんかおかしい。

 そもそも、エリオがその問題を放置していたとは思えない。


 うぅん、相手が貴族とかで、警備隊が口を出せなかった、とかかなぁ……? それにしたって、エリオあたりなら、まず私やダリオンに話を通しそうな気がするけど……


「よし、分かった。この件は私が調べてなんとかしてあげる!」

「なんとかって……どうするの?」

「それは相手の出方次第かな。でも大丈夫。たとえ相手が気難しいお貴族様とかだったとしても、相手が頷くまで金貨を積み上げて、エミリアを買い戻してあげるから」

「……もう、アリーシャってば、そんな無茶ばっかり言って。でも……ありがとう。貴女に話してちょっと気が楽になったわ」


 エミリアが少しだけ元気を取り戻した。でも、やっぱりまだ不安なのだろう。その瞳の奥にはわずかな憂いが見える。まったく、うちの子を苛めたのは誰なのかしらね?

 ――とりあえず、見つけ出して地獄に叩き落としてあげるわ。

 

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