エピソード 3ー3

「孤児院の院長になるのが望みって……どういうこと?」


 ものすごく不思議な存在を見るような顔をされる。


「私の暮らす孤児院の院長が虐待や横領などの罪で逮捕され、私が後を継ぐことにしたんです。でも、幼い私に務まるか、試験をすると言うことになりまして」

「……どこから突っ込めばいいか分からないわ」

「あら、私は真面目ですよ? まえの院長はいい人ではありませんでしたが、私にとって孤児院は家族のいる家なんです。だから、家族が笑える場所を守るために院長になりたいんです」


 もちろんそれだけではないけれど、それもまた私の偽らざる本音だ。それを聞いたカルラの表情が和らぎ、その目元に微笑が浮かんだ。


「貴女が孤児院の院長にこだわる理由は分かったわ。でも、貴女は孤児院の院長になるどころか、孤児院をいくつも建設できるほどのお金と影響力を手に入れようとしているのよ? 孤児院の院長になるくらい、なんてことはないでしょう?」


 たとえば、私に頼めば――とでも言いたいのだろう。普通ならその通りだ。だけど、そこにはやむにやまれぬ事情がある。それを伝えるために、私はあえて惚けてみせる。


「いえ、その……私の適性を確認する分析官とその見習いが、アイシャさんとセイルさんという方でして、なかなか試験が難しそうなんです」


 私の言葉に、カルラがピクリと扇を震わせた。


「それは、どのような方かしら?」

「どのようなと申されましても。ただの平民の子供でしかない私には分かりかねますわ」


 皇女じゃないのでというニュアンスを含ませれば、カルラは察したように息を吐いた。


「……たしかに、とんでもなく難易度の高い試験ね。と言うか、本当にどうしてそんな状況になったのかは……いえ、まあ、なんとなく想像が付くわ」


 なんとなくで想像されてしまった。いやまぁ、たぶんアタリなのだけれど。


「まあいいわ。それで、合格は出来そうなの?」


 カルラは言外に、正体を隠し通せるのかと聞いた。だから私は「必ず合格して見せます」と答える。私の顔をじっと見ていたカルラは小さく息を吐く。


「いいわ。それで、その試験を合格した暁にはなにを成すつもりなの?」

「もちろん、孤児院の院長としての責務ですよ」

「そういう冗談ではなく」


 一刀のもとに斬って捨てられた。さっきから突っ込みが厳しい。


「まぁそうですね。私は皇太子がよりよい未来を築くことを望んでいます。そのお邪魔をするつもりはありませんよ。お手伝いなら、するかもしれませんが」

「…………その場しのぎのでまかせ、ではなさそうね」

「もちろん、私はフィオレッティ子爵家がどの派閥か知った上でここにいます」


 美容ポーションは、使い方次第で国を支配することすら出来る。もしも私が皇太子以外の派閥に汲みする人間で取り込むのが不可能だと分かれば、カルラは私を殺そうとするだろう。それが分かっていてここに来たのは、カルラと私の利害が一致しているからに他ならない。

 もちろん、私がそうやって味方の振りをして……という可能性もあるのだけど。


「カルラ様なら、私が裏切れないように、たとえ裏切っても痛手を受けないように立ち回ることは可能でしょう? 私も、それにあわせるくらいはいたします」

「たとえば、どのような方法で?」

「取引に応じてくださるなら製法を伝授いたしますよ」


 私は微笑みを浮かべながら小首を傾げた。その自信に満ちた私の顔を見たカルラが信じられないと言いたげな顔をする。


「……貴女、本気なの? このポーションの価値を分かっているでしょう?」

「もちろん、分かった上での提案です」


 ヤバいポーションのレシピや魔導具はほかにもあるし――とはさすがに口に出さない。

 正直に言うと、このレシピは偶然の産物だ。そもそも、私は異世界からの転生者だ。基本的にヤバいのは、その知識を利用した方の産物の方だ。


「……いいわ。まずは取引の条件を聞きましょう」

「そうですね……あまり多くは求めません」

「いや、求めなさいよ」


 容赦なく突っ込まれた。

 ……と言うか、カルラってこんなに相手を気遣うタイプだった? 未熟な相手が交渉で損をしても、未熟な貴女が悪いんでしょって笑うタイプだった気がするのだけど。

 私のなりが幼いから、心配されてるのかしら? 悪い気はしないけど、私も別に損切りをしているつもりはないのよね。


「言い換えます。美容ポーションを使ってやり過ぎないでください」

「……ん? それはどういうことかしら」

「美容ポーションの存在を知ったご婦人はどのような手段を使っても手に入れようとするでしょう。秘匿するより、相応の対価と引き換えに渡す方向にしてください」


「切り札ではなく、恩を売って広く売り出せ、と?」

「はい。でなければ、本当にご婦人が血みどろの争いを始めてしまうので」


 これは回帰前の経験談である。女性の美容問題や、男性の髪問題を舐めてはいけない、絶対に。と、そこまで考えた私は伝え忘れていたことを思い出す。


「そうでした。その美容ポーション、肌年齢が若返るので、毛根なんかも蘇ります。ついでに言えば、蘇った毛根自体はポーションの効果が切れても年相応には残ります」

「……っ。貴女、そう言うことは先におっしゃい」

「失礼、忘れていました」


 茶目っ気のある感じで謝ったら、ジト目で睨まれてしまう。


「……まあいいわ。それが取引の条件だというのなら、応じるのはやぶさかじゃないけど、理由は教えてくれるわよね? 血が流れることを恐れているの?」

「私はセイル皇太子殿下が皇帝になることを望んでいますが、ほかの派閥が弱体しすぎることも望んでいません。他国につけいる隙を与えてしまいますから」


 回帰前はそれに近い状況だった。私とセイル皇太子殿下がぶつかり合った結果、ほかの派閥が割を食いまくった。その結果、他国に付けいられた第一皇子が裏切った。


「なるほど、貴女はセイル皇太子殿下が皇帝になった先を見据えているのね」

「はい。まあその過程で、貴女が目的を達成するくらいは問題ありませんが」


 現当主を引きずり下ろして、姉を当主にしたければお好きにどうぞとほのめかす。


「……ふぅん? そうね、私好みの派手なやり方じゃないけれど、貴女に付き合えば面白そうだから応じてあげる。それで、貴女は対価になにを望むの?」

「私が求めるのはロイヤリティと、商会でそれなりの地位です」

「お金は分かるけど、商会の地位というと?」


 孤児院の院長になるのではと、小首を傾げられた。


「今後、ほかの商品も売る予定なので」

「取引は今回に限らない、という訳ね」


 私は頷き、それともう一つ――と、美容ポーションを数本、ローテーブルの上に置いた。


「ん? 根回しに使えってことかしら?」

「それもありますが、買ってください。孤児院の借金を返したいので」


 カルラはものすごく呆れた顔をしながら、テーブルの上に金貨を積み上げてくれた。

 

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