エピソード 3ー2
カルラはものすごく楽しそうだ。その赤みが強い紫色の瞳が輝き、口元には悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。私が皇女だと知りながら知らない振りを続ける。後で皇帝にバレるとそれなりの窮地に立たされるような行為だけど、まったく気にした様子がない。
わりとカルラは快楽主義者なのよね。
そして、そんな彼女が私に価値を見いだしてくれた。皇女に復帰するつもりがない、平民の娘でしかない私に対して、楽しませるなら協力すると言ってくれた。
だったら、期待に応えるしかないじゃない。
ここからはダリオンを抜きにした、私とカルラの時間だ。
「カルラ様、私の本命はこちらです」
ローテーブルの上にポーションの瓶を置いた。ノウリッジで製作したから容器は魔力回復薬のものと同じだけど、中の液体はわずかに煌めいている。
「へえ、キラキラしてるわね。このポーションはどんな効果があるのかしら?」
「そうですね。飲んでたしかめてみますか――と言いたいところですが……カルラ様に使っても、効果を実感することは出来ないでしょうね」
チラリとカルラを見る。私より二つ上の十六歳。生活環境がいいだけあって肌が綺麗だ。たぶん、彼女が飲んでも変化は見られないだろう。
「……ふぅん? なら、彼女はどうかしら?」
カルラがそう言って示したのは背後に控えている侍女だ。たたずまいが美しく、落ち着いた物腰の女性。童顔だが、恐らく二十代半ばくらいだろう。
「恐らく、効果を確認することは可能だと思います」
「なら決まりね。リリエラ、このポーションの効果を飲んで確認なさい」
リリエラと呼ばれた侍女は迷わず頷き、私のもとへとやってきた。そうして美容ポーションを受け取った彼女は「なにか注意することはございますか?」と口にする。
「飲んで数分ほどは身体が熱くなります。恐らく、椅子に座った方がいいでしょう」
「――なら私の横に座りなさい」
カルラの指示を受け、リリエラが隣に座る。それから意を決して美容ポーションを呷った。そして十秒ほど息を詰め、ほどなくして小首を傾げた。
「特に効果は……っ。なるほど、たしかに全身が熱くなりますね。最初に聞いていなければ、毒を飲まされたかと疑っていたかも知れません」
リリエラが熱っぽい表情で現状を口にする。カルラに対するレポートを兼ねているのだろう。リリエラが実況を続けていると、じわりと効果が現れはじめた。
リリエラ自身に自覚はなさそうだけど、ほどなくしてカルラやほかの侍女が瞬きをする。続けて怪訝な顔をして、違和感の正体に気付いた瞬間に目を見張った。
「……リリエラ、もう説明は必要ないわ」
「よろしいのですか? 身体が熱い以外に特に変化はありませんが」
「ええ。ほかの……誰もいない部屋で鏡を見てくるといいわ。この部屋で鏡を見せると話が進まなくなりそうだから」
「はあ……では、行って参ります」
よく分からないという顔で、席を立ったリリエラが退出する。それを見届けたカルラが私に視線を戻した。私をまっすぐに見つめる、その目はいつもよりも真剣だった。
「若返るポーション、ではないのよね?」
「残念ながら、そこまでの効果はありません。あくまで肌年齢が若返るだけなので、加齢で衰えた体力などはそのままです」
「……見た目は若くとも、いずれは死ぬ、ということかしら?」
「その通りです。とはいえ――」
私は閉じられた扉に視線を向ける。ちょうどそのとき、遠くから驚く声が聞こえて来た。リリエラが鏡を見て驚いたのだろう。
たしかに、リリエラの変化はすごかった。もともと童顔で、所作も美しかった彼女だが、肌の瑞々しさだけは二十代相応のものだった。だが、肌年齢が若返った彼女は、私と同い年と言っても区別が付かないレベルに若返っていた。
「……たしかにすさまじい効果ね。ちなみに、レシピはどのようなものなの?」
契約もしていない状況で製法を教える訳にはいかないが、カルラもそれは分かっている。だから、聞いているのは量産に必要なあれこれだろう。
「素材を揃えるのは難しくありませんし、製法もそれほど複雑じゃありません。現物から成分を分析すれば、数年でコピーできるはずです」
「なら持続時間は? 効果は永続だったりするのかしら?」
「いいえ、半年くらいで年相応に戻ります」
「……つまり、一度飲めば二度と手放せないし、貴女に教えを請わなければ、大貴族でも数年は指を咥えて見るハメになるわけね。これはまた、とんでもないものを作ったわね」
「広げ方によっては、ご婦人が血みどろの争いをすることでしょうね」
というか、実際に回帰前はそれなりに血が流れた。この美容ポーションの恐ろしいところは、半年ほどでもとに戻る、という部分だ。
人は長い年月を掛けて老いていく。だからこそ、自分の老いを受け入れられる。だけど、このポーションを飲めば、一瞬で十代の肌を取り戻す。逆に言えば、ポーションを飲んだ時点からおよそ半年で、もとの年齢近くまで老け込むのだ。その恐怖がどれほどのものか分かるだろうか? カルラが言うように、一度手を出せば二度と手放せなくなる可能性が高い。
「……繰り返しになるけど、本当に恐ろしいものを開発したわね。貴女はこれを武器に、一体なにを望むのかしら? 次の皇帝にでもなるつもり?」
「いえ、私が望むのは……孤児院の院長になることです」
「…………は?」
カルラが間の抜けた顔をするのを私は初めてみた。
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