エピソード 3ー6

「はっ、現実を受け入れられずに逃げたか」


 うん、無知ってすごいよね。いまなら、無知で騙される方が悪いと言い切ったマグリナの気持ちが少しだけ分かる。


「おまえも尻尾を巻いて逃げ出したらどうだ?」

「その意見には、ちょっと惹かれるけどね」


 だって、絶対に怒ってたもの。下手を打って、リリエラの怒りに巻き込まれるのは勘弁して欲しい。けど、私はまだバルバロスに確認したいことがあるので逃げられない。


 そもそも、これは警備隊全体の考えじゃないはずだ。もしそうだったなら、さっき私がほかの人に聞こうとしたときに、バルバロスが慌てる必要はなかった。ただし、受付がバルバロスに取り次いだことを考えても、彼の単独という訳でもないだろう。

 彼らの目的はなんだろう?


 私がお金を払うと言っても、自分が仲介をするといった趣旨の言葉は出てこなかった。つまり、お金が目当てという訳じゃない。

 だとしたら……嫌がらせの類い、かな? でも、警備隊の面々が私やエミリアに嫌がらせをする理由はないはずだ。となると、私達以外への嫌がらせ。そこまで考えた私は、セイル皇太子殿下への嫌がらせという可能性に思い至った。


 セイル皇太子殿下が孤児院に出入りしているという情報を入手した対立派閥が、その目的を探るために嫌がらせをしてみた、とか。


「もしそうなら、今後は激化する可能性があるわね」


 次は子供が襲われるかも知れない。その可能性に思い至って拳を握りしめる。


「あん、なんか言ったか?」

「いいえ。聞きたいことがあったのだけど、もう必要なくなったわ」

「あぁ、そうかよ。まったく、無駄な時間だったな。おまえといい、あの小娘といい、いちいちつまらないことで騒ぎやがって」

「あの小娘? ……まさか、エミリアのこと?」


 私が聞き返すと、彼はニヤッと笑った。


「ああ、見物だったぜ? あいつ、自分が他人に買い取られた状態のままだって聞いたら、この世の終わりみたいな顔をして泣き出してな! まったく笑わせて――」


 無言で私の放った魔術が、彼の座る椅子の後ろ足二本を根元から切断する。バルバロスは驚愕の表情を浮かべたまま、支えを失った椅子と共に床に倒れ込んだ。


「い、いてぇ……一体、なにが?」

「はっ、なにをやっているの? もしかして、私を笑わせようとしてくれたのかしら? たしかにその姿は滑稽ね。だけど楽しくないわ。貴方、笑いの才能がないんじゃない?」


 席を立った私はバルバロスのことを見下ろして嘲笑う。


「なんだと、てめぇ……っ」


 怒りを滲ませた彼が立ち上がって私の胸ぐらを掴んだ。直後、「バルバロス!」と扉が乱暴に開かれた。そうして部屋に踏み込んできたのは部下を引き連れたエリオだった。


「エリオ隊長、一体そんな剣幕でどうし――ぐっ!?」


 みなまで言い終えるより早く、エリオの部下がバルバロスの腕を掴んで机に押さえつけた。


「な、なにをするんだ、おまえら! こんなことをして、どういうつもりだ!」

「それはこっちのセリフだ! おまえこそなにをしている!?」

「え? あ、いまのは――違っ、誤解だ! そもそも、突っかかってきたのはその娘だ!」


 バルバロスが誤魔化そうとする。だが、エリオの顔に浮かぶ怒りの表情は変わらない。その緑の目には鋭い怒りが宿り、部屋の空気を凍らせた


「そう言う問題じゃない! おまえ、自分がなにをしたか……っ」


 エリオが私をチラ見して、セリフを途中で飲み込んだ。それから大きく息を吐き、「おまえ達、バルバロスを牢にぶち込んでおけ!」と部下に命じる。その声には毅然とした力強さがこもっていた。


 部下がバルバロスを引きずっていく。

 エリオがなにを言いよどんだのかは明らかだ。

 リリエラは子爵令嬢の侍女、つまり貴族の娘である。そんな彼女のまえで、主の貴族の名を騙ったり、馬鹿にするような発言をしたらどうなるか? という見本があれである。ざまぁされるの早かったなぁという心境でバルバロスを見守っていると、エリオと目が合った。


「あぁ~嬢ちゃん、その、なんだ」

「はい?」

「エミリアの件で驚かせてすまない。リリエラさ――んから話を聞いたが、バルバロスの言葉は警備隊の総意ではない。ひとまずエミリアのことは安心していい」

「そうですか、安心しました」


 エミリアの件が解決してよかったと安堵する。でも、いまの話しっぷりは……と、扉の方を見ると、私をじっと見ていたリリエラが小さく目配せをしてきた。


 なるほどね。リリエラは、エリオに自分の正体を明かした。でも、私には秘密にしていると嘘を吐いたのだ。エリオは、セイル皇太子殿下の関係者だから。

 私は理解したという意味を込めて、リリエラに対して頷き返した。

 その横で、怒りを収めたエリオが口を開く。


「エミリアの件はこちらで処理しておくので心配しないでくれ。ただ、別件でエミリアから相談を受けていてな。アリーシャに少し話があるので待っていてくれないか?」

「……エミリアから相談?」


 その話を聞くべく、私は別室で待つことになった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る