エピソード 1ー12
「分からないから聞いているのだけど? あなた、エミリアを捕まえに来たのでしょ? なのに、なぜエミリアを庇っているのかしら?」
「大切な商品だからに決まってるだろ」
「……そう」
薄暗い裏路地にかび臭い風が駆け抜けた。
所詮は商品扱いかと、わずかに首をもたげた好奇心という名の熱が冷めていく。だけど「どうせなら、少しでも幸せになって欲しいだろ」という呟きを聞いて、考えが変わった。
「……あなた、さてはいい人ね?」
「ふざけんな。別に善人を気取る気はねぇよ」
憎まれ口が帰ってきた。その反応自体があまり悪人らしくない。人身売買の斡旋組織の護衛をしてる時点で善人とも言えないのだけれど、彼には彼なりの事情があるのだろうか?
「とりあえず、エミリアを庇ってくれて助かったわ。だけど――セクハラはダメよ」
「あん?」
怪訝な顔をした彼は私の視線をたどり――そして目を見張った。
彼の真下、敷かれたエミリアの胸に彼の手が触れていた。顔を真っ赤にしてぷるぷると震えるエミリアの顔が夕日の残光に染まり、赤くなった頬が一層際立っている。
「あ、いや、これは、その――いてぇ!?」
パシンと、エミリアに頬を叩かれて仰け反った。その瞬間、私は少年の襟首を掴んで地面の上に組み敷いた。背中に乗せた足に体重を掛け、彼が動けないようにする。
「エミリアは私が幸せにするから安心なさい。――じゃあね」
「待て――うっ」
彼は私の魔術をくらい、呻き声を上げて動かなくなった。
「アリーシャ、その人は……?」
「大丈夫、気絶させただけよ。さぁエミリア、いまのうちに――」
その続きを口にすることは出来なかった。周囲に複数の気配を感じたからだ。私はエミリアに側を離れないように言い聞かせ、路地の奥に向かって声を張り上げた。
「隠れても無駄よ、出てきなさい!」
「ほう、気付いていたか」
暗闇の中から現れたのは人身売買を仲介する商人だ。重厚なローブを纏う彼は冷酷な笑みを浮かべ、背後には無表情な部下達を従えている。
「護衛は一人だったはずだけど?」
「たまたま通りかかった連中がいたのさ」
「……そう、運がいいのね」
「そういうおまえは運が悪かったな」
言い返されて唇を噛む。
「それで、嬢ちゃんはどこの組織の人間だ? うちの商いの邪魔をするようにでも言われたか? なかなかの腕のようだから、寝返るのなら雇ってやるぜ?」
「あいにく、私の忠誠心は売約済みよ」
会話を引き延ばしながら、逃げるタイミングをうかがった。だけど、反対の通路からも男達が現れた。いつの間にか包囲されている。
……この人数を突破できるかしら? ……無理ね。私一人ならともかく、エミリアを連れて逃げるのは不可能よ。だとしたら――と、いくつかの選択肢がよぎる。
「……アリーシャ。助けに来てくれてありがとう。貴女だけでも逃げて」
「お断りよ」
「アリーシャ、聞いて! 私は自分のせいで貴女を不幸にしたくないの!」
「貴女を置いて逃げた私が幸せになれるとでも? ふざけないで。たとえここで死ぬとしても、私はエミリアを見捨てて逃げたりはしないわ。だって、貴女は私の親友だもの」
私が微笑むと、エミリアは喜びと悲しみを混ぜたような顔をした。私はそんな彼女に向かって「それに――」と続ける。
「今回は大丈夫」
反対側の通路から現れたのは鎧を身に着けた者達。その先頭に見知った顔がある。あれは回帰前、人身売買の斡旋組織を壊滅したときに率いた警備隊の中にいた隊長だ。
つまり――
「そこまでだ! 双方、いますぐに戦闘を止めろ!」
私達はこの危機を脱した。
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