エピソード 2ー13
ダリオンがフィオレッティ子爵家のカルラに会う段取りをしてくれたのが数日前。そして、いよいよカルラと会う当日になった。この日のために購入した服に着替え、ダリオンが迎えに来るのを待っていると、そこにセイル皇太子殿下が現れた。
「アリーシャ、なにやら馬車が迎えに来ているが……」
セイル皇太子殿下は私を見て沈黙する。彼の鋭い青い瞳が一瞬驚きに見開かれ、その表情が柔らかくなった。
「……セイルさん?」
「その服はどうしたんだ?」
「あぁ、これですか? 可愛いですか?」
私が一回転して尋ねると、セイル皇太子殿下は「ああ、アリーシャによく似合っている」とストレートに返してきた。……そうだった、この人、社交界に慣れた皇子様だった。
不意打ちでちょっと顔が熱くなるのを自覚する。
「お世辞でも嬉しいです。っと、この服でしたね。実はこれから、ノウリッジのダリオンさんと交渉がありまして。ちょっと無理して購入しました」
「……なるほど」
ちなみに、私が口にしたのはダリオンと一緒に交渉に出向くこと――だけど、セイル皇太子殿下は私がダリオンと交渉すると誤解したはずだ。貴族令嬢と会うと言うとややこしくなるので、あえて誤解させるような言い方をした。
私は行ってきますと告げて、迎えの馬車に乗り込んだ。
「ダリオン様、お待たせいたしました」
「……え? 貴女は……って、嬢ちゃんかよ。……化けたな」
「化けましたがなにか?」
私が笑って素を出すと、ダリオンは「いつもの嬢ちゃんで安心した」と笑う。続けて御者に声を掛けると、馬車はゆっくりと走り出した。窓の外の街並みが流れていくのを眺めていると、ダリオンがおもむろに口を開いた。
「……しかし、さすがだな。交渉は俺がする予定だったが、嬢ちゃんが交渉するか?」
「……うぅん、状況にもよるけど、基本は貴方に任せるわ。私のような子供が交渉で矢面に立っても信用されないもの」
皇女という肩書きがあれば話も変わってくるけれど、私に皇女を名乗るつもりはない。なら、矢面にはダリオンに立ってもらった方が信頼を得やすいはずだ。
「嬢ちゃんをよく知れば、むしろ子供であることに疑いが生まれるんだが、言いたいことは分かる。なら、嬢ちゃんはどういう肩書きで行くんだ?」
「私は魔力回復薬と美容ポーションのレシピを開発した錬金術師ということにしましょう」
「それはそれで疑われないか?」
その問いに私はクスッと笑う。
「疑われかもね。でも、完成品があるのは事実だもの。それに、本物の製作者とレシピを守るために、偽物を連れてきたと勘違いされても問題ないでしょう?」
私が偽物で、本物の身を守る必要があるくらい重要なレシピだと思わせれば好都合だ。だけど、私がただ者じゃないとバレるのも悪い話じゃない。
どっちに転んでも、私は上手く立ち回る自信がある。
「……相手に誤解させることまで織り込み済みかよ」
「言っておくけど、相手は社交界の面々や、実の母親を何年も騙し通すくらい権謀術数に長けたご令嬢なのよ? 弱みを見せたらあっという間に餌食にされるからね」
「まぁ……冷静に考えればそうだよな」
ダリオンはげんなりという顔をした。彼は情報を扱うギルドの長なので貴族とのやり取りもあるけれど、こういう権謀術数を弄するような交渉の経験はないのだろう。
……ひとまず、交渉の目的と目標を明確にしておいた方がよさそうね。
「ダリオン、私達の目的は分かってる?」
「ポーションの販売をフィオレッティ子爵家に支援してもらうことだろ?」
ダリオンの答えに対し、私はそれは目的の結果で正解じゃないと首を横に振る。
「正確には、フィオレッティ子爵家に私達のロイヤリティを認めてもらうことよ」
ロイヤリティが認められるのと、レシピを買い取って終わりでは大きな隔たりがある。だけど、だからこそ、貴族はよほど認めた相手じゃなければそういった交渉には応じてくれない。
「認められないと、二束三文で買い叩かれると言うことか?」
「そうね。もちろん、フィオレッティ子爵家ならそれなりに纏まったお金で買い取ってくれるとは思うけど、その程度じゃ満足できないでしょ?」
皇女としてではなく、孤児院の院長として貴族社会に食い込む。フィオレッティ子爵家はセイル皇太子殿下に所属する派閥なので、私としても都合がいい。
さらに言えば、孤児院の借金を返すためにも、この交渉は上手く纏めたい。
「……つまり、こいつらとは今後も付き合いたいと、相手に思わせなきゃいけないんだな。なんか、マジで交渉ごとは嬢ちゃんに任せた方がいい気がしてきたんだが?」
「だから、私じゃ信用されないって言ってるでしょ」
そのためのダリオンであり、ノウリッジという看板だ。
頼りにしてるわよと笑えば、「……困ったことがあったら嬢ちゃんに話を振るからな」と返された。いや、まぁ……頼りにしてくれるのはいいんだけどね。と、そんな感じで段取りを立てていると、ついに馬車がフィオレッティ子爵の屋敷へと到着した。
馬車が敷地の門をくぐると、大きな噴水が見える。噴水は石造りで、美しい彫刻が施されており、その中心から水が高く噴き上がっていた。
そしてその奥には、壮麗な屋敷がそびえ立っていた。
さあ、いよいよカルラ――回帰前に幾度となくぶつかり合った悪友との再会だ。
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