エピソード 1ー8

「さて。こちらが渡せるだけの情報は渡したわ。後はあなたが取引に応じてくれるだけね?」

「……なぁ嬢ちゃん。これ、今日中に嬢ちゃんの要求に応じられなかったら、俺が交わした契約、一生終わらない気がするんだが?」

「あら、よく気付いたわね」


 ちなみに、契約は取引が成立するまでなので、彼が取引を辞退した場合も契約は完了しない。「次からはちゃんと契約内容を確認しないとね」と私が笑えば、彼は「ノウリッジのマスターが契約でやり込められるとは、情けねぇ……」と天を仰いだ。

 それを見て私はクスクスと笑う。


「冗談よ。そもそも、あの契約魔術にそこまでの拘束力はないわ。せいぜい、約束を破ったら死ぬほど痛い目に遭う程度よ」

「……それ、喜ぶところか?」

「あなたなら喜ぶでしょうね」


 死ぬほど痛い目に遭うくらいなら、取引に応じた方がマシだ。そういう意味では脅しになるけれど、命に関わる要求に対しては死ぬよりはマシと突っぱねることが出来る。


「はぁ……嬢ちゃん。ちっちゃいなりでも皇女様なんだな」


 いや、皇族はそんな万能の証みたいなものじゃないと思うよ? 実際、回帰前の知識と経験がなければ、ダリオンとの交渉はもっと難航していたはずだ。


「でも、今日中に解決して欲しいのは本当なのよね」

「ホントに無茶言いやがる。違法な人身売買の証拠は挙がってるのか?」

「それはこれからよ」

「なぁ嬢ちゃん、ノウリッジがありとあらゆる情報を持ってるとか勘違いしてねぇか?」

「………………」


 持ってるといいなぁと、目を輝かせてダリオンを見つめる。


「期待してくれてるところ悪いが、いくらノウリッジでも時間の問題には対応できない」

「なら人身売買の斡旋をしてる組織の方はどう?」

「そっちも同じだ。一週間あれば証拠を押さえる自信はあるが、さすがに昼までには無理だ」


 彼は無理だと断言した。

 彼がそう言うなら、たぶんそれが事実なんだろう。でも、それだとエミリアが救えない。エミリアを救うには、今日中になんとかするしかない。

 考えろ。ダリオンは交渉のテーブルに着いた。なら、後は可能にする方法を捻り出すだけだ。そしていまの私はそのための経験と知識を持っている。


「……現行犯ならどうかしら」

「不可能ではないが条件が厳しいな。言い逃れされる可能性が高すぎる」

「そう、ね」


 代金は支払っても、明細に人身売買の代金とは書かないだろう。あれは養子を紹介してもらったことに対する寄付金だった、なんて言い逃れをされる可能性を否定できない。

 正攻法じゃ無理だ。

 正攻法で勝てないのなら、その盤面をひっくり返そう。


「ダリオン、もろもろの証拠を掴むまで何日必要かしら」

「……それは、二日……いや、確実に掴むなら三日はかかる」

「三日かぁ……」


 それだけの期間、エミリアを連れて逃げられるかどうか。

 回帰前の戦闘技術と魔術の腕があるけれど、身体能力なんかは訓練をおこなうまえに戻ってしまっている。そう考えると、少し厳しいかも知れない。


「ねぇ、友達を連れてきたら、事態が収拾するまで保護してくれる?」

「ははん、今回のことは、その子を守るためってことか」

「だったらなに?」


 じろりと睨むと、彼は肩をすくめた。


「いや、ずいぶんと肩入れしてるんだと思ってな。男か?」

「可愛らしいお姫様よ。保護してくれるの?」

「ああ。それくらいならかまわねぇよ。要人の保護もまぁ、ノウリッジではよくあることだからな。ただし、当人をここまで連れてくるのは自分でやってくれよ」

「決まりね。それじゃ誘拐は私がするから、あなたにはお姫様の保護と、人身売買の摘発をお願いするわ」


 私がそう言うと、彼はすっごい思案顔になった。それから真面目な顔で「なぁ、そのお姫様って、本当にお姫様だったり……しないよな?」と口にする。


「バカね。お姫様が孤児院で暮らしてるなんて、現実であるはずないでしょ」

「嬢ちゃんが言っても説得力がねぇんだよ!」

 

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