エピソード 1ー9

 ダリオンが人身売買斡旋業者の摘発準備を始める。そのあいだに、私はエミリアを攫う計画を立てる。問題はいつ、どうやって連れてくるのか、ということだ。


 お客様と院長先生が話しているあいだにエミリアを連れ出せば、ノウリッジまで逃げ込むのは簡単だ。だけど、孤児院にいる子供は私とエミリアだけじゃない。タイミングを誤れば、ほかの子供が連れて行かれてしまうだろう。

 というか、それを分かってるエミリアが私の申し出を断る可能性もある。


 だから、エミリアを攫うのは院長先生が斡旋組織にエミリアを引き渡してからだ。とはいえ、斡旋組織の敷地に連れて行かれてしまったら、私一人じゃ手を出せない。

 つまり、エミリアを攫うのは移動中しかあり得ない。


「ダリオン、街の地図を貸してくれる?」

「ん? あぁ、ほらよ」


 ダリオンが棚から取り出した地図は、主要な通りだけが描かれた簡易な物だった。


「こういう一般用じゃなくて、機密扱いになるような正確な地図よ。持ってるでしょ?」

「……ほらよ」


 ダリオンは少しあきれ顔で、新しい地図を差し出した。そこには裏路地はもちろん、街の警備隊の巡回ルートを始めとした機密情報が書き込まれていた。


「孤児院がここで、人身売買の斡旋組織の隠れ家がここ。つまり移動ルートはここか、ここか、このあたり。確実に通る場所はここで、ノウリッジはここだから……」


 エミリアを確実に救い出すための計画を頭の中で構築する。ふと視線を感じて顔を上げると、ダリオンがものすごくなにか言いたげな顔をしていた。


「なに?」

「なに? じゃねぇよ。孤児院育ちなのに、どうして地図を読めるんだ? って言うのはいまさらとしても、斡旋組織の隠れ家を知ってるのはなぜだ?」


 ダリオンはいぶかしげな顔をする。


「まぁちょっとした伝手があってね」

「……伝手だぁ?」


 彼は少し考える素振りを見せて、それから真剣な顔で「嬢ちゃん、知ってることを俺に話せ。摘発までの期間が短く出来るかもしれねぇ」と言った。


「そうね。私が知っているのは――」


 そう前置きを一つ、回帰前に得たいくつかの情報を伝えた。



 その後、私は孤児院へ戻った。そのままこっそり自分の部屋へ向かうと、扉のまえで途方に暮れたシリルとルナとフィンの姿があった。


「……三人揃ってどうしたの?」


 私に気付いた三人は目を輝かせ、「アリーシャ姉さん」「アリーシャ」「アリーシャお姉ちゃん」と、それぞれの呼び方をしながら私のところに駆け寄ってくる。

 私と血のつながりはない。だけど、可愛い可愛い、私の弟妹達だ。


「アリーシャ、どこ行ってたのよ、探してたんだからね?」


 ちょっと拗ねた様子なのが真ん中の歳のルナ。続けて一番下のフィンが「アリーシャお姉ちゃん、助けて欲しいの」と私の袖を掴む。

 最後に一番上のシリルが「エミリア姉さんの元気がないんだ」と口にした。


「……そっか、みんなもエミリアの心配をしてるのね」

「エミリア姉さんの元気がないことを知ってるの?」

「うん、知ってる。だから大丈夫だよ。エミリアのことは私がちゃんとしておくから」


 私の言葉に、三人は揃って笑顔を浮かべた。それからフィンが「ありがとう、アリーシャお姉ちゃん」と私に抱きついて、ルナは「ほら、アリーシャに任せておけば安心なのよ」となぜか勝ち誇って、シリルが「アリーシャ姉さん、ありがとう」と立ち去っていった。

 私はそれを見送って、「あ、エミリアの居場所を聞けばよかった」と呟く。だけどほどなく、廊下の向かいから歩いてくるエミリアと出くわした。


「あーっ、ようやく見つけた!」


 彼女は私を見るなり駆け寄ってきた。


「ごめん、ちょっと出掛けてたんだ」

「そうなんだ? 朝起きたらいないからびっくりしたよ」

「ごめんごめん。ちょっと大事な用事があったんだ」

「大事な用事?」


 エミリアが首を傾げる。私は「ええ」と応じながら周囲を見回した。ここだと子供達が戻ってくるかも知れないし、院長先生がいつやってくるか分からない。


「エミリア、こっち」


 腕を掴み、彼女を私の部屋へと引きずり込んだ。窓から差し込む光にだけ照らされた薄暗い部屋の隅にエミリアを引っ張っていく。


「ちょっと、アリーシャ、どうしちゃったの?」

「エミリア、シッ、大きな声を出さないで」


 壁に押しやって、ほかの誰かに盗み聞きされないように顔を近づけた。遠くから子供達の話し声が聞こえてくるけれど、近くに人の気配はない。これなら盗み聞きはされないだろう。


「ア、アリーシャ?」

「エミリア、私を信じてくれる?」


 彼女の澄んだワインレッドの瞳を覗き込んだ。その瞳の中に自分の顔が映り込むほどの至近距離。彼女は一度目を瞑り、それから茶目っ気のある笑みを浮かべた。


「それは話の内容によるかなぁ」

「……話の内容によるんだ」


 ちょっとショック。


「だって、貴女、自分を犠牲にしようとしたでしょ? そういう意味で、アリーシャのやること全部を信じるのは無理。でも、私の親友であることは絶対に疑わないよ」

「……そっか」


 いま気付いた。エミリアは側近の器だ。私の言葉をすべて鵜呑みにするのではなく、間違っていることは間違っていると進言出来る。そういう貴重な人材だ。

 ……孤児院を掌握したら、次の計画に向けて色々と手伝ってもらおうかな?


 積極的にセイル皇太子殿下と関わるつもりはないけど、恩返しを諦めるつもりもない。それに、私やセイル皇太子殿下を陥れた第一皇子を放置するつもりもない。

 なんて、それはこれが終わった後の話だ。

 まずは目の前の計画に集中しよう。


「単刀直入に言うね。私には、貴女が必要なの。だから私に貴女を助けさせて」

 

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