エピソード 1ー4

 早朝、私は小鳥のさえずりで目を覚ました。薄明かりが窓から差し込み、部屋の中を淡い光が満たしている。隣からはエミリアの静かな寝息が聞こえてきた。

 私は窓へと視線を向けた。そこにうっすらと映る自分は――泣いていた。

 グリーンの髪が乱れ、瞳の中には深い悲しみが宿っている。一夜明けたことで記憶が整理されたのだろう。私は様々なことを思い出していた。


 まず、私は一度死んでいる。正確には二度だけど、いまは関係ないので割愛しよう。

 私は第一皇子アルヴァの企てたクーデターに巻き込まれた。燃えさかる屋敷の中に取り残され、外は第一皇子の騎士団に包囲されていてる。

 炎の熱気が充満する部屋の中で、側にいたのは従弟にして皇太子殿下のセイルだった。


「セイル皇太子殿下、もしやここから逃げる手段をお持ちなのでは?」

「……気付いていたのか?」


 私は「少し探りを入れただけですわ」と笑って、ティーカップに残っていた紅茶を飲み干した。「……渋いですね」と紅茶を淹れた張本人に視線を向ける。


「手厳しいな。これでも何度か練習したんだぞ」

「不合格です」

「そうか、残念だ」


 彼のブラウンの髪が、まるで落ち込んだワンコの耳のように見えた。その様子が可愛らしい。私は「仕方ありませんわね」と苦笑して、「次の機会があれば、私が淹れて差し上げますわ」とティーカップをローテーブルの上に戻す。

 彼も釣られるように「それは楽しみだな」と笑った。ずいぶんと遠回りしてしまったけれど、セイル皇太子殿下とようやく分かり合うことが出来た。彼と手を取り合えば、この国をより豊かにすることが出来るだろう。だけど、燃えさかる炎がこの部屋に迫っている。


「セイル皇太子殿下、いままで黙っておられたということは、生き延びる術を使えるのは一人だけ、と言うことでしょう? 私のことはどうぞお構いなく」

「……おまえらしい言葉だな」


 彼は席を立ち、私のまえまでやってきた。それからソファに片膝を乗せ、私の顔を覗き込んでくる。私は「ん?」と首を傾げた。


「……自分を助けろ、とは言わないのか?」


 セイル皇太子殿下の青く深い瞳が静かに問い掛けてくる。


「なにをおっしゃるかと思えば。貴方は私をあの孤児院から救い出してくださった恩人です。そんな貴方の命を奪って自分だけ助かろうとなど考えられませんわ」

「……そうか。本当におまえらしい答えだ。だが、そんなおまえだから――」


 セイル皇太子殿下が私を抱き寄せ、有無を言わせずに唇を重ねてきた。

 驚きに目を見張る。続いてゆっくりと目を閉じた私は、自分が強い眠気に襲われていることに気が付いた。慌てて目を開き、セイル皇太子殿下を突き飛ばす。

 彼は少し寂しげに笑っていた。


ようやく・・・・効いてきたようだな」

「なぜ……」


 色々と聞きたいことがあったが、眠気に抗うのが精一杯で頭が回らない。そんな私をセイル皇太子殿下が抱き上げ、テーブルの上に横たえた。

 無骨な指が、そっと私の頬を撫でる。


「アリーシャ、次は俺と敵対しないでくれ。そうしたら自由に生きてくれてかまわない」

「それは……どう、いう……」


 そこで私の意識は途切れた。

 その次に目覚めたのは昨日の朝、つまり六年前だった。


 ここからは推測になるけれど、あの後、セイル皇太子殿下がなにかしたのだろう。その結果、私は六年前に回帰した。自分の状況に違和感を覚えたのはそのためだ。

 先日までの私は、きちんと教育を受けて成人した女性だったから。


 というわけで回想終わり。

 疑問は残るけれど、いま重要なのはエミリアを救うことだ。このままだとエミリアは‘お客さん’に引き取られ、その末に死んでしまう。回帰を経た私はそのことを知っている。私はその未来を変えるべく、ベッドからそっと抜け出した。


「……必ず助けるからね」


 すやすやと眠っているエミリアに向かって誓いを立てて部屋をあとにした。私は自室に戻り、外出するのに出来るだけマシな服に着替え、フード付きのローブで顔を隠した。

 最後に、隠し持っていた母からもらった指輪を紐に通して首にぶら下げ、夜明けの薄暗い街へと飛び出した。朝靄が街を覆い、静寂の中に小鳥のさえずりが響いている。

 向かうのは『ノウリッジ』、街にある情報ギルドだ。

 

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