エピソード 3ー14

「ダリオン、美容ポーションを作らせて!」


 その日の午後、私はノウリッジのマスターがいる部屋へ駆け込んだ。私の出し抜けの言葉が予想外だったのか、彼は目を白黒させている。


「……いきなりなんだ?」

「フローレンス商会と取引することになったの」

「なっ! レヴィリス侯爵家の商会じゃねぇか!」


 ダリオンはそこで使用人がいることを思いだして一度口をつぐんだ。執務机に手を突いて立ち上がる。その瞳はめまぐるしく動き、これからの展望について計算をしているようだ。


「えっとね。まだ大丈夫だと思う。怪しまれてはいるみたいなんだけど……」

「……詳しく話せ」


 彼はそう言ってローテーブルの方へと移動した。彼の部下がコーヒーをテーブルの上に並べて退出するのを確認して、二人で向かい合って席に着く。

 それで? と説明を求めるダリオンに対し、私は実はと事情を話した。


「……なるほど、セイル皇太子殿下の紹介か。というか、バレてはいないかも知れないが、完全に疑われているじゃねぇか。というか、叔母に会ったらバレるだろ」

「そうなのよねぇ……」


 セイル皇太子殿下が私と叔母を引き合わそうとしているのは、レヴィリス侯爵家を味方に引き入れようとしているからだ。つまり、ほぼ確実に私の正体を確信している。


「それで、美容ポーションを作るのは、もしかして?」

「うん。最悪の場合、ポーションで口を封じようかと……」

「美容ポーションと聞いてなかったら、毒殺しようとしてると誤解しそうな発言だな。いや、美容ポーションの効果を考えると、毒殺よりも物騒かもしれないが」


 ダリオンの物言いに苦笑する。


「まあ、黙ってもらう交渉をするまえに、バレないのが一番なんだけどね。最後に会ってから六年以上が過ぎているし、他人のそら似で押し通せば、なんとかなるとは思うんだけど……」

「といいつつ、初対面のカルラ様に見破られていたけどな」

「うぐ……」


 いや、あれはあの子が例外だと思いたい。


「そう言えば、これを返すのを忘れていたな」


 ダリオンが皇族の証である指輪を差し出してくる。


「ちょっと、このタイミングで渡す?」

「レヴィリス侯爵は嬢ちゃんを探し続けていたんだろう?」

「まあ、そうなんだけどね……」


 私も叔母夫婦が嫌いな訳じゃない。というか、回帰前には再会したけれど、とても優しい人達だった。出来れば交流を持ちたいし、王太子殿下とも仲良くして欲しいと思う。


「嬢ちゃんは叔母を相手に人違いだと言えるのか?」

「それは……」


 回帰前、私は涙ぐむ叔母に「貴女は私の姪っ子よ」と抱きしめられた。お母様に似た容姿の、綺麗で優しくて、商会を纏めるほどの才女。


 子供のころは数えるほどしか会う機会がなかったけれど、皇族に戻ってからは何度もお世話になった。私にとってはもう一人の母親のような存在。彼女に回帰前と同じように抱きしめられても、私は人違いですと言えるだろうか?

 ……分からない。


 そんな私の葛藤を見抜いたのか、ダリオンは「まあなるようになるだろ。どんな選択をするにしても、後悔だけはしないようにな」と、身を乗り出して私の頭を撫でてくれた。

 私はその心地よさに思わず目を細める。


「……そうね。当日までゆっくり考えてみるわ」


 私はダリオンから受け取った指輪を紐で通して首に掛けた。その銀色の輝きが、胸元で揺れている。私はそれを見つめならが、これからのことに思いを馳せた。



 それから数日が過ぎ、いよいよフローレンス商会の人間と会うことになった。かなり異例の速度。湯沸かし器の魔導具が評価されたこともあるだろうけれど、おそらくはセイル皇太子殿下とレヴィリス侯爵家の方で、事前の話し合いがあったのだろう。


「ということで、数日ほど孤児院を開けるから後はお願いね」


 なにかあればリリエラかダリオンに相談するように伝える。だが、それに対して帰ってきたのは泣きそうな表情だった。


「アリーシャ……帰って来るのよね?」

「当然でしょ。私の帰る場所はここだけよ」

「……分かった、それじゃ待ってるからね!」


 エミリアが微笑み、行ってらっしゃいと送り出してくれる。シリルやルナも同じように送り出してくれた。だけど、フィンの様子がおかしい。彼の大きな緑色の瞳に涙が浮かんでいる。

 私は彼のまえでかがんで「どうしたの?」と声を掛けた。


「……ボクのせい?」

「ん?」

「ボクが、魔導具のことをセイルお兄ちゃんに話しちゃったから、アリーシャお姉ちゃんがいなくなっちゃうの?」


 あぁ……そうか。フィンはあのときのことを気にしてたんだ。

 それに気付いた私は「そうじゃないよ」とフィンを抱きしめた。フィンは「でも、魔導具のことでどこかへ行っちゃうんでしょ?」と泣きそうだ。


「あの魔導具のことで出掛けるのは本当だけど、決して悪い話じゃないよ。それに、数日で帰ってくるから、なにも心配は要らないよ」

「……ほんと?」


 フィンの緑色の瞳が私を覗き込んだ。


「ほんとだよ。……そうだ、魔導具に興味を持っていたよね? 私が帰ってきたら、作り方を教えてあげる」

「ホント!?」

「うん、いい子で待ってたら、ね」

「分かった! じゃあボク、いい子で待ってるね!」


 天使のように愛らしい笑みを浮かべる。というか、ほんとにうちの子が可愛い。私はみんなに旅立ちの挨拶を告げて、セイル皇太子殿下の待つ馬車へと乗り込んだ。

 

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