エピソード 3ー13

 セイル皇太子殿下は、他人の成果を取り上げようとするような人じゃない。だが、だからこそ、製法を託すという言葉の意味が分からなくて困惑する。


「製法を買い取る、という意味ではないのですよね?」

「そうではない。持続的に使用料を支払う方式をとりたい」


 なんだ、なにかと思ったらロイヤリティの話じゃない。私はそう安堵するけれど、セイル皇太子殿下は真剣な眼差しで説明を続ける。


「誤解しないで欲しいんだが、一括で買うより使用料の方が最終的には大きな金額になる。だからこれは、アリーシャのことを思っての提案なんだ」


 あぁ……これ、あれだ。私が使用料の話を知らないと思って、こっちの方が得だよって教えてくれてるんだ。セイル皇太子殿下、やっぱりいい人なんだね。


「セイルさん。ロイヤリティの話ですよね?」

「……なんだ、知っていたのか。あぁ、そう言えば、アリーシャはノウリッジのメンバーだったな。そうか、杞憂だったか」

「いえ、気遣いが嬉しかったですよ」


 彼の一生懸命な様子を思い出して笑う。セイル皇太子殿下は「そんなに笑わなくてもいいじゃないか」と口元を手の甲で隠した。セイル皇太子殿下が頬を赤く染め、照れくさそうに視線を逸らす姿が微笑ましい。


「それで、ロイヤリティは分かりますが、預かるというのは?」

「ああ、俺は商人じゃないからな。アリーシャの許可が得られたら、知り合いの商会を紹介しようと思っているんだ。決して悪いようにしないから、話を聞いてくれないか?」


 知り合いの商会? 同派閥の貴族が経営する商会だよね。もしかしてフィオレッティ子爵家かな? いや、セイル皇太子殿下はいまの当主とそこまでの交流はなかったはずだ。

 そうすると別の貴族か。

 ……うん。フィオレッティ子爵家だけが大きくなるのもよくないし、そもそもあそこはポーションの生産準備で一杯一杯のはずだ。


 なにより、私はセイル皇太子殿下が力をつけることを望んでいる。彼と取引をすることは、私の目標を達成するという意味でも大きな意味がある。


「分かりました。セイルさんのおすすめの商会の話を聞きます」

「いいのか?」

「はい。私としても渡りに船でしたから」

「そうか。ちなみに、伝手というのはフローレンス商会というところだ。信頼できる経営者で、俺も何度か世話になっている。あの商会なら、対等な取引をしてくれるはずだ」


 咽せそうになったが、皇女としての矜持をフル動員してかろうじて平静を装った。

 フローレンス商会は、セイル皇太子殿下に属する派閥の関係者ではない。というか、商会長はレヴィリス侯爵夫人のカタリナ、私の叔母である。

 この皇子、私を家族と引き合わせて正体を確認するつもりだ!


 やられたぁ……。いや、分かるよ。彼の目的はもちろんそれだけじゃない。私と叔母を引き合わせて、レヴィリス侯爵家に恩を売ることだろう。しかも、私の叔母が取引相手なら、私が不利益を被ることには絶対にならない。私にとっても、セイル皇太子殿下にとっても有益な一手。私が皇族に復帰することを望んでいたら、だけどね。


「アリーシャ、どうかしたのか?」


 どうかしたのじゃないよ、私の反応をうかがってるくせに! とはもちろん口にしない。私は取り繕って背筋を伸ばした。


「いえ、寡聞にして初めて聞く商会だったので」

「そうか。フローレンス商会はレヴィリス侯爵夫人が経営している。厳しい方だが、アリーシャにはよくしてくれるだろう」


 どうしてですか? って聞いたら、それはおまえが一番よく知っているだろ? と返すつもりだよね。そんな見え見えの罠には飛び込まないからね!


「セイルさんがそんなに信用するくらい、信頼できる商会なんですね。分かりました。魔導具の販売については、セイルさんにお任せしますね」


 交渉を丸投げして、私を叔母さんに会わせようとしないでねと遠回しに牽制する。セイル皇太子殿下は素知らぬ顔で、「任せておけ。ただ、何度かは交渉の場に同席してもらうことになると思うのでそのときは頼む」と返してきた。

 私、正体を隠し通すの、無理じゃない?

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る