エピソード 3ー8
「あれ、アイシャさんから聞いていませんか? 孤児院にいくつも小さな借金があったので、それを肩代わりしてもらったんですが」
状況を説明すれば、エリオは「あーあーっ、そうだった。もちろん覚えている」と誤魔化した。私は「ならよかったです」と便乗する。
……危なかった。
いまの会話の流れ、下手をしたらアイシャの正体が発覚する恐れがあった。そうしたら、彼女の正体に気付かない振りをしているのが台無しになるところだ。こんなに早く私が借金を返済すると思わなかったのかも知れないけど、アイシャにしては珍しいやらかしだ。
とりあえず、藪を突くような真似はせず、お金を預けて話を終わらせる。それから、「早速カイに会わせてください」と話題を切り替えた。
「ああ、そうだったな。すぐに案内しよう」
私とリリエラは警備隊の管理下にある留置所に足を運んだ。薄暗い部屋に差し込む微かな光が、鉄格子の影を壁に映し出す。その一室にカイが閉じ込められている。
私が格子のまえに立つと、カイはふっと顔を上げた。
「……嬢ちゃんは、たしか……」
「久しぶりね。元気そうで安心した、というべきかしら?」
「は、そんな間柄じゃねぇだろ」
カイが皮肉を口にする。だが彼は視線を泳がせ、「なあ嬢ちゃん、あのエミリアとかいう子は無事なのか?」と言った。
ふぅん、私の顔を見て最初に思いつくのがエミリアのことなのね。
「もしかして惚れた?」
「ばっ、ちげぇよ!」
「動揺するなんて怪しいわね」
私が追求するけれどカイは冷静に否定して、「一生懸命な嬢ちゃんには幸せになって欲しいだろ?」と遠くを見つめた。もしかしたら、自分の境遇と重ね合わせているのかな?
「嬢ちゃんはそう思わないか?」
「そうね、幸せになって欲しいと思ってるわ」
「そうか。……で? 元気にしてるのか?」
「色々あったけど、元気になる予定よ」
「……あん?」
詳しく説明しろと言いたげな顔。
「そんなに気になるなら、自分で聞いてみたら?」
「……はっ、それは最高に皮肉が効いてるな」
ここから出られないのにという心の声が聞こえる。どうやら、孤児院で引き取るかもという話は聞いていないようだ。
「皮肉じゃないわ。貴方を私の孤児院で引き取るという話があるのだけど、どうする?」
「は? 俺を孤児院で引き取る? いや、そもそも嬢ちゃんの孤児院ってなんだ?」
「前院長を告発した私が孤児院の院長になったのよ。貴方を引き取る理由については色々あるけど……ま、エミリアが心配してるみたいだからね」
「意味が分からないんだが……」
いぶかしげな顔をされてしまった。
「細かいことはいいのよ。問題は、貴方に孤児院に来るつもりがあるかどうかよ」
「俺は嬢ちゃん達と敵対してたんだぞ? 本気で言ってるのか?」
「貴方を孤児院に招き入れて大丈夫かどうか、という話? それなら私は別に気にしないわよ。だって、貴方、雇われていただけでしょ?」
「そんな、あっけらかんと……」
「任務に忠実な人材。悪に染まっている訳でなく、エミリアの心配をするような優しさも持ち合わせている。そんな人間を嫌う理由があるかしら?」
彼と私が対立していたのは、彼の雇い主と私が敵対していたからだ。もし彼が私の味方に雇われていたのなら、頼もしい味方になっていただろう。
回帰前の情報を知る私は、そう判断することが出来る。
薄暗い留置所の中、部屋に差し込むわずかな光の中でカイは「嬢ちゃんは懐が広いな」と笑った。だが次の瞬間、こちらの真意を探るように目を細めた。
「だが、俺を孤児院に受け入れるのはそれだけの理由じゃないだろう?」
「それだけの理由で受け入れるのには十分な理由だと思っているわ。ただ、ほかに思惑がないかと言われれば嘘になるわね。貴方には、孤児院の護衛をして欲しいのよ」
「……護衛? 誰かに狙われているのか?」
「杞憂だといいのだけれどね」
だけど、またちょっかいは掛けられる可能性は高い。その根拠は伝えず、可能性だけを打ち明ける。カイは少し考える素振りを見せた後、「そうか……」と頷いた。
「分かった。俺を孤児院に置いてくれるなら否はねぇ。俺の力が必要だって言うなら出し惜しみはしねぇ。だから、俺を孤児院に置いてくれ」
「ええ、歓迎するわ。ようこそ私の孤児院へ」
私は笑みを浮かべ、格子の向こうにいるカイに右手を伸ばす。カイは一瞬逡巡した後、ゆっくりとその手を取った。
「こんな俺にも居場所があったんだな」
そう呟いた彼の声は、感謝と新たな決意に満ちていた。そのとき、少し離れた場所で物音が日にいた。視線を向けると、少し離れたところでエリオが満足げな顔をしているのが目に入る。彼もまた、カイの行く末を憂えていたのだろう。
「なにかあったのか?」
「いいえ、なにも問題はないわ」
この日を境に、カイは頭角を現し始める。やがては大きく出世し、自らに濡れ衣を擦り付けた上司に正義の鉄槌を下すのだが、それはまた別のお話である。
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