エピソード 3ー7
案内されたのは、さっきと打って変わって接客用の応接間だった。窓から柔らかな日差しが差し込み、部屋の中を優しく包み込んでいる。
壁際には品のいい調度品が並ぶ居心地のいい部屋。私達のまえのローテーブルには紅茶とお茶菓子が用意されていた。私に対するお詫びの意味もあるのだろう。
「そういえば、バルバロスの話に真実は含まれているの?」
待っている間に状況を確認しようとリリエラに尋ねる。
「いいえ、完全なデタラメです。エリオ様には事情を話して厳重に抗議しておきました」
「そっか……」
なら、バルバロスは終わりだ。貴族であり侍女でもあるリリエラのまえで、その主の名を騙って評判を貶めた。相応に思い罰が下されるだろう。
問題は、これが対立派閥による嫌がらせなら、バルバロスが捕まって終わりとはいかないことだ。けど、その話はひとまず後回し。まずは今回の件について確認をしておかないと。
「それで、貴女が私の側にいる理由はどう説明したの?」
表向きはノウリッジから来た補佐官。だが、リリエラはさっき、エリオにカルラの侍女という正体を明かしたはずだ。その辺りのことを確認する。
「カルラ様の命令で、身分を隠してアリーシャさんの側にいるとだけ。エリオさんは恐らく、セイル皇太子殿下と同じ事情だと誤解してくださるでしょう」
「……なるほど、じゃあ私は知らない振りをするわね」
……というか、なんか私、ややこしい立場になってきたわね。まあ、皇女のときほどじゃないけどさ。と思っていたらリリエラがぺこりと頭を下げた。
「勝手なことをして申し訳ありません」
「いいえ、とても助かったし、私としても胸がすっとしたわ」
と、そんな話をしながら、エリオの到着を待つ。しばらくして「待たせてすまない」と申し訳なさげな様子のエリオが部屋に入ってきた。
彼は部屋の中程で足を止めて深々と頭を下げる。
「まずは、バルバロスの悪事について、警備隊に隊長として謝罪する。彼は拘束して取調中だが、相応の罰を与えることになるだろう」
相応の罰、ね。エリオの言葉が本当なら、バルバロスが私のまえに現れることは二度とないだろう。だけど私の心配事はそっちじゃない。
「エミリアはもう大丈夫なのね?」
「それは心配しなくていい。少し話を聞いたが、彼女が売約済みなどという事実はなかった。どうやら嘘を吐いていたようだ。そのような嘘を吐いた理由はまだ分かっていないが……」
エリオは言葉を濁した。本当に分かっていないのか、セイル皇太子殿下絡みだと気付いているから言葉を濁したのかどっちかだろう。
どっちにしても、私には追求する必要のない話題だ。
「とにかく、エミリアは無事と言うことですね。ならよかったです」
私にとって重要なのはそのことだ。そしてもう一つ。「それでエミリアから相談を受けたというのはどういうことですか?」と続けた。
エリオは「そのことなんだが……」と言いながら、私達の向かいのソファに腰を下ろす。
「カイという少年のことを覚えているか?」
「あの手練れの護衛ですね」
人身売買組織の護衛をしていたけれど、最後はエミリアを庇った少年だ。そういえば、彼があの後どうなったのか聞いていなかった。
「そのカイをぶちのめした嬢ちゃんに手練れと言われると微妙な気持ちになるが、おおむねあっている。カイの処遇について、エミリアから相談があってな」
「……どのような内容でしょう?」
「ピンチのとき私を庇ってくれたから、出来れば助けてあげて欲しいそうだ」
「え、びっくり! そのときのエミリアはどんな感じでしたか? 顔を赤らめたり、別に心配してる訳じゃないんだからね! みたいにツンケンしてましたか?」
思わずローテーブルに腕を突いて身を乗り出す。こほんとリリエラの咳払いが聞こえて我に返った。私はすっとソファに座り直す。
「すみません、取り乱しました」
「いやまあ、嬢ちゃんにもちゃんと子供っぽいところがあったんだな」
エリオが苦笑する。回帰してる身としてはちょっと恥ずかしい。私は小さく咳払いをして「それで、カイをどうするつもりなんですか?」と軌道修正を試みる。
「あぁ、彼の処遇で意見が割れていてな。調べた限り、彼は護衛という仕事を忠実にこなしていただけで、直接的な犯罪行為に加担していた訳ではないようだ」
「という名目でなら、罪を軽減できる、という訳ですね」
「はは、嬢ちゃんはお見通しか」
なるほどねと、私はさらに考えを巡らす。
カイは下級貴族の三男で、不正を働いた上司を殴って騎士団を追われている。あのとき、とっさにエミリアを守ったことを考えても、根は悪い人間じゃないんだろう。
エリオもそれを知っているから、エミリアのお願いに乗っかろうとしている。
「……事情は分かりましたが、その話をどうして私に?」
そう尋ねると、エリオは姿勢を正した。
「単刀直入に言おう、カイを孤児院で保護してくれないか? もちろん、嬢ちゃんが危険だと思うのなら断ってもらってもいいが……どうだろう?」
信用できるかどうかはこの目で確かめるとして、悪い話ではないわね。
いまの孤児院には人手が足りない。カイにあれこれ手伝ってもらうのはありだ。それに、カイを引き取れば、エミリアもたぶん安心するだろう。
なにより、対立派閥によるセイル皇太子殿下への嫌がらせで孤児院が被害を受ける可能性もある。そう考えると、カイを護衛として雇うのもありだろう。
「……そうね。先に面会はしたいけれど、受け入れてもかまわないわ」
「そうか、助かる。なら、早速面会の準備をしよう」
こうして、私はカイと会うことにした。そうして席を立つ寸前、私は借金を返済するつもりだったことを思い出した。
「エリオさん、立て替えてくださってありがとうございました。借金を返済します」
そう言ってテーブルの上にお金の詰まった巾着を置く。
だけど、彼はそれを見て首を傾げた。
「借金の返済? なんの話だ?」
アイシャから聞いていないらしい。
私、どうやらやらかしてしまったようだ。
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