エピソード 2ー12

 ダリオンがカルラへの面会を取り付けてくれることになった。だけど、私が貴族に面会するには大きな問題がある。それは――着ていく服がないことだ。交渉ごとでは、孤児院育ちだからという言い訳は通用しない。身だしなみは相手への印象に影響するものだ。


 もちろん、それは第一印象の話だ。ものすごく苦労すれば、後から第一印象を覆すことは出来るだろう。だけど、後で苦労すると分かっていていま手を抜く理由はない。


 話が長くなってしまったけれど、子供達の服を揃えた。それが孤児院に届いたとき、子供達はとても喜んで、すぐに試着して子供部屋に集合することになった。


 シンプルな白いブラウスを身に着けたエミリアがその場でクルリとターンする。ヒモでウェストを絞るコルセット風のスカートがふわりと広がった。

 決して上質な生地を使っている訳ではないけれど、着心地のいい生地を使った新品だ。それが嬉しいのだろう、エミリアの表情はいつも以上に輝いている。彼女のピンク色の髪が光を受けて、まるで桜の花びらのように輝いて見えた。


「アリーシャ、見て見て。可愛いでしょ?」

「ええ、とっても可愛いわよ」


 エミリアは「アリーシャに褒められた」と喜んでいる。この子、ほんとに可愛すぎる。もちろん、他の子達も可愛い――と視線を向ける。


 シリル、ルナ、フィンに視線を向ける。

 シリルは白いシャツと黒のパンツ。シャツの襟元には小さな銀のボタンがあり、パンツは細身で彼の細長い脚を強調している。ぱっと見は執事のように見えなくもない服装。まだ十二歳ながらも落ち着いた雰囲気の彼にとてもよく似合っている。


 そしてルナは青い染料で染めたブルーのキャミソールという姿。キャミソールは柔らかい布地で、彼女の明るい黄色の髪と対照的な色合いが引き立っている。ちょっと大きめのだぼっとしたサイズを選んだのは、すぐに成長する予定だからだそうだ。

 その発想自体がとても可愛いと思う。


 最後にフィンは、シャツにホットパンツを穿いている。シャツの袖は短く、彼の桜色の髪が風に揺れて、緑の瞳がキラキラと輝いている。ぱっとみ、キュロットを穿いた女の子にも見えなくもない。なんというか、全国のお姉さん達を惑わせそうな可愛さだ。


 もちろん、購入した服は一着だけじゃなく、ちょっとおしゃれないまのワンセットのほかに、普段着を二着、それと冬に備えてコートを一着ずつ購入した。


 決して少なくない出費だけど、いままでの境遇を思えば、これくらいはしてあげるべきだろう。そんなことを考えながら、着飾ったみんなの姿を褒めてあげる。


「ところで、アリーシャは着替えないの?」


 エミリアが首を傾げた。


「あ~その、私のは……」

「もしかして、これ?」


 私の視線をたどったエミリアが、分けておいていた包みを見つけてしまった。


「あ~その、実はね。今度、ちょっと偉い人と会う予定があるの。そのときにちゃんとした服を着る必要があったから買ったんだけど……」


 そう言いながら包みを開ける。私が購入したのは、平民のお嬢様が着ているくらいのワンピース。必要だから買ったのだけど、他の子達のよりかなり高い服を買っていて後ろめたい。


「ん? よく分からないけど、着て見せてよ!」


 エミリアが笑って、ほかの三人からも促された。そこまで言われたら仕方がないと、私は別の部屋でその服に着替えることにした。


 グリーンの髪はハーフアップにしてリボンで結ぶ。

 ライトグレーに染めたリネン地のワンピース。Aラインのシンプルなデザインで、袖口などに少しだけレースを付けている。そして足下にはベージュのレースアップシューズ。

 着替えを終えた私は子供部屋に戻って「どうかな……?」とみんなのまえに出た。


「…………」


 反応がない。もしかして、アリーシャだけ贅沢してズルい! って怒られるのかなと不安になる。だけど次の瞬間、「アリーシャ、素敵!」とエミリアが声を上げた。


 それを切っ掛けに「アリーシャ姉さん、着こなしが上手だね」とシリルが感心し、ルナは「まあアリーシャならこれくらい化けるわよね」となぜか勝ち誇って、フィンは「お姉ちゃん、綺麗だよ」と素直に褒めてくれた。


「あ、ありがとう。それと……ごめんね? 私だけ、こんな高価な服を買って」


 私が謝罪すると、エミリアは他の子達と顔を見合わせて笑った。


「なんか様子がおかしいと思ったら、そんなことを心配してたの?」

「そんなことって……」


 孤児院の支援金を使って、院長が高価な物を買う。その一点だけを見れば、私はマグリナと同じことをやっている。嫌悪されたっておかしくない。


「アリーシャがどんな心配をしてるのか分かるわよ。でも、マグリナと貴方は違う。私はそれを知ってる。もちろん、この子達もね。だから、後ろめたく思う必要なんてないわ。貴女が必要だと思ったから買ったんでしょう?」


 エミリアがそう言って笑う。その横でルナが腰に手を当てて不満げな顔をする。


「エミリアお姉ちゃんの言う通りよ! だいたい、アリーシャはその服しか買ってないでしょ? それで自分だけ高い服を買って申し訳ないとか、笑わせないでよね!」

「そうだね。むしろ、アリーシャ姉さんは他の服も買うべきじゃないかな」


 ルナの言葉にシリルが続き、フィンとエミリアがうんうんと頷いている。みんなが信頼してくれてるのだと分かって胸が熱くなる。

 思わず涙が零れそうになって、きゅっと拳を握りしめた。


「ありがとう。みんなの期待に必ず応えるからね」


 私の服だけじゃない。みんなの服や、孤児院に足りないもの全部、私が揃えてみせる。そのために、まずはカルラとの交渉を必ず成功させてみせる。

 

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