エピソード 3ー11
「話というのは護衛の件だ。少し調べたが、近所に柄の悪い連中がいるという話はなかった。嬢ちゃんがなにを警戒しているのか知りたくてな」
カイは静かな口調でそう言った。私が手元の魔導具をテーブルの上に置いて視線を向けると、魔導具に照らされたカイの顔には強い意志が宿っていた。
でも、私やセイル皇太子殿下のことを話す訳にはいかない。私は建前の理由を口にする。
「そうね。現時点で明確な危険がある訳じゃないわ。ただ、この孤児院には子供しかいないし、保険は必要でしょう?」
「保険で俺を雇った、と?」
カイはいぶかしげな顔をした。
「なにか問題があるかしら?」
「いや、問題というか……孤児院にそんな余裕はないだろ?」
エミリアから、孤児院の懐事情を聞いているのかな?
お金を稼ぐめどは立っているけれど、美容ポーションや魔力回復薬の件はまだ話す訳にはいかない。少し考えたとき、さきほど作業を中断した魔導具が目に入った。
私はその魔導具を手に取って、最後の工程を終わらせる。
「カイ、お金のことについては心配要らないわ。魔導具が完成したから、かなり纏まったお金が入ってくるもの」
「いやまあ、お湯を沸かす魔導具なんて作れれば金になると思うが、それは本当に完成すれば、の話だろ? それはどの程度完成しそうなんだ?」
「いえ、完成したらじゃなくて、完成したと言ったのよ」
「…………は?」
カイは理解できないというような顔をした。
翌朝、私は庭先で魔導具の実験をおこなうことにした。水道から出てくる水を湯沸かし器の魔導具に流し、ちゃんとお湯になるかどうかという実験である。
コストを抑えるために、水源は上水道を利用している。そのため、設置に少し手間が掛かったけれど、魔導具を起動すれば、流れる水から湯気が上がった。
達成感を噛みしめる私の横でエミリアが歓声を上げる。
「アリーシャ、これすごくいいわね! 料理とかに使えそう!」
それを皮切りに、他の子達も目を輝かせて魔導具に駆け寄った。フィンが、「アリーシャお姉ちゃん、これすごい、どうなってるの?」と目をキラキラさせる。
「これは魔術を誰にでも扱えるようにした魔導具って言うのよ」
「へぇーすごい! 面白そう!」
フィンは魔導具が気に入ったみたいだ。どうやって作ってあるんだろうと、魔導具の周りをうろちょろしている。なんというか、すごく可愛らしい。そしてその横、成り行きを見守っていたカイが、湯沸かし器の魔導具をまえに信じられないと目を見張っていた。
「こんなことが、本当に……」
昨夜、完成したと言っても信じなかったので、明日証拠を見せると約束したのだ。やっぱり、こういうのは実物を見せた方が話は早いわよね。
「どう? ちゃんと出来たでしょ?」
「あ、ああ。疑って悪かった」
「気にしないで。信じられないのは当然だもの。ただ、護衛の件はお願いね?」
「ああ、それはもちろんだ」
「じゃあ、報酬の件は後で決めましょう」
「……報酬? 俺は孤児院に住まわせてもらう代わりに護衛をするつもりだったんだが」
この子の大概お人好しよね。なんてことを思いながら、報酬については後で話し合うという方向で話を纏める。そこにセイル皇太子殿下がやってきた。
「楽しそうな声が聞こえて来たが、なにをやっているんだ?」
「あ、いえ、これは……」
まだ、誰にも教えていない魔導具だ。セイル皇太子殿下に知られるのはまずいと誤魔化そうとする。だけどそれより早く、フィンが声を上げた。
「あ、セイルお兄ちゃん! アリーシャお姉ちゃんがすごいものを作ったんだよ!」
フィンはセイル皇太子殿下の元へと駆け寄っていく。まさかの皇太子をお兄ちゃん呼び。いつの間に仲良くなったんだろう?
そんなことを考えているうちに、フィンはセイル皇太子殿下に魔導具の自慢を始める。そして魔導具を通した水がお湯になるのを確認したセイル皇太子殿下が顔色を変えた。
「アリーシャがこれを開発したのか?」
「うん、そうだよ~」
セイル皇太子殿下の纏う雰囲気が変わったことに気付いたんだろう。カイとシリル、それにエミリアの顔がこわばった。カイがなにかエミリアに耳打ちをすると、エミリアは「フィン、ちょっとお茶を入れるから手伝ってくれる?」と声を掛けた。
「え、いまから?」
「うん、いまから」
エミリアは有無を言わさぬ口調で畳みかけた。
「ん……分かった! じゃあ、セイルお兄ちゃん、また今度ね!」
という訳で、エミリアとフィンが席を外した。それを横目に見送ったセイル皇太子殿下が私の下へと歩み寄ってくる。
「アリーシャ、あの魔導具についての話を聞かせてくれないか?」
「……分かりました。長い話になりそうなので、応接間で聞きますね」
私はセイル皇太子殿下の要請に応じ、それからカイとシリルに視線を向ける。
「カイ、魔導具を片付けておいてくれるかしら? それとシリル、エミリアが淹れたお茶は応接間に持ってくるように伝えて」
「分かった、片付けておく」
「俺も、分かった」
二人はそう答えるが、その顔は大丈夫なのかと言いたげだ。私は「心配しなくても大丈夫よ」と笑って、セイル皇太子殿下を伴って応接間へと移動した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます