エピソード 3ー10

 紆余曲折はあったけれど、カイが孤児院の一員となり、借金も返済し、エミリアの危機も回避できた。後はセイル皇太子殿下に正体がばれないよう立ち回り、カルラとの取引を続け、第一皇子のクーデターを阻止したり、他国の侵略を止めたりするだけだ。


 ……なんか、だけと言うには問題が大きすぎない?

 孤児院の院長が抱える問題じゃないわよね。


 あと‘止めたり’と一括りにしたけれど、細々としたことはたくさんある。いつかは、護衛がカイだけじゃままならないときがやってくるだろう。

 ……孤児院の周りを防壁で覆おうかしら?


 とにかく問題は山積みだ。だけど、だからこそ、まずは目先の問題から。という訳で、私は魔導具の開発――は回帰前に終えているので、その生産をおこなうことにした。


 カイが来てから数日が過ぎた夜。

 子供達が部屋に戻ったあと、私は院長室で魔導具の製作をおこなっていた。ノウリッジ経由で手に入れた魔石や素材を使って、術式を基盤に刻み込んでいく。


 作っているのは、お湯を出す魔導具である。この世界、上下水道は存在するのだけれど、蛇口を捻ればお湯が出てくる、みたいに便利な道具はない。

 この世界にとっては常識だけど、日本人としての記憶を取り戻した回帰前の私は我慢できなかったので、お湯を沸かす魔導具を開発したのだ。


 魔物から手に入る魔石を動力に、管の中の水を加熱する、湯沸かし器を模した構造。それに必要な魔力回路を刻み込んでいく作業を進めていると、部屋の扉がノックされた。


「……カイかしら? 入っていいわよ」


 わずかな沈黙、扉が開いてカイが姿を見せた。


「……なんで俺だと分かった?」

「他の子達の気配を覚えているから、消去法で貴方と判断しただけよ」

「嬢ちゃん、ホントに何者だよ」


 呆れるような声が返ってきた。


「私は孤児院の院長よ。それより、私になにかよう?」


 そう言って手を止めれば、カイは「あぁ、その……なんだ」と言葉を濁した。私は「まぁ座りなさいよ」と声を掛け、ちょうど淹れ掛けだった紅茶を二つのティーカップに注いだ。

 それをテーブルの上に置く。


「じゃあ、お言葉に甘えるとしよう」


 席に座ったカイが紅茶を口にする。湯気の向こう側、険しい表情がわずかに和らいだ。私はそのタイミングを見計らって声を掛ける。


「子供達とは仲良くなれそう?」

「ああ、新参者の俺にもよくしてくれる。いい奴らだな」

「そうでしょう? 私の自慢の子供達よ」


 ふわりと微笑めば、カイは「そうか……」と紅茶を口にした。私もそれにあわせて紅茶を口にする。会話を続けなかったのは、カイに話があると思ったからだ。

 だけど、カイはなにを考えているのか、ティーカップを無言で眺めている。催促するよりも待った方がよさそうだ。そう思って魔導具作りを再開する。


 魔力回路――つまり、魔術を構築するのはとても難しい。何週間、あるいは何年も研究して開発するような代物だけど、その完成図は既に頭の中にある。

 私はその完成図に従って魔導具に回路を刻み込んでいく。しばらく没頭していると、カイが私の手元をじっと見ていることに気付いて顔を上げた。


「これが気になるの?」

「あぁ、いや、なにをやっているのかと思ってな」

「これは魔導具よ。まあ、手慰み程度のものだけどね」


 私はそう言って笑う。


「ふぅん? 俺からしたら、作れるだけですごいと思うけどな。それで、一体どんな魔導具を作っているんだ? あ、もちろん秘密なら聞くつもりはないが」

「これはお湯を出す魔導具よ」


 術式は秘密だけど、作っているもの自体を隠すつもりはない。私は「お風呂に入れるようにしたいのよね」と悪戯っぽく笑った。


「……お風呂? また妙なものを作ってるな。だが……完成したら貴族の連中は高く買うかもな。まぁ、作ることが出来れば、なんだろうが……」

「よく知ってるわね。あぁ……元は貴族の三男だったかしら」


 私がそう口にすると、カイはピクリと身を震わせた。


「聞いたのか?」

「知らない振りをしていた方がよかった?」


 私が首を傾げると、カイは首を横に振って否定した。


「どうせ話すつもりだったからかまわない。それで、どこまで聞いたんだ?」

「腐った上司を殴って、騎士団を首になったって聞いたわ。でも、その後どうして傭兵になって、人身売買組織の護衛になったかまでは聞いていないわ」


 回帰前は、そこまで調べなかった、というのが正しい答えだけれど。


「そうか。上司が権力のある奴でな。あの野郎、俺を退団させるだけじゃ飽き足らず、実家にまで圧力を掛けやがった。それで、迷惑を掛けないように家を出たって訳だ」

「……それで、剣の腕を生かして傭兵に?」

「そんなところだ。だが、元貴族、それもガキってことで色々と足下を見られてな。仕事の内容が違っていたこともあったし、報酬をもらえないこともあった。一年くらいは色々なところを転々として、行き着いた先があの組織って訳だ」


 カイはそうして、「扱いは悪かったが、報酬だけはちゃんと支払ってくれたからな」と呟いた。カイにとっては、あの組織ですら、マシな方だったという訳ね。


 たぶん、私が想像も出来ないような辛い目に遭ってきたんだろう。回帰前の彼は汚れ仕事に就いていたので、相当に苦労しているはずだ。


「……いつか、その上司に罰を与えられるといいわね」

「はは、それはいいな」


 軽口を返してくる。カイはその可能性があるとは思っていないのだろう。私もあえて教えるつもりはないのでわざわざ指摘はしない。


「それで、私になんのようだったの?」


 もう一度問い掛けると、カイはわずかな沈黙のあと、「実は――」と私をまっすぐに見た。

 

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