エピソード 4ー5
アリーシャが孤児院を出てから数日が過ぎたある日の夜。その日はあいにくの雨で、外から激しい雨音が聞こえてくる。エミリアは、自分の部屋のベッドで膝を抱え、その雨音をじっと聞いていた。その瞳にはなにかに想いを馳せるような、寂しげな光が宿っていた。
「……まるでアリーシャと出会ったあの日みたい」
二人が出会ったのはおよそ六年前、今日のような土砂降りの日の真夜中だった。物音に気付いたエミリアが窓から外を見ると、アリーシャが軒下で雨宿りをしていたのだ。
しかも、アリーシャはボロボロの布切れを纏っただけのみすぼらしい姿だった。
服をどうしたのと尋ねるエミリアに、アリーシャは全部燃やしたと予想の斜め上の答えを返してきた。あの日から、アリーシャとエミリアの奇妙な関係が始まった。
アリーシャが読み書きや計算をエミリアに教え、エミリアはアリーシャに掃除や洗濯を始めとした一般常識を教える。そういう関係を六年間続けてきた。
なにが言いたいかというと――
「……アリーシャ、早く帰ってこないかなぁ」
この六年間、二人はずっと一緒にいた。何日も離ればなれになるのはこれが初めてだ。そうして一抹の不安と強い寂しさを覚えていると、不意に外から物音が聞こえてきた。
「……アリーシャ?」
まさかと思って名前を呼ぶが返事はない。もう一度名前を呼ぼうと、今度は窓へ近づこうとベッドから降り立った。その直後、今度は廊下から足音が聞こえてきた。
その奇妙な状況に不安を覚えて息を呑む。直後にゆっくりと扉が開かれた。そこから姿を現したのは、最近ここの住人になったカイだった。
「……カイ? どうしたの?」
困惑しつつ問い掛けると、カイは無言で距離を詰めてきた。鋭い目つきと緊張した表情が、事態の深刻さを物語っている。彼は戸惑うエミリアに顔を近づけると、「子供達を集めろ、なにかよくない気配を感じる」と言った。
「……え?」
状況を飲み込めなくて聞き返す。
「いいから、早く子供達を一カ所に集めろ。万が一のときはおまえ達を守るように、アリーシャから頼まれてるんだ」
「……アリーシャに?」
その言葉を聞いた瞬間、エミリアの心にわずかな余裕が生まれた。
「子供達を一カ所に集めればいいんだね。院長室でいい?」
「ああ、中から鍵を掛けておけ。あぁそれと、灯りはつけるなよ」
「うん、分かった。……でも、びっくりしたよ」
「……あん?」
びっくりしたと、過去形だったことにカイは怪訝な顔をする。だが、エミリアは暗闇の中でいたずらっ子のように笑う。
「だって、夜這いかと思ったんだもん」
「――っ、バカ言うな。相手の意思を無視するようなことはしねぇよ」
「ふぅん、相手が許可したらするんだ?」
「バカ言ってないで早く動け」
「はぁい」
言ってすぐに廊下に足を運ぶ。エミリアの足取りに迷いはない。
その後ろ姿を見送ったカイは、「まったく、肝が据わってやがるな」と頭を掻いた。それから、孤児院の間取りを思い浮かべ、外に意識を向ける。
激しい雨音が聞こえてくる。その音に紛れるように、わずかな足音が聞こえてきた。数はそれほど多くないが、徐々に部屋の外まで迫ってくる。
カイは布団を丸めて、エミリアが眠っているように偽装する。そうして物陰に身を隠していると、しばらくして窓をこじ開けるかすかな物音が響いてきた。
「……狙いは、エミリアか? なんにしても、俺がいる限り手は出させねぇ」
カイは犬歯をむき出しにして、腰に携えていた短剣を引き抜いた。
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