38:勝利と襲来


「クライナー! 薙ぎ払え!」



クラフトの指示に従い、深淵から生み出した大剣を振るうクライナー。即座にエメラルドが動き、それを防ごうとするが……。ジュエルナイトよりも、クライナーの方が出力は上だ。


確かに、エメラルドの加入により“共鳴現象”の効果が向上、ジュエルナイトたちはパール加入時と同程度の能力を発揮するに至っている。けれど強化されているのはクライナーも同じ、量産性を無視しクラフトが自身の持つ全ての技術を詰め込めた怪人は、この世界における“一般的な”怪人相手でも相性次第では十分に勝ちを狙えるほどには、強くなっていた。


故に、戦士としても人としてもまだ幼く発展途上なジュエルナイトたちには、荷が重すぎる化け物だった。



「ッ!」


「エメラルド!」



外傷こそないが、相手の力押しに負けてしまい後方へと吹き飛ばされてしまうエメラルド。すぐにルビーが反応し、目線でダイヤにクライナーの相手をお願いしながら、全力で後方へと下がる。足にエネルギーを集中させることで爆発させ、エメラルドよりも後ろへと下がった彼女は、全身でエメラルドの体を受け止めた。



「大丈夫!?」


「す、すみませんルビー。すぐに復帰します!」



ルビーに礼を言いながら体勢を即座に立て直したエメラルドは、体内の精神エネルギーを放出。回避メインで現在クライナーの攻撃に対処しているダイヤモンドとルビーに再度バリアを張り直し、戦いに向かう。失敗したとしても守ってくれる盾がいる。戦闘時における防壁が精神に及ぼす重要性を、彼女は知識として理解していた。


だがやはり、まだ甘い。


確かに彼女は幼少期から武術を学び身を守るための力を蓄え続けて来た人間であったが、実戦などこれが初めてである。そして彼女の傍には、普段傍にいてくれるじいやの様な身を守ってくれるような存在などいない。自分の身は自分で守り、同時にルビーとダイヤの守りを担当しなければならない。直感で攻撃力に関してはルビーやダイヤの方が上だと判断したからこそタンク役として動くと決めたのだが……。想像以上に、その精神をすり減らしていた。顔に少し疲労の色が出てしまっている。


けれどそれが、戦いを諦める理由にはならない。ルビーと共に、エメラルドは戦場へと戻る。



「ッ! ダイヤウィップ!」



彼女たちが出来るだけ精神を整えながら戦場へと到着した瞬間。


その様子を確認したダイヤがこのわずかな間に立てた計略を発動させる。瞬時にクライナーの足元が淡い青の光に包まれ、ダイヤが全力で腕を引くことで、長い縄の様なものが化け物の体を包み込んでいく。


ダイヤことリッカは、幼馴染のアカリよりも力が弱く、一撃一撃の攻撃力に劣るという欠点があった。数を重ねれば確かに追い越すことが出来るが、一撃に全力を掛けるルビーと比べれると瞬間的な打点は劣る。すべての状況で数を重ねる戦い方が出来ないと理解した彼女は、その解決法を師へと求めた。


そして師である九条恵美から提示されたのは。“鞭”という選択肢。彼女はその身をもって鞭打を解し、戦闘にも取り入れていたのだが……。この場で、その能力をさらに一歩進めた。


行ったのは、全身の拘束。ただ攻撃するのではなく、師や幼馴染との特訓の中で理解した人の関節の可動域を理解した彼女は、クライナーの全身に巻き付けるように、鞭を巡らした。ただ我武者羅に巻き付けたのではなく関節の曲がらない方向に固める。


確かに出力で負けている故に、その鞭を単純な力で破られてしまう可能性もあったが……。多少時間が生まれるのは、事実。



「ルビー、パーンチッ!!!」


「せいやァ!」


「K、KURA!?」



その顔面に叩き込まれるルビーの拳と、固められた足関節部に投擲されるエメラルドの盾。


頭部に衝撃を受けたことで少しバランスを崩したところに、吸い込まれるように足を崩す緑の盾。もともと特殊チタン合金という高い硬度を誇る素材を精神エネルギーで強化したのだ。エメラルドの想定通り、姿勢を崩し倒れてしまうクライナー。



「畳み掛けますッ!」



クライナーに直撃し跳ね返って来た盾を受け止めながら、体を回転させもう一度投擲するエメラルド。それに合わせてルビーもダイヤも行動を開始し、少しでも敵のダメージを蓄積できるように動いていく。彼女たちがこの化け物と戦っていくうちに理解できたことだが、今回のクライナーは戦いながら成長している節がある。時間を掛け過ぎれば本当に手が付けられなくなるという恐怖から、彼女たちは出せる最大の攻撃を叩き込もうとするが……。


やはりクライナーの方が、上手だった。


姿勢を崩されこれまで通りの戦闘が出来ず、集中攻撃を受けそうなのであれば……。全方位吹き飛ばしてしまえば安全は確保できる。おそらくクラフトが過去のジュエルナイトの戦闘データを叩き込んだのだろう。化け物が選択したのは、自身を中心とした精神エネルギーの爆発。


ルビーがエクスプロージョンと名付けた技を、行使してしまう。



「わ、私の技!」


「二人とも! 私の後ろに!」



自分がひそかに気に入っている技を使われて驚くルビーに、込められたエネルギー量から大技だと判断し声を上げるエメラルド。行動が遅れてしまったルビーの手を取り、ダイヤがエメラルドのすぐ後ろに入った瞬間。クライナーの大技と、エメラルドの防壁が同時に起動する。



「エメラルド・シールドッ!!!」


「KURAINAー!!!」



彼女たちの視界を埋め尽くす真っ黒な爆風と、それを防ぐために展開された半透明な緑の障壁。おそらく投擲角度を直前で変更し、即座に自身の手に戻ってくるよう調整したのだろう。エメラルドの手に握られた盾からそれが生み出されるが……、敵の爆風に耐えきれず、すぐに罅が入ってしまう。



「エメラルド! エネルギーの変換! いける!?」


「やってみますッ!」



彼女の返事に合わせ、その両肩に手を置き、自分たちのエネルギーをエメラルドへと流し込むルビーとダイヤ。多少手間取ったようだが、同じジュエルナイト間でのエネルギーのやり取り。何とか二人から送られたエネルギーを元にバリアを再構築し、敵の攻撃全てを受け流す彼女。


けれど、爆風で視界を覆われ、防御に全振りしてしまったが故に、相手の追撃に、気が付けない。


爆風をしのぎ切り安堵した瞬間、煙の中からクライナーが飛び出していき、その腹部に覗く深淵を見せてくる。その内部が酷く蠢いていると気が付いたときにはもう遅い。負の精神エネルギーの奔流が、ジュエルナイトたちを包み込んだ。


何かが弾ける音と同時にその極光からはじき出されるように地面に転がるのは、かなりの痛手を負ってしまったジュエルナイトたち。まだ立ち上がれる力はあるようだったが……、これ以上は不味い。



(ッ! ダメ、勝ち筋が見えない……!)



体中に走る痛みを無視しながら、無理矢理立ち上がるルビー。先ほどの攻撃でエメラルドの盾が破壊されてしまっており、変移した後の姿ではなく、元の特殊チタン合金の盾になってしまっている。再度エネルギーを注ぎ込めばもう一度使うこと自体は出来るだろうが……。


先ほどの極光を受ける際、ルビーとダイヤは即座に掴んでいたエメラルドの肩を引き、自分たちの後ろへとその体を隠した。今日が初戦ゆえに、幾ら共有していると言えど上手く精神エネルギーで体を固められるかは解らない。故に自分たちが受けることにしたのだが、想像以上に敵の攻撃が強かった。



(ダイヤはまだ復帰に時間がかかる、エメラルドも意識はあるようだけど、倒れ伏しちゃってる。エネルギーを回復に回せば、まだもう少しはいける。でも……)



これ以上戦い続けると、浄化技にして必殺技を放つエネルギーが無くなってしまう。


彼女たちが使用する“シャワー系”、浄化技は込めた正の精神エネルギー分だけ、相手の肉体を構成する負の精神エネルギーを吹き飛ばすという方式をとっている。つまりクライナーの再発を防ぐため、素体となってしまった人の心を救う以上、正>負の必要がある。


ダメージを与えれば与えるほど負の精神エネルギーを消費するクライナー、故に彼女たちは一程度のダメージを蓄積させ回避させないようにした後、必殺技を叩き込む必要があった。


しかし今回の相手はかなりの強敵。変身が解けるギリギリのレベルで必殺技を叩き込んだとしても浄化しきれるか怪しいレベルの絶望を持ってしまっている。そして未だ戦闘態勢を解いていない写真立て型クライナーに十分なダメージを与えられたとは思えない。



(今から全力で叩き込んでも、消し飛ばす前に逃げられたら変身が解けて“終わっちゃう”。……私はいいけど、リッカちゃんや会長まで巻き込むわけにはいかない。…………一旦、逃げるしかないの?)



ジュエルナイトたちのリーダーは、一番戦士としての経験が長いルビーが担っている。


だからこそ“進む”か“退く”か、最後の選択は彼女が決めなくちゃならない。出来る限りの人を救いたいと思い戦い始めたのがルビーだ、もし自分だけで戦っているのなら体が動かなくなる限界まで戦い続ける気ではいたが、親友や先輩がともに戦っている現状。彼女たちの安全も考えなければいけない。


幸いなことに、まだ彼女には頼れる人が居る。後ろに下がったダークパール、ヒマを回収することができれば説得し、再度共に戦えるかもしれないし、最悪自身の師匠である“九条恵美”や“蜘蛛”の手を借りることも出来た。


困っている人を見捨てることに成ってしまう。彼女の心が壊れそうになるほどの悲鳴を上げ、その選択をさせぬように抵抗して来るが……、ルビーは覚悟を決める必要がある。見捨てる様な選択になってしまうが、助けを借りて必ず戻ってくるから。そう自分に強く言い聞かせながら、撤退のための策を立てる彼女。視界を遮りながらある程度のダメージが望めるかもしれない技、先ほどクライナーが放ったようにエクスプロージョンを使うと決めた彼女は、残り少なくなった精神エネルギーを消費しようとするが……。


聞き慣れた足音が、彼女の鼓膜を震わす。


振り返った先、その視線の先で揺れるのは、真っ黒な装束。



「……もう、大丈夫なの、パール。」


「ボクはダークパールだよ、ルビー。……まだちょっとしんどいけどね。ここで戦わないのは、ボクじゃない。」



ルビーはずっと戦っていたため、何があったのかは解らない。けれど少しだけ目を赤くした彼女が、自身の愛刀を片手にここに戻ってきてくれたことが、嬉しかった。ついかけてしまった言葉に帰って来たのも、ほんの少しだけ自分たちの知るパールのようなもの。未だ真っ黒に染まってしまっているが……。ともに戦えるのなら、今は色を気にしている場合じゃない。


彼女がいるのなら、まだ退かなくていい。まだ、救うことが出来る。自分中心に爆発させようとしたエネルギーを押し止め、身体能力の向上に当てるルビー。パール一人でも難しい相手、なら体が丈夫でまだ動ける自分がするべきだと、考えながら、気合を入れて掌に拳を打ち付ける。



「ㇱ! ……今聞くのもアレだけどさ、今どこに住んでるの?」


「“蜘蛛”さんのところ。……この前はごめんね、ボクが全部間違ってたみたいだ。さっきおはぎ貰ったし。」


「おはぎ!? ……き、気になる! 全部終わったら話してもらうからね! パール!」



だからダークパールだって、そう訂正しようとした彼女だったが、眼前のクライナーが動き始めたことで口を閉じ、攻撃を開始する。


自分が立ち直るのが遅かったせいでここまでルビーたちが追い込まれてしまったのだと理解した彼女は、ルビーよりも前へと出て前衛をすることをその背で示す。ルビーとしてもいくらジュエルナイトたちの中で一番体が丈夫と言っても、限度がある。前を任せることを受け入れ、両腕にエネルギーを貯めながら敵の隙をすぐに叩けるよう、移動した。



「……お母さん。ちょっと暴力的だけど、私なりの贖罪! させてもらうよッ!」



そう言いながら、自身の愛刀と共にクライナーへと切りかかるダークパール。即座に深淵から大剣を取り出し、迎撃しようとするクライナーだったが、一瞬の拮抗の後。ダークパールが押し返す。



「KU,KURAI!?」


「いくら力が上でも! 剣をやったことのない人に負けるわけはいかないからね!」



重心をずらし、敵の大剣を受け流しながらさらに切り込んでいく彼女。パール時代の剣術よりも、“蜘蛛”と行い続けた鍛練によってより実戦向けの剣をその身に覚え込ませたダークパール。更にその心に宿ってしまった深い絶望、自責の念や肉親を失ってしまった悲しみが、彼女に力を与えてしまう。


そしてそれが良いこと、褒められるようなことではないと彼女自身理解していることが、より強い負の感情を生み出していく。解き放つのは、一瞬でいい。



「黒珠斬ッ!」



放った後のことなど考えず、剣に精神エネルギーを可能な限り流し込み、叩き込むダークパール。クライナーが生み出した大剣を両断し、その身にかなりのダメージを与えることに成功するが……。それでも相手のしぶとさは異常。少し崩れた体勢のまま、隙だらけのダークパールに極光をぶつけようと、写真立ての奥に潜む深淵が蠢く。


確かに、彼女一人では喰らってしまっただろう。けれど、この場にはルビーがいる。



「ルビーィ! パーンチッ! からの、インパクトッ!!!」


「KURAッ!?!?」



そんな深淵に叩き込まれるのは、ルビーの拳。極光が放たれる瞬間に拳を叩き込み、正の精神エネルギーを爆発させた彼女は、確実に敵の攻撃をカットし、ダメージを与える。意見の食い違いから仲違いしてしまった二人だったが……、両者ともにその根本は全く変わっていない。


ルビーもパールと戦いたいと思っているし、ダークパールも彼女たちが負の感情に染まってしまう恐怖を覚えながらも、共に戦いたいと思っている。息が合わないハズが無かった。



「チッ! 戻ってきやがったか! だがいくら増えようとハイエンドは敗けねぇからハイエンドなんだよッ! クライナー! ガトリング斉射! 腕増やして数で押せっ!」


「KU、KURAINA-!!!」



戦局が傾き始めたことを理解したクラフトが指示を出し、クライナーがその通り動き始める。


おそらく負の精神エネルギーを消費し、腕を新たに一組生成したのだろう。4本となった腕を写真立ての深淵に突っ込んだ瞬間。いくつもの砲身が円形に並べられた発射機構、ガトリングガンガ4門生成される。いくら強化されていると言っても、流石に銃への恐怖はそうそう薄れない。地面のアスファルトを切り出し即席の防壁にしようと動き出したダークパールだったが、それよりもクライナーが照準を合わせる。



「KUAR……」


「エメラルド・シールドッ!」


「ダイヤウィップッ!」



その銃口から弾丸が放たれようとした瞬間。2人の背後から緑の円と青の線が伸びる。


二人が振りかえってみれば、何とか復帰したエメラルドが自身の盾を投擲しており、ダイヤも自身の手の先から鞭を生み出し、そのガトリングへと投げかけていた。


クライナーが引き金を引くよりも素早く到達したそれらは、その銃口を塞ぎ、また強く縛ることで砲身自体を破壊する。そんな状態で引き金を引いてしまえば最後。弾丸が砲身の中で爆発してしまい、大ダメージを受けてしまう化け物。


大きな隙が、生まれた。



「ッ! ボクがもう一度削る! その後にアレを!」


「うん! 任せたパール!」



必殺技の準備の為に、上空に飛び上がるジュエルナイトたち。


対してダークパールは地上に残り、その手に握っていた愛刀を、ゆっくりと腰に戻していく。


彼女が思い浮かべるのは、“蜘蛛”が自身へと放った一撃。実力差が離れすぎている相手、あの規格外の超越者からすれば児戯の様なもの、戯れにやってみた技だったのだろうが……、ヒマからすれば人の手では永遠にたどり着けない絶技にしか見えなかった。


人の自分では、出来ない。だからこそ想像を現実に落し込めるダークパールで、それを再現する。


強く柄を握り締め、放つのは一度の居合。


けれど起こす事象は、8度の斬撃。


ただ一刀で、次元を超越し、落とし込む。




「擬・スパイラルエンドッ!!!!!」




“蜘蛛”、その正体である“怪人クモ女”が保有する必殺を越えた必滅技。それを“蜘蛛”が刀で戯れで再現してしまったそれを、彼女は現実に落とし込む。流石にまだ修練が足りず、同時に8つの斬撃を叩き込むには至らなかったが……、3つの必殺の一撃が、クライナーへと襲い掛かった。


倒し切ることはできないが、確実に深淵に直撃したソレは、写真立て型クライナーの根幹と思われる深淵を完全に砕き、膝を付けさせる。それまで奴が放っていたプレッシャーも、かなり減少した。


そしてそれだけ削ることが出来れば、消耗したジュエルナイトたちでも確殺圏内。


クライナーの頭上で、全てを照らす宝石たちの輝きが、解き放たれる。




「ルビーシャワー!」

「ダイヤモンドシャワー!」

「エメラルドシャワー!」


「「輝く希望の宝石よ! その心の闇、払い給え!」」



「「トリプルジュエル・シャワー!!!」」








 ◇◆◇◆◇







「お母さんっ!」



ジュエルナイトたちの必殺技によって、絶叫と共に消滅したクライナー。光が晴れた先には、未だ気絶してしまっているが、幾分かその顔色が晴れたヒマの母親が浮かんでいた。重力によって地面に叩きつけられようとしていたそれを何とか受け止めたダークパールは、急いで母の顔を覗き込む。


気絶してはいるが、大きな外傷はない。彼女が目を覚ました時、ヒマはいくつもの選択を迫られるだろうが……、それでも無事であることを安堵する彼女。


地面に着地し、その様子にほっと息を付き、大仕事をやり切った思いから、笑顔でパールの元へと駆け寄ろうとするジュエルナイトたちであったが……。


大きな笑い声と柏手で、全てかき消されてしまう。



「あははは! やるじゃねぇかガキども! ハイエンドがやられちまうとはなぁ?」


「ッ! クラフト!」


「……クライナーは倒したわ。今なら見逃してあげるから、撤退して。」


「はッ! そんなボロボロの姿で言われても響かねぇよなぁ、青いの。」



ダイヤの要求を笑い飛ばし、そう言うクラフト。彼女の言う通り、ジュエルナイトたちは体力精神力ともに底をつきかけている。ダークパールはまだ戦うことは出来るだろうが、相手は幹部だ。勝ちを拾うのは酷く難しいと言わざるを得ないだろう。


それを理解しているからこそ、彼女は笑う。けれどジュエルナイトたちからして、解らないことが一つ。何故彼女はこれほどまでに、ハイエンドが撃破されたというのに、余裕なのか。



「とォ、笑っちまってすまねぇなァ。これはアタシの悪い癖だ、まぁ見逃してくれ。さて、何故“余裕なのか”だが……。せっかくの機会だ、教えてやるよ。あぁ、そこで隠れてる妖精? お前も合流しとけ。その方が解りやすいからな。」


「ぷぽ!?」



クラフトに指摘され、思わず声を上げてしまうプルポ。バレているのならばみんなの傍にいた方がいいと判断したのだろう。ふわふわと浮遊しながら、ジュエルナイトたちと合流する。


なおダークパールの元に向かった際、一般蜘蛛たちに捕食されそうになった彼だったが、実はパールがあの場を去った後もう一度喰われそうになっている。何故か急に蜘蛛すべての動きが止まり、慌てた様子で離れて行ったため怪我はなかったが、蜘蛛糸で捕獲されたため、全身が糸だらけである。



「さて、ネタ晴らしと行こうか。」



少し勿体ぶりながら、ゆっくりと言葉を紡いでいくクラフト。いつの間にか彼女の背後には配下のジューギョーイン達が整列しており、“何か”が起こる事を待っているかのように思われた。



「何故、こんなにも余裕なのか。……、コイツを見な?」



そう言いながらクラフトは、部下が運んできたケース。人間界の言葉で言うのならばジュラルミンケースの様なものを受け取り、ジュエルナイトたちへと投げ渡す。ルビーがそれを受け取り、中を開けてみれば……。いくつもの穴。同じ形である1ダース分の穴が開いており、そのすべてが空っぽだった。



「その形、見たことねぇか?」


「クライナー、ジュエル……ッ!」



何かを思い当たったしまったダイヤが、つい言葉をこぼしてしまう。


クラフトはまるで役者の様にその言葉を大仰に喜び、手を叩く。自身の持つ倫理観の中で仕事を完遂するためには、これが一番良いのだという風に、彼女は言葉を紡いでいく。




「今回私が出したハイエンドだが……、いつから“1体だけ”と思い込んでいた?」




彼女がそう言った瞬間。プルポの体がこれ以上ない勢いで、震え始める。ハイエンドが発生した時以上。いや、もっと多くの何かが多発的に、同時に、発生しているような、そんな震え方。



「た、沢山。たくさんクライナーの反応が……! ぜ、全部、さっきのと同じ……!」


「その通りっ! 今回アタシが用意したハイエンドは24体! お前たちが倒したのはその1体にすぎないのさ!」



状況を理解し、青ざめてしまう彼女たち。何せたった1体のクライナーを撃破するだけでこんなにもダメージを負ってしまった。今の彼女たちは必殺技どころか変身を維持するのにも精いっぱいというほどしかエネルギーを残してない。そんな状態で、残り23体。どう足掻いても勝てるわけがない。そしてそんなバケモノが、この町の中のいたるところで、発生してしまった。


クラフトの背後に待機していたジューギョーイン達が声を上げ、作戦状況についての報告が始まっていく。各地に現れたクライナー達が、人々を襲い始めているのだ。



「さぁ、交渉と行こうぜ。“ジュエルナイト”。アタシとしてもこういう卑怯な手はそう使いたくないんだ。だから、アタシは条件を提示してやる。このハイエンドを撤退、いや素体になった奴を解放してやる上に、これ以上人間界に関わらねぇ。これでどうだ?」



ジュエルナイトたちにとって魅力的、いやそれ以上の条件を提示するクラフト。



「対価としては、もちろんその胸に輝いている“ナイトジュエル”だ。4つ全部頂くぜ? あぁ、安心しなガキども。アタシは職人だ、約束を破るってのはそいつの信用以上にそれまでの作品すべての価値を失わせるんだよ。何があろうとアタシは約束を違えねぇ。アタシの上が何を言おうが、死んでも止めてやる。どうだ? 悪くはねぇだろ?」



そういうクラフトの顔は、一切嘘を言っている様には思えなかった。


彼女たちが自身のナイトジュエルを手渡せば、これ以上アンコーポによって苦しむ存在がいなくなる。今クライナーになってしまった人も元に戻って帰ってくるし、今化け物に襲われて怖い想いをしている人も、安心させることが出来る。


もう、受け入れるしかない。


ルビーが、震える手で自身の胸元に輝くナイトジュエルを取り外そうとした瞬間……。




世界が、揺れる。




そしてクラフトの背後にいたジューギョーイン達が、悲鳴を上げる。



「エ、A地区! 壊滅シマシタ!」

「B1カラ救援……、通信消滅!」

「F地区高速機動物体ニヨリ全滅! 応答ナシ!」


「ク、クライナーの反応が、どんどん消えて。いや弱くなってるっぽ!」



ジューギョーイン達同様に、プルポも声を上げる。23あったすべての反応が、どんどんと、加速度的に消えていく。いや正確に言えば、通信要員として置いていたはずのジューギョーイン達が消滅させられ、クライナー達が無力化されているのだ。


時間にして、数秒。クラフトやジュエルナイトたちがようやく状況を飲み込めた瞬間。


これまで感じたことのない轟音が、彼女たちを揺らす。



「ッ!?!?!?」



その震源は、ジュエルナイトたちの背後。23の無力化されたハイエンドクライナー達が勢いよく地面に叩きつけられた瞬間。上着を脱いだ一人の女性が、手首をひねりながら大地に足を下す。


この中の誰もが、その覇気だけで絶命させられるほどの怒気を、まき散らしながら。



「やはり、たまに本気で体を動かさないと鈍りますねぇ。しかも壊してはならぬとなれば、余計気を使いますし。……ねぇクラフト、もう少し強度を上げるとかはできないのですか?」



頂点に最も近き女、“九条恵美”。


現着。



「さて……。色々と説明してもらいましょうか。皆さんには悪いのですが……、今日の私は少々機嫌が悪くてですね? 自身を制御できるか怪しいのですよ。“正直に”吐いてくださいますよね? ふふふ。」







ーーーーーーーーーーーーーーーーーー






クラフト

「来ないで♡」


エミ(怪人クモ女)

「やだ♡」



〇サルでも解る! ネオ・デス博士の怪人講座!(写真立て型クライナー編)


……ぅわ、こわ。え、何? 制限下の人間形態でもそんなこと出来るの? 私の最高傑作恐ろし……。でもそれが良い……!


っと! これは失礼した! ごきげんよう諸君! ネオ・デス博士である! 今日もサルに等しい貴様らの頭脳でも理解できるように“懇切丁寧”な説明をしてやろう! さて今回はジュエルナイトたちが死闘の果てに撃破したアンコーポ製怪人! 写真立て型クライナーについて解説してやろう! 素体自体の説明はあのクラフトとかいう小娘が終わらせている故、そのスペックや戦闘能力をメインに解説していこうではないか!


■身長:400.0cm

■体重:120.3kg

■パンチ力:25.5t

■キック力:38.2t

■ジャンプ力:21.0m(ひと跳び)

■走力:4.4秒(100m)

★必殺技:深淵こねこね


うむ! やはりこの怪人の特徴と言えば、この……。なんだこのふざけた必殺技は。ま、まぁよい。写真立ての写真部分に広がる深淵。まぁ負の精神エネルギーの集約体だな。それを糧に素体の記憶にある様々なものを想像通りの威力で発揮できる、というのが強みだな。つまりやろうと思えば核なども投射することが出来るのよ。ま、ソレを完全い想像しきれるとは思わぬ故、ただ大きな爆発に収まるだろうが……。使い方次第ではかなり戦える怪人と言えるだろう。


しかしながら素体の想像に依存してしまっていることから、素体が知らぬものは再現できないし、素体が『コレ、こうされたら壊れそう』と思っていれば作り出したものも破壊されてしまうだろう。今回のガトリングの様に、方針を折り曲げたり銃口が塞がれば暴発してしまう、という感じだな。


クライナーの性質上、全く同じ怪人を作るのは指南の技であろうが……。私がこの怪人を生み出すのであればまず先に脳改造から始めるな。何せ“自分が作り出したものは壊れない”と思い込ませれば今回上げた欠点も解消できるのだから。


ではな諸君! 次の講義まではもう少し真面な頭脳を手に入れておくがいい! さらばだ!

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