19:勝負! 幹部ビジネス!


「来ましたね、ジュエルナイト。」


「あ、ビジネス!」



道中で変身した彼女たちが向かったのは、騒ぎが起きる場所。ショッピングモール内にある広場の様な所、休日のイベントではヒーローショーなどが行われていそうな小さなステージにて、ビジネスたちが待っていた。


先日初戦を済ませたユアパールはもちろん、ある程度実戦経験を積んだユアルビーやユアダイヤモンドですら見たことのない、敵集団の数。敵幹部ビジネスを筆頭に、営業部に所属する大量のジューギョーイン、そしてそれを統括するジョーチョー。最後にこのショッピングモールで働いていたものや、客としてやってきた中で飛び切り心に闇を抱えた4人が、クライナーになった姿。



「初めてお会いする方がいる以上、自己紹介程度はすべきでしょう。……アンコーポの営業部に所属しております、ビジネスと申します。以後お見知りおきを。」


「っ!」



そう言った瞬間、ビジネスの腕がブレる。何とか反応できたパールが自身の武器、パールソードで受け止めれば……。飛んできていたのは、名刺。剣と拮抗こそしなかったが、薄く固い紙で作られたソレは、その投擲速度が速ければ速いほど凶悪な武器へと変化する。もし受け止めることに失敗していたのなら、最悪腕が使い物にならなくなっていたかもしれないと、冷や汗を流すパール。



「なるほど、ボクが参加して強化されたから、本腰入れて来たってことか……!」


「その通り、と言っておきましょうか。……これまで、私の部下たちが大変お世話になっていたようで。本日はそのお礼をしに参りました。時間は有限です。少々手荒な交渉となってしまうのは心苦しいですが……。その“ナイトジュエル”! 全て譲っていただきますよ!」


「「「KURAINA-!!!」」」



ビジネスがそう言いながらジュエルナイトたちへ指を差した瞬間、クライナーと戦闘員たちが、一斉に襲い掛かる。


この場で生成されたクライナーは、全て幹部や上級戦闘員が使用することの出来る、最新型の“第二世代”クライナー。過去に彼女たちが苦戦してしまったヌイグルミ型クライナーと同等の性能を持つ怪人である。そしてその巨体の隙間を埋めるように距離を詰めてくる、戦闘員たち。能力は確かに低いが、その数は決して無視することはできない。


そんな強敵に、相対する彼女たち。確かに少し前までであれば苦戦しただろうが……。



「パール! ビジネスの相手、任せてもいい!?」


「あぁ! 任された!」


「よぉし! ダイヤ! 全部蹴散らしてすぐに合流するよ!」


「えぇ!」



リーダー格であるルビーがすぐに指示を飛ばし、役割分担。彼女とダイヤがクライナーと戦闘員の対処を行い、パールがその間邪魔して来るであろうビジネスの相手をすることに。パールは確かに実戦経験に劣るが、そもそもの戦闘能力は高い。そして彼女たちの中で唯一武器を持ち、ビジネスが使用する名刺による攻撃をブロックすることが出来ると先ほど証明したばかり。


単身で倒し切ることは難しいだろうが、雑兵を蹴散らし二人が合流するまでの時間は、十二分に稼げるはずだ。



「……勝負!」



ほんの少しだけ息を吐くことで呼吸と精神を整えたパール。少しでも二人が楽になる様にと自身の愛刀にエネルギーを込め、前へと一閃。敵を吹き飛ばしながら、ビジネスへと突貫する。強者との戦い方はちょうど今日師匠であるエミとやったばかり。若人に許された驚異的な吸収力をもって短時間で確実に腕を上げた彼女は、連撃を意識しながら、敵幹部に向かって大上段からその剣を、振り下ろす。



「っ、やはり強くなっているようですね……! プレジデントが仰るように、そのメカニズム。我が社でこそ活用できるでしょう。今なら無傷で帰して差し上げます、その宝石をこちらに渡しお帰りになられては?」


「悪い人とは口をきくなって昔から言われててね! お断りだよ!」



パールの攻撃を何枚かに重ねた名刺で受け止めるビジネス。やはり幹部というべきか。その腕力はクライナーよりも強い。いくら押し込もうとも、全く剣が動かない。けれど、放つプレッシャーに関してはこれ以上の物をついさっきまで全身で受けていた。ただ自分より強いというだけで、戦意を落とす様なパールではなかった。


けれどビジネスも、断られることを理解していたのだろう。ただの事前勧告を終わらせた彼は……、攻勢に移る。



「では、実力行使で譲っていただきましょう!」



彼が強く力を込めて腕を振るった影響で、思わずその剣を上へと吹き飛ばされてしまうパール。剣を手放すことこそなかったが、その勢いで両腕が上がり、その胴体を晒してしまう。明らかな隙、それをビジネスが逃すはずもなく、すぐに次の魔の手が生成される。


彼の手に急速に集まるのは、負の精神エネルギー。黒とも紫ともとれるその光が彼の名刺に集まって行き……。放たれる、凶弾。



(防御、じゃない! 回避!)



即座に持っていた剣を手放し、膝を折りながら後ろへと体を倒すパール。剣道であれば成立しない行為ではあるが、ここは実践の場。出来るすべてをもって生き残り、敵を倒す。ルールなどないこの場所では、すべてが許容されるのだ。


全力で後ろへと頭を下げたことで、鼻先ギリギリを擦れていくビジネスの名刺。黒い光によって包まれたそれに刻まれた彼の名を一瞬見たパールは、すぐに攻勢へと転じる。


頭が地面とぶつかるよりも先に腕を突き、同時に脚で地面を蹴る。バク転の動きの要領でビジネスへと蹴りを叩き込む。片腕で受け止められてしまうも、防御されたのであれば、足場とすることが出来る。即座に方針を変え、全力でビジネスを蹴り飛ばし、空へ。自分が放り投げた剣を再度この手に取り戻すために、宙を舞う。


けれど……。



「やはり、これではクライナーでの対処は難しいですね。」



パールの耳に響く、誰かが指を鳴らした音。


その瞬間、宙を舞う彼女の眼前に現れるのは、ビジネス。そう、彼の能力は空間転移能力。視界全てが彼のテリトリーであり、指を鳴らすという明確な隙があれども、その隙は今の彼女たちの力では突くことが出来ない。


空中に浮く無防備な彼女の腹部に叩き込まれるのは、ビジネスの拳。何とか全身の力を抜き、両手両足を広げることで衝撃の分散には成功したが、地面へと強く叩き込まれてしまうパール。かなりのダメージだったようで、その顔には苦痛が浮かんでしまっていた。



(ま、だッ!!!)



再度指が鳴らされる音が響き、地面に叩きつけられたパールの元へと転移して来たビジネス。追い打ちをかけるようにその拳を叩き込もうとするが……、何度もやられる程パールは弱くない。即座に地面を転がり、自身の剣が落ちた方へ。すぐにそれを拾い上げ、もう一度構え直す。


転移能力は確かに厄介、けれど“全く視認できない速度”ではない。


一種のお手本として、彼女は九条恵美の踏み込みを見せてもらっていた。彼女本来の力をかなり抑えた“人間形態”であっても、彼女の力はビジネスよりも遥かに上。その踏み込みは目でも耳でも理解することが出来ず、自分が死を迎えた瞬間にようやく認識できるというレベル。そんなバケモノと比べれば……、眼の前の存在など雑魚だ。



(何も知らず相対していれば、心が追い込まれちゃってたかもだけど……。“上”を知ってるから、まだ足掻ける。お前が思ってるより、ボクは諦めが悪いんだ。どんなに惨めでも、醜くても、それが勝ち筋なら、進むだけ!)



そう考えながら、剣を向ける。


真の化け物に比べれば、指を鳴らす動作、そして出現した後の行動。確かにその隙を突いて攻撃することは難しいかもしれないが……、防御は出来る。彼女が求められている役割は、時間稼ぎ。クライナー達の対処をしている二人の到着を待ち、合流してから全力で攻勢をかける。


それまでビジネスを足止めし、同時に攻撃に転じた時に二人の足手まといにならないよう体力を残しておく必要がある。確かに厳しいが、不可能ではない。学年としては先輩だが、ジュエルナイトとしては後輩。不甲斐ない姿を見せないように、気合を入れ直すパール。



「さぁビジネスさんとやら、ちょっとボクの鍛錬に付き合ってよ!」






 ◇◆◇◆◇






「ルビー!」


「わか、ってる! でも地味に強い!」



飛び掛かって来た少しマッシブな下級戦闘員の腹部に拳を叩き込みながら、ダイヤの声にそう答える彼女。


自分たちの先輩が追い込まれているのは、理解している。すぐさま助けに行きたいけれど、ビジネス以外の敵を処理してからじゃなければ、戦闘中に要らぬちょっかいを掛けられてしまう。そうなればどんどんと自分たちの勝率が下がってしまう。動くに動けない状態だった。


ルビーは敵幹部の能力を、自分たち3人で勝負を仕掛ければ何とか勝ちを拾える、と判断していた。それは現在上空で透明の団扇、『ルビー負けるな』『ダイヤ頑張れ』『行け行けパール』と書かれた謎の団扇を持ちながら応援している“蜘蛛”も、同じ意見である。


だからこそそれ以外の敵を早急に対処し、合流すべきなのだが……。それは相手も同じこと。自分たちの上司の元にジュエルナイトたちが向かわないように、負の精神エネルギーを大量に投入しながら足止めを行っていく。



「ジョーチョー!」


「ほわちゃぁ! からの、どりゃー!」



謎の掛け声を上げながら、強化された上級戦闘員の顔をビンタ。体勢が崩れた隙にその腕を掴み、グルグルと回転しながらクライナー達に向かってぶん投げるルビー。まるでボウリングの様に吹き飛ばされていく彼らだったが…、幾ら倒しても、立ち上がってくる。クライナー4体だけであれば即座に戦闘不能まで追い込み、必殺技を叩き込むことで浄化することが出来ていただろうが、そうはさせるかと戦闘員たちが邪魔をしてくる。



(なにか、良い技。でも私が出来るの一人に攻撃する奴だけだし。えっと。えっと。)



ジューギョーイン達を絶えず吹き飛ばしながら、全力で頭をまわすルビー。ダイヤはスピード&テクニック型。多数に対して優位に立ち続けることは出来るが、一気に敵を倒すのは得意ではない。だからこそパワータイプであり、ジュエルナイトたちの中で一番精神エネルギーの放出量が多いルビーが何とかする必要があったのだが、良い考えが浮かんでこない。


うんうんと悩む彼女。このまま何も思いつかず、時間だけが過ぎていくと思われた瞬間。


彼女の頭の中に、イマジナリー師匠が浮かび上がってくる。



(『アカリさん、芸術は爆発。そして汚物は焼却処分ですよ。』…………それだァ!)



一度も九条恵美が口にしたことのない言葉を何故か脳内で生成したユアルビーは、即座に思いついたことを実行に移す。芸術は爆発、つまり精神のパッションを広範囲に影響させるには、自分を中心にした爆発が大事。そして悪いのは全部燃やしてしまえばとっても安心、と言うことである。


彼女が胸に輝かせるその赤いルビーは、宝石が持つイメージから“炎”への適性が高い。それを感覚で読み取ったユアルビーはその精神エネルギーを高速で循環させ、イメージを具現化し……、一気に、解き放つ。



「即席必殺技! 『ルビーィ、エクスプロージョン!!!』」


「ちょ! ルビー!」


「KU,KURAINA!?!?」



思わず上空へと飛び上がることで逃げるダイヤに、反応が遅く巻き込まれるクライナー達。


ルビーを中心に半円状で放たれたのは、とてつもない光量と高出力の爆発。ただクライナー達を焼き飛ばしちゃうことをイメージされたソレは、周囲への建物の影響を0に、敵だけを焼失させていく。体積が多くその防御力も高いクライナーは完全に消滅させることはできなかったようだが、ジューギョーインやジョーチョーたちは全く耐えきれず、光に呑まれて消えてしまった。


建物への被害を0にするという条件付けがあまり良くなかったのだろう、エネルギーを消費しすぎたのか肩で息をするルビーの真横に、ダイヤが下りてくる。



「る、ルビー。貴女またとんでもないのを……。」


「ふぃ~~、よし! 上手く行った! さっすが師匠!」


「……一体何を教わったの。」



流石師匠、賢くて強い上にアイデアも出せるなんてすごいなぁ、と喜ぶルビー。全く本人が関与しないところで師匠への株が急上昇。対してダイヤは『あの人ウチのアカリに何を教えたんですか』と本人の関与しないところで師匠への株が下降。上で観戦中の本人は『私、ほんとに何もしてないんだけど……』とつい零していたが、彼女たちには届かなかった。


ダイヤがため息と共に息を整えなおし、ルビーへと視線を送る。彼女もある程度息を整えたのか、しっかりと頷きながら、ダイヤに視線を送り返す。幼馴染として長い時間を過ごした二人には、言葉はもういらない。同時に、動き出す。


目標は、もちろんビジネス。



(っ! 待ってたよ後輩ちゃんたち!)



即座に後輩たちの動きを察知したパールは、それまで鍔ぜり合っていたビジネスとの距離を空けるように、後退。そしてパールの後ろから出て来た二人が、左右両側からその隙間を埋めるように、拳を叩き込む。赤と青、両者の精神エネルギーによって強化された、強力な拳だ。



「ッ! やはり、こうなってしまいますか。」



それを受け止め、跳ね返すビジネス。二人は同時に全身から力を抜き、ダメージを最小限に。後ろに下がりながら、これまで一人でビジネスを押し止めていてくれた先輩の元へ。



「パール、大丈夫!?」


「あぁ、何とかね。……帰ったらもっと特訓しないと。力不足を実感したよ。」


「そのためにも、まずは。」



そう言いながら、3人が同時に、ビジネスに目を向ける。



「「「貴方を、倒す!!!」」」


「……えぇ、良いでしょう。こちらも部下をやられたのです。覚悟してもらいましょうか!!!」



ビジネスがそう叫んだ瞬間、ほぼ同時に、全員が動き出す。


単純なスペックだけであれば、ビジネスが飛び出ている。単純な打ち合いであれば負けは必至であり、どうにかして高度な連携を取りながら確実に相手の体力を削っていく必要があるだろう。さらに相手は転移という凶悪な能力を持っている。ジュエルナイトたちからすれば、どこから攻撃が飛んでくるか解らない状態。敵を倒すためには時間を掛けてダメージを稼ぐ必要があるが、時間を掛ければかけるほど精神が擦り減っていく。そんな敵が、ビジネスだった。


けれど……。



(速いけど……、師匠よりは遅い!)


(目が、慣れてるわね。どこから攻撃が飛んでくるか解らないって言うのも、エミさんの“イメージ”によって経験済み。)


(ボク一人なら難しいけど、3人ならいける!)


「ッ! なぜ対応される!?」



連続的に響き渡る指が鳴らされる音。それと共に360度すべてに出現し、攻撃を叩き込んでいくビジネスだったが……。三人で背中を合わせその担当範囲を絞ったジュエルナイトたちにことごとく迎撃、むしろ反撃を許してしまう。“ナイトジュエル”の性質、メンバーが4人に近づけば近づくほどその能力が“元”へと戻っていく、という特徴。ビジネスはその情報をプレジデントから入手しており、先日倒されたジョーチョーとクライナー達の情報から、ある程度のスペックを試算していた。


けれど今の彼女たちは、それを大きく超えている。ビジネスの想定だった、自身が出れば苦戦する可能性はあっても、確実に相手を撃破。早期に戦いを終わらせ“蜘蛛”がやってくる前に撤退することが出来る、という予想が崩れ始めていく。



「ど、どこで計算が狂った!? ……ッ! ならば!」



ビジネスがそう言った瞬間、少し彼女たちから離れた場所に転移し、懐から大量の名刺を取り出す。そして行うのは……、負の精神エネルギーを大量に付与してからの、投擲。そしてビジネスの手から離れたその名刺たちは即座に転移され、ジュエルナイトたちを包み込むように、展開されてしまう。


彼の名刺の攻撃力は、パールが『直撃すれば大怪我は免れない』と判断するレベルの威力。


これは不味いと即座にもう一度、ルビーエクスプロージョン。広範囲攻撃を繰り出そうとするルビーであったが……。ダイヤとパールの手によって、押しとどめられる。



「それ、負担が大きいんでしょう?」


「ボクたちに任せてくれるかい、ルビー。」



その言葉に強く頷きながら、使用する技を変更するルビー。


その様子を確認した二人は、顔を合わせ頷き合った瞬間。襲い掛かってくる名刺の檻に向かって、踏み出す。



(鞭打、確かに私に足りない攻撃力を補ってくれる技術だけど、もっと行けるはず。鞭の強みは、その長さによって起こされる遠心力の強さ。長ければ長いほどその破壊力と射程が増す。……だったら、腕のリーチを、伸ばせばいい!)


(思い出せ、兄さんがやっていた音を越えた居合を! そして一撃で終わったら意味がない。見えるすべてを切り刻む連撃。居合によって出せる最大の一撃、初撃をそのままに数を重ねる! 生身のボクじゃ不可能だけど、イメージなら、常に!)



ダイヤがその青い精神エネルギーを腕に込め、より強く想起するのは長い鞭。ゆっくりとその指先から青白い線が伸びていき、彼女の求めるものが、生成されていく。


パールがその白い精神エネルギーを自身の愛刀へと込めていき、自然とそれを、腰に。迫りくる凶弾たちを迎え撃つようにゆっくりと腰を下ろし……、剣を抜く。



「『ダイヤ、ウィップ』!」


「…………『パールスラッシュ』。」



青い鞭が大きく何度も振るわれ、その視認できない速度で動く先端が、すべての紙くずを撃ち落としていく。それに負けぬように放たれた白い斬撃達が、空間ごとそのカードたちを、切り刻んだ。


眼前で起きた出来事に動揺するビジネスであったが……、彼もアンコーポが誇る幹部の一人。すぐさま次の行動を起こすため、動く。その転移能力の起点である指を鳴らそうとした瞬間。



「ッ!」


「ふふ、鞭って便利よね。こんなことも出来るんですもの。お願いパール!」


「あぁ! 止まってる的なら……、切れる!」



名刺たちを撃ち落とした次の瞬間に腕を動かし、ビジネスの腕へと巻き付け引っ張ることで、その行動を抑止するダイヤ。腕力勝負ならすぐに負けてしまうが、それを補うように一度愛刀を腰に収めたパールが、猛威を振るう。放たれたのは、4つの斬撃。その四肢に直撃した攻撃は大きな外傷に繋がる斬撃ではなかったが、その動きを止めるには、十分。



「「ルビー!」」


「まっかされたァ! いくよビジネス! 全力のォ! 『ルビーィ、パーンチ』!!!」



「っグゥゥゥウウウウウ!!!!」



真っ赤な拳が、その顔面に。


ビジネスが掛けていた眼鏡を叩き潰す様に、真っ赤に光るその拳が叩き込まれ、大きく吹き飛ばされてしまうビジネス。そして彼が飛んで行った方向は……、先ほどルビーたちによって無力化された、クライナー4体。


敵が、一塊になった。



「いくよみんな! 私達の必殺技!」



ルビーの指示に合わせ、一斉に空へと飛び上がる三人。彼女たちの胸に輝く“ナイトジュエル”がその輝きをより強くし、誰かを救いたい、守りたい。そしてあの敵を打ち倒したいという想いが、より強いエネルギーへと変換されていく。


放たれるのは、彼女たちの心の光。すべてを浄化する三つの力が合わさり、闇を祓う。



「ルビーシャワー!」

「ダイヤモンドシャワー!」

「パールシャワー!」


「「輝く希望の宝石よ! その心の闇、払い給え!」」



「「トリプルジュエル・シャワー!!!」」



光の奔流が、怪人たちを包みこんでいく。


先ほどの攻撃で眼鏡が破壊されたことで視界を十分に確保できず、同時に吹き飛ばされた影響から態勢を立て直すこともできない。転移しようとした瞬間にビジネスは彼女たちの光に包まれてしまい、攻撃をモロに食らってしまう。両手を前に出し、叫びながら押し返そうとしたようだが、その声すらも光によって消し飛ばされてしまった。


そんな光に包まれたこの世界でジュエルナイトたちの鼓膜を震わすのは、「あかる~い」という浄化の音。クライナー達が撃破され、その心が元の持ち主に帰る時に呟く、安心の言葉だ。



「やったー! 敵幹部撃破ー!」


「ふぅ、クライナーになっちゃった人も元に戻せたみたいね。」


「あぁ、そうだ……。待って!」



彼女たちによって放たれた光、それが治まり消えていく中で、安堵の声を漏らす三人。けれどそれを消す様に、パールが叫ぶ。彼女が視線を向ける方向には、人影。立ち上る煙の中から、膝をつきながらもその肉体を保持した存在が、一人。



「流石は妖精界の伝説として謳われるジュエルナイト……! さすがに、不味いかと思いましたよ。」



そんな煙の中から現れるのは、体中から黒い靄の様なものを吐き出している、敵幹部ビジネス。どうやらかなりのダメージには繋がったようだが、その肉体すべてを消し飛ばすには至らなかったようだ。彼の体を構成している負の精神エネルギーが漏れ出ているが、急速にその速度が遅くなっている。もう数秒あれば完全に止まり、もう一度戦闘が出来そうなレベルだった。



「ッ! ならもう一回!」


「おっと、良いのですかユアルビー。この方がどうなっても?」


「た、たすけてぷるー!!!」



もう一度必殺技を叩き込んでやると言いかけたルビーであったが、ビジネスによって止められる。そしてその手に握られているのは、いつの間にか彼によって捕まっていた妖精のプルポ。


どうやらビジネスの後ろにいる数人のジューギョーインが物陰に隠れ、妖精を奪取していたようだ。そしてプルポの手にはナイトジュエルが納められた箱、最後の一つであるエメラルドが納められた箱が握られている。プルポの身柄もそうだが、あれを取られては不味い。



「ッ! 卑怯でしょ! プルポを返しなさい!!!」


「ふふふ、何とでも言うといい。ご存じの通り、私は大人。多少ズルい手を使ったとしても目的を達成するものなのですよ。さて、では取引としましょうか。この妖精の命が惜しければ、全てのナイトジュエルを……、ッ!?!?!?!?」



その瞬間、ビジネスだけに叩きつけられる、殺気。いやそれをそんなものでは言い表せない程の、怒気。


蜘蛛だ、“蜘蛛”が、いる。


ビジネスは、理解してしまう。ずっと自分が見張られていたということを。見逃されていたということを。そしてここで選択を間違えれば、自身が想像できない程惨く、残酷な方法で死ぬということを。


彼がこれからしようとした要求。それは彼女たちの変身アイテムであるナイトジュエル4つと、妖精のプルポの命を交換するというもの。何が蜘蛛の琴線に触れたかは解らないが、この町に住んでいるらしきジュエルナイトたちは、蜘蛛の庇護を受けている。そうビジネスが、考えていた。


つまり、“蜘蛛の価値観”に置いて庇護下にある者たちの害になる、もしくは不利益になることをすれば、確実に怒りを買う。……彼は、今その瀬戸際にいるということを、理解した。


もしここで一歩踏み出せば、確実に死ぬ。問答無用で殺される。



(……ッ!?)



それを理解してしまったビジネスは、半ば本能でその能力を行使してしまった。どうにかして生き残るために、空間転移能力に付随する、空間把握能力。それを強く意識してしまった瞬間……、より絶望が加速する。


見られている、見られているのだ。


自分たちの眼では見えない。見えないが、明らかに何かが、何かが大量にいる。彼が派遣した諜報員を消し飛ばしていた様な、闇に潜むものが、蜘蛛の配下たちが、ここに集まっている。逃げ場は、無い。


思わずその意識を手放しそうになったビジネスだったが、幹部としての意地で何とか押し止め、ジュエルナイトたちに察知されぬようにきわめて冷静な顔を作る。既に自身は敗北した。ならばあとは、生き残ることを考えるしかない。



「……と、思っていましたが我らが敗北したことは事実。どうです、ジュエルナイト。この妖精の身柄をそちらに渡す代わりに、私たちを見逃す。こういうのはいかがかな?」


「むー! 卑怯だぞー!」


「卑怯で結構、して、返答は?」



思わず飛び出しそうになったルビーを、ダイヤがその肩を掴むことで止める。彼女たちは蜘蛛の怒気を把握していないためビジネスがとっさに要求を変えた理由を理解できなかったが、人質を取られていることは事実。彼らの要求を受け入れるしかなかった。


少し不満が残るルビーに代わり、パールが代表してビジネスに返答する。



「受け入れよう。でも、プルポに少しでも危害を加えようとしたら……。」


「解っていますとも。ほら、この通り。」



ゆっくりとプルポを地面に置くビジネス。そして軽く後方に跳ぶことで、背後に集まっていた生き残りのジューギョーイン達の元へと移動する。



「おそらくですが、私はナイトジュエル奪取の案件から外れることになるでしょう。故に、もう会うことはないかもしれませんが……。社交辞令として、一応。またお会いできる日を楽しみにしておりますよ、ジュエルナイトの皆さん?」



そう言い残すと、転移能力によって消えてしまうビジネスたち。


プルポには怪我らしい怪我はなかったのだが……、ジュエルナイトたちにとって、すっきりとしない決着だった。







ーーーーーーーーーーーーーーーーー








〇サルでも解る! ネオ・デス博士の怪人講座!(強化ユアルビー編)


はーはっはっ! ごきげんよう諸君! ネオ・デス博士である! 今日もサルに等しい貴様らの頭脳でも理解できるように“懇切丁寧”な説明をしてやろう! さて今回は二度目となるが、ユアルビーについて解説してやろうではないか! パールの加入によって強化された彼女だが、その後の鍛錬で能力が向上し、更に思い付きで新しい技も手に入れている! 常に最新の情報を頭に入れてこその一流よ! まぁこの私の頭脳は一流を超える超一流だがな! はーはっはっ!!!


■身長:154.3cm

■体重:52.8kg

■パンチ力:5.2t→8.5t

■キック力:7.8t→12.5t

■ジャンプ力:11.3m→14.9m(ひと跳び)

■走力:4.8秒→3.2秒(100m)

★必殺技:ルビーシャワー、ルビーパンチ、ルビーエクスプロージョン


何故か脳内に我が最高傑作であるクモ女の人間形態がいるようでな? そいつからアイデアを貰い新しい技を手に入れた。正確には思いついたようだが……。もしやクモ女。私が知らない間に何かしらの電波を発する能力に目覚めたのか? だとすれば非常に素晴らしい! この私の予想を超える成長! 素晴らしい! 素晴らしい! はーはっはっ!!! ……え、違う?


まぁとにかくスペックが向上し、扱える精神エネルギー量も増えた。その操作技術も少しずつ向上しているようで、第二世代と呼ばれるクライナー相手ではもう苦戦することはないだろう。まだまだひよっこというべき力しか持たぬが、その成長率は褒めてやらねばなるまい! このままよく食べよく寝てよく学び! 我が怪人に相応しい素体になるがいい! はーはっはっ!


ではな諸君! 次の講義まではもう少し真面な頭脳を手に入れておくがいい! さらばだ!





次回、お待たせしました。ようやくヒマちゃんの件に踏み込んでいきます。


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