34:ばけものこわい


「だ、大丈夫ですかじいや……。」


「…………。」



息も絶え絶えで何も言葉を発することができないじいやと呼ばれた彼は、倒れそうになりながらもなんとか執事としての役目を果たそうとする。ただ力無く倒れるのではなく、片膝を立て何とか自身の主人への敬意と返答できぬことの謝罪を表しながら、息を整えた。


突如として行われた“九条恵美”とじいやの模擬戦。実際は模擬戦どころかお遊び程度、じいやは全力で殺しかかったのにも関わらず、恵美からすれば簡単に捌ける程度。勝敗を語らずとも解っていたソレは、じいやの体力が底を突き、武器を完全に破壊されたことで終わりをつげた。


残ったのは呼吸を整えること以外できないじいやと、九条恵美が人間ではない他の生命体、それこそ化け物ではないかと思ってしまう玄武ユイナ。思わず彼女は両側に立っていた後輩たち、アカリとリッカの顔を伺うが……。



「アカリ、ちゃんと見えた?」


「うむむ……。微妙! それにちょっとアレは真似できないと思う!」


「まぁそうよね。もしかしてアレかしら? あぁいう戦い方もする人もいるから気を付けておいた方が良いよー、みたいな? 確かに全くの無知の状態で挑むより、少しでも知識があった方がいいし。」



変身していない肉体故か、視認することが出来なかった部分はあれど、確実に何かしらの学びを得た様子である二人。『まぁ師匠ならそうなるよねー』という風に何も驚かないどころか、もうすでにその化け物具合を全て受け入れているアカリとリッカの様子に、驚愕してしまう生徒会長。


一応、ユイナはジュエルナイトたちの秘密を理解している。蜘蛛によって監視されていた事柄ではあるが、ユアパールこと白虎ヒマが離脱し行方不明になっていたことに関してもある程度、流石に“もう手遅れかもしれない”という言葉はついぞ放たれることはなかったが、活動に必要な情報を二人から聞き及んでいた。



(え? あの女性の方。お二人がジュエルナイトであることを知らないんですよね? つまり何か不思議な力が働いているわけではないんですよね? え? 単純な身体能力? は???)



脳内が一瞬にして『?』で埋め尽くされるお嬢様。まぁその女性は単純な人間ではなく怪人、しかも世界征服一歩手前まで行った強大な秘密結社の全てを費やして生み出された史上最強とも呼べるような改造人間なのだが……。世の中には知らない方が幸せなことがある。というかこの世界では知らない方が幸せなことの方がよっぽど多い。


じいやは再起動までもう少し時間が必要だし、後輩たちは普通に先ほどの戦闘に関しての会話を進行中。何もできずひそかにあわあわしていたユイナだったが……、“九条恵美”の声によって『ぴぃ!』という小さな悲鳴と共に少し怯えてそちらの方を見る。



「さて、アカリさんにリッカさん。ある程度こちらの意図を察してくださってありがたい限りです。流石にじいやさんの技術を見よう見まねでやってみろ、などは言えませんからね。危ないですし……。ですが参考になることはあったかと。それを頭に入れながら組手をしていきましょうね。」


「「はいっ!」」


「よいお返事。……あぁ、ユイナさんはまだ柔軟がまだの様ですので、見学しながらしっかり目にお願いします。……それとじいやさん? 大丈夫ですか?」


「……え、えぇ。なんとか。」


「武器のことは申し訳ありません。後ほど弁償させて頂きます。それとお疲れの所申し訳ありませんが、ユイナさんの柔軟のお手伝いをお願いできますか? 時間を掛けてしっかりお願いします。」



そう言うと彼女は、アカリとリッカを呼び寄せ組手を始めさせる。どうやら今日は二人にとって体力の消耗が激しいエミの具現化した攻撃たちと戦うようなものでなく、お互いを敵と見定めて行う組手を行うようだった。開始の合図は告げられず、お互いの準備が整った瞬間。突如として始まっていく模擬戦。


幼馴染で、共に戦い続ける仲間。だからこそお互いの手の内は解っているし、もし何かミスを犯してしまい想定以上の攻撃を相手に叩き込みそうになったとしても、師匠であるエミがいる限り“間違い”は起きない。その安心感が、お互いの集中力を高めていく。


年頃の乙女が決して発さぬような重い打撃音を聞き、思わず呆気に取られてしまうユイナ。けれどじいやが何とか復帰し、その姿を視界に現したことでようやく正気を取り戻し、急いで柔軟を始める。



「お待たせしてしまい申し訳ありません、お嬢様。」


「い、いえ。大丈夫ですとも。……そ、それで、どうでした?」


「…………“人”の頂点を見たかのような心持でございます。」



そう言いながら、ユイナの補助を行っていくじいや。


玄武ユイナというこの町の名士である玄武家のお嬢様、大事な大事な一人娘の執事を任されている彼は、ユイナの両親からの信頼はもとより、その戦闘能力を強く評価されている。若いころ何をしていたのかはユイナが知るところではないが、この町に落ち着いてからはずっと玄武家に仕えて来た彼。その強さはこの町のどんな存在よりも上であり、一定以上の強者を囲い込んでいた玄武家の中で、老いの影響を受けながら頂点を守り続けていた男である。


そんな彼が、あっさりと負けた。いやもっと言えば勝負にすらなっていなかった。ユイナが感じた衝撃は想像に難くない。クライナーの様なあからさまな化け物が強いのはまだ理解できたが、同じ人型であれほど強い存在は盲点…、“化け物”以外の呼び方を知らない。



「じいや……。あの方、やっぱり引き込んだ方が良いのでは? アカリさんもリッカさんも信頼しているようですし、打ち明けて手伝ってもらった方が良い気がします。正直、先日見たあの異形より強そうですし。」


「それには同意致しますが……。おやめになった方がよろしいかと。そも、あのような方は何を積んだとしても首を縦に振ることはないでしょう。」



足を開きゆっくりと背を前に倒しながら、じいやにそうなのかと問い返すお嬢様。幼少期から身を守るために修練を積んできたせいか、その体は酷く柔らかい。一応補助のため傍に着きながらじいやは、強者特有の“価値観”について言葉を紡いでいく。



「九条様は非常に稀なタイプ、非常に理性的で理解のある方ではありますが、どんな望みを抱えていらっしゃるか解りません。それに、あれだけの力量をお持ちなのです、それに見合ったものをお渡しできるか解らない以上、引き込むのではなく友の様な関係性を構築するのが賢明かと存じます。」


「そういうもの、ですか。」


「それに……。いえ、なんでもございません。」



ユイナにはまだ早い話であったため、口にするのを控えるじいや。それを不思議に思いながらも、気にせず柔軟を続ける彼女。


じいやが抱いたのは……、3つの可能性。普通、悪に類する方法で力を手に入れたのであればそれを隠す。大きすぎる力は災いをもたらすし、同様の力を持つ存在も呼び寄せてしまうからだ。何らかの組織に類しているのであれば隠れるだろうし、属していなくても面倒ごとを避けるのなら隠す。一般人として振舞うのが常なのだ。


けれど彼女。”九条恵美”は、何も気にせず振舞っている。一応“彼女”からすれば人として無理のない程度の偽装の元で過ごしていたつもりだったのだが……、“怪人クモ女”の基準は魑魅魍魎の町にしてバケモノたちの巣窟である都心。いくら比較的平和なひかりが丘で生活するようになっても、秘密結社が跋扈する闇の都で生きた経験はそう捨てられるものではない。


つまり彼女の基準は……、異様に高いのだ。確かに“人”が出せる限界値なのかもしれないが、それはもう人でありながら人ではない何かになってしまったかのような世界のバグみたいなもの。


そんな対象としてじいやが思い至る可能性は、3つ。



(1つ目、いわゆる正義陣営と呼ばれる彼らの出身であり、お二人の素性を知りながら支援している可能性。2つ目、悪の陣営の出身であるが強すぎるがあまり何物も寄せ付けず、隠蔽する必要が全くない存在であるという可能性。3つ目、本当に生まれながらにしてその力を持つという理外の存在である可能性。)



長年玄武家、この町の名士と言うことから様々な人物とのかかわりがあり、現当主であるユイナの父の傍で執事兼護衛としてついていた彼、じいやから見ても、“九条恵美”という存在は判断に困るもの。善良である様に見えながら、何かしらの隠し事がある様にも見え、どこか抜けているというか何かしら違う“常識”の元で生きているような存在。


……もし“彼女”が悪に類する存在であったのならば、引き入れた時の被害は最悪な物となってしまうだろう。少しでもその可能性があるのならば、彼は自身の今の主人に諌言をし続ける他無かった。


じいやがそんなことを考えていると、鼓膜を震わす“彼女”の声。そちらの方を向いてみれば、“九条恵美”がアカリとリッカの模擬戦の間に入り、お互いの攻撃を受け止めながら終了の合図を出していた。おそらく白熱しすぎた故にお互い本気で決めに行ってしまったが故の、中止だろう。


幼馴染でお互いを信頼しきっているからこそ、本気で打ち込んでも受け止めてくれるし、跳ね返してくれる。そんな信頼の証であったが、流石に怪我に繋がるため止めたという形だ。



「そこまで、お二人とも良い感じですね。さ、クールダウンを。水分補給も忘れずに。……あぁ、ユイナさんも柔軟が終わりましたか?」


「あ、はい! もう大丈夫です!」


「解りました。では次は私とユイナさんでやりましょうか。あぁ、ご安心を。こちらから手を出さず、攻撃し続けて頂きそれを私が見る、というものです。まぁ多少イメージは飛ばしますが。して……、先ほど何かしらの武術を扱うと言っておりましたが、素手でしょうか? それとも何か武器を?」


「イメージ……? あ、申し訳ありません。わたくし、少々盾を扱わせて頂いております。」


「…………たて?」






 ◇◆◇◆◇






「…………最終確認完了。動作は問題なしで、下の奴らに投げた検査でも問題なし。完成、か。」



場所は代わり、妖精界に存在するアンコーポ本社。その一室で幹部クラフトは一人、怪人の素であるクライナージュエルの確認を行っていた。


彼女の視線の先にあるのはは先行生産として用意されたジュエルが24個。ダースごとにケースに入れられており、そのすべてが技術部によって検査と調整が行われたものだ。本来第三世代の量産が行われているところに、アンコーポの首領であるプレジデントのポケットマネーを投下することで突如として行われた“第三世代型ハイエンド”クライナーの量産。


急いで整えられた故に幾つかの不具合こそあったが、全て技術部によって修正済み。浮上した問題点やその改善方法は彼女の部下であるジューギョーイン達が資料としてまとめて提出してあるため、すでに彼女たちの仕事は終わっている。けれどクラフトは、自主的にその検査を行ったのだ。



(アタシはまだ会ったことがねぇが……、プレジデントは“蜘蛛”を強く警戒している。そして負の感情に転じたあの“ダークパール”、その存在への興味も、以前より膨れ上がってる。)



彼女たちの雇い主であるプレジデント、部下たちには非常に慕われている存在であり、経営者としての能力も高い存在ではあるが……。彼は悪の秘密結社の首領であるという事実は変わらない。彼が“ジュエルナイト”、正確にはその変身アイテムである“ナイトジュエル”に掛ける思いは酷く大きい。


何せ彼らの主なエネルギー源である“負の精神エネルギー”とは正反対に位置し相反する“正の精神エネルギー”。それを操り増幅していたはずのナイトジュエルが、負の精神エネルギーを扱えるようになったのだ。もしダークパールを奪取し研究することが出来れば、負を正に、正を負に変換することも可能。



(まぁばらして研究してみてぇ、って気持ちは解る。私も気になるし。)



優れた経営者である彼はその強い想いを一切表に出さずに振舞っていたが……、人間界の侵攻に苦慮するクラフトを支援する名目としてポケットマネーを投入。更にハイエンドの量産を指示することで戦力の増強を行っていたのだった。



(……まぁ、アタシは変わらずクライアントのオーダーに従うだけだ。幸いなことに、“作戦”もある程度出来上がってるしな。ちと大規模にやり過ぎるせいでエミの奴にアタシらの活動がバレちまう可能性もあるが……。)



そんなことを考えながら、人間界への侵攻計画書を広げるクラフト。その資料の中から彼女が取り出すのは、あのひかりが丘という町の中で特段“心の闇”が深い奴らのリスト。彼女は傍から見ればただひかりが丘を観光し、エミと一緒に酒盛りしているようなイメージしかなかったが……。同時にしっかりと仕事も遂行していた。


裏に潜もうとすれば“蜘蛛”の手下に狩られる。ならば表で情報収集をすればいい。人間に変装したジューギョーイン達を野に放ちながら彼女は町の人間を観察し、クライナーの素体として相応しい存在を探しあてていた。まだ完全ではないが、ハイエンドの素体として相応しい人間たち。


そしてその中には……、白虎ヒマ。その母の名も挙げられている。



(どーすっかなぁ。もしこれがうまく行っても“蜘蛛”を排除できるかって言うと絶対にNOだ。むしろ“蜘蛛”の庇護下にある存在に手を出すわけだから、怒りを買っちまう。……そうなると、エミの助けは必須。ビジネスの空間転移でちょっと“アリバイ”の捜査でもしてもらおうかねぇ。)



彼女の部下、ジョーチョーが挙げて来た作戦はかなり大規模なものになっている。そのためエミにクラフトの行動が露見してしまう可能性が高い。負の精神エネルギーを利用しているが故に、クライナーが“悪”の存在に類することをクラフトは理解している。そのためエミからの印象が悪化するのを避けるためにも、街の外に出てもらう必要があった。


故に作戦の準備段階に行う工程の一つとして、クラフトがエミを小旅行に誘うというものが予定されている。町の外で待ち合わせ、現地集合を行い、九条恵美がいない間に作戦を終了させ、ビジネスの転移能力で待ち合わせ場所にクラフトを送る。



「……正直、嫌なんだよなぁ。エミを騙してるみたいなもんだし、作戦自体も結構汚ねぇ。けど内容だけ見れば結構いいし、あのジョーチョープレジデントに見せて好評だった、って言ってたしなぁ。どうすべ。」



クラフトとしては、あまり一般人。戦士ではない存在を戦いに巻き込むというのは好みではない。負の精神エネルギーを得るため多少怖がらせる必要があるのは理解しているが、戦いってのは正々堂々タイマンでやるもんだと思っている口である。最初は利用する目的で近づいたが、今では飲み友達と言えるような関係性であるエミを騙すなどもっての他だ。


勿論それを飲み込みオーダー通りに動くと言うことができないわけではなかったが、少し不満が残ってしまうのも確かだった。



「はぁ、しゃあね。勤め人の宿命ってやつかぁ? いい給料もらってるしやるだけやろ。……全部終わったら謝らねぇとな。」



クラフトはそう言いながら資料を一纏めにし、立ち上がる。手にはその資料たちと、クライナージュエル。自室から出て向かうのは、彼女の部下たちが待つ部屋。扉の前に立ち、ゆっくりと息を吐いた後……。それを蹴り開ける。



「おうお前ら! 仕事の時間だ! さっさと荷物纏めて出る準備しな!」






ーーーーーーーーーーーーーーーーーー





〇サルでも解る! ネオ・デス博士の怪人講座!(デスカンパニー製怪人・チョウ女編)


はーはっは!!! ごきげんよう諸君! ネオ・デス博士である! 今日もサルに等しい貴様らの頭脳でも理解できるように“懇切丁寧”な説明をしてやろう! さて今回はこの私が作り上げた怪人を見る時間だ! 確かにアンコーポの怪人も良いが、やはり“審美眼”というものは最も素晴らしいもの! 頂点に位置する技術を持って生み出された芸術作品を多く見て鍛えるものなのだ! というわけで今回は見た目も能力も高く纏った怪人、チョウ女を紹介してやろうではないか! では、基本スペックといこう!


■身長:152.0cm

■体重:42.2kg

■パンチ力:11.4t

■キック力:22.8t

■ジャンプ力:8.9m(ひと跳び)

■走力:6.3秒(100m)

★必殺技:バタフリーオール


このチョウ女。一見、非常に弱く今のジュエルナイトたちでも撃破できそうな怪人に見えるが……。この者の強さは“基礎スペック”では見えぬところにあるのだよ! まず、“毒”に関してだがこいつは“当時”のピレスジェットを上回る毒と対毒性と操る怪人であった!


トコジラミなどが持つ毒への耐性を参考にピレスジェットの攻撃を部分的にではあるが無効化することに成功した私はその能力をチョウ女に付与。同時にこのチョウ女は成虫時の姿を保ちながら幼虫の時の能力である毒も多少扱うことが出来るという特性を生かし、こちらで毒を再調整し奴ですら死に至る毒への切り替えが完了している!


さらに! 軽い体を活かし、肉弾戦を主に戦っていたピレスジェットの物理攻撃を全て回避できるよう、“受け流し”の技術に特化した素体を用意! 奴の両腕から毒が発射されようとも、体勢がある故に効かぬ。そして強く殴られようとも、全て受け流し回避してしまう上に、飛翔することも可能なため、毒を一発ぶち込めば後は逃げ回るだけで勝利をもぎ取ることが出来るという寸法よ!


……まぁ何故か土壇場でチョウ女の毒への耐性を獲得したと思えば、空中戦・遠距離戦に特化した強化フォームを手に入れてしまったせいで負けたのだがな。うむ。


ではな諸君! 次の講義まではもう少し真面な頭脳を手に入れておくがいい! さらばだ!

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