33:バトルじいや
「……あのさ、あーちゃん。」
「キュ?」
「なんでこう……、上手く行かないんですかね?」
かなり久しぶりの自宅。私とペットのあーちゃんしかいないこの場で、床に倒れ伏す私。久しぶりに“通常形態”に戻ってるから解放感が凄いんだけど、心は全然解放されてない。
なおペットの彼にそう問いかけても、帰ってくるのは『知らんがな』という視線。まぁ基本キミあの子たちにノータッチというか、私が関わってるから付き合ってあげてるだけとかそう言うのだもんね……。あ、それとあのじいやさんの件だけど、多分ピレスジェットの傍で指導者的ポジションだった“おやっさん”とかと同じ感じだろうから気にしなくていいよ、うん。
(アレ、明らかに私が何かしたって思ってるんだろうなぁ。)
先のジュエルナイトとアンコーポの攻防は無事彼女たちの勝利に終わった。
こちらでも妖精のプルポが持つ“ナイトジュエル”、彼女たちの変身アイテムであるそれが光り輝いていたのは確認済みだ。あの場にいた適合者らしき存在は“玄武ユイナ”ただ一人だったし、彼女が4人目なのだろう。この土地の名士の娘にしてすでにかなりの金額を動かせる彼女のことだ、“家”のサポートを受けるためには協力者の存在が不可欠だし、あのじいやにバレるのはそこまで問題ではない。
むしろ彼女たちの性質的に、数が増えれば増えるほどその出力が増すのだ。さっさと情報を共有して仲間になってくれればパワーアップ、しかもユイナさんの家の力も使えるようになるため更なるパワーアップ。こっちの負担が軽くなる故に私にとっても都合が良い。良いんだけど……。
(問題なのは、ヒマさんことダークパールと、私の配下である一般蜘蛛が一緒に活動していたところを見られてしまったこと。)
あの幹部、クラフト相手だとまだ解らないが、今のヒマさんの戦闘力は単体で第三世代型クライナーを殲滅出来る強さを誇っている。まぁつまり、普段私が行っていたような彼女たちの見守り作業を任せるのには最適だったのだ。私も私でやらないといけないことがあるし、その大半はヒマさんに見せることができない。彼女にとっても心残りになっているあの子たちと少しでも交流できる機会が出来ればいいだろうと思い、送り出したのだが……。
こ、こうなるのなら一般蜘蛛を付けるんじゃなかったよぉお! というかお前ら! ついちょっと前までずっと闇夜に隠れる仕事してたでしょ! その能力発揮しなくてどうするの! ……え? 隠れろって命令受けてない? ついてって守れとしか聞いてない? あぁそうですねぇ! なら私のミスだね! ごめんなさい!!!
「ちょ、ちょっと前までまだ何とかなってたのに……!!! 多方面が! 多方面がしっちゃかめっちゃかになってる! これどうやって収めんだよ! はぁーァ!?!?」
「キュ(うるさい)」
まず、昨日なんか急に飲み会のお呼び出しを受けたクラフト。話を聞いている感じ、先日侵攻作戦を行っていたジョーチョーは独断専行で飛び出しちゃった個体の様で、その後始末に追われていたそうだ。一応仕事の引継ぎ自体はしてたみたいだけど、上級戦闘員が消滅した場合新しく補充せねばならなかったため、結構面倒だったようだ。
けれど彼女からすれば、まだそれは細事だったようで……。問題は“蜘蛛”とダークパールの繋がりが露見したこと。
現在アンコーポはこの土地の圧倒的強者である“蜘蛛”に対処するため“九条恵美”の助けを得ようと行動をしている。そんなさなか“蜘蛛”陣営が人員補強をしてきたのだ。しかもアンコーポ側の主戦力に当たるクライナーを確殺できる強さ。しかもダークパールはジュエルナイトと少々反発しているようだが、協力関係を結んでいる様に見える。
『ライバル会社みたいなところがさぁ、良い新人入れやがったのよ。しかもそいつアタシも狙ってた奴だったからなぁ……。しかもなアタシの作品。上からは評価されてるんだけど、“売れ行き”は微妙でよぉ……。なんかこう、新しいアイデアでも浮いてこねぇもんかなぁ?』
『あ、あはは。まぁそう言う時こそ飲みましょうよ。飲んで遊んで寝る、悩みはストレスは明日に持ち込まないのが生き抜くコツでは?』
『はは! 確かに! んじゃもう今日は飲みまくるとするか! オイ店員さんよ! ビール樽で持って来てくれ!』
彼女のぼかした話を翻訳するとすれば……。アンコーポにとってダークパールはかなりの脅威。それが“蜘蛛”の配下であり、ジュエルナイトとも組んでいる。もともとジュエルナイト側に傾いていた力関係がさらに彼女たちに傾いたようなものだ。アンコーポからすれば気が気じゃないし、更に力を求める必要が出てきてしまった、と言うことだろう。
なんでも予算度外視の“ハイエンド”なる型を、社長のポケットマネーで予算を補いながら無理矢理量産化するみたいな話をクラフトはしていたし……。
(話を聞いている感じ、この話はすでに確定事項。既に私が出来ること、思考誘導で考えを改めさせるなどは不可能だ。)
次に、彼女たち。ジュエルナイトたちのこと。
既に日付が代わり、彼女たちはまた玄武ユイナに呼び出され、証拠となる写真を見せつけられてしまっているところだ。一応私は別にやらなくていいって言ったんだけど、あーちゃんからすれば“蜘蛛のプライド”が刺激されてしまったらしい。彼の配下たちで構成された“フィルム奪取蜘蛛部隊”、私の血を分け与えた強固な存在たちを派遣したそうなんだけど……、結果は失敗。
自分たちの姿をさらして無理矢理奪取すること自体は可能だったみたいだけど、そうなると“口封じ”の必要性が出てきてしまう。私から無用な殺生を禁じられている彼らは“じいやに正体を悟らせずフィルムを奪う”必要があったようだが、じいやさんが想像以上に強く、これ以上踏み込めば色々と露見してしまうため撤退することに決めたらしい。
まぁそのせいで、彼女の手元には十数枚の写真が握られている、って感じ。
『単刀直入に申しますが……、朱雀アカリさん。青龍リッカさん。お二人は……、ジュエルナイト。ですね?』
『ななな、な~んの話ですか!?』
『あ、あはは。もう生徒会長、冗談はやめてくださいよ~!』
『この写真を見ても?』
『『(あ、終わった……。)』』
まぁそんなわけで彼女たちの正体がユイナさんにバレて、もう逃げられない状態になったんだけど……。その顔に彼女たち本来の“明るさ”を感じることができない。それもそのはずだろう、何せ彼女たちの頭の中では『ヒマ先輩が“蜘蛛”によって人ではない何か、“子”に変えられてしまった』となっているだろうから。
何せ“蜘蛛”は以前、彼女たちの危機感を底上げし強者との戦闘経験を積ませるために『少し遊びましょうねぇ?』と言いながら襲い掛かったことがある。更に『“蜘蛛”を満足させることが出来なければ、“子”にしてあげましょう』とも。
彼女たちの思考までは流石に見れないが、会話や仕草などはいつもの監視によって伺うことが出来た。その中で二人の会話から、“蜘蛛”は誰かを捕まえて人ではない何かに改造してしまうような存在だと思われていることが判明している。言語は通じるし、ある程度の意思疎通は出来るが違う常識の元で生活をしているため、時たま致命的なすれ違いを起こす様な化け物、という形だ。
まぁつまり。
(これ絶対私はヒマさんのこと改造したって思われてる奴じゃんか……! か、過去の私ィ! ぶっ殺されてぇのかぁ!?!?)
わ、私はあの改造キチみたいなデスカンパニーの博士じゃないんだぞ! 改造も洗脳も全くしてないんだぞ! でも!でも! これ見たら10人中10人とも勘違いしちゃうやつだよなぁ!!!
そう言いながら、視線をあの廃ビルに配置している蜘蛛が送ってくる映像へと移す。
『きゅう!』
『う~ん、ごめん。やっぱボクには君たちが何言ってるか解んないや。にしても、昨日の“蜘蛛”さんのご飯美味しかったよねぇ。』
『きゅ!』
『ねー。鍛錬とかはすっごく厳しいし大変だけど、ずっとボクを受け止めてくれている。……えへ、今日の晩御飯は何だろうね? 早く帰ってこないかなぁ。』
あらら。愛い愛い……、じゃないッ!!! これ見たら! もうどう見ても! 洗脳されてるって思われる奴でしょ! あの時初めて“蜘蛛”の前に立った時の刀の様に張り詰めて壊れそうなときのヒマさんに比べたら格段にマシというか! こっちの方が良いって言うけどさぁ! なんかこう、もうちょっとどうにかなりませんかねぇ!?
「ま、マジでコレどうすべ……。」
ヒマさんの一件で理解したが。“蜘蛛”のエミュをしている私の言葉には若干の胡散臭さというか、相手を見下し子供として扱っているからこその不信感が存在していると考えられる。まぁつまりいくら本当のことを言っても信じてもらえないのだ。
そしてこれはヒマさんにも当てはまる。アカリさんたちからすればヒマさんは洗脳された被害者。彼女が何を言おうが洗脳された者の言葉にしか聞こえず、たとえそれが事実であろうと信じられることはないだろう。
もう、詰みである。
(なんか、こう。二人をいい感じに納得させることが出来れば完璧なんだけど……。)
やっぱアレか? ユアルビーとユアダイヤモンドに頑張ってもらって、ダークパールに浄化技を直撃させてもらうしかないのか? かなり荒っぽい方法だが、そうすれば少しはヒマさんの心も晴れるだろうし、もしかしたら洗脳とかも一緒に消し飛ばしたと判断し、彼女を再度ジュエルナイトに迎え入れてくれるかもしれない。“蜘蛛”への好感度とかは地に落ちるだろうが、どうせ私バケモノだしその辺りはどうでもいい。
か、考えてたらもうこれしかない気がしてきた……!
「と、とりあえずこれまで通り『河川敷で殴り合って仲直り大作戦』を目指してやっていくしかない。クラフトから情報を強いれて、襲撃タイミングに向けて彼女たちを調整し、そしてぶつける。二人は先輩が帰って来てハッピー、ヒマさんは後輩たちと仲直りしてハッピー。まぁその後ヒマさんが『じゃあ“蜘蛛”さんのところに帰るねー』となったらまた面倒なことになりそうだけど……!」
そ、その時はその時だ! 未来の私! 任せたよ!!!
◇◆◇◆◇
「あら? 今日は初めましての方が……。」
「師匠! 今日はとびっきり強くしてください!!!」
「あ、アカリさん?」
そんなわけであれから数日後、週末となったこの日。アカリさんたちの指導をするため公園にて“九条恵美”の姿で準備をさせて頂いていたのですが……。
(一応“見て”いたので知ってましたけど、やっぱりユイナさんとじいやさんが参加するんですね。まだナイトジュエルを手にしてないのに……。見学だけ、ってわけではなさそうですよね。)
今日この場にやって来たのは、いつもアカリさんリッカさんだけでなく、あのお嬢様たちも。どうやらジュエルナイトの活動を裏から支援することを決めたそうで、色々手厚いサポートを始めたと聞いていたが……。ユイナさんの動きやすそうな服装を見る限り、単なる見学でなく彼女も鍛錬しに来たのだろう。
まぁこちらとしても、ほぼ4人目のジュエルナイトとして確定している相手の指導は喜んでやらせてもらいたいと考えている。ただまぁアカリさんからの事前連絡が無かったため、普段彼女たちに渡している指導計画書などは作成することが出来なかった。
と言うことでアカリさん、元気が良いのは良いですが、先にこの方々のご紹介をしてもらっても?
「あ、はい! 生徒会長さんと、そのじいやさんです!」
「ご紹介に預かりました。聖ブリリアント学園にて生徒会長をさせて頂いております、玄武ユイナです。どうぞお見知りおきを。」
「これはご丁寧に。アカリさんとリッカさんの指導をさせて頂いています、“九条恵美”と申します。アカリさんたちから連絡を受けていませんでしたのでお二人が来るとは知らなかったのですが……。参加されますか?」
そう言いながら、アカリさんの方を見る。同時に幼馴染のリッカさんも冷たい視線を送っていることから、『私が連絡しますね!』といっておきながら忘れちゃったという口だろう。というかそのやり取りは私も知っているので、忘れてないかな、ちゃんと思い出してくれるかな……! みたいな気持ちを持ちながらずっと監視していた。
色々心配事が重なって大変なのはわかるけど……。今度から気を付けてくださいね? そう彼女に言いながら、ほんの少しだけ頭を下げ、耳元で呟く。
「それと、無理して明るく振舞わなくても良いですよ?」
「! ……あ、あはは。やっぱり、師匠にはバレちゃいますか。」
「ヒマさんのことでしょう? 焦るのは解りますが、無理はしてはいけません。大きく呼吸をして、心を落ち着けておきなさい。」
そんなことをアカリさんに言いながら、再度ユイナさんの方を向き、彼女の言葉に耳を傾ける。
「はい、これでも我が家独自のものとはなりますが、少し武術を嗜んでおりまして……。お二人の話を聞いたところ、途轍もない強者とお伺いしました。出来れば指導のみならず、一度戦って……」
「お嬢様。」
「……どうしました、じいや?」
彼女がその気品のある佇まいを保ちながら言葉を投げかけている途中に、じいやさんが声を上げ、止める。ずっと後ろに控え、お嬢様であるユイナさんを立てていたけど、口を挟む必要があると考え、呼びかけたのだろう。……まぁさっきからあからさまな視線向けてたからね、解るよ。
私としてはどちらでも構わないし、お好きにどうぞ。
「ありがとうございます、九条様。……お嬢様、朱雀様や青龍様が仰っていた通り。九条様はまぎれもなく“強者”であられます。それこそ、私が何人いようとも勝ちを拾えない程に。」
「……じ、じいやが、ですか?」
「はい。九条様の姿勢をご覧ください、まだお嬢様は経験が浅く、解らぬかもしれません。けれど言葉で言い表すとすれば、大樹を越えた何か、で御座います。皆様より長く生きて来たつもりではございますが、これほどの方は初めてです。……と言っても、言葉では伝わらぬこともあるでしょう。」
そう言いながらじいやさんがこちらに向き直り、深い礼を送ってくれる。
「九条様、よろしければこの老い耄れと一つ。手合わせして頂けないでしょうか?」
「えぇ、もちろん。ただ……、素手だけでは面白味が無いでしょう。“ルール無用”で、胸を貸してあげます。」
あぁもちろん、私は手加減など色々させて頂きますよ?
さ、アカリさんにリッカさん。そしてユイナさんも。少々危険でしょうから少し下がっておいてください。えぇあと3歩ほど、ですね。衝撃波など出さないようにはしますが、一応気を付けるように。あぁ、それと。しっかりとじいやさんを見ておいてください。
私も多少戦い方を変えることが出来ますが、限度があります。他の技術に基づいた方の攻め方を見て、分析し、自分に落とし込む。これも立派な修行ですからね。
「え、え? じいやよりも? それって人間……?」
「ほら会長、下がらないと巻き込まれますよー。」
「まぁ師匠が人間なのかってのは私達も知りたいですけどね。」
私の言うことをすぐに聞いてくれるお二人に、まだじいやさんより強いという言葉に理解が及んでいないユイナさん。そんな彼女はお二人に両腕を抱えられながら、しっかりと後ろに下がります。
それを眺めながら、それまで羽織っていた上着を脱ぐ。お二人の指導をするのには別に脱ぐ必要などありませんが……。今回挑んでくるこの方は見るからに“武人”。胸を貸すと少々挑発的な言い方をしてしまいましたが、最低限の礼儀は守るべきでしょう。近くに敷いたブルーシートの上に上着を置き、シャツの袖をまくります。
「さて……。いつでもどうぞ?」
私がそう言った瞬間……。彼が、動き始める。
(初手は投擲、うん。良い狙いだ。)
ルール無用と言ったからには、武器も使用可能。おそらく彼が着る執事服の中に隠していたのだろう。針の様な暗器が複数、私に飛んでくる。しかも狙いは私の眼球と喉元、そして肋骨の合間を縫うような位置に投げ込んでいる。それだけでかなり技術のある存在だと理解できた。
じいやさんがどんな人生を歩んできたのか解らないけど、初手で急所を狙うあたり技術だけでなくかなりの実戦を通ってきているのだろう。
まぁたとえ直撃しようとも傷ひとつ付かないのは確かだが……。流石にそこまで人外アピールをするつもりはない。アピールするとしてももう少し後。軽く手を振るい、そのすべてをつまみとって差し上げる。
「おっと。」
私が針を全てつかみ取った瞬間、距離を詰めたじいやさんが私の腕によって生み出された死角、それに隠れながら、拳を振るう。いつの間にか装着したのであろう拳には、銀色のナックルダスター。確かに常人の筋力をはるかに超えたその拳の破壊力はかなり大きなものであることを推測できる。
だが……、まだ“人”の範疇に収まっていることは、確かだ。
壊れ物を触る様に、人差し指と中指で、それを受け止める。
「大体……、1tぐらいですか? 良い威力ですね。」
「ッ!」
ほんの少し、眼前のじいやさんから驚愕の表情が読み取れる。けれどすぐに立て直し、始まるのは連撃。いつの間にかもう片方の拳にも銀色のソレが装着されており、彼が履く靴も金属が埋め込まれた特別製の革靴。その両者をもって、無呼吸での攻撃が、始まる。
こちらから特に動くことはない、ただ回避するだけ。
「……流石ですね、長年鍛え続けられてきた技術というものが感じられます。視線誘導を始めとしたフェイント類。惚れ惚れするほどの研鑽かと。」
「貴方ほどの方にそう言っていただけるのは感謝の極み、ですが! 嫌味に聞こえてしまうのは、やはりまだ自身の研鑽が足りぬのでしょうね……!」
「これは失礼を。何分“育ち”が悪いモノで。不快に思われたのなら謝罪を。……その意を表すためにも。今度はこちらから攻めさせて頂きましょうか。」
そう言いながら……、拳を振り上げる。強く握り、込めるのは力。照準をしっかりとじいやさんに合わせ……、眼を見開く。
込めた力は確かに彼を粉砕しうるもの。それに強く警戒したのだろう。即座に拳の進行方向を予測し、腕を合わせることで防御しようとする彼。けれどそも、“防御”というものは、それまで行っていた攻撃によって抑え込んでいたものを解き放つことを意味しており……、私に、大きな時間を当てることを、意味している。
この拳は、“本気”ではない。まだ軽く握った程度、ただのブラフだ。
(アカリさんたち相手では危険すぎて使えませんでしたが……。少し、練習を。)
思い浮かべるのは、ヒマさんへの指導のため閲覧したデータたち。それを私なりに吸収し、昇華した技術。再現するのは、居合の亜種。強く踏み込み、剣を放つことでただの振り下ろしよりも何倍も高い威力を叩きだす秘技。それを今、私の体で実行する。対象は、彼が握る武器のみ。
「ㇱ。」
ほんの軽く、少し。誰にも聞き取れないほどの音量で吐き出した息と共に、軽く踏み込む。
即座に眼前に広がる世界が代わり、先ほどまで目の前にいたじいやさんの気配が、背後に。そして次の瞬間。彼が持っていた武器が、衝撃に耐えきれず砕け散る音が聞こえてくる。……うん、じいやさんへのダメージはほぼ0だし、上手く出来たね。
蜘蛛の私からすれば剣なんて“本気”を出した時に使えもしない技術だって思ってたけど、やってみれば案外為になるもんだよねぇ。
「さて、じいやさん。お気に召してくれましたか?」
「え、えぇ。参りました。途轍もない使い手だとは思っておりましたが、これほどとは……。」
「じいやさんも、久方ぶりに見る強者でした。御手合せ感謝します。」
私は怪人、ズルしているようなものですから。“人”のままそこにたどり着いた方と立ち会えて、光栄です。
……さ、アカリさんたち! 今のじいやさんを見ていましたよね? 最初の暗器などはまだ無理でしょうが、死角からの攻撃や、途中の連撃は非常に参考に出来るところでしたよ? 今日はイメージトレーニングのみではなく、実際に動いて修練を行う日ですから。ビシバシ行きますよ!
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〇サルでも解る! ネオ・デス博士の怪人講座!(改造人間の作り方・初級編)
む! この“じいや”とやら、常人ながらかなりの使い手のようだな……! だがこの感じ、また正式な適性検査をしていない故はっきりとはわからぬが、怪人として改造する“素体”としては微妙かもしれぬな。
というわけでごきげんよう諸君! ネオ・デス博士である! 今日もサルに等しい貴様らの頭脳でも理解できるように“懇切丁寧”な説明をしてやろう! さて今回は一風変わった解説、“デスカンパニーにおける改造人間の作り方”というものを講義してやろうではないか! はーはっは!!! 逸る気持ちは解るが、人体改造は一日にしてならず! まずは我が最高傑作であるクモ女の基本スペックを見て心を落ち着かせるといい!
■身長(人間形態):190.5cm
■体高(怪人形態):240.8㎝
■体重:300.0kg
■パンチ力:120.1t
■キック力:275.3t
■ジャンプ力:321.4m(ひと跳び)
■走力:0.2秒(100m)
★必殺技:スパイラルエンド
今回の講義は初級編、そのため大まかな内容しか語ることが出来ぬ。更に興味がある者がいれば後日執り行う専門講座があるため、それを受講するのだ。
さて、まずこの私が生み出した改造手術には3つのステップが存在している。すなわち“検査”・“改造”・“安定”の3つだ。初めから解説していくぞ?
まず“検査”だが、これは改造人間の元である“虫”への適性を表している。この適性が無ければ決して怪人になることは出来ず、また適性が低ければ怪人の力も弱くなってしまう、そういう代物だ。一応適性が無い者にも施せる改造手術というものも存在しているが、これは怪人ではなく戦闘員を作るもの、どうしてもスペックが弱くなってしまう。
……あらかじめ言っておくが、適性の無い者に怪人用の改造手術を施そうとするなよ? 運が良ければ素体が死ぬだけで済むが、最悪素体が爆発四散して掃除が大変になったり、施術者が爆発に巻き込まれて死ぬ故な。
次、“手術”。まぁこれは簡単に言うと臓器を機械式に置き換えたり、筋肉を違うモノに張り替えたり、骨格を新しく作ったり、薬品漬けにしたりすることを指している。詳しい手法を解説してしまうと本講義が永遠に終わらぬため割愛する故、先ほど言った専門講義を受講するように。まぁ両手両足縛って体中をいじくると考えておけ。
最後、“安定”。いくら改造手術を施しても、すぐさま戦力として動かせるわけではない。“虫”の能力が体に完全に染みつくまで待ったり、肉体が新しく作り替えられるまで時間がかかったりするのだ。よく巨大なカプセルの中に人が入れられていて、液体漬けになりながら寝ている、みたいなものがあるだろう? アレは大体怪人化のための安定期間だな。強く強大な存在なほど、この安定期間が長くなるのだよ。まぁそれでも数か月程度だがな?
とまぁ、こんな感じか……。かなり駆け足になってしまった故、少し説明を省いてしまった部分もある。気になることがあれば講義終了後に質問に来るといい! 時間の許す限り応えてやろう!
それでは諸君! 次の講義まではもう少し真面な頭脳を手に入れておけ! では、さらばだ!
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