46:安心感が違う……!


「……エミさん行った?」


「(コクコク!)」



師匠である“九条恵美”がこの場にいないことを確認し合ったジュエルナイトたち4人は、全員で小さなため息をつく。彼女たち全員が自分たちの師の善性を理解し信じてはいるのだが……。やはりまだその圧倒的な強さに関しては慣れていない。



「今日の師匠、かなり機嫌悪かったよね……。」


「大分抑えてくれてたけど、正直生きた心地がしなかった。」



ホテルの一室で眼が覚めた彼女たち。実はこの中で一番寝相が酷かったリッカが凄い姿勢で寝ていたのに驚きながらも、布団の綺麗さから自分たちの師が掛け直してくれていたのに気が付いた彼女たち。寝室を出て別の部屋にいるらしい“九条恵美”に、おはようの挨拶とその礼をしようとしたのだが……。


別室にいた彼女。九条恵美の顔はとんでもないことに成っていた。


明らかに感情を御しきれていないというか、不快感を全面に押し出しているのだけど、無理矢理筋力で元の顔に戻しているような凄いもの。全身から湧き出る不機嫌オーラは気絶こそしないものの、普通に生命の危機を感じるレベル。しかもそんな顔をしているのに、声はいつも通りときたものだ。もう無性に怖い。


“蜘蛛”の傍で生活していたことから、ジュエルナイトたちの中で一番恐怖への耐性が高いと考えられる白虎ヒマであっても『あ、ダメです。』となるレベル。物陰に隠れている配下の蜘蛛たちも縮みあがっていた。



「朝ご飯のビュッフェ。すごくお行儀よく食べちゃった……。」


「普段なら制限してそうなエミさんがほんとに何も考えず食べてたのに、誰も口を挟めなかったよね、怖すぎて。」


「やっぱり、昨日のクライナーが原因かな? ……ボクたちでエミさんに見つかる前に倒しておくべきだったかも。」


「いや無理でしょうヒマさん。“あの人”ですよ?」



口々にそう言う彼女たち。途中から師匠本人も自分の状態が結構不味いことを自覚したのか、今は席を外している。煙草休憩だ。……まぁ彼女は肺が汚れることを嫌うので、煙草と言うよりもストレスに効く香草を煙草状に纏めたアロマシガー、それを吸いに行っただけだが。


息がしにくかったよとこぼすアカリに、もしかして自分の寝相のせい? と一瞬青くなるリッカ。ヒマはユイナの言葉を聞いて確かにと納得し、ユイナはユイナで自分で言っておきながらその規格外さを思い出して若干フリーズしている。



まぁ彼女。九条恵美の機嫌が悪化したのは完全に別口なのだが。



ご存じの通り、九条恵美こと“怪人クモ女”は、昨日の深夜。情報を入手するために様々な活動を行っていた。その過程でとある怪人たちの集団を発見したのだが……。その者たちが、怪人クモ女の古巣。デスカンパニーの残党たちだったのである。


彼らは世界征服あと一歩まで行った凶悪な組織。その組織力も構成員の強さも他と頭一つ飛び抜けている。処理に手間がかかるし、何よりデスカンパニーと言うだけで“ピレスジェット”という悪魔の様な存在。まぁヒーローなのだが、彼が寄って来る可能性がある。せっかく自分の存在が露見しないと安堵のため息を吐いたところにこれだ。自身の知らない“あのお方”(実際はクモ女自身)という厄介そうな情報も手に入れてしまったし、そりゃ機嫌も悪くなる。


けれど彼女は大人、感情を御しきれないのはいただけないと感じ、結構全力で抑え込もうとしたようなのだが……。まぁ湧き出る感情が大きすぎたのだろう。怪人クモ女自体、自分を改造したデスカンパニーへの好感度は地に落ちている。そんな奴らが目の前で悪事を企もうとしているのだ。抑えきれないのも頷けるものだった。



「と、とにかく。皆さん? せっかく今日は丸一日テーマパークで遊ぶのです。エミさんも時期に機嫌を直してくださるでしょうし、全力で楽しみましょう?」


「で、ですね! ユイナ先輩!」


「あ、そうだ。さっきの移動で調べたんだけど、今日は入場者特典があったらしいよ。ほら。」



スマホを取り出し、軽く操作した後に画面を皆に見せるヒマ。


ホテルからイエローアイランドの目玉である遊園地までには結構な距離があり、バスでの移動が推奨されている。その時にヒマが見つけたもののようだ。まぁジュエルナイトたちと九条恵美が乗ったバスなので雰囲気が終わっており、現実逃避にスマホを触っていたが故に発見したもののようだったが……。まぁ何かしらの役に立ったのなら良いのだろう。


どうやら本日限定で特殊なストラップが配られ、それを持っているとお昼のパレードの時に何かが起きる、とのことだ。まだ試験的な取り組みの様であまり数がなく、次の配布はいつになるか分からないとのことだが、このイエローアイランドのファンの間ではプレミア価格が付くのでは!? とすでに噂になっているらしい。



「ぷ、プレミア価格って。」


「転売ヤ―? 〇す……!!!」


「り、リッカちゃん!? 乙女がしちゃダメな顔してるよ!? ステイ!!!」


「あ、あはは。でもボクたちが入場した時には何ももらわなかったし、もう全部配り切っちゃったのかもね。」



お嬢様故か審美眼が備わっているからこそ『あまり質が良くなく、このストラップは突貫で作ったもの』と言うことを見抜くユイナに、過去に何かあったのか転売ヤ―に対して怒りをあらわにするリッカ。それを羽交い締めにして止めるアカリに、笑って誤魔化しながら言葉を続けるヒマ。


実はあまりにも師匠こと九条恵美の機嫌が悪かったため、本来朝一でテーマパークを満喫する予定だったが少し出発を後らせることにしていた彼女たち。全員が『この状態の師匠を遊園地なんかにぶち込んだらヤバい……!』と意見が一致し、食事後は部屋に戻ってちょっとだけゴロゴロ。意を決したアカリなどが顔を引きつらせながらも師匠に甘えて機嫌を取ったりと、結構色々なことそしていたのだ。


故に入場者特典を手に入れることができなかったようなのだが……、幸いと言えるだろう。



「すいません皆さん。お待たせしました。」


「あ、師匠! おかえりなさいです!」



そう言いながら彼女たちの元に戻って来たのは、“九条恵美”。鼻孔を擽る柔らかいアロマの香りが彼女の服から感じられることから、結構しっかりめに一服してから帰って来たのだろう。機嫌が直り元に戻った師匠に喜び、飛びつくアカリ。それを全く動じずに受け止め、一切体幹が揺れなかったことに『やっぱりヤバいなこの人』と再確認する3人。



「やはり自分もまだまだですね……。朝から不快だったでしょう、この度は本当に申し訳ない。」


「い、いえいえ! 全然大丈夫ですってエミさん!」



頭を下げて謝る“九条恵美”に、気にしていないからと頭を上げさせようとするリッカ。それに続き全然気にしていないと言うヒマとユイナ。確かに少し生きた心地がしなかったのは確かだが、彼女がかなり抑えていてくれていたのも理解している。更に本気でキレた時の事、23体のハイエンドクライナーを秒殺した時のことを知っているのだ。何も知らない一般客からすればたまったものではなかっただろうが、今日よりもヤバい時を知っている彼女たちからすれば全然だった。


普段通りに振舞いながら、折角遊びに来ているのだから全力で楽しもうとし始める彼女たち。“九条恵美”としてはその優しさもそうだが、この後起きるイベントのことを知っているため申し訳なさが爆増した結果となったが……。とりあえず内心を見せないようにしながら、彼女たちの保護者として振舞い始める。



「では早速周り始めましょうか、皆さんが行ってみたいアトラクションは先にお聞きしてましたし、最短でストレスなく巡るためのルートは算出済みです。この時間ですと……、ちょうどジェットコースターが穴場ですね。早速行きましょうか。」


「「おぉ! ジェットコースター!」」


「うっ! 確か後ろ向きに落ちていく奴ですよね。ちょっと怖そう……。」


「ヒマさん。普段私達そう言う動きしてません?」


「いや自分で動くとのは違うんですよユイナ先輩。」



スリル系が好みの様で声を上げるアカリとリッカに、どうやらあまり得意でないようで少しうめき声を上げてしまうヒマ。ユイナからすれば普段の戦闘でもっと高機動の動きをしているのにと疑問だったが、確かに自分の意志で動けないと掛かるストレスも違うかと納得する。


そんな感じで移動を開始した彼女たちだったが、ウキウキで歩いていたアカリが、少し離れたところで騒ぎが起きているのを見つける。




「ど、どいてくださぁ~ぃいッッッ!!!」




アカリが顔を向けた先。少し遠くの方で声を上げるのは、何故か高速移動する段ボールの上に乗った黄色い髪の少女。落っこちないように何とか段ボールに捕まっているようだったが、高速に上下左右で動き回る箱に振り回されており道行く人々にぶつかりそうになってしまっている。



「え、なに? 何かの催し物……、ってこっち来たぁ!!!」


「ご、ごめんなさいぃぃぃ!!!」



若干涙目になりながら突進して来る段ボールにまたがる少女と、それに狙われてしまったアカリ。


ぶつかろうとした瞬間……、アカリの服が彼女の師によって掴まれ、空中へと浮遊する彼女。何が起きたのか理解できず思わず上を見上げる黄色い髪の少女の視線と、アカリの視線が交差する。


けれどそれはほんの一瞬で、すぐに師の胸に抱きかかえられて事なきを得るアカリ。未だ段ボールは暴走しているようで、黄色い髪の少女はまだ何かに謝罪しながら人混みへと消えて行ってしまった。



「な、なんだったの今の……。あ、師匠ありがとうございます!」


「……いえ、御気になさらず。大丈夫でし」


「「「あーッ!!!」」」



エミがアカリに対し安否の確認をしようとした瞬間。先ほどの箱の少女が通り過ぎた近くにいた人たちが、次々に声を上げる。



「お、俺のストラップが!」

「私のも!」

「せっかく朝一番に並んでもらったのにー!!!」



騒ぎ始めた彼らの様子を伺うと、その胸に掲げられていたはずのストラップが根元からなくなっていることが解る。首から掛けるタイプだったようだが、本体の黄色い箱の様な者が無理矢理ちぎり取られ、無くなっているようだ。そしてその大事なストラップを失くしてしまったのは……、あの箱の少女がぶつかりそうになった人ばかり。


どうやらアカリとすれ違った後も同じことをしていたらしく、前からも後ろからも同じような声が聞こえて来た。



「どうやらスリ……、の様でしたね。まぁストラップを狙っていたようでしたが。とりあえず何もなかったようで安心しました、アカリさん。」


「は、はい……。」


「テーマパークで窃盗とは、穏やかではありませんね。少々お待ちを、職員の方にご報告をしておきます。」



アカリに何も外傷がなく物を取られた形跡がないことに安堵し、ゆっくりとアカリの体を地面へと降ろすエミに、先ほどすれ違い視線が交差した箱乗り少女に思う所があったのか、心ここにあらずと言った様子のアカリ。


とりあえず職員に報告した方が良いだろうと電話を掛け始めるユイナ。そして先ほどヒマから“転売ヤ―”の話を聞いていたのが仇になったのか、件の少女が奪ったものを売りさばこうとしているのだと想像が飛躍してしまい、感情が爆発。憎しみの感情を発露させてしまい暴れ始めたリッカと、それを羽交い締めにして抑えるヒマ。



「……あ、あの。リッカさんは本当にどうしたので?」


「え、エミさん! ちょっと助けて! 今日のリッカいつもより力強いんだけど! ボク一人じゃ無理だこれ!」


「ふしゅーッ! ふしゅーッ! カード! 私のカード買い占メタ! ちゃんと予約してたノニ無理矢理! 店員脅して! 売らせて! 転売しやがった! 許さん! 許サンッ!!!」


「と、とりあえず静電気レベルでピリッとしますね。はい。」



オタク気質というか、アニメやゲームに一定の理解があり、コレクターとしての性質も併せ持つのが青龍リッカ。おそらく小学生時代にしたつらい経験がフラッシュバックしてしまったのだろう。エミの元で鍛え抜かれたこともあり、とんでもない力で暴れ始めそうになってしまうが、その師匠の電撃によって鎮圧される彼女。


そんな幼馴染の暴走。普段であればアカリが真っ先に止めに走るのだが……、今日は師匠がいる。おそらくさっき目をあった少女のことが酷く気になったのだろう。ちょっとだけ落ち着いたリッカを一瞥した後、彼女は走り始める。



「ごめんリッカにみんな! ちょっと私見てくる!」







 ◇◆◇◆◇






「く、クモさぁぁん! 色々無理ありますよぉ!!!」


「きゅ!」



物陰で小さく泣き言をいうきりんに、プラカードに書かれた『だいじょうぶ!』という文字を掲げる透明化部隊の蜘蛛。彼女たちは非常に地道な行為ではあるが、父である黄龍と蝉少佐のたくらみを阻止するために動いていた。


遊園地の中で一晩を明かしたきりん、蜘蛛たちが運んできてくれた常人レベルの食事を食べながら職員たちの会話を盗み聞きしていたのだが……。既に計画が開始されているということを知ってしまった。何せ昨日蜘蛛が気絶させた職員が持っていたトランシーバーから聞こえてくる言葉である。嘘なわけがない。



(あのストラップは、人をバケモノにしちゃう怖い宝石。だから私が回収しなきゃなんだけど……。)



きりんは逃げ出す際に父のデスクから幾つかの書類を盗み出しており、その中には今作戦の計画書も入っていた。それによると“クライナージュエル”という存在を入場者特典としてばら撒くことで客を化け物に変換。その時に発生する負の精神エネルギーと、化け物を見て怖がった他の客が生み出す負の精神エネルギーを集めることで、あの“龍の宝玉”を起動させるというものだった。


彼女としては“龍の宝玉”が父の思う通りに動くとは思わなかったし、そもそも精神エネルギーというものに関しても半信半疑なところがあったが、“化け物にしてしまう”ことに関しては信じざるを得なかった。何せ昨日の夜に彼女は人が怪人に、“セミ男”になるところを目撃している。


だからこそ何とかしてストラップに扮した“クライナージュエル”を回収しようと動き始めたのだ。



「でもこんな感じに“盗っちゃう”なんて聞いてないよ蜘蛛さん! 『わたしにいいかんがえがある!』じゃないよぉ! すんごい怖かったんだからぁ!!!」


「きゅ?」



でも目的は果たせてるじゃん。と言いながら段ボールをひっくり返す彼。その中には100は下らない程のクライナージュエルが入っており、先ほどの“暴走段ボール”によって手に入れた成果であった。怒り狂った猛牛よりも激しく動く段ボール(中に蜘蛛たちが入って動かしている)に乗せられていた彼女も、それを見せられれば黙るほかない。


実際、成果自体は上がっているのだ。彼ら蜘蛛が主人に事の顛末を報告した際に受けた命令は『減らし過ぎないように気を付けながら彼女に付き合ってあげなさい』というもの。透明化部隊がその本領を発揮すればこの遊園地中に広がった1500の回収などたやすいのに、わざわざ段ボールを動かしきりんのオーダーに応えているのだ。街中で自分たちの主人を見つけてつい嬉しくなり、突撃しそうになっちゃった以外は全く問題は起きていない。



「きゅ?」


「まだやるかって? ……そうだよね、私しかいないんだもん。出来る限りやらなきゃ。」



一瞬誰か大人に相談しようか考えたきりんだったが、どこに敵の手が伸びているか解らない。しかもすでに計画が進行してしまっている以上、誰かに頼り警察を呼んで貰い、警察が動き出すころには……。すべてが手遅れになってしまう可能性しかなかった。今彼女に出来るのは、出来るかぎり怪物になってしまう人を減らすこと。何故か蜘蛛たちが手伝ってくれている以上、やるしかなかった。


彼女がそう思いを新たにし、クモに段ボールをかぶせもう一度出発しようとした瞬間……。



「いたぁぁぁ!!!!!」


「ひょわぁぁぁぁぁ!!!!!」



いきなり耳元で大きな声を出され悲鳴を上げてしまうきりん。大きく後退しながらそちらの方を見てみれば……、先ほどぶつかりそうになってしまった子だった。そして何が起きたのかとびっくりした蜘蛛が、箱から顔を出して外を確認しようとしてしまう。


多分見られちゃったらダメ。全力でその持ち上げられた箱を抑えようとするが、その時に誤ってストラップを収めていた箱を蹴っ飛ばしてしまい、当たりに散らばるクライナージュエルたち。


ここで大人や職員を呼ばれて捕まっちゃうぐらいならストラップを一旦諦めて逃げるしかない。きりんはちょっと泣きそうになりながら箱の中の蜘蛛に指示を出そうとするが……。目の前にいた彼女。アカリの声でその動きを止めてしまう。



「あれ? クモ? ……もしかして“蜘蛛”さんの所の子?」


「きゅ! きゅきゅ!」


「ふぇ……? も、もしかしてお知り合いなんですか?」



自分の主人の名前の一つ、それを言われ喜んでしまったのかついアカリに飛びついてしまう蜘蛛に、それを顔面で受け止めてしまったため顔を食べられているかのような状態になってしまったアカリ。それに小さな悲鳴を上げながら、恐る恐る聞いてみたきりんだったが……、返って来たのは肯定だった。



「うん! と言っても知り合いの人……、なんだろ? この子の主人みたいな人? を知ってるだけかな。たぶんその辺りはヒマ先輩の方が詳しいと思う。というか何してるの~、きみぃ~?」


「きゅー! きゅきゅ!」


「……うん! 何言ってるか解んない! でも“蜘蛛”さん所の子が一緒にいるってことは、悪い人じゃないんだね。よかったぁ~。」



顔に張り付いた蜘蛛を無理矢理引きはがし、『何するんだこのこの~!』という感じで蜘蛛の体や顔をもにもにとするアカリ。ちょっと前、彼女がジュエルナイトとして戦い始める前であれば人の顔の大きさほどある蜘蛛など恐怖で悲鳴を上げる前に気絶していたであろうが、今の彼女は色々なものと戦い、そして様々な“もっと怖いもの”を知っている。今更蜘蛛に顔面ダイブされるなんてちょっと驚く程度で済んでいた。


そして蜘蛛たちの言葉は解らなかったが、纏う雰囲気というものは理解できる。どうやら自分の意志でストラップ窃盗の犯人と一緒にいて仲良くしていたみたいだし、何かしらの理由があるのだと察したアカリだった。



「あ、あの……。通報したり、しないん、ですか?」


「うん! だって“蜘蛛”さんの所の子に気に入られてるんでしょ? あの人多分悪い人とか見たら『あらあら、見苦しい愚物ですねぇ。掃除しませんと。』とか言いながらぶっ殺しにくるし! 大丈夫!」


「ひぇ。」



あの戦いからジュエルナイトたちとまた一緒に活動するようになったヒマは、当初“蜘蛛”のことを根掘り葉掘りとアカリやリッカから聞き出されていた。面識のないユイナからすればよく解らなかったが、2人からすれば昔からひかりが丘を巣とする妖怪みたいな存在が“蜘蛛”である。そんなところに長期間いるとなればそりゃ心配になって色々聞き出すものだ。


けれど帰って来たのは非常に楽しそうな日常。結果としては強い安堵と、“蜘蛛”に関する無駄に詳細な情報だったのだが……。それがモノマネとして結実する。無駄に似たソレは一瞬だけ背後に“蜘蛛”の姿を宿らせ、思わず悲鳴を上げてしまうきりん。



「それで、何でストラップを……。ッ!」



まぁ雑談はこれぐらいにして、と話を切り替えようとしたアカリだったが……。地面に転がっているストラップを見て、表情が変わる。先ほどきりんが蹴っ飛ばしてしまった衝撃で一部壊れてしまったのだろう。ストラップの外殻が壊れ、中に隠されていた“クライナージュエル”がむき出しになっていた。



「なんでここにクライナージュエルが、いやもしかしてこれ全部が……!?」


「し、知ってるんですか! これのこと!」


「うん、ちょっとね。」



そういいながら後ろ手でスマホを操作し、慣れた手つきで空メールを仲間たちに贈る彼女。何かあった時の為に、彼女たちのスマホはお互いに位置情報が共有できるように設定している。そして空メールの意味は、『クライナー出現』などの緊急事態を表していた。



(ストラップが全部、クライナージュエルだったら……。被害は想像もつかない。アンコーポめ! こんなところに来てまで悪いことするなんて……! 私一人の、手に負えない!)



昨日起きたクライナーの出現、そしてここに大量に集められたクライナーの素。どう考えても裏でアンコーポが動いているとしか考えられない。まぁ実際は違うというか彼は商品を売っただけで、現在未だ意気消沈中のクラフトをビーチチェアに座らせ、夏の潮風を楽しみながらバカンス中なのだが……。まぁ何も知らないアカリがそう思ってしまっても、仕方ないことだろう。


そんな彼女、アカリの様子を見るきりん。彼女から見てアカリは、同年代の同じ子供。けれどその目と纏う雰囲気はまるで歴戦の戦士の様。何かしらの情報を持っているようだし、自分を助けてくれた蜘蛛の知り合いでもあるらしい。もしかしたら自分の話を信じてもらえるかもしれない。そう思った彼女は、淡々と事情を話し始める。



「私のパパ、おかしくなってしまったんです。人を化け物に作り替えて、“負の精神エネルギー”ってのを集めようとしているみたいで……。」



彼女の口から語られるのは、父のデスクから奪ってきた書類をまとめた物。負の精神エネルギーを集め、“龍の宝玉”を起動し、母親を復活させようとしている。そしてその裏には悪い大人がいると言うことも。“蝉少佐”のことも伝えられたが、アカリもきりんもデスカンパニーのことなど欠片も知らない。とりあえずアカリの頭の中で『蝉少佐は自分の知らないアンコーポの幹部』という方式が出来上がったころ、それまでぬいぐるみのストラップに扮していたプルポが、声を上げる。



「りゅ! 龍の宝玉!? し、しってるぽ!」


「ふぇ!? 人形が喋った!?!?」


「人形じゃないぽ! プルポっぽ! ……あ、喋っちゃった。……いいよねアカリ?」


「……いいけど、気を付けてよね。師匠にも最初からバレてたみたいだし、気を付けなきゃ。」



謝るプルポの話によると“龍の宝玉”と言うのは妖精界で実際に存在していた宝物の様だった。人間界との友好の証としてとある一族に渡してからそれっきりだったそうだが、“正の精神エネルギー”を宝玉一杯に溜め込むと願いを叶えてくれる素敵な品。けれど逆に“負の精神エネルギー”を宝玉一杯に溜め込んだ瞬間。“破滅”という形でその願いを叶えてしまうとても危険な宝物だという。


つまり、きりんのパパの計画が実行されてしまうと……。世界が終わる。



「だからと~っても! まずいっぷる~~~!!!」


「すぐに動かなきゃ、ね。あ、そうだ。まだ名乗ってなかったや。私、朱雀アカリ! よろしくね!」


「……黄龍、きりんです。でもどうやって……。」



クライナージュエルを回収しようにも、計画書にある“定刻”まであまり時間が残っていない。たとえ2人で回収の為に動いても、明らかに間に合わないだろう。故に彼女に何か名案があって欲しいと縋りながらそう問いかけようとした瞬間。



「見つけたぞォ、お姫様よぉ!」


「「ッ!」」



背後から聞こえる、男の声。


2人が振り返ってみてみれば、そこにいたのは黄色いキャップを被ったこの遊園地の職員たち。昨日までは誰一人として無手、武器を持っていなかったのだが……。今日は違う。



「お前のせいで俺は少佐からお叱りを受けちまった。毎日コツコツ、組織の為に奮闘し! 地方支部賞を貰った俺がだぞ!? このまますんばらしいキャリアを積み上げ、ゆくゆくはあの方への謁見の機会を賜ろうとしていたのに……、それがパァになっちまったじゃねぇか。」


「ッ! もしや、アンコーポッ!」



リーダー格の腕章をつけている男が、怒りを言葉に乗せながらそう吐き付ける。一瞬だけ後ろを確認するアカリだったが、どうやら運が悪いことに行き止まり。逃げようにも突破口は目の前の人たちを突破するしかない。幸いなことに、仲間たちと師匠へのHelpのメールは先ほど送ったばかり。時間稼ぎのためにも問いかけたアカリだったが……。


眼の前にいた職員たちの顔が一瞬だけ虚を突かれたようになり、一斉に笑い始める。



「っとぉ、失礼したなレディ? あんな小童組織と間違えられるとは思わなくてよぉ。いつもならば名を明かして盛大にやるってもんだが、少佐から止められちまってんだ。冥土の土産を渡してやれねぇで申し訳ねぇなぁ。」



そう言いながら、両腕を鳴らしながら戦闘態勢を整えていく彼。いつ戦いが始まるか解らない、そう判断したアカリは背後にきりんを隠し、後ろ手でプルポから手渡された自分の相棒。ナイトジュエルのルビーを構える。


動きから、眼前の少女が何かしらの戦う力を持っていると悟ったのだろう。無抵抗な市民に手を出す趣味はないセミ男だったが、相手が戦士であるのなら別だ。こちらもそれ相応の姿を見せなければならないと感じ、その“変身”が解けていく。その印として顔に浮き出てくる、緑色の無数の血管。



「はッ! やる気十分ってことか。ならこっちも応えねぇとなぁ……、へボワァッッッ!?!?!?」



だが、その姿が完全に現れる前に叩き込まれる、青い雷を纏った蹴り。


その蹴りは“変身”しようとした男どころか、周囲の取り巻き。その場にいた職員全員を丸ごと蹴飛ばしてしまい、塊となって通りの奥へと転がっていく彼ら。


そしてそんな男たちと代わり、彼女たちの前に現れたのは……。



「遅れて申し訳ありません、人混みが多くて……。大丈夫ですか、アカリさん。」


「し、師匠~~!!!」








ーーーーーーーーーーーーーーーーーー






〇サルでも解る! ネオ・デス博士の怪人講座!(ストラップ編)


はーはっはっ! ごきげんよう諸君! ネオ・デス博士である! 今日もサルに等しい貴様らの頭脳でも理解できるように“懇切丁寧”な説明をしてやろう! さて今回はどうしようか……。おぉそうだ、今回出てきていた“ストラップ”について説明してやろう。今後のことを考えるとあまり関係のない怪人を紹介しすぎてもな。ネタ切れて後々苦しみそうだし……、というか今も苦しんでおるし……。怪人解説を期待していた者には悪いが、まぁ我慢してくれたまえ! ではこれまで通り、我が最高傑作であるクモ女の基本スペックを眺めながら講義していこうではないか!


■身長(人間形態):190.5cm

■体高(怪人形態):240.8㎝

■体重:320.5kg

■パンチ力:135.3t

■キック力:289.9t

■ジャンプ力:382.0m(ひと跳び)

■走力:0.1秒(100m)

★必殺技:スパイラルエンド


さてこのストラップだが、非常に簡素なつくりとなっている。黄色い合成プラスチックで内部のクライナージュエルを隠しているため比較的軽いのが特徴的だな。遊園地の頂上から発せられる特殊な電波を受けるとその機構が動き出し、クライナージュエルを覆っていたプラスチックが爆散、その衝撃でクライナージュエルが所有者に向かって飛んでいく、という仕組みになっておる。


非常に簡素と言うか、適当な機構ゆえ、正直私から見ればもう少しなんとかならなかったのかと言いたいところではあるが……。まぁ急な作戦だった故な、一晩で1500の機構を用意し配布準備を整えるとなると複雑な物は作れなかったのだろうよ。この私が関わっていれば周囲の顔色が悪いモノに向かって自動追尾する程度の機構であれば作ってやったものを……。ま、どうせクモ女に潰されるだろうし、意味のない話か。


あ、それとクモ女? シカーダアーミーは組織でも結構優秀で有能な集団だったのだよ。一応知り合いである故、そのよしみとして助命嘆願を……。あ、即却下か。うむうむ。ならばもう何も言うまい。どうにもならんことはすぐに忘れて違うことを考えるに限る、な! はてさて、次はなんの解説をしてやろうか……。


っと! ではな諸君! 次の講義まではもう少し真面な頭脳を手に入れておくがいい! さらばだ!

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