45:まぁすぐ後ろで見てるよね
ビジネスを襲撃した直後、ゆっくりと空を駆けながら思案に耽る。
どうせ曇っていて月は見えないのだ、ソニックブームなどに気を付けて出力を抑えながら飛べば誰も気が付かないだろう。そもそも服ごと全身を透明化させているのだし、私と言う存在がここにいるということを見抜けるのはほんの一握り。バレなければそれでいいし、釣れれば打ち倒すだけだ。
今は少し、考える時間が欲しかった。
(とりあえず、ビジネスが“私”関連のことを一言も喋っていないのは非常に良かった。一番警戒すべき正体の露見に繋がる可能性がぐっと減ったのだ。これほど喜ばしいことはない。だが……、また面倒ごとであるのは確かだね。)
イエローアイランド、表向きには。いや数か月前までは単なるリゾート施設であり、ここ一帯を運営する企業の名前でもあった。お陰様で簡単な情報であれば軽くネットの表層を漁れば出てきてくれる。そしてビジネスが持っていた情報と、私の配下の蜘蛛たちが集めてきた情報を一つに合わせれば、輪郭程度は見えてくるのだ。
おそらく、彼ら。イエローアイランドの目的は非常に短期的なものだ。
(もし世界征服とかを考えているのならあまりにも“先”を見ていない。直近で起こるであろう“何か”に賭けていると言ってもいい。戦力の増強も、資材の動きも、とある一点を見据えている。……だからこそ、その背後にいる“組織”も手を貸しているんだろうね。)
この世界における悪の秘密結社は互いに蹴落とし合う存在だ。手を組んで何かに対処するなど滅多に起きない。協力関係を構築するなんて何か夢を見ているのかと思ってしまうほどだ。つまり、イエローアイランドは利用されている。そうでなければこんな愚かな行動はしないだろう、って動きをしまくっているからね。“イエローアイランド”という組織は後数か月もしないうちに崩壊し、“その裏にいた組織”が上手く立て直すことで求心力を集め新たな支配圏として組み入れることに成るだろう。
イエローアイランドは、それだけの価値がある。
軽く見たが、一連のリゾート施設が生み出す資金と世界中から集まってくる観光客の量は結構なものだ。流石に海外からやって来た夢の国様には劣っているが、国内じゃ五指に入るレベル。イエローアイランドだけの強みもあるし、まぁ“使いやすい”だろう。
単純な資金源だけでなく、目的の“素体”を入手するために対象に無料券でも送りつけて招待し、攫ってしまうことも可能だ。そして何か不信に思われても、ここは海に面している。多少悪いうわさが立つだろうが、海と言う大自然に飲まれてしまった不幸な事故、として処理してしまえば何も問題はない。
(それに、何もせずとも人が勝手に集まってくるんだ、入場口辺りに検査キットでも置いておけば適性なんて丸わかりだろうし、テーマパークってことで来場客の警戒心はある程度緩んでいる。ま、上手く出来た“トラップ”になるだろうね。)
何処かの組織が目を付けるのは非常に頷ける。
これは別に金持ちに限った話ではないが……、何かを渇望している時、その解決策が目の前に転がり込んでくれば手を伸ばさずにはいられない。おそらくイエローアイランドの経営者。黄龍もその一人だったのだろう。ちょうどいいと言ったら失礼になるが、ちょうど数年前に彼は奥方を亡くしている。非常に愛妻家であったとネットで記事になるくらいだったみたいだし、それを“外法”を持って取り戻そうとする、くらいはしてもおかしくないだろう。
「背後にいる組織や、彼が頼ろうとしている“外法”は何なのかはまだ解らない。……まぁ夜が明ける頃にはあの子たちが見つけてきてくれるだろうけど。」
時間が解決してくれる。だからこそ私は彼らの女王としてゆったりと構えておけばいい。だがまぁ、ちょっとした心配もあるのだ。
以前掃除したという事実にかまけ、軽い調査しかしていなかったのは事実だが、それでも私相手に隠蔽できるってことはそれなりの組織。最悪、今都心でブイブイ言わせてる動物系の怪人を操る組織とか、北の方で勢力を拡大しているらしい機械系の組織とか。南の果てで急速に力を蓄え始めている宗教系の組織とか。それこそ、デスカンパニーの残党とか。挙げればきりがない。
こいつらが大きく成り過ぎたり、現地ヒーローが志半ばで敗北したという情報を私が入手した瞬間、小旅行を兼ねて全部“第2のデスカンパニー”になる前に消し飛ばす予定だったけど……。もし今回の背後に彼らがいるのならば、担当者が撃破されたことで何かしらの調査員を出してくるに違いない。私の存在が露見する可能性を防ぐためには、先んじて文字通り“消滅させる”必要が出てくるだろう。
数が数だし、かなり面倒くさい。
あーもうヤダヤダ。他のこと考えよ。
「……にしてもまぁ、“蝉少佐”って名前。あまりにもあからさまだよねぇ。」
ビジネスが言っていた現在のオーナーの背後にいた男。ビジネスはその強さと黄龍に付き従っていた姿から疑問を持ちながらも護衛として一旦処理していたようだが、まぁ確実にイエローアイランドの“裏”にいる存在だろう。けれどビジネスはその男の姿を、“普通の人間”と表していた。
100%怪人だが、私同様人間形態で活動している、と考えていい。だがまぁ……。
悪の組織が他組織の足を引っ張るために名前を偽るなんてよくある話だ。既に崩壊してしまった組織ながら、未だに“デスカンパニー”というネームバリューは非常に重い。流石に海外の情報までは手に入れられていないけど、噂によると未だ世界の40%はデスカンパニー系列の組織の支配下にあるらしい。流石に最盛期、全世界の9割近くだったっけ? それを考えれば落ちぶれたものだけど、未だに裏社会でもこの名を出せば、一定以上の評価はされる。
(虫=デスカンパニー、まぁ正確にはあの博士なんだけど。色々発覚して正義側に襲われる可能性を考えて、そう名乗っていてもおかしくはない。勿論デスカンパニーの残党が本当に悪事を働いている可能性もあるけれど……。)
ま、考えても仕方ない、かな。結構大きな作戦だし幹部級が出てきていてもおかしくない、上位勢の幹部となれば流石に人間形態、私が持つ能力の大半が使用不可になってしまう“九条恵美”の体では少し危うい。やられはしないだろうが殺し切ることは難しいだろう。“蜘蛛”の体である人蟲形態であれば確殺は可能だが、現在“蜘蛛”はひかりが丘にいるという設定だ。
「手間はかかるけど、しっかりと場を整えた上で通常形態に変異。そこから瞬殺ってのが最適かな? 元に戻れば全部の能力を使えるようになるし、ポカしても“彼女たち”の記憶に残ることは決してない。っと、そうと決まれば準備を……。およ?」
予備戦力として残していた蜘蛛たちに隠蔽のための準備をさせようとした瞬間。眼下の遊園地の方で何か騒ぎが起きていることを察知する。ちょっと見下ろしてみれば、どうやら誰かがイエローアイランドの職員に追いかけられている様だった。
……流石に見捨てるのは忍びないね。
透明化を維持しながら、ゆっくりと降下する。後の用意よりも、目先の人の命だ。ドレスのスカートの中に忍ばせていた配下たちを先に降下させながら、必死に逃げている彼女のサポートをしてやるように指示出しをする。
「ん? 彼女どこかで……。あぁ、娘さんか。」
飲食店が集まる一角、そこで一番高い降り立つとようやく逃げている彼女の顔が見えてくる。どこかで見たことがあるなと思い出してみれば、今のイエローアイランドのオーナー。“黄龍”の一人娘、“黄龍きりん”さんだ。ここ一帯を治める領主の娘、いわばお姫様なわけだけど……。職員、それも改造済みと思われる人間たちに追いかけられるようなご身分ではないね。
「っ! いたぞ! そこだ!」
「行き止まりに追い込め! 出入口はすでに塞いでるんだ! どう足掻こうとも逃げ切れん! 確実に追い込んでいけ!」
おそらく戦闘員のまとめ役なのだろう。全員がイエローのキャップを被る中、一人黄色い腕章を付けた者が指示出しをしていく。身のこなしと保有するエネルギー量から他の戦闘員とは違う怪人だと推測できた。既に閉園しているというのに変身しておらず、他の職員たちが武器らしいものを持っていないことから傷つけず確保する必要があるのだろう。
……さて、どうするか。
先に降下させた子たちにサポートをするようには命じたが、先に調査を命じた子たちもいたためそもそもの総量が足りない。相手の動き的に徐々に包囲を縮めて行こうとしているわけだし、最終的には捕まってしまうね。何故彼女が逃走しているのかは解らないけれど……。理由はいくつも思い浮かぶ、それこそ父親の外道の所業に気が付いてしまった、とかね?
「きゅ!」
「ん? あぁ君たちがやってくれるの? そうだね、それが一番良さそうかな。じゃあ透明化部隊のみんなにお仕事を頼もうか。彼女に寄り着く悪者を闇夜に紛れながら、誰にも気づかれずに処理しておいで。」
「きゅきゅー! きゅ!」
「「「きゅ!!!」」」
私の血を分け与えたことで透明化能力と普通の蜘蛛では考えられない力量に至った子たち、ひかりが丘から連れて来た子たちが次々と飛び出し、闇夜に消えていく。別に殺してもいいのだが、相手に余計なプレッシャーを与えて変なことをされては堪らない。無力化だけをお願いしておくことにしよう。
「方法は任せるよ……。あぁそれと、あの感じじゃ真面な食事と寝床にはあり着けそうにない。透明化部隊のリーダー君? そこも頼めるかな? あぁ、食べ物は人のモノをお願いするよ。」
「きゅ? ……きゅ!」
一瞬不思議そうな声を上げ、捕まえた虫とかはダメなの? みたい視線を送られたが、ゆっくりと首を振り『普段私が食べているようなものを』と伝えておく。一瞬悩んだような彼だったが、すぐに頷き他の子たち同様闇夜に溶けて行った。
「下手な怪人よりは強いからね、大丈夫でしょう。……さて、私も私で準備をするとしようか。さ、まだ残っている子たち。スカートの中にお入り、また姿を消しながら移動するからね。」
……あ、そう言えばあの部隊の子たちと言うか、蜘蛛たちを接触させた後にあの子がアカリさんたちと出会えば……。“蜘蛛”がここにいるって考えちゃいそうだな。さ、最悪“蜘蛛”がヒマのことが心配で来ちゃった、ってことにすればいいか……、うん……。
◇◆◇◆◇
「はぁっ、はぁっ、はぁっ!」
「いたぞ! そこだ! お前は先回りしろ!」
「っ!」
黄龍きりんは、一人、このイエローアイランドを走り回っていた。彼女の父親の所業が事細かに綴られた書類を胸に抱えながら。これを何処か、警察にでも持ち込めば父は止まってくれる、そう信じての行動だった。
彼女、きりんは両親からの愛を一身に受けて育った子供だった。母から愛と正しさを教わり、父からそれを貫く強さとこの厳しい世界の乗り越え方を学び、成長していた。今はおかしくなってしまっているが、優秀な経営者であった黄龍は悪事を察知する勘も鋭く、また裏社会との適切な距離感を取るのも上手かった。この世界における表の存在たちが生き残るのに必須と言えるスキルを持っていた男は、その力を十全に使うことで妻と娘を守っていた。
そんな環境で生まれ育ったのだ。彼女には悪に屈せず、悲しみを乗り越え、前に進む心が備わっていた。……だからこそ、父の悪行は見逃せない。
(昔は、あんなに優しい人だったのに。……あの蝉少佐って名乗る人が来てからッ!)
荒れる息を何とか整えながら、闇夜に包まれた遊園地を走る彼女。
父が変わったのは、彼女の母親が病によって死してから。原因不明の病魔に襲われてしまった母は父が懸命にその治療法を探し回ったのにも関わらず、亡くなってしまった。きりん自身、失意に沈みそうになってしまったが、あまりにも酷く嘆き苦しむ父を見て、自分がしっかりしなければならない。そう思った彼女は何とかその苦しみを乗り越え、父に寄り添うことを選んだのだ。
けれどまだ彼女も、小学校を去年卒業したばかりの中学生。いくら乗り越えたと言っても母を失った悲しみは深く、出来ることは少ない。父の苦しみを完全に癒すことが出来なかった彼女は……。“外から来た悪意”の魔の手から父を守ることが出来なかったのだ。
(あの“男”は、家に伝わっていたあの宝玉を狙ってる。でも私達からしても、使い方の解らないただの置物だった。とても大きな宝玉。人よりも何倍も大きな水晶が使われているから大事にはしていたけど……。)
蝉少佐が“イエローアイランド”という存在に目を付けたのは事実、けれどもう一つの目的として何かしらの力を持っていると推測できる“龍の宝玉”を確保することと、それを使用した時の効果を調べるというものがあった。つまりきりんの父は、単に利用されてしまっているだけ。あの宝玉を受け継ぎ伝説を後世に伝え続けて来た一族であるきりんも、蝉少佐も。『真に願いが叶う』とは到底信じていない。
むしろ、計画を知ったきりんは、負の感情を集め何かを起こそうとすることで、途轍もなく悪いことが起きてしまうのではないかと感覚で理解してしまっていた。
既に、彼女だけではどうにもならない状況まで来てしまっている。“すでに現地警察にまで蝉少佐の手が伸びている”ことを知らない彼女は、何とかして警察に駆け込めば、事態が好転すると信じて、証拠となりえる書類を父親のデスクから盗み出し、城から逃げ出したのだ。
「そこか!」
「ッ!」
けれど、それを許すほど“蝉少佐”は優しくない。いくら現地警察などに協力者がいたとしても、彼女が真っ先に警察に駆け込む可能性は100%ではない。この地にやってきている観光客などに助けを求める可能性もあった。悪の組織同様、正義側も身分を隠して行動することもあるのだ。
しかもつい先ほど、アンコーポから提供されたクライナーの起動実験を行った際に流れのヒーローらしき存在に撃破されてしまっている。その者たちに確保されれば面倒以外の何物でもない。早急な確保のために人を動かすのは当然だった。
隠れて息を整えていたが、見つかってしまいすぐに逃げ出すきりん。けれどその先は……
「行き、止まり。」
「そうだぜ、お姫様。さ、蝉少佐から手荒な真似をするなと言われてんだ。俺らとしても園長の娘さん。プリンセスに手を出すのは忍びねぇ。なに、その大事に抱えているのをこっちに手渡してさえくれれば怖い想いをせずに済むんだ。ほら、なぁ?」
いつの間にか追い込まれてしまった彼女。振り返ってみれば、何人ものの職員たちが唯一の逃げ道を塞いでおり、先頭に立っていた腕章の男がそう言って来る。
思わず、胸に抱いてた書類たちを強く抱きしめてしまう彼女。逃げようにも後ろはコンクリートの壁、前は大量の大人たち。戦う術を持たない彼女にとっては相手が普通の人間でもあっても不可能。彼らが何かしらの手術によって人を越えた力を持っているとすれば、なおさらだ。
「わ、渡さない! これが世に出れば! パパは止まってくれるはず!」
「そんなこと、園長閣下が望んでいるとは思えないがなぁ?」
「ッ! それでも!」
明らかに自分が叶わない相手だとしても、そう強く言い放つきりん。それを聞いた腕章の男は、少し頭をかきながら……、ゆっくりと帽子を脱ぐ。
「それじゃぁ仕方ねぇ。ちと怖い想いをしてもらうことに成るが……、恨まないでくれよ、お姫さん。」
「……ッ!」
彼がそう言った瞬間、徐々にその体が崩れていく。内側に抑えていたものが弾けるように人の顔が解けていき、出てくるのは昆虫の顔。どこか蝉を思わせる彼が放つ覇気もより大きくなり、存在感が増してしまう。この存在が人の身ではどう足掻いても勝てないと本能で理解し、膝から崩れ落ちてしまう彼女。
「蝉少佐旗下のセミ男。まぁ量産型なもんで他にもいっぱいいるが、これでもデスカン……、っと。これは言っちゃいけねぇんだった。さて、ちと悪いが羽の音で気絶……。」
「…………ぇ?」
上着の下に隠してあった羽を広げ、それをすり合わせることで特殊な音を響かせ眼前の彼女を眠らせようとした瞬間……。彼の体が音もなく、前に倒れていく。そして同時に、その場にいた全員が糸が切れたように倒れ伏してしまった。
「な、何が……。」
「きゅ。」
「……く、も?」
「きゅきゅ。」
闇夜から溶け出るように現れたのは、人の頭ほどの大きさがある蜘蛛たち。その場にいた全員を眠らせた彼らは彼女の前にゆっくりとその姿を現し、人の耳でも聞こえる可愛らしい声で、彼女の言葉に応えた。蜘蛛たちは人の言葉を話すことはできないが、理解し手振り身振りで意志を伝えることができる。きりんの動揺が落ち着くのを待たずに、彼らはその足を使い、彼女に『付いてこい』の意志を伝えた。
「……助けて、くれるの?」
「きゅー!」
自分の言いたいことが伝わったことで、嬉しそうに鳴く蜘蛛。きりんとしてはこのクモが何なのかは割らないが、自身を助けてくれたのは確か。追い込まれていた状態だったし、いつ更なる追手がやってくるか解らない。震える足を意志の力で押さえつけ、何とか立ち上がる。
それを見た蜘蛛たちは、彼女を先導する形で歩み始める。その行き先がこの遊園地の更に内部、外に続く道ではないことに疑問を覚えるきりんではあったが、蜘蛛たちがさっき拾ったらしいトランシーバーの音声を聞き、『出入口が包囲されている』という情報を得ることで納得する。もしここから抜け出そうとするのならば、人の目がないこの夜の時間帯よりも多くの客たちが流れ込んでくる開園時間の後の方が都合が良い。もし上が休館の指示を出したとしても、急故にそれ相応の騒ぎが起きるのは確実だ。
(それに乗じて、逃げればいいってことだね……。というかこの蜘蛛さんたち。何者? なんだろう。)
「きゅ!」
「……この先に行けばいいの?」
蜘蛛たちが立ち止まり、建物の壁を無理矢理引きはがす彼ら。どうやら暗いせいで何があるのかは見ることができないが、どうやらこの先にある場所で隠れろと言っていることは理解できた。恐る恐る中に入ってみると、すぐに大きな音と共に引きはがした壁を元に戻す蜘蛛たち。きりんが閉じ込められたと思った瞬間、スイッチが入る音が響き、小さな電球が暗闇を照らした。
「きゅ!」
「……な、なにこれ。」
そこにいたのは、大量の蜘蛛たち。おそらく手が空いていた者たちを透明化部隊のリーダーの権限でかき集めたのだろう。せっせと掃除をしている者や、どこかから食料を運んできている者。そしていそいそと災害用の寝袋を広げ、きりんのための寝床を作っている者。たくさんの蜘蛛が、蠢いている。
ある程度虫に耐性があった故叫ばずに済んだきりんだったが、思わず唾を飲み込んでしまう。
そして、確かに大量の蜘蛛が蠢いているのにも驚いたが……。一番びっくりしたのは、すでに人の体よりも大きな山になった大量の食糧。個包装されているものばかりなのでそのまま床に置かれているが、土産物屋から盗って来たものや、職員用の厨房から盗って来たもの、挙句の果てには誰かのお弁当箱まで置いてあった。
「きゅ!」
「あ、字。書けるんだね。」
驚くきりんに、ここまで先導してきた蜘蛛の一匹が何かが書かれた紙を手渡す。ひらがなのみで書かれているため多少読みにくいが、読めないわけではない。目を凝らしてみてみると……。
「えっと。ここにあるものは全部好きに使って良い。あと後ろの食べ物は全部私の……、私の!?」
「きゅ?」
「いやいやいや! あんなに食べられないよ!」
思わず突っ込んでしまうきりんに、それを聞きちょっとしょんぼりする蜘蛛。更にさっきまで食料、個包装されたあんパンを運んでいた蜘蛛は『要らないの!?』とショックを受けたようで、固まって背負っていたパンを落してしまっていた。
彼らからすれば、自分たちの主人から『虫とかじゃなくて、普段私が食べてるものを用意してあげて』と言われたため、『普段主人が食べている種類、そして“量”』を用意しようと思ったのだ。せっかくの大仕事なので手の空いていた蜘蛛の動員しての作業だったのだが……、間違えてしまったと知り酷く落ち込む彼ら。
「そ、そんなに落ち込まないでよ……。あ、ありがたく貰うから、ね? だから返してきてあげて? ね? なくなったら困る人もいるだろうし……。ほ、ほら! 私このあんぱんだけ貰えれば大丈夫だから! ね!」
きりんの慰める様な言葉を聞き、そこにいた蜘蛛たちが『そっかー』という雰囲気を醸し出し始める。未だショックで固まっている蜘蛛もいたが、すぐに仲間に頭を叩かれて再起動している。
そんなわけでほんの一晩だけ蜘蛛たちの庇護を受けることに成った黄龍きりんだったが、『クモさんって感情豊か何だなぁ』と思いながらパンをかじるのであった。
◇◆◇◆◇
「蝉少佐! こちらです!」
「案内ありがとう……、ッ! これは……。」
きりんが蜘蛛によって用意されたセーフハウスの中で、とぼとぼと奪ってきた食料たちを返しに行った蜘蛛を眺めているころ。黄龍きりんの確保を命じられていた部隊の定例報告が消えたという知らせを受けた蝉少佐は、現場へと急行していた。遊園地には使わない軍用ジープから降りたスーツ姿の彼は、部隊の全員が気絶させられているという惨状を見て、つい言葉を失う。
しかし彼は組織から少佐と言う位を受けた存在、すぐに立ち直り指示を出し始めた。
「確かに失態だが、これでも組織の大事な人員。すぐに医務室に運ぶように。」
「はっ! すでに手配済みです! また全員命に別状がないことを確認済みであります!」
「よろしい。にしても……、争った形跡どころか、その映像すら残っていないとは。」
自身と同じ種族の改造を受けた存在、セミ男の傍に寄りながらその様子を確認する少佐。
彼が言った通り何者かにすでに処理されてしまったのか、監視カメラを始めとしたデータ類には何も異常を見つけることが出来ず、また現場に残っている形跡からも争ったようには思えない。言い表すならば急に吹かれた風に驚き、全員が心臓発作を起こしてしまった。そのような不自然さを現場から感じ取る少佐。
明らかに彼らは、何者かの襲撃を受けた。殺されはしなかったが、一瞬のうちに全て気絶させられている。
「……監視カメラの映像が信用できない以上、手間がかかりますが人の目の情報のみを信じるべき、か。各部隊に通達を。」
「はっ! 監視システムはいかがいたしましょう。やはりここは早急に対策を打つべきではないでしょうか?」
「いや、放置だ。敵には“こちらがまだ把握できていない”と見せるためにも、な。」
淡々と指示を出していく彼。敵が何か解らない以上、泳がせることで逆にこちらが情報を集める必要があると彼は判断した。しかし同時に、その策の欠点も彼は理解していた。怪人一体に戦闘員多数という集団、武装していなかったと言えどそ戦闘力は高い。そんな彼らを全員気絶させるなど、相当な手練れだ。
更に彼らが追っていたのはイエローアイランドの重要な情報を盗み出した小娘、その情報が外部にわたってしまえば少々不味いことに成るだろう。現在の彼、蝉少佐が抱える戦力を考えれば生半可なヒーロー程度即座に捻り潰せるが、組織を一度滅ぼしたピレスジェットレベルの敵がやってくると、流石に不味い。
情報を握った小娘を見逃してしまった以上、情報が漏れるのは時間の問題。早急に最低限の目的を達成し、イエローアイランドから手を引く必要があると彼は判断した。
「……予定よりも早いが、作戦を実行する。各怪人に指示を出せ、同時に“イエローアイランド”製怪人に埋め込んだ統制チップも起動させておくように。」
「すぐに手配します。」
即座に動く部下たちに満足しながら、蝉少佐は懐へと手を伸ばし、一つのストラップを手に取る。黄色く装飾された箱の様なもの。それを定められた手順で開けば……、内部に輝くのは、アンコーポから仕入れた第二世代型クライナージュエル。人をクライナーへと変化させてしまう宝石だ。
「クライナージュエル、だったか? どうなっている。」
「は! すでに1500を“入場者特典”として加工済みです! また残り500の輸送準備も整っております!」
彼らの計画。このイエローアイランドに限界ギリギリまでの客を呼び込み、その餌としてクライナージュエル。アンコーポが生み出した化け物へと人を変化させてしまう宝石を配る。そして定刻となれば出入り口を封鎖し、すべてのジュエルを起動。クライナーを大量発生させる。その時に発生する負の感情を回収し、“龍の宝玉”に注入起動実験を開始する。伝説では願いを叶えると言われているが、その真偽は不明。故にその価値を確かめるために試してみる、というわけだ。
蝉少佐の本来の計画であれば、デスカンパニーの残党が保有する優秀な科学者たちにあの宝玉を調査させ、そのメカニズムの解明を行っていく予定だったが……。運がいいことに、精神エネルギーを取り扱うアンコーポが接触して来た。まだそのすべてを調査し終わったわけではないが、アンコーポが扱う負の精神エネルギーは龍の宝玉に対応していることを知った彼は方針を転換。アンコーポの技術を製品という形で一部買い取り、それを利用することで起動実験を行うことにしたのである。
(アンコーポとやらの保有する技術も気になるが……、それは今回とは別件だ。“黄龍”の伝手がある以上、いつでも接触は可能。製品を手に入れた以上、我らが優秀な科学者たちがその全てを丸裸にするだろうが、まぁあちらの技術者から聞いた方が早いこともある。この作戦が終われば、アンコーポの吸収を上に進言しても良いかもしれん。)
そう考えながら、胸元のネクタイを強く結び直す彼。今考えたことは未来の計画、確かに軍人は今起きていることだけでなく保有する物資や味方の指揮を考えながら今後の動きを考えていく必要があるのは確かだが……。現在は作戦行動の真っただ中。今は目の前の作戦を成功させることだけを考えねばならない。
「もし正義に類する存在が出ようとも、クライナーで対処すればよい話。そしてそれを上回る存在が現れたのであれば、我らデスカンパニーが誇る“シカーダアーミー”の出番というわけよ。首領様がお隠れになったせいで確かに分裂してしまってはいるが……。あのお方が、あのお方こそ帰ってくれば、我らはもう一度一つに纏まり、世に覇を唱えることができる。そのためには我らの名が伊達ではないことを、示さねばならん。」
自分に言い聞かせるようにそう呟く蝉少佐。彼は部下に車を回させ、作戦本部を置く城に向かって帰っていく。
その言葉が、誰に聞かれていたのか、知らないまま。
(う、うわぁ……。デスカンパニーじゃんかぁ。一番面倒なの引いちゃったよ……。というか“あのお方”って誰ぇ?)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
〇サルでも解る! ネオ・デス博士の怪人講座!(デスカンパニー製怪人・量産型セミ男編)
おぉ! シカーダアーミーか! これはまた懐かしい名を聞いたな……! 以前講義を行った兜将軍の部下の一人、蝉少佐によって指揮されたセミ系の改造人間で構成された集団よ! うむうむ、よく訓練されておって第三帝国だったか? 旧ドイツ軍の軍服に似た装束がよく似合っておったのを覚えておるぞ。にしてもまだ生き残っておったのか……。あ、あと我が最高傑作であるクモ女よ? その“あのお方”ってのは完全にお前のことだと思うぞ、うむ。実際お前、まだデスカンパニーが残っておったら次期首領や最上級幹部とかそういう役職だっただろうし。
っと、はーはっはっ! ごきげんよう諸君! ネオ・デス博士である! 今日もサルに等しい貴様らの頭脳でも理解できるように“懇切丁寧”な説明をしてやろう! 今回は先ほど出て来たこの私の作品……、ではないな。私の改造手術を参考に作られた怪人! セミ男について解説してやろう! 量産に関しては部下に任せておったからな、だがその性能は折り紙付きよ! では、基本スペックだ!
■身長:199.9cm
■体重:102.6kg
■パンチ力:36.5t
■キック力:55.0t
■ジャンプ力:20.0m(ひと跳び)
■走力:3.0秒
★必殺技:なし
ふむふむ、必殺技。いわゆるエネルギーを内部に溜め込み爆発させるなどの“高価で複雑”な機構を全て取り外しながら、オリジナルにできるだけ近づけるという工夫が見える怪人だな。この私にかかれば、素体の数値を見る限り全体的な能力を1.5倍ほど向上、そして複数の必殺技を組み込ませることができるだろうが……。まぁそうなるとコストがかかり過ぎるか。量産型ゆえに仕方ないのだろう。
けれどシカーダアーミーに所属するセミ男&セミ女は全員がこれに匹敵する力量を持っており、飛行能力も保有済み。更に非常によく訓練されているが故に、連携も見事。ジュエルナイト程度ではお話にならん相手だろうな。うむうむ、確かこの改造手術の責任者はもう死んでおったはずだが、まぁまぁ良い仕事をしているではないか! 褒めてやろう! はーはっは!!!
……ま、こやつらを待っている運命はすでに見えているがな。この私には関係のないことよ。
ではな諸君! 次の講義まではもう少し真面な頭脳を手に入れておくがいい! さらばだ!
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