44:自白剤
「……うん、良く寝てる。」
用意してもらったホテルの一室、寝室に繋がるドアを少しだけ開けて中を伺う。扉越しに寝息だけしか聞こえなくなったから全員寝たことは把握済みだったけど……。大丈夫そうだね。
呼吸を止め音が出ないようにしながら、全員に布団を掛けておく。お嬢様であるユイナさんは寝姿からも気品を感じられるし、ヒマさんも育ちの良さが出ている。けれどアカリさんは少々寝相が悪いのか思いっきり布団を蹴飛ばしていたし、普段大人しめのリッカさんは……。まぁ彼女の名誉のために言及しない方が良いだろう。
幾ら夏とはいえ冷房の効いた部屋で寝巻だけなのは風邪をひいてしまう。まだまだこの子たちの夏休みは始まったばかりだし、このバカンスも同様だ。保護者としてついてこさせてもらっている以上、出来る限りのことはしてあげないといけないとね。……少し癪だけど可哀想だし、プルポの布団も掛けておいてやるか。
(まぁ今日一日ずっと遊び回ってたもんねぇ。そりゃ疲れるか。)
そんなことを考えながら、直前まで遊んでいたらしいトランプを整え、ケースに入れ直しておく。
私としては久しぶりに出て思ったより楽しかった大食い大会の記憶が強いが、彼女たちはそれはもう楽しそうに海を満喫していた。ひかりが丘自体内陸に位置する町。海など早々来れる場所じゃない。全力で思いつく限り、眼に入ったもの全てを楽しもうとするのは何も間違いではないだろう。泳ぐのはもちろん、マリンスポーツに砂浜、日が沈んだ後も部屋で楽しそうに遊んでいた。
(この妖精も一緒になって遊んでいたし、彼女たちの変身アイテムの“ナイトジュエル”の手入れが出来ていないようだった。まぁ別にそれはいいけれど、この前のエメラルドの様に気を悪くされたらかなわない。代わりに私が……。え? もう変身拒否とかしないから触れないで?)
プルポが寝ながら抱きかかえていたジュエルボックスを触った瞬間。本来適応者しか感じ取れないらしい宝石たちの感情が私へと叩きつけられる。というかコレは懇願に近いな……。そんなに私のこと怖かったの? せっかく最高級の布や洗剤を用意したのに? ……あ、若干エメラルドが揺れてる。でも他の3人に全力で止められてるじゃん。おもしろ。お前ら感情豊かだねぇ。
ま、嫌がられてるのは確かだし触れないようにしておくね。明日プルポに用意しておいた布や洗剤を渡しておくから、それで手入れして貰いなさいな。
……にしても、私が宝石の感情とか解るようになるとはなぁ。
(クラフトの細胞がメインだけど、ちょっとずつ精神エネルギーの研究が進んでいる。この子たちが特別な宝石ってのも理由にあるんだろうけど、ファンタジーな感じになって来たよな。)
っと。そろそろ私も動きませんと。
ゆっくりと彼女たちの寝室を離れ、ドアを閉める。そして向かうのは、私の為に用意して貰った部屋。流石ホテルのVIPルームと言うだけあって、格安のビジネスホテルなんかと比べると大違い。ひとつの部屋の中に複数の部屋がある感じだ。ベットがあるのは彼女たちが眠る寝室のエリアだけど、どうせ今日は寝るつもりはない。ある程度防音が効いていて、誰からも見られない場所があれば十分。
さて、仕事に取り掛かろう。
「蜘蛛たち? 任せた仕事の方は……、あぁ別にいいよ。時間もあまりなかっただろうしね。最優先事項だけ出来ていたら責めないさ。」
私が虚空に向かってそう問いかけると、今回連れて来た透明化能力を持つ蜘蛛たちが一斉にその姿を現していき、この地域に居座っていた蜘蛛たちも物陰からどんどんと溢れ出てくる。虫嫌いで心臓がそれほど強くなければ失神確定な絵面だ。
前者はひかりが丘から連れて来た子たち、後者は元々この町に住んでいた子たち。働き者で私が餌の面倒を見てあげる限り決して裏切らない賢い子供たちだ。まぁ子供って言うよりもペットって感じの方が強いけど、子と呼んであげる方がこの子たちやる気になってくれるからねぇ。
んじゃ、彼らが集めたデータの方を持って来ていたPCに入れて確認っと。
「クライナー発生時の監視カメラの映像と、この“イエローアイランド”が保有している警備システムのバックドア。後は記憶処理関連の作業……。うん、ちゃんとできてるね。」
まず閲覧するのは、今回発見したクライナーに関してのデータだ。
これまでアンコーポたちは、ジュエルナイトたちを狙いひかりが丘しか侵攻の対象としていなかった。けれど県外のこの場所に手を出してきたと言うことは、何かしらの方針転換が奴らの中で起きたことになる。おそらく、一旦ひかりが丘から手を引き、外部へ。そして他組織との交流を持とうとしているのだろう。
私が奴らを消し飛ばしたいと考えている理由として子供たちの保護もその理由として上がるが、『私と言う存在を認識した組織を生かしてはおけない』というものがある。
怪人クモ女、世界を征服しかけたデスカンパニーの最終怪人にして、最強最悪の存在。それが私で、こんな最悪の怪人を世界の為に除去しよう考えているだろう存在が、宿敵ピレスジェット。現在彼は私を探すために世界中を飛び回りながら、目についた現地の悪の秘密結社を消し飛ばして回っているらしい。
まぁつまり、彼が滅ぼした組織から私に繋がる様な情報が出て、奴がこっちにやってくるのは非常に困るのだ。完全に勝てると言いきれない、むしろ負けて殺される可能性が高い相手に、自分の居場所を教えるなど正気ではない。だからこそ、アンコーポが他組織に私の存在やそれに連なる情報を共有する前に、消し飛ばさなければならないってわけ。
(つまり、ひかりが丘の外にクライナーがいる。アンコーポに連なる存在がいるというのは非常に不味い。)
水際対策になってしまうが、妖精界にいるため本拠地に攻め込めないアンコーポは不可能としても、私が手を出せるこの世界の組織は消し飛ばしておく必要がある。それを達成するためには、情報が必要だ。故に配下の蜘蛛たちに頼んでこの一連施設の警備システムやデータベース、ほぼすべての情報端末にバックドアを仕掛けてもらったのだ。これを使えば監視カメラの映像も……、ビンゴ。
「ざっと見た感じ。アンコーポの幹部や戦闘員が接触した形跡は見れないね。……というか、この素体。“イエローアイランド”の職員から受け取ってないか?」
黄色いキャップ、イエローアイランドの職員が何かを素体に手渡している瞬間を見つけ、その手元を拡大する。案の定、クライナーの素となる“クライナージュエル”だ。
今回の素体となった人間のデータはすでに収集済みだ。
彼はイエローアイランドに雇われている水上オートバイのインストラクター。季節によってさまざまな場所で仕事をするため、イエローアイランドとは短期の契約だけを結んでいる。だがその各地を転々とする生活故か家族との時間が取れず負の感情が溜まっている様だった。確かに素体としては十分なのだろうが、そうなってくると何故アンコーポではなく、イエローアイランドの職員が手渡しているのかという点が気になってくる。
自分たちの支配下にあるからこそ油断し、監視カメラを警戒せずにそのまま手渡してくれたのだろうけど……。
(このリゾート施設、“イエローアイランド”自体が悪の秘密結社で、アンコーポと繋がっている?)
軽く見た感じ、ただの娯楽施設の様にしか見えなかった。それに以前本格的に調査した時も特におかしなところは無し。けれど“悪”に傾いているのはこの映像を見る限り明らかだし……、ちょっと直近数か月のカネの動きを見てみれば、少しおかしい所が見える。
名目は新規アトラクションの建設っていう名目で金や資材を買っているようだが……。その中に、『改造人間に使用する典型的な素材』の痕跡が見えた。上手く隠してはいるが、少々行儀が良すぎる。見る者が見ればすぐにバレてしまうだろう。
「まだ手慣れてない感じからして新参の組織。でも結構大きめの組織から支援受けてるな。」
流れ込んだ資材の量、そして私が“軽く”見て発見できない組織など、それこそデスカンパニーやその残党。一都市のみならず一国を軽く支配できる秘密結社の中でも“中から上”程度の実力を持つ組織以外考えられない。そも、新参の小童程度やアンコーポ程度の奴らが私の目を欺けるわけがないのだ。これは慢心ではなく、事実の羅列だ。私に多少抜けているところがあるのは自覚しているが、“能力”に関しては一切の疑念はない。
(ちょっと厄介だな……。)
相手がそのレベルになってくると、流石に“九条恵美”。最弱の人間形態では少し手間取ってしまうだろう。確実に消し去るためには通常形態である“怪人クモ女”として動く必要があるのだが、ジュエルナイトたちの世話をしながらとなると、少々難しい。あの姿は“蜘蛛”の人蟲形態よりおぞましく、本当に人に見せるものではない。
もし相手が全盛期のデスカンパニーだったとしても、丸一日あれば本拠地でもどこでも探し出せるだけの力が私にはある。いくら上の方と言っても流石にそれだけの力はないだろうから、まぁ時間を掛ければ見つけて消すのは簡単にいくだろう。
(でも、アカリさんたちのことを考えると……。“最低限の確認”だけは真っ先にしよう。私の正体が露見する可能性があるのなら、全速力で。ないのならば少しゆっくりめに。)
そう考えながら配下の蜘蛛たちが集めて来たデータをもう一度再確認し、位置を特定しながらトランクの中に入れてあったドレスを取り出しておく。
まだ私にはイエローアイランドという組織が、単に利用されている新参組織なのか、それともどこかの下部組織なのかはまだ判別がつかない。資材量や裏に流れ込んでいる資金の経済規模を見る限りまだ生まれて幼く、戦力規模もそれほどの様に思えるが、裏についている存在次第でこちらも対応を変える必要があるだろう。
そんな奴らがアンコーポと繋がったと考えれば……。ちょっと、本腰を入れなきゃね、ってことだ。
「さ、私の子供たち? ちょっと悪いけど死ぬ気で働いてもらうよ?」
「「「きゅ!」」」
「それで私は……。ふふ、ちょうどいい。彼からすれば初対面だろうけど……、久しぶりの再会と行こうか。」
もし事前に知ってたとしても、何も悪いことをしていなければ見逃してあげようかと思ってたんだろうけど……。もうそう言ってられる場合じゃなくなったからねぇ?
◇◆◇◆◇
怪人クモ女とジュエルナイトたちが泊まるホテル、イエローアイランドが保有する幾つかのホテルの中でも特段に豪華なそこには様々な施設が用意されている。勿論子供が楽しめるものも多くあるが、大人が夜を楽しむための施設も数多く存在していた。
そんな施設の一つ、気品のある黒を基調としたバーにビジネスは訪れていた。
彼は精神エネルギーによって構成された生命体であるが、飲食ができないわけではない。誰もいないバーカウンターに座り、彼の取引先から手渡されたVIPカードを眼前のバーテンダーに見せる。これがある限り、彼が何を頼んだとしても金銭を要求されることはない。全て、イエローアイランド持ちだ。
「おススメを。あまり強くなく、甘目でお願いします。」
「かしこまりました。」
眼前のバーテンダーにそう頼み、テーブルに肘を付けながら自身の酒が用意されていくのを眺める彼。アンコーポの幹部としてそれなりの給与をもらっている彼だったが、その趣味嗜好は庶民派。緊張を表に出さない技術は収めているが、こんな高そうなバーなど初めてである。内心ドキドキでワクワクだ。
今回の取引、イエローアイランドへのクライナーの販売は非常にうまく行った。アンコーポ内部で余っていた第2世代クライナーを大量に売りつけることが出来たし、今後の取引にも前向きな回答が得られた。精神エネルギーによる支払ではなく、人間界での通貨による支払いになってしまったことは彼にとって最良とは言えなかったが、十分な成果と言えるだろう。
(しかし、あの“黄龍”という男。かなり狂気を宿していた。そしてその背後に立っていた“蝉少佐”と呼ばれていた存在は、かなりの手練れ。園長である彼はともかく、一度聴いたら忘れない様な名前など事前調査では上がってこなかったのだが……。)
バーに流れる音楽に耳を貸しながら、そう考える彼。取引自体はうまく行ったのだが、やはり何か思う所があるようでその原因を探ろうとするビジネス。そもそも彼はあの少佐を名乗る人物だけでなく、今回の取引自体にも少しの違和感と不安を覚えていた。
実際、彼の不安は的中している。“イエローアイランド”としては、アンコーポが求める負の精神エネルギーは彼らにとっても必要なもの。決して誰かに渡せるようなものではなかった。そして彼らはこれ以上アンコーポと取引をするつもりもない。何せ“黄龍”からすれば自身の愛する妻さえ復活できればいいのだ。負の精神エネルギーを集め、“龍の宝玉”によって願いを叶えた後はどうなろうと気にもしないのである。新しい戦力など集める必要が無かった。
そして、彼ら。イエローアイランドの背後にいるデスカンパニー残党としても、いくつかの完成品を確保すれば自分たちで研究することができるため、新たな取引は必要ないのである。確かに初めて見る技術体系の元に成り立っている怪人ではあったが、ハイエンドと言えど残党からすれば雑魚。数を集める必要など存在しない。一応利用価値があるかもしれないため『取引を続ける』雰囲気を出しているだけで、アンコーポの様な小童組織など、どうなろうと構わないのだ。勿論、すべてが終わった後のイエローアイランドも。
(……まぁ、考えても仕方ありませんね。今回の結果と、抱いた疑念。この二つを持ち帰るとしましょう。ま、折角の機会ですし。2,3杯飲んだ後に部屋へと戻り、報告書を仕上げて本社に送る。その後は好きに遊ばしてもらいましょうか。)
クラフト先輩の様子も気になる事ですし。と頭の中で付け加える彼。
今回の遠征には、ビジネスだけでもなくクラフトも参加している。理由としては酷くふさぎ込んでしまったクラフトの精神を立て直すため。既に『謝らなきゃ……』と連呼する状態からは脱することが出来たが、やはりまだ不安定。彼女がこうなってしまった理由を聞き出そうとした瞬間、発狂状態に陥ってしまうのが現状だ。そのため海や遊園地といった施設を利用し、リフレッシュを行う。それがビジネスが行うべきもう一つの仕事だった。
(まぁ部屋に運んでいただいた食事は全てしっかり食べていましたし、営業部から世話係として変装したジョーチョーを何人かつけています。回復の兆しが見えているのは確か。……私も遊びたいですし、明日は海にでも行きましょうか。)
「お待たせしました。」
「あぁ、これはどうも。」
水着を持って来ておいて良かった、そう考えながらバーテンダーが出した酒を受け取り、軽く口に含むビジネス。どうやら果実系の酒をチョイスしてくれたようであり、フレッシュな香りが彼の喉元を覆っていく。注文した通り、いやそれ以上の酒が出てきたことに、このバーテンダーのレベルの高さに感心していた彼だったが……。
そんな時、このバーに新たな客が入って来たことに気が付く。
女性にしてはかなりの長身で、バーの雰囲気に非常に合致したドレスを着こんだ彼女。失礼の無いように一瞬だけその女性の顔を伺ったビジネスだったが……、一瞬にして全身固まる。
(く、“九条恵美”!? なぜここに!?!?)
思わず驚愕の色に染まりそうになった彼であったが、何とか意志の力でそれを押し止め、何も気にしていない風に装う。けれど無理矢理感情を抑えようとしたが故に、隙が生まれてしまったのだろう。彼の鼓膜を震わした彼女の『隣に座っても?』という言葉を脳が処理しきる前に、条件反射でYESと答えてしまうビジネス。
思考が正常に戻る頃には、彼女は魅惑的な笑みを浮かべバーテンダーに注文を行っていた。
「ブラックウィドウは出来る? あぁ、支払いはアナタ方持ちで。」
「すぐにご用意します。」
流れるようにビジネスと同様のVIPカードを提示し、注文を行う彼女。
腕がいいのだろう、すぐに酒の用意を終わらせたバーテンダ―は九条恵美へとそれを提供し、2人に軽い礼をした後、少し離れた場所でグラスを磨き始める。どうやら数少ないVIPカードを両者ともに持っていること、そしてわざわざ隣に座ったことから2人を知人だと判断したのだろう。ビジネスが助けを求める様な視線をバーテンダーに送ろうとしても、九条恵美によって遮られてしまう。
(ま、不味い! 確かにクラフト先輩と彼女の仲についての情報は閲覧済みだが、先輩が“あぁなった”件についてはまだ不明瞭! そ、それに! どうしても“あの時”の記憶が!)
クラフトが強く口を閉ざし、その記憶の共有すらも拒否しているため、アンコーポたちは『九条恵美とクラフトが仲違いをした』という事実を確認できていない。それを考えれば現在にこやかな笑みを浮かべている彼女をそれほど警戒する必要はないのだが、ビジネスは常に最悪を考えている。クラフトが壊れた理由が九条恵美にある可能性を考えた彼は、全力で相手の機嫌を損なわせないようにしなければならない。
だがしかし、ビジネスの体は言うことを聞いてくれない。“恐怖”が、あるのだ。実は彼、以前九条恵美がラーメン屋台を台無しにしたことにキレてクライナーやジューギョーイン達をボコボコにした、という映像記録を閲覧してしまっている。
(お、落ち着け。ここは冷静に、だ! 冷静さを欠くなビジネス!!!)
向けられた笑みを返す様に、人好きされそうな笑みを九条恵美に送る彼。
眼前の彼女が類まれな強者であり、もし敵対すれば即座に消し飛ばされる。それこそ“蜘蛛”に腹を貫かれた時と同様、いやもっとひどい結末が待ち構えているだろう。だが、彼は逃げることを選択できない。何せアンコーポからすれば九条恵美は、現在順調に進行している(と思い込んでいる)『九条恵美と仲良しになって“蜘蛛”の相手をしてもらおう』という作戦の対象。
絶対に機嫌を損ねてはならない、むしろ自身やアンコーポに良いイメージを持ってもらわなければならない。そう気持ちを新たにし、話しかけようとした彼だったが……。眼前の彼女、本人によって遮られてしまう。
「確か……、“初対面”ですよね? ビジネスさん、であっていますか?」
「え、えぇ。九条恵美様ですね。いつも先輩、クラフトがお世話になっております。」
「ふふ、“お世話”なんて。確かに振り回されてはいますが、とても楽しいですよ? “ほんとう”に。」
強者ゆえのオーラと言うのだろうか、微笑みが向けられるが、感じるのは恐怖だけ。完全に気圧されながらも、失礼の無いように言葉を紡ごうとするビジネス。けれど恵美が楽しそうに話し続けるため、聞きの態勢に入る彼。最適な合いの手を入れられるように、全神経を集中させる。
「彼女から貴方のことはよく聞いていますよ? 非常に出来のいい後輩だと。けれど口うるさい所が玉に傷って。ま、話を聞いている限り悪いのは彼女の様でしたが。」
「は、ははは。ですが色々と気にかけてくださる先輩ですから。ソレで、九条様はどうしてこちらに? 失礼ながらVIPカードを拝見しまして。ご観光ですか?」
「えぇ、そうなんです。実は“黄龍”さまからお招きいただきまして。何やら“面白い”催し物があるとのことで、観光も兼ねて参った次第です。……あぁ! そうだ、会社の同僚と言うことはクラフトさんにもお会いするのですよね? 実は渡して頂きたいものが……。」
そう言いながら、自身の胸元、大きく開かれたスリットに手を動かしていく彼女。
流石にそれに視線を向けるわけはいかないと考えたビジネスは、一瞬だけ眼前の彼女。九条恵美から目を逸らすし、自身の正面。普段バーテンダーの背後にある、いくつもの酒瓶が並べられた棚の方へと眼を向けるのだが……。それが、いけなかった。
首筋への、鋭い痛み。
気が付けば、“九条恵美”の長く伸びた爪。人のものとは思えない様なそれが、ビジネスの首元へと突き刺さっているのを理解してしまう。けれどそれを強く認識するよりも早く、彼の自意識は薄れていく。
「ッ!?」
「どうせ“私が来たこと”も忘れるでしょうから、教えて差し上げましょう。今撃ち込んだのは自白剤。あなた方“精神エネルギー生命体”にも効果がある様に調整した一品です。まぁ私でも作るのが難しいので、ここ数時間の記憶が吹き飛んでしまうという上に酷い疲労も残るという欠点がありますが……。仕方ないよねぇ、急いでるんだから。」
「あ、ア、ガ。」
おっと、ちょっと強く打ち込み過ぎたかな? そう呟きながら後ろを確認する彼女。
いつの間にかその部屋は多くの蜘蛛が入り込んでおり、先ほどまでグラスを磨いていたバーテンダーは背後から近寄られた蜘蛛によって睡眠毒を打ち込まれてしまい、夢の中。バーの出入り口も蜘蛛たちによって固められてしまっており、いつの間にか外側にいた蜘蛛が“Closed”の札を掛けてしまっている。
これで当分この部屋に誰かが入ってくることはないだろう。
「もしかしたらすでに時間がないかもしれないからね、手段は選んでいられないんだよビジネス。ちょっとあなたのことは気に入ってたんだけど、まぁ情報さえ吐いてくれたら命は取らない。後はクラフトと楽しくバカンスをするといい。…………さて、本題だ。『お前が所属する組織、アンコーポは外部の存在に“九条恵美”および“蜘蛛”の存在を話したか?』」
「は、はなして、ない。」
「素晴らしい。私が怒りで君の頭を吹き飛ばす可能性が0になったね。じゃあ次にいこうか。」
“怪人クモ女”の露見。最優先で対処すべき事項、それが発生する可能性が消えた瞬間。明確に機嫌がよくなった彼女。
付き従っていた蜘蛛たちにとっても、ストレスのせいか覇気が漏れ出ている主人の存在は堪えていたのだろう。バー全体の雰囲気がかなり軽くなったような感覚に陥る。
「『イエローアイランドに何を売ったのか、詳細に答えろ。』」
その調子で、淡々と質問を続けていくクモ女。ビジネスが知らないこと、イエローアイランドの長である園長の部下“蝉少佐”がデスカンパニーの残党から派遣されてきた存在であることや、イエローアイランドの背後にいるのがデスカンパニー残党だということまでは知ることはできなかったが、数多くの情報を彼女は手に入れて行く。
更にビジネスが現在把握しているアンコーポの内部情報まで吐き出させ、クラフトの“状態”について理解したクモ女は、自身の想定通りにことが進んでいることに喜び。配下の蜘蛛たちに解毒薬を打ち込むように指示を出した。
「ありがとう、完璧な情報とは言えないけれど私が欲しかったものはある程度揃った。まだ穴抜けが多いけれど、後は埋めるだけ。その“少佐”には気を付けておいた方が良いだろうけど、それ以外はただの雑魚。あの子たちのいい経験値になるだろう。バカンスもいいけれど、ついでに特訓もするって言ってたからね。良い試練だ。」
じゃ、また会おうね。
彼女がそう言った瞬間。配下の蜘蛛たちの姿も同様に、空気に溶けるように、まるで最初から誰もいなかったの様に消えていく。監視カメラも“バックドア”のせいでその映像を残すことができない。バーテンダーにも記憶処理の毒が追加で撃ち込まれているため、『九条恵美がこの場所を訪れた』という証拠は完全に消え失せる。
けれどその事実が嘘ではないと証明するように、ビジネスの服の隙間には何匹かの蜘蛛が潜り込んでいた。
そしてそれから、数時間後。
「お客様、お客様。」
「……ぅ、あ、ここは……。バー、ですか。」
「はい、どうやら酷くお疲れだったご様子。そろそろ閉店時間になりますので。」
「あぁ、これは申し訳ない。すぐに帰らせて頂きます。」
(誰かと会っていたような……? いえ、グラスもありませんし何か夢を見ていたのでしょう。にしても、変な場所で寝たせいか首元が痛いですね。知らぬうちに疲労がたまっていたようですし、報告書を仕上げるのは明日にして、私も休むとしますか。)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
〇サルでも解る! ネオ・デス博士の怪人講座!(怪人クモ女の毒編)
はーはっはっ! ごきげんよう諸君! ネオ・デス博士である! 今日もサルに等しい貴様らの頭脳でも理解できるように“懇切丁寧”な説明をしてやろう! にしても我が最高傑作であるクモ女よ、毒蜘蛛を意味するカクテルとは洒落が効いているではないか。もしやそれが好み……。あ、別にそうでもないのだな。というか酒よりも飯の方が嬉しい? あぁ、酷く納得できるな、うむ。
というわけで今回は怪人クモ女が操る事の出来る“毒”について解説していくぞ! っと、ついでに“成長し強化された”クモ女の新しい基本スペックについても公開しておこう! はーはっは!!!
■身長(人間形態):190.5cm
■体高(怪人形態):240.8㎝
■体重:300.0→320.5kg
■パンチ力:120.1→135.3t
■キック力:275.3→289.9t
■ジャンプ力:321.4→382.0m(ひと跳び)
■走力:0.2→0.1秒(100m)
★必殺技:スパイラルエンド
……と、大幅にパワーアップしておるな! 理由としてはクモ女本来の“成長”の力と、あの子供たちの指導のため肉体の鍛え方や戦闘技術を学んだ結果、肉体について深い理解をしたのが原因だと考えられる。うむうむ、この調子でどんどんと強くなるのだクモ女よ! あの憎っくきピレスジェットが“不思議なこと”を起こそうとも勝てぬような圧倒的な差を手に入れるのだ! はーはっは!!!
よし! では切り替えて毒の説明に入って行く! まずクモ女だが、その体内で様々な毒を生成する能力を保有している。デスカンパニーが保有していたすべての毒のデータを彼女の肉体にアップロードしている故、文字通り作れぬ毒など存在しないのだ。奴が“そうあれ”と願えば対応した毒が生み出される感じだな。まぁさすがに人間にしか聞かぬ故、精神エネルギー生命体相手には改良の必要があったようだが。
一瞬にして絶命に至る毒もあれば、記憶処理の毒、今回の様な自白剤も作れてしまう。やろうと思えばその精神すらも自由に操る毒も作れはするのだが……。この欠点として、対象者に与える負荷が非常に大きいのよな。まぁ毒である故仕方のない話であるのだが。
もしクモ女が“時間がある”と判断していれば自白剤などに頼らずその話術と覇気を使いでビジネスから情報を引き抜いていただろうが、今回は彼女からすれば結構な危機的状態。すぐに情報を手に入れるためにも、自白剤を使たという形だな。流石我が最高傑作よ!
ではな諸君! 次の講義まではもう少し真面な頭脳を手に入れておくがいい! さらばだ!
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