43:瞬殺と暗躍


「いやー、相変わらず凄かったね。うん。」


「あの後海の家襲撃してたし、ほんとブラックホール。」


「私達もお昼を頂きましたが……。」


「厨房から聞こえた悲鳴、アレ空耳じゃなかったんだろうなぁ。」



ルビーの様な真っ赤な可愛らしい水着を着たアカリが遠い目をしながら空を見上げ、パールの様な白と“蜘蛛”を意識したのか少し黄色いラインが入った水着を着たヒマが、苦笑しながらまだパラソルの下で家から持って来たらしい重箱を広げている“九条恵美”を見つめる。何でもあれだけ食べたというのにまだ小腹が空いているらしく、追加でもぐもぐしているとのことだ。先ほどの大会で入手した巨大ヌイグルミと一緒なため少しシュールな絵になっているが、食べる量は一切慈悲がない。


エメラルドの様な上品さが感じられる緑の水着を着たユイナのいう通り、例の大会の後。彼女たちは師匠であるエミに連れられて海の家に向かった。本人が『まだ食べたりないし焼きそばだけでは飽きたので』と言っていたが故に同行したのだが、焼きそば以外の料理をこれでもかと頼んでいた。一応団体として100人分の予約を取っていたらしく、調理スタッフも食材も揃っていたそうなのだが、それをほぼ一人で完食していたのは、もう正直笑えないところまで来てしまっていた。


まぁ規格外の師匠のことだからと納得できるリッカではあったが、ダイヤの輝きの様な淡い水色の水着に付いた砂を払いながら、調理スタッフの皆さんの安寧の為に一応祈っておく彼女。



「す、すごいぷるぽね……。」



彼女たちの説明を聞き、アカリの腕の中でつい言葉を零してしまう彼。今回の旅行にはもちろん妖精のプルポも参加しており、人が多かった故にパラソルの下で隠れていたのだが、時間も経ち夕方が近づいてきたことで砂浜にいる人も少なくなってきている。これならば多少一緒に出歩いても大丈夫、と言うことでアカリが抱えて連れてきてあげた、という感じだ。



「あ、そうだプルポ。お昼どうしたの? 師匠が『大丈夫』って言ってたし、海の家にすっごい人が集まってたから連れていけなかったけど。」


「ぷ! エミにお昼出してもらったっぽ! 美味しかったぽよ!」



途中抜け出してプルポにも海の家のご飯を食べさせてあげようとしていたアカリだったが、今大会の優勝者があれだけの焼きそばを食べたというのにまだ海の家で爆食している! という噂が流れてしまったが故に、今日の海の家はとんでもない大盛況となっていた。いくらぬいぐるみの真似ができるとはいえ、プルポは生命体。バレる危険性を避けるためにも連れてくることが出来なかったのだ。


その辺りはアカリだけでなく、他の3人もちょっと気になっていたのだが……。どうやらエミが何かあった時の為に用意してくれていたものがあったとのこと。



「ぷるぽ用のサイズに合わせてくれたおべんと! すごかったぷる! アカリのご飯の100倍は美味しかったぷぽね!」


「あー! 言っちゃいけないこといった! このこのー!!!」


「ぷー! 自分一人でオムライス作れるようになってから言うっぷー!!!」



彼女たちもこのバカンスの空気に呑まれ、多少テンションが上がっているのだろう。普段は言わない様なことで言い合い、じゃれあいをするアカリとプルポ。多少口は悪いが、まぁ二人とも楽しそうにしているならと言うことで放置するリッカに、プルポの顔が引っ張られて面積が5倍ぐらいになっているのは色々と大丈夫なのかと心配するヒマとユイナ。



「あ、あの。リッカ? アレ……」


「? あぁアカリんちのご飯って基本アカリが作ってたんですけど、あんまりにも料理のレパートリーが少なくてこの前プルポが反乱を起こしたんですよね『3食うどんは流石に嫌だぷ!』って。それで怒ったアカリが調理任せてみたら色々出来ちゃったみたいで……。」


「そ、そう言うことを聞いているんじゃないと思いますが……。そうなのですね。」



リッカの言う通り、アカリは美味しいものは好きだが自分で食べるのなら適当でいいやと少し省略してしまうタイプの子。師匠であるエミの指導のおかげで栄養素自体は完全に補えているのだが、同居しているプルポからすれば毎日毎日ささみとブロッコリーとうどんという生活を強いられることに成ってしまう。


流石にキレたプルポとアカリが喧嘩をしてしまい、その日の家事を全部プルポに任せることに成ったそうだが……。地味にそのあたりの能力が高かった彼は栄養満点で見た目も完璧な料理を作り出し、掃除洗濯も完璧にしてしまったのである。それに反抗したアカリが同じことをしようとしたのが、全て失敗してしまいその時の家事勝負はプルポに軍配が上がったそうな。


今ではプルポの家での立場が家政婦さんみたいになっているのは、ちょっとした秘密だ。



「そもそも! 3食うどんとか色々おかしいっぷる!」


「なー! おかしくないもん! うどん美味しいでしょ! 安いし! 便利だし! 冷凍できるし!」


「うどんがおかしいんじゃなくて、それを食べ続けるアカリに言ってるぷる! そうぷるよね! みんな!」



顔をそれこそうどん生地の様に伸ばされながら他の3人に助けを求めるプルポ。まぁ確かに3食うどんを数週間続けていたことがあると聞けば、ちょっと心配してしまうのも確か。師匠から何も言われていないのなら栄養的には大丈夫なんだろうけど、もうちょっと他のにも手を出してみれば? と言葉を選びながらそれぞれ口にするリッカ達。



「ほらっぷる!」


「そ、そんな……!」


「あ、あはは。まぁアカリさんもプルポさんも。せっかくのバカンスなんですからね。食事のことを考えるのでしたら、この後のホテルでの夕食のことを考えた方が有意義では? お話ではこの辺りで取れた海産物をふんだんに使ってくださるようですし、プルポさんのためにも個室で少し量が減ったものを追加でお願いしています。ね? そっちの方が楽しそうでしょう?」


「「たしかに!」」



これ以上はちょっとじゃれ合いの範疇に収まらなくなるな、と思ったユイナがそう声を掛け、二人の意識を違う方向へと向けさせる。


確かにまだ夕食まで時間があるが、美味しく豪華な食事に夢を馳せながらもうひと遊びするにはちょうどいい程度の時間。さっきまでの言い合いを忘れ目をキラキラさせる二人にほんの少し安堵のため息を吐き、後ろにいたリッカから軽い礼、ヒマからはお疲れ様の笑顔を送られる彼女。


そんなユイナの姿を見、次は自分が動いた方が良いかなと思ったヒマは、全員の前に一歩踏み出しながら提案を行う。まだ夕食。ホテルに帰るまで時間はあるのだ。荷物は師匠のエミさんが見てくれているし、自分たちの安全もエミさんが見ている限り問題はない。



「じゃ! 次何しに行く? そろそろ日が沈みそうだし、ちょっと沖にまで出てみるとか? 夕日見に行こうよ!」


「確かにまた違った感じでいいかも……!」


「ただちょっと長居しすぎると暗い海を引き返すことに成りそうですし……。あぁそうだ。水上オートバイでも借りましょうか。エミさんが取って来てくれたチケットがありますし。」



そう言いながら持っていた小さな鞄からチケットの入った袋を取り出すユイナ。年長者と言うことで預けられたそれはエミが大食い大会で入手して来たマリンスポーツのタダ券。運転自体は職員が行うようだが、後ろに座らせてもらいながら日が沈みゆく水面を眺めるのはとても良いモノだろう。


多少怪しさも出てしまうだろうが、プルポを鞄に入れて頭だけ出す様にして置けば、彼もいっしょに楽しめるはず。



「よーし! じゃあ早速行こう! プルポもそれでいいよね!」


「もちろんぷるぼぼぼぼぼぼぼぼ!!!!」


「「「ぷ、プルポ!?!?!?」」」



急に振動を始めたプルポに『壊れちゃった!?』となってしまった4人だったが、この揺れ方には覚えがある。そう、アンコーポの怪人クライナーが出現したときに起きるプルポのアラーム機能だ。そして彼が感知できる範囲はせいぜい町一つ、ひかりが丘全域程度。つまり彼女たちの故郷から遠く離れたこの地で、アンコーポが悪さを企んでいるに違いない。



「ぷ、プルポ! どっち!」


「あっち、ぷる!」



そんな彼女たちの声を消し飛ばす様に、聞こえてくるのは化け物の咆哮。



「KURAINA-!!!」



クライナーのお出ましだ。



(……近くにいるのはクライナーだけ? 変化させた人、ジューギョーインやジョーチョーみたいな戦闘員はいないし、ビジネスやクラフトみたいな幹部もいない。確かクライナーは専用のジュエルを負の感情に呑まれてしまうほど思い悩んだ人に触れさせれば起きるはずだけど……。いや、考えるのは後!)



即座に頭を戦闘のモノへと切り替えて、出現したクライナーに対し考えを深めるアカリ。どうやら自分たちが向かおうとしていた水上オートバイ置き場のあたりで発生したようで、水上バイクのクライナーになっている。けれどそれを変化させた存在が見受けられない。逃げ惑う人や悲鳴を上げている人もいるが、どれも自然なもの。誰かが人混みに紛れていることもなさそうだった。


疑問を抱いたアカリではあったが、そんなことよりもすぐに助けるべきだと結論付ける彼女。すぐさま全員の顔を伺い、強く頷く。


するとプルポが持っていたジュエルボックスがひとりでに開き、全員のナイトジュエルがその手元に。


変身し、クライナーと戦おうとしたその瞬間……。




雷鳴が、轟く。




彼女たちの目に一瞬だけ残るのは、青白い神の雷。人は神ではないと理解しながらも、それを実現させてしまった規格外の存在。既に人を越えた超人にして、人外。“九条恵美”が憤怒の形相を浮かべながら……、その青い雷を纏わせた拳を、クライナーの脳天へと叩き込んだ。



「『万雷崩撃』」



「GYAAAAAAAAA!!!!!!!」



呟くように零れ落ちたその言葉が彼女たちの鼓膜を震わした直後。神の雷が叩き込まれる。叩き込まれた電気の多くが砂浜へと叩き込まれ、吸い込まれていく。しかしながらその莫大なエネルギーに耐えきれず、一部ガラス化が進んでしまう。


ともかく、丸焦げになったクライナーを見る限り、すでにその化け物に戦闘できるほどの体力が残っていないのは確かだった。



「ちッ、折角の休みを邪魔するんじゃねぇ。……っと。皆さん~! あとはお願いできますか~?」


「「「「あ、はい。」」」」



一瞬だけ怒気を彼女たちに見せてしまった九条恵美。後ろ手で地面に新しく生まれてしまったガラス片などをインビシブル蜘蛛に片づけるように指示出しをしながら、誤魔化す様に優しい声色でそうお願いをする。けれどまぁ、彼女たちが憤怒の形相を見てしまったのは確かなため……。


いつもよりも静かに変身し、静かに必殺技を放つことで事なきを得るのであった。


ちなみに怖がらせたお詫びとして、水中走行をしたエミの背中に乗りながら4人と1匹で楽しく夕日をみたとのこと。終わりよければすべてよし……、なのか?







 ◇◆◇◆◇







「園長閣下、ご報告です。」


「聞こう。」



世界の頂点に最も近い女こと“九条恵美”によってクライナーが処理された数時間後。彼女たちがバカンスを過ごすこのイエローアイランドの中心地。遊園地が存在する区画の中央にある城の中で男たちが言葉を交わしていた。



「先日アンコーポから購入しました第2世代型クライナーですが、先ほど撃破されたとの報告が上がって参りました。」


「ほう……、誰にだ。」


「雷の能力を持つ女と、変身能力を有する4人の少女とのことです。まだ諜報部が詳細を調査中ではありますが、外から流れて来たヒーローに類する者かと。」



園長、と呼ばれた彼は城から見える夜景。闇夜の中で輝き続ける遊園地の様子を楽しそうに眺めながら、男の報告を聞き続ける。どうやらヒーローが現れたとしても彼にとっては細事の様で、男が用意して来た資料も机に置いておけとだけ言い放ち、すぐに見る様な気はない様だった。


報告をしに来た男としてもそれは理解していたのだろう。淡々と報告を続けていく。



「我々が不足する数を補うために購入したのは確かですが……。今回の結果を見る限り“お客様”に楽しんで頂けるだけの働きが出来たとは思えません。まだビジネス殿はこの地にとどまっているようですし、返品も視野に入れるべきでしょうか?」


「いらぬ。アレは良い働きをしてくれた。それに、私の目的に必要なのは数と量。一般人から搾り取れればそれでよいのだ。もし邪魔して来ようとも“質”はこちらで補える。彼が言うには第三世代、ハイエンド。まだ上があるようだったが、ここで必要以上のコストを掛ける必要はあるまい。」



そう言いながら、以前ビジネスが営業用に持ってきたカタログを再度見直してみる園長。


現在アンコーポでは急ピッチで製造ラインの再構築を行っている。つい先日までは第1世代を量産型として置き、第2世代をエース機、それこそ幹部専用として置いていたのだが、“ジュエルナイト”の出現により第2世代ですら出力不足になってしまった。


しかも悪いことに一時第2世代がジュエルナイトと拮抗してしまったことにより、アンコーポの製造部は第1世代の生産をやめ、第2世代の量産体制を整えてしまった。そして大量生産を始めたころに……、第3世代の開発やハイエンドの開発が完了してしまったのである。まぁ早い話、旧型の第1・2世代が大量に余っているのだ。


リサイクルしようにもコストがかかり過ぎてしまう、そこでアイデアマンでもある営業部ビジネスが『外部に旧型を販売することで現地通貨及び負の精神エネルギーの入手を目指す』というものを発案。彼はその事業の一環としてこの園長に営業をかけ、取引を行ったというわけである。



「確かビジネスが言うには、第1世代は在庫が無くなればそれで終わりらしいが、第2世代は日に300も製造できるというではないか。次期に第三世代、ハイエンドの量産に入っていくため数は絞っていくらしいが……。私には関係がない話よ、すでに数は揃えた故な。」



そう言いながら、ビジネスから渡された書類。第2世代クライナーを2000体購入した書類をデスクにへと投げ捨てながら、ゆっくりと立ちあがり身だしなみを整え始める園長。胸元のネクタイを正そうとしたのだろう、この部屋にやってきていた部下の男に鏡を持ってこさせ、服装。そして頭髪の確認を行っていく。


鏡に映った顔は、この一帯のリゾート施設。“イエローアイランド”の経営者。『黄龍』という苗字を持つ男である。自身のことを部下たちに園長と呼ばせている彼は、最後にもう一度身だしなみを確認した後。部下の男を引き連れながら移動を始める。



「精神エネルギー、我々人類が解することのできなかった技術たち。まさにアンコーポとの出会いは天恵と言えるだろう。お前もそう思うだろう?」


「はっ。全くもってその通りかと。」



男の返答に気を良くしたのか、大きな笑い声をあげる彼。


園長はほんの数か月前まで、ただの市民の一人だった。確かにこのリゾート施設であるイエローアイランドの経営者という立場こそ変わらないが、悪でも正義でもない一般人。多少強い願望こそ持っていたが、“常識”を解する彼はそれを不可能だと断じ、動くことはなかった。


けれど、転機が訪れる。


数か月前に起きた、怪人クモ女による“掃除”。それは彼の持つリゾート施設に目を付けた悪の秘密結社も吹き飛ばしていた。勿論クモ女は後始末をしっかりと行うタイプ、痕跡の一つも残さずこの地から去って行ったのだが……、その配下である野良蜘蛛たちは別だ。新たに生まれようとしていた悪の欠片や、新進気鋭の秘密結社を『主人にして自分たちの種族の女王に褒めてしまえるかもしれない』と思い、発見後即座に滅ぼしてしまう事態が各地で多発した。


勿論すぐにペット代表のあーちゃんによって発覚し、滅ぼした後の後始末の方法や規律の周知などをひかりが丘だけでなくクモ女の配下、そのすべての存在たちに周知させていったのだが……。一歩、遅かった。


園長はたまたまその残骸、“裏”にはびこる改造人間の知識や技術を入手してしまい、それを懐に隠してしまった。表の人間で、その破片を手に入れてから一度も闇の世界に入らなかったのが良かったのだろう。彼は“蜘蛛たち”に捕捉されることなく、ここまで生き抜いてしまった。



(この望みこそ叶えてしまえば後はどうなろうと構わん。だからこそ大きく踏み込む必要などない。表の世界に身を置きながら、何重にも交差したルートを適宜変化させながら使用することで、裏の知識と支援を得る。幸いなことに、まだ理性的なデスカンパニーの残党と繋がることが出来たのは幸いであった。)



彼は望みを叶えた後、その入手した技術類や手に入れた怪人たちを受け渡すこと。そしてその後も資金援助を行うことを条件に本来手に入れることができないハズのモノを入手していた。勿論クモ女が本格的にこの地の調査を行えば全て消去されてしまうほどのお粗末な物であったが……、そのクモはバカンスで浮かれている。直接手を出さない以上、彼が闇に葬られることはないだろう。


園長の野望、その成就が目前へと迫っていることは彼も理解しているのだろう。深い笑みを浮かべながら、目的地へと到着した彼は眼前の扉を優しくノックし、自身の手で開けた。



「やぁ、愛しのハニー。気分はどうかな?」



踊る様な軽やかなステップで、園長が中へと入っていく。けれどその部屋には誰もおらず、帰ってくる返答は一つもない。彼はそれを全く気にせず、ゆっくりと部屋の中央。“彼女”の寝台にまで歩いて行った。



「あぁ、今日はとても機嫌がよさそうだ。用意させた夕食は食べてくれたかい? あぁ、そうだ。僕たちの愛の結晶。お姫様の話をするって約束だったね。君のためとは言え、仕事にかまけて本当に悪いことをしたと思っているよ。許してくれるかい、ハニー?」



彼はそう話しながら、寝台の傍へとゆっくりと腰かける。ガラス越しに彼が“彼女”の顔を撫でるが、帰ってくるのは固い感触と機械によって冷やされた冷たい冷気。寝台と言うよりは、腐食を防ぐための巨大な棺。その枕もとには“彼女”がまだ生きていた時の写真。彼らの娘と共に取った写真が飾られているが……。彼は視界に入れようともしない。


男は、強い感情に呑まれてしまった瞳で、彼女の寝台を見下ろす様に配置された巨大な球体を、見上げる。



「私たちの家に伝わる“龍の宝玉”。妖精界から譲られ、強い想いに反応しその願いを叶える、様々な言い伝えが残っていたが、そのすべてが眉唾物だと思っていた。だが聞いてくれハニー! あの水晶の様に透明だったあの宝玉の底! 黒い液体が溜まっているだろう?」



彼が“龍の宝玉”と呼ぶソレ。どうやら精神エネルギーを内部に蓄積できるようになっているようで、巨大な東洋の龍の様な存在が巻き付いているかのような装飾が為された水晶の奥に、黒い泥の様な物が溜まっていることが理解できる。そしてそのすべてが黒に染まった時、願いがかなえられる、とも。


通常の思考を保っていれば、負の精神エネルギーを貯めて欲望をかなえようとしても碌なことに成らないのは目に見えているが……。感情に呑まれてしまった彼では、もう気が付くことはできない。


そんな男がもう一度自身が愛した存在へと声を掛けようとした瞬間、部屋のドアが弱弱しく叩かれる。大事な時間を邪魔されたと思い、強い視線を投げかけようとした男だったが、すぐに柔らかいモノへと変化した。



「おぉ! 誰かと思えば私のお姫様じゃないか! どうしたんだい? パパとママは今お話ししてたんだ。……あぁそうだね、ハニー。ママも"きりん”とお話したいと言っている。そうだ、この前のテストではとても良い点数だったんだろう? それを報告すべきじゃないかい?」


「……パパ、もうやめようよ。」


「やめる? 何をだい?」



酷く思い悩んだ顔をしながらも、自身の意志で父を説得しようとする少女。おそらく、自分の父が何か酷く恐ろしいことを企んでいると、理解しているのだろう。けれど彼女が意を決して放った言葉でも、父には届かない。既に彼は過去に強くとらわれてしまっている。


全くもって自身の意志が伝わっていない、本当に何を言いたいのか解らないという顔を返してきた父に、恐怖を覚えてしまう少女。それを心配に思ったのだろう。男はゆっくりと立ちあがり両手を広げながら、彼女へと近づいていく。



「あぁ、何かあったのかい私のお姫様。宿題かい? それとも友達と遊べなくて悲しいのかい? ならパパに任せなさい、友達全員をこのイエローアイランドに呼ぶといい。きっと素敵な思い出になるはずだ。きりんもそう思うだろう?」


「ッ! 連れてこれるわけないでしょ! パパなんてもう知らないッ!」



抱きしめようとした父の手をはたき落とし、飛び出して行ってしまう彼女。それに酷く落ち込んでしまう彼だったが……、やはり母親がいないことが彼女にとって強い心の負担になってしまっているのだと解釈してしまう男。既に、彼の世界には彼と、彼が思い描いた幻影しか残っていない。


けれどまだ、親としての心は残っているのだろう。娘のことを追いかけようとした男だったが、それを呼び止めるように部下が声を開ける。



「園長閣下、ここは私にお任せ願えないでしょうか?」


「お前が、か?」


「は。どうやらご息女は多感な時期かと思われます。時には血の繋がった親子よりも、他人の方が話しやすいこともあると愚考します。どうか……。」


「そう、だな。たまにはそういう日もあるだろう。任せたぞ、蝉少佐。」






ーーーーーーーーーーーーーーーーーー






〇サルでも解る! ネオ・デス博士の怪人講座!(アンコーポ製怪人・水上オートバイ型クライナー編)


うむ? あの蝉どこかで見たような……?


っと、はーはっはっ! ごきげんよう諸君! ネオ・デス博士である! 今日もサルに等しい貴様らの頭脳でも理解できるように“懇切丁寧”な説明をしてやろう! 今回はようやく新鮮なアンコーポ製怪人が届いた故な! その解説と行こうではないか! にしてもやはり我が最高傑作であるクモ女。以前よりも電気の使い方が上手くなっておるではないか。奴はあまり技名を付けたり叫んだりするようなタイプではない故、かなり気分が良かったのであろうな。うむうむ。では私も気分よく講義せねばなるまいて! では基本スペックだ!


■身長:181.9cm

■体重:388.2kg

■パンチ力:5.7t

■キック力:15.0t

■ジャンプ力:8.2m(ひと跳び)

■走力:5.9秒、水上であれば1.7秒(100m)

★必殺技:マリンジェットアタック


高さはそれほどで、横に長いタイプのクライナーだな。にしてもやはり第2世代と言うことで酷く弱いな……。確かにジュエルナイトたち相手だと考えると数を揃えるのは間違ってないのかもしれんが、この程度だとデスカンパニーの残党どもでも簡単に制圧してしまうぞ? やはりまだ甘さが見えるようだな、イエローアイランドの園長とやらは。ま、元一般人と言うのならば仕方のない話カかもしれん。


このクライナー、出力の割には水上移動能力が高く、機械を元にしているせいかスタミナもかなり高い。戦闘用としては使えそうには無いが、輸送用の怪人として考えればよい存在かもしれん。海岸沿いからこれに搭乗した怪人たちが次々と降りていく。うむうむ、上陸作戦に使えそうであるな。ま、我が最高傑作であるクモ女を前にすればどんな存在も塵以下なのであるが! はーはっは!!!


ではな諸君! 次の講義まではもう少し真面な頭脳を手に入れておくがいい! さらばだ!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る